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君が奏でるのは  作者: 藤宮こん
本編
8/19

西洋人形のような

 一体、いつからこの季節はこんなにも暑苦しくなったのだろうか。じりじりと肌を焼きそうな日差しが天高くからまんべんなく降り注いでいる。家を出る前は帽子でも被っていこうと思っていたが、私服に帽子を合わせると、何だかカッコつけているように思えて玄関に置いてきてしまった。そろそろ小夏がそれに気づいている頃合いかもしれない。外を見れば、若い女性が、ハンカチを片手に、淵にリース加工がされた黒の日傘をさして歩いていくのが見えた。   

子どもの頃はもっと、まだこの季節は涼しげだった気がする。これも地球温暖化の影響なのだろうか。


 その奥を見渡せば、橋を越えた先に由希と見て回ったビルが目に入ってくる。窓に日差しが反射し、歪んだ太陽が俺の両目を焼いた。


 駅構内の時計に目が移る。短針は十二と一の間、長針はちょうど六を指している。

 十二時半。まだ予定時刻よりは早い。


 何を焦っているんだ俺は。馬鹿馬鹿しい。遠足前の小学生じゃあるまいし。たぶん家の時計でも狂っていたのだろう。だからこんなにも早く駅に着いてしまったのだ。

 

 誰に対しての言い訳なのか自分でもわからなくなりながら、俺は集合場所となっていたベンチへ向かう。木製で円形のものだ。サイズはかなり大きくて、十五人くらいは座れそうなものだった。三人くらいが座れそうな幅ごとに木の仕切りがある。


 まだ数人しか座っていないそのベンチの空いているスペースに腰かけると、たちまち手持ち無沙汰になって落ち着かなくなった。

 こういうとき、大抵俺は人間観察をするのだ。趣味が悪いと言われるかもしれないが、これが意外に楽しい。


 日曜だというのに制服でスタスタと歩いていく女子高生集団。細長い黒い箱のようなものを背負っている。それには見覚えがあった。確か、管楽器のケースだった気がする。だとするなら彼女らは吹奏楽部だろうか。

 それより何より、スカート短すぎるだろ。痴漢してくださいって言ってるようなもんだぞ。よくそんな無防備な格好で居られるな。


 健全な男子高校生の俺は思わずその無防備な姿に目を奪われた。


 その手前には柱に寄りかかる大学生くらいの女子。女性と言ったほうがいいのかもしれない。大人びた服装で、白のトップスに黒のロングスカート。パーマで毛先をカールさせた黒髪。厚く塗った艶のある唇を輝かせながらスマホの画面を執拗に見入っている。彼氏待ちだろう。少し顔をしかめた。彼氏からの遅れの連絡でも来たんだろうか。


 そのまま視線を横にスライドしていく。半袖短パンの小学生たち。俺の胸のあたりの身長の女子。休日だというのにスーツを着た男性。今にもナフタレンの臭いがしてきそうだった。駅には不似合いで、どこか田舎の田園風景が背景に合いそうな白のワンピースの少女。足元には、目深に被っている麦わら帽子と同じような色のヒールサンダルを履いており、それがいいアクセントになっている。さらに横に視線を移せば、派手な金髪に十字架のネックレスをつけたチャラチャラした男と、やたら肌の露出が多く谷間まで覗かせている茶髪の女がいちゃいちゃしている。


 こんなところでいちゃつくな。目障りだし迷惑だから。

 ブブッブブッと、その二人に警告を鳴らすようにして、二度スマホのバイブレーションが短く通知を伝えた。小夏からだ。


【お兄ちゃん、忘れ物】

【画像を送信しました】


 システム上の文面の後につばに英語のロゴが入った黒いキャップを妹が頭の上に乗せ、斜め上の一番かわいく見える角度から、自分で自分を撮った写真が送られてきた。丁寧に加工アプリでコントラストが整えられている。


【今から届けようか?】

【別に】

【今日暑いよ?】

【暑くない】

【いやいや、そこ否定されても】


 画面上で、一文一文短い言葉で会話を重ねていく。


【ま、とにかくファイト!】


 ウサギがウインクしているようなスタンプ。目からハートがいくつか放出されている。何をどう頑張れと言うのだ。


 俺が呆れて返信しようとすると、トンと右側に座っていた人に肘が当たってしまった。

 和の心を重んじる日本人である俺は、反射的にお辞儀をして謝罪をする。しかし相手は帽子を目深に被ったまま無表情だった。当たったことに気づかなかったのだろう。


 ――ん?


 白のワンピース。表所を読み取れないほど深く被った麦わら帽子。それと同色のヒールサンダル。さっきの少女だ。彼女は俺の肘が当たったことを気にする素振りを全くもって見せずにひたすらに俯いていた。

 にしても、近くで眺めてみるとかなりの美人だ。きめ細やかな白い肌がそれを証明している。雪のように白い肌というものを生まれて初めて理解した気がする。歳は同じか、少し上だろうか。


 ブブッと、今度は俺に対してじろじろ見過ぎだと警告するようにスマホが振動する。見ると、昨日設定しておいた集合時刻十分前を知らせるアラームだった。


 ……誰も、来ない。


 十分前行動は基本って、小学生の時から習ってるだろ全く。


 周りを見渡すがそれらしき人影もない。


「……はあ」


 ため息を短くついてから、音楽でも聴いて時間を潰そうと思い、ワンショルダータイプの鞄に手を回そうとしたところで、


「――あ、すいません」


 またしてもその少女にこつんと手が触れてしまった。ほとんど脊髄反射で謝罪の言葉が口から飛び出す。


「…………」


 しかし当の少女はというとまたも無言を貫いていた。気づいていないだけだろうか? 相変わらず薄汚れた白タイルの床を眺めているだけだった。さすがに少々気味が悪い。

 ふと周りを見渡せば、まだベンチにはたくさんの空きがある。それなのに、何故か少女は動くと体が当たってしまいそうなほど近くに座っている。


 変な奴だな。


と、思いながらポケットからスマホを取り出す。もうすぐ五十二分になろうとしている。


 ……ちょっと探しに行くか。


 俺がベンチから立ち上がろうとした瞬間――――ぎゅっと七分袖のチェック柄のシャツが何かに引っかかった。


「……は?」


 引っかかったのではないということはすぐに分かった。裾を白い手がそっと握っている。その手を視線で手繰ってみると、あの色白の美少女だった。何が何だか頭が彼女の肌より真っ白になっている間に、


「…………なんで、気づかないのよ」


 そう少女の口から発せられると同時に、妙にその声に聞き覚えがあることに気がついた。そしてよくよく彼女の顔を見てみると、額のあたりから少しだけ金色の何かが見え隠れしていた。


「――――え」


 思わず少女を凝視してしまう。その絹のような白い肌と、細い割にはしっかりと安定感のあるしなやかな肢体。そして黄金色の何か。


「……あんまり、じろじろ見ないで……」


 徐々に、そして着実に、頬が真っ赤に染め上げられていくのを見て、ようやく俺の思考が追いついた。


「……どちら様ですか」

「……さすがに傷つくんだけど」


 少しふてくされて言う彼女は、既にその麦わら帽子は脱いでおり、いつものあの金髪が目に入った。


「……いや、誰だよお前」

「このままこの服引きちぎってやろうかしら」


 アリスはぎょろりと俺の目を睨みつけるとそのままベンチに座りなおした。純白のノースリーブのワンピース。スカート部分の裾はひらひらとレースが舞っている。それに、丁寧に編み込まれている麦わら帽子。さらには日本人にはない透き通ったスカイブルーの瞳に、光を全て跳ね返してしまいそうな色白の肌。そして生暖かい風になびくさらさらの金髪。


 当然のことながら、帽子を脱いだ彼女は目立った。前を通り過ぎていく人々が、確実に二度見以上してくる。そのことを彼女も気にしているようで、さっきからずっと目を伏せていた。


「……ただでさえ金髪が目立つのに、よくこんな服着て来られたな」


 連れだと思われて目立つのが嫌だったので、彼女のほうを見ないようにして声を殺して囁く。


「……だって、こういうふうに遊んだことなかったから、服装とかよくわかんなくて。パパが前に買ってくれてたのがあって……それがこれで……」


 段々と尻つぼみになっていく彼女の声を背中で聞き流しながら、俺はスマホの時計を確認する。既に午後一時を回っていた。


「友達とかと遊んだことないのかよ」

「……なに、嫌味? あんた、中学の時の私知っているでしょ」


 中学生のアリス。それはそれは目も当てられないほど孤立していた。休み時間になればすぐに本を取り出して読みふける。何かグループを作れば必ず余る。話し合いがあれば何も話さない。さらに加えて日本人離れした外見。これだけ揃ってしまえば、クラスに馴染めなかったのも当然のことなのかもしれない。


 実際にはこうして普通に会話できるし、たまに馬鹿にしてくるくらいにコミュニケーションが取れるものの、人見知りが過ぎる彼女は、いわゆる「ぼっち」だった。


「ぼっちだったもんな」

「……もっとオブラートに包みなさいよ」


 改めて横を見ると、そこにはジト目で嘆息を漏らす可憐な少女がちょこんと座っていた。何故か麦わら帽子を目深に被りなおしている。


 素直に可愛いと思った。


「――やあ、ごめん冬人。遅れちゃった」


「てへぺろ」と可愛くもなく、男がやるとただ気持ち悪いだけの行為を俺に披露してくる青年が目の前に突如として現れた。


「ごめん冬人くん。待ったよね」


 そのふざけた男の隣には由希が立っている。ふくらはぎの下くらいの丈のピシッとしたジーンズに、半袖の白シャツをインさせて、腰の辺りにはチェック柄の長袖シャツがラフに巻かれていた。おしゃれな都会っ子といったイメージだ。実際に、東京の辺りでは、こういうファッションが当たり前なのかもしれない。

 一方の亮は、七分丈のラフなズボンに白で真ん中あたりにアルファベットや自転車のシルエットがプリントされたTシャツ。その上に紺の長袖のパーカーを羽織っていた。肘の辺りまで腕まくりしていたが、正直この天気と気温の中じゃ見ているこっちまで暑苦しくなる。


「……で、冬人。その子は知り合いかなんかか?」


 二人の視線が隣の美少女へと移る。二人ともふざけている様子はなく、本当に誰だかわからずに困惑しているようだった。


「…………」


 白ワンピの美少女は照れているようで、帽子のつばを手で押さえて顔を隠している。


「なになに~、もしかして……冬人くんのカノジョ?」


 由希が茶化すようにして俺に妖艶な視線を送ってきた。いつもと変わらない反応に内心ほっとしながら、


「俺に彼女ができると思うか?」

「んー、それは無理かぁ」


 きっぱりと言い切る由希に鋭く目線でツッコミを入れる。


「…………そんなにこの格好変なのかな……?」


 俺にしか聞こえないくらいの大きさでアリスが囁く。本人はかなり意気消沈しているようだ。きっとここに来るまでも周りからの熱い視線に晒されてきたのだろう。可愛そうに。


「で、彼女じゃないなら誰なんだよ。お前に姉貴なんていたっけ?」

「……お前、本当にわからないのか?」

「全く」


 亮と俺とのやり取りを耳にし、アリスがいよいよ涙目になってきたので、


「ほら、よく顔見ろよ」


「……いや、さすがに初対面で顔をまじまじと見るなんて失礼じゃないか?」

「今のお前の態度のほうがよっぽど失礼だ」


「……よくわかんねぇけど」とぼやきながら俯く美少女の顔を覗き込むと、


「……え、もしかして……水無月?」


 今にも「げげっ」と声に出しそうな顔をしながら亮が後ずさりをすると、


「…………気づくの……遅い」


 すっかり腹の虫の居所が悪くなったアリスは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


「ご、ごめん! マジで全然わかんなかった! なんか、めっちゃ綺麗で……あっ、もちろん普段から可愛いとは思うけど」

「…………」


 ますます顔が真っ赤に染まっていく。亮のさりげない褒め殺しに完全に引っかかり、照れてしまっているようだ。


「うわー、関口くん女の子慣れしてるなぁ~」

「え、何のこと?」


 天然を平然と装うことができる彼を見て、少しだけ尊敬してしまいそうになる。


 この女たらしが。


「なんでもなーい」

「なんだよ」


 すっとぼける亮。


「にしても、アリスちゃん本当に可愛いね。絵本の中のお姫様みたい」

「……変じゃない? この格好」

「ぜーんぜん! むしろ似合い過ぎてて嫉妬しちゃうよ、私」

「でも、チラチラ見られるし、やっぱり変なんじゃ……」


 先ほどからそばを行き交う人々が一様にして、この可憐な純白少女に目を奪われていった。黙っていればお人形さんのように可愛らしい少女に、目を奪われないほうが逆におかしい。


「まあ確かにちょっと目立つかもだけど、でもすごく可愛い!」

「…………ありがとう」


 由希が上手くアリスの機嫌を取ってくれたおかげで、ようやく彼女に笑顔が灯る。それを見て亮がほっとして一息ついた。


「じゃ、そろそろ行くか。バスの時間もうすぐだし」

「そうだね。ほらアリスちゃん、行こ?」

「……うん」


 由希が伸ばした白い手をアリスが戸惑いながら受け取り、ゆっくりと立ち上がる。


「ほら冬人。あたしたちも行こ?」


 それを真似するようにオカマ声で亮がごつごつとした手を差し出してきたので、


「マジで気持ち悪いからやめろ」


 その手を渾身の力で振り払うと、「いてっ!」と苦悶の表情を浮かべ、すごすごと三人の後をついてきた。

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