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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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本音

 一週間ぶりに顔を合わせた兄様は、やっぱり同じローブを羽織って、そして分厚い本を抱えていた。オルガがうっかり鍵をかけてしまったことには……はたして気がついていたんだろうか。どれだけ本に夢中になっていたんですか。

 それよりも私の目は、彼の前髪に吸い寄せられた。

 目が悪くなるんじゃないかってくらい伸ばしていた前髪が、今は紐で縛って脇に流してある。……邪魔なら切れば良いのに。それでも伸ばしていたのにはきっと理由があるんだろう。願掛けとか。


 隠されていた顔を思わずじっと見てしまう。

 兄様は青い顔をして落ち着きなく視線をうろうろさせている。

 アイスブルーの瞳は若干潤んで忙しなく瞬きを繰り返している。それにさらさらの金髪。顔立ちは優しげというか……はっきり言って文句なしの美少女でした。

 これ、誰得ですか。私か。


「お久しぶりですね、アーヴェンス兄様。私のこと、お忘れかと思ってしまってました」


 すすす、と横歩きをしていますが、今度こそ逃がしませんよ。にっこり笑顔を作って退路を断つ。あわあわしているところ悪いけれど、今度こそちゃんとお話してくれないと困る。


「こんな風に騙し討ちのようになってしまってすみません。オルガを責めないで下さいね。私が頼んだようなものなんです」


 鍵のことに気がついていようがいなかろうが、閉じ込めてしまったことには違いないのでそこはきちんと謝る。オルガはあくまで兄様と話したいという私の気持ちを汲んでくれたようなものだし。


 ぺこりと頭を下げると、ぎょっとした顔で兄様の動きが止まった。


「いや、頭を上げて下さい! ラシェル家の名前こそ名乗らせてもらっていますが、本来僕はただの商人の子でロゼスタ様に兄と呼ばれるような人間じゃないんですっ」

「……はぁ」


 で? と首を傾げると今度は口の開閉が激しくなった。

 ようするに身分の違いが、とか私の立場として、というのを言いたいのはわかった。でも、私だって誰にでも頭を下げるわけじゃない。


「今回は私が個人的にアーヴェンス兄様にお願いをしている立場です。それに、ちょっと乱暴な方法だったのは確かですし……ラシェル家というより、私本人からの気持ちだと思って下さい」


 それと、と一番気になっていたことを付け加える。


「私の方が年少です。ご縁があって兄妹になったのですから、どうかロゼスタと呼んでください、アーヴェンス兄様」

「え、あの」

「ロゼスタ」

「いやいやいや、無理、それは無理です! っだからそこでお願いをしないで下さいロゼスタ様!」

「ロゼスタ」


 押し問答の末、二人きりのときのみ様はなしにする、ということに落ち着いた。アーヴェンス兄様はげっそりした表情をしていたけど、前髪上げたその顔でしてもただの憂い顔にしかなっていませんよ。

 これ誰得ですか。私だ。


「兄様、兄様」

「はい、なんですか」


 諦めたように気だるく応じてくれるアーヴェンス兄様。


「これからも普通の口調でお話して下さいね」

「……」


 初対面のときからの話し方でなんとなくわかってましたよ、と続けると、頭を抱えていた。

 自分の設定忘れていたのね。よくわかります。そしてよけていた前髪に今気がついてるとか。色々迂闊すぎやしませんか。

 私も被ってた猫簡単に剥がされたし、お返し、まではいかないけど、いいよね。

 あのどもりながらの話し方怖がられているみたいだったし、癖じゃないならもう普通に話してほしい。


 とどめに小首を傾げて「ロゼスタのもう一つのお願いです」と微笑んだら顔を背けられてしまった。

 なんでだ。


「そ、それでお話とは」


 こほんと咳払いをしてアーヴェンス兄様から話を切り出してくる。あれ、もう話といえば一つなんだけど。


「もう知っているとは思いますけど、私に魔法を教えてもらいたくて。……せめてダメなら理由を教えて下さい」

「理由を言えば諦めるんですか?」

「諦め、ませんけど……」


 じろりと横目で見られる。いや、もうどんな顔か知っているし、怖くないよ。

 いや、うそ。先生を引き受けてくれないのは怖い。


「なんというか僕は……女の子が、少し、いや結構……かなり? 苦手で……」

「はい」

「クローディア様からも頼まれたんですけど、その、なかなかお話する決心が、つかなくてですね」

「お母様とも話したんですか」

「ええ。それでですね、ロゼスタ様に──」

「ロゼスタ」

「ええと、はい。ロ、ロゼスタに教えるの、本当に僕じゃなきゃいけないんですか?」

「はい」


 何を今更、という顔で見ると、向こうも困ったような表情で見返してきた。くそう、可愛い。


「女の子が苦手、というと初めからですか? それとも何か原因があるんでしょうか?」

「原因……」


 口ごもっているけど、大体の予想はついている。もうあれしかない。


「兄様。もし兄様が嫌でしたら、絶対に口にはしません。あ、心の中で思うのは許して下さい。でも、そんなことを押し付けたり迫ったりする女の子ばかりじゃないって兄様にも知ってもらいたいです」

「は、え? 一体なんの話ですか」

「だから兄様が女の子にそういった服やらなんやらを着せられたり」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「え?」


 ちょっと待って下さい、ともう一度言ってアーヴェンス兄様が片手を上げた。うん、あんまり大声で言うと外にいるオルガに聞こえちゃうからね。

 でもどうして兄様額を押さえているの?


「ロゼスタ──は一体僕が何をさせられて、ですって?」

「女装、じゃないんですか?」

「……は?」

「え?」


 外に聞こえないように声を潜めて言ったら、アーヴェンス兄様の口が開いた。……もしかして違う、のか。

 これ、ただの私の妄想? 実際に可愛い女の子に見える男の子に、女の子の格好をさせたくなる人っているよね? 取っ替え引っ替え女装させられた嫌な記憶があるから、それ以来女の子が苦手……だとばかり。

 あれー?


 首を傾げたのは一瞬、でも今口にしたことが違うとなると、あのやり取りで連想した結果が女装とか反対にこっちが恥ずかしいんだ、ということに気がついて今度は私があわあわする番だった。


「えっと、あの、勘違いしてしまってごめんなさい! 決して兄様にドレスが似合うとかそういうことが言いたかったのではなくて! いえ、もちろん兄様はきっと何着ても似合うと思います──って、何笑ってるんですか!」

「いや、ほ、本当に思って……? わ、笑ってなんか」


 肩震えてますよ。

 真顔で指摘すると抑えきれなくなったのか、爆笑が始まった。でも馬鹿にしている笑い方じゃなくて、明るい──けど、笑われているの私だ。

 傷つけたんじゃないかってわりと本気で慌てたんだけど。いいですよ、好きなだけ笑って下さい。

 さっきの困ったような顔も可愛かったけど、お腹を抱えて笑っているアーヴェンス兄様はどこから見てもやっぱり美少女にしか見えない。

 今の表情の方がさっきよりずっといい。……もう早合点する癖、早く治そう。


 甘んじて笑い声を聞いていると、ようやく落ち着いてきたようで兄様の息が整い始める。


「す、すみません」

「いいです。気にしてません」


 ええ。本当に。残念な連想したのはこっちだから。ちらりと見るとまだ肩が震えていたりして、思わずぷっと頬が膨らんだ。


「すみません、あまりなかった発想だったので」

「いえ、もういいです」

「……そんなに僕、女装が合いそうですか?」

「は──い、いえいえ、そういうことではなくて、男の子が女の子を嫌がる理由を他に思いつかなくて」


 これ以上の誤解はよそうと両手を振って否定する。そんな私を、アーヴェンス兄様はさっきとは違う眼差しで見てきた。初めの警戒していた目じゃなくて、少し……柔らかい、ような。


「ロゼスタが言ったように、女の子を苦手となったのにはいくつか原因があります。僕自身に起因することが多くて……よく追い回されました。それも一人や二人じゃなくね」


 さらりと言っているけど、どんな状況なんだろう……。追い回されるって言葉通りなんだろうけど。

 想像もつかない私に、アーヴェンス兄様は「あまり思い出したくないので、詳しくは聞かないで下さい」と肩を竦めた。


「そういう経緯があって、僕はロゼスタのことも苦手だと思って……まぁ、避けていたところはありました」


 本人の口からはっきり言われるとちょっとキツい。

 そんなアーヴェンス兄様は女の子ってだけで私と関わりたくなかったそう。元々師匠──私のお父様にここでゆっくり研究をしてはどうかと言われて来たのもあって、寝耳に水だったらしい。……お母様もそれでどうしてアーヴェンス兄様に私の先生を頼んだんだろう。他に別の人もいそうなのに。


 あと、ちょっともやもやする。

 ……お父様、養子を寄越すんじゃなくて、ここは自分が帰って来るところじゃないの?

 むーっと考えていたら、


「──本当に、魔法を教えてほしいんですか?」


 声音が少し変わった。ぴん、と空気が張りつめたのがわかる。

 本能的に姿勢を正して、兄様の目を見返した。

 ここが正念場だ。


「はい。魔法に対する知識はほとんどありませんが、学ぶ意欲はあります!」

「魔法に関しては貴方の父上──僕の師匠の教えをなぞるだけですよ? あと、女の子が苦手なことには変わりないので」

「はい! あまり近づきすぎないように、適度に距離を保ちます!」


 元気にキッパリと言い切ったら、何故か微妙な顔をされた。え、また早とちり?

 女の子たちに追い回されたことがあるから、兄様のパーソナルスペース、いわゆる人に近付かれると不快に感じる空間に入らないように適度に距離を置いた方がいいと思ったんだけど。

 教わるのに個別対応が嫌なら……時間がかかるけど交換ノートでもして勉強進めますかとも提案してみた。こちらにしたらどんな形でも教えてもらえるのなら文句はない。

 が、その必要はないです、と首を振られ、結局一対一の勉強になった。


「僕の専門は魔道具の研究ですが、それでもよろしいですか? ひたすらひたすら勉強で、他のことをする時間はありませんよ?」

「はい、色々学びたいです。……お願い、します」


 祈るような思いで、ぺこりと頭を下げる。他のことってなんだかよくわからない。ひたすら勉強ってその勉強を教えてもらうんだから、他に何をするの。私はただ魔法を教えてもらいたい、それだけです。

 今度は頭を下げないでとは言われなかった。しん、と降りた沈黙が重い。

 ぎゅっと目をつぶったとき、静かに息を吐く気配がした。

 恐る恐る顔を上げると、困ったように眉を下げたアーヴェンス兄様と目が合った。


「僕の妹はお願いが多いですね」


 くすり。

 穏やかな笑みを浮かべて、美少女が笑った。


「僕でよければ喜んで、お引き受けします」


 先生、ゲット!

 今までの色々な思いがわーっと込み上げてきて、思わず兄様に抱きついてしまった。

 途端に生真面目な表情が崩れて大慌ての兄様と、勢い余って床に倒れ込んでしまったのはご愛嬌。






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