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bukimi

天井裏

作者: yuyu

 幡本美南にとって、子供は愛すべき象徴である。愛らしい笑顔。鈴の鳴るような声音。甘えたい年頃の為か、何かと自分の後ろをついてくる。

 

  そんな姿も全て含めて愛らしく思えた。

 

  自宅は二階建てであるが、最近リフォームし、天井裏に収納スペースを設けることにした。

 

  多額の料金が発生したが、共働きの甲斐があり、支払いは滞りなく進み、工事も終わった。

 

  天井裏は、約八畳程の広さがあり、大の大人四人も入れば、窮屈感を感じるだろう。収納する場所としては、申し分ない広さだ。

 

  娘が遊びだすまでは。

 

  リフォーム後、すぐに自宅内であまり使わなくなった家具や家電を収納した。収納後も、

 人一人が座れる程のスペースが余っていた。


  娘の梨花は突然、その狭いスペースに興味を抱いた。毎日、学校帰りに一人でおままごとや人形遊びをしていた。

 

  私は、娘の体調を常に伺うようになった。一人で遊ぶという事は、友達と遊ばないという事。小学四年生である梨花には、もっと色んな友達と遊んで、色々な話をしてほしい。

 

  独りよがりな考えだと思われるが、梨花の事を心配するからこそ、どんどん気持ちが強くなってゆく。

 

  ついには、二階と天井裏を繋いでいた梯子を取り外してしまった。

 

  取り外された梯子を見て、梨花は明らかに表情が暗くなった。食欲も減退。お気に入りの水族館や遊園地に一緒に行っても、暗い表情のままである。

 

  次第に、口数までも減っていき、このままでは非常に危険だと思い、梨花に尋ねた。

 

  「どうして、天井裏が好きなの?」

 

  「天井裏のね、空いてる場所にいたらね、何だか落ち着くの」

 

  「天井裏は、薄暗いし、埃もすごいでしょう?体にも悪いよ。梨花は、もっとお外で遊んでもいいんじゃないかなと思って」

 

  「お母さんなんか嫌い!」

 

  梨花からの、初めての反抗にたじろぐ。合わせていた視線が床にうつる。梨花はなおも反発を続ける。

 

  「あそこにいたら、とっても楽しかったの!お母さんが梯子取っちゃったの?ひどいよ!」

 

  大声で叫びながら、梨花は泣き出してしまった。私は、娘の泣き声をすぐ目の前で聞きながら、顎に手をあて自問自答する。

 

  (梯子を戻したほうがいいのかしら。娘がこんなに取り乱すなんて)

 

  数日考えた結果、夫に今までの事を相談すると、

 

  「そんなに嫌がるなら、また元に戻してもいいんじゃないか。梨花も、それで元気になるなら」

 

  視線すら合わせず、ぶっきらぼうに言う夫の言葉を受け止め、梯子を元の場所に設置した。収入面で劣る私は、夫に対して頭が上がらない。一生上がることは無いだろう。

 

  娘が産まれて、少しは態度が変わるかと思われたが、全く改善は見られない。むしろ、悪化の一途を辿り続けている。

 

  自分は帰宅するなり、すぐに酒に手を伸ばし、梨花と一緒に遊ばない。話相手になる素振りも見せない。父親らしい事は、一切しない人だ。

 

  梨花はほぼ私一人で育てたような状況だ。しかし、お金がかかる場面となると、どうしても夫の給料に頼らざるを得ない。

 

  夫の姿を見る度に、胸の中にどす黒い感情がたまっていく。反面、梨花の笑顔を見て、その感情をどこかに追いやる事が出来ていた。

   

 梨花の笑顔が戻るなら……

 

  そう願い、天井裏にまた入れるようにした。梨花はとても喜んだ。今までの陰鬱な表情が嘘であるかのように、毎日笑顔を見せてくれた。

 

  あれから、約二年は経った。

 

  梨花は小学六年生になった。来年には、将来の事を踏まえ、中学受験をする予定になっている。

 

  しかし、天井裏に入り浸る日々は治まらなかった。毎日、毎日、夜遅くになるまで二階に降りない日もあった。

 

  勉強も頑張って取り組んでほしい。

 

  その思いもあってか、梨花の動向を探りたい気持ちが高まった。何時から何時まで、天井裏にいるのか。今はどんな遊びをしているのか。

 

  梨花が天井裏に入った事を物陰から確認すると、足音を立てないようにゆっくりと梯子に近付いた。

 

  慎重に梯子を昇る。足をかけ、昇るうちに胸の鼓動が緊張で高まる。

 

  天井裏に到達した。体は乗り出さず、頭だけを出して、埃っぽい室内を見渡す。

 

  床に座り込んでいる梨花の姿が見えた。右手には、おままごと用のおもちゃの包丁を持っている。左手には、作り物の人参が握られていた。

 

  (また、おままごとしてたんだ)

 

  これから、どうしていこうか考えようと、視線を梨花から外した途端、悲鳴をあげた。

 

  梨花の座っている右斜め前に、体育座りをして、私を見つめる子供の姿があったからだ。

 

  子供の姿にも驚いたが、顔を見た瞬間全身に鳥肌が立った。

 

  眼球が無い。さらに、頬の肉は削げ落ち、骨まで見えかかっていた。

 

  私の悲鳴に気付き、梨花が振り向く。

 

  「あーあ。お母さんに取られちゃった」

 

  その言葉を理解する前に、両肩にずしりと重みが伝わる。

 

  ガリガリに痩せた両腕を首元にまわし、後ろからおぶさるように抱き着く子供。

 

  すぐ側に、骨が剥き出しになった顔を見て、またも悲鳴をあげる。

 

  そんな私の姿を見ながら、梨花は口を開く。

 

  「その子ね。始めて天井裏に入ったら、見つけたの。初めは怖かったけどね、一緒に遊んでたら、怖くなくなっちゃった」

 

  「けどね、お母さんが怖がり出したから、今度から、お母さんについていくねって」

 

  両肩にかかる重みと、梨花からの発言を聞いて、覗き見た自分の行動を、今更ながら後悔した。

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