ロルフの提案
お待たせしました。
魔封じを外してあげた直後は少し休んだ方がいいだろうという話になり、アリシアはひとまずそのまま部屋で休ませることとなった。忘れないうちに薫り消しの魔道具も手渡す。その透かし彫りの腕輪を選んだのはシャノンだと合わせて伝えると、アリシアは想像した通り喜んだ。
部屋を後にする際「本当にありがとうございました」とシャノンに再度頭を下げられる。
「こういう形で魔封じは外されたことがないでしょうから、少し彼女についていてあげた方がいいわ。おそらく大丈夫だとは思うけれど、念の為に」
「……よろしいのですか」
「ええ。護衛は明日からよろしくね」
「はい」
シャノンも一緒にいてあげた方がいいだろうというお母様の言葉通り、シャノンとアリシアを残したまま執務室に戻る。
無事に外せて本当に良かったとほっと息をつくと、「良かったですね」とロルフに微笑まれた。
「はい。これで彼女たちも堂々と外を歩けますね」
「そうね。アリシアの耳は本人が気にするならフードで隠してもいいし、何より彼女たちが自らの意思で私たちと行動を共にしていることに対して異を唱える者はいないでしょう」
薫り消しの魔道具も渡したし、あとは後半の日程を無事に乗り切れば帰れる。あと数日で屋敷に戻れるとほっと息をつくとお母様にこれからどうするかと尋ねられた。
「お母様はどうされるのですか?」
「出現した魔物の情報の共有をハザニー砦側として、王都への報告書を上げるわ。いくつか取れた魔石もあるそうだから、それも送る準備をして後は細々とした報告を聞くのと書類作成かしら」
「魔石が取れたんですか?」
「ええ。回収は他の騎士たちに任せたからまだ確認していないのだけれど、そこそこの大きさの物があったそうよ」
「……それの所有権は誰にあるのですか?」
「今までは使い道がなかったから王都に一緒に送っていたのだけれど……。そう考えるとそうね、騎士たちが倒した魔物から取れた魔石の所有権は王都の物だけれど、私が倒した魔物の分はラシェル領の物になるのかしら?」
「そうですね、今まではクローディア様の魔石もまとめて送っていましたが、騎士団所属の騎士以外でしたら魔物を倒した者に所有権がありますね」
これはやはり私も頑張って討伐に参加すべきだろうか。魔物を倒せば倒すほど、自分の取り分の魔石が増えるなら……後半遠慮してほしいと言ってきたハザニー砦側の人たちが嫌がるか。取り分というか、王都に送る魔石の量が王都でライゼン砦と比較されるかもしれないしね。
「王都に集められた魔石は何に使われるのですか? それぞれの砦や騎士団から集められるとなるとかなりの量になると思うのですが」
「大多数が転移陣に使用されると聞いています。魔石は使い捨てなので一旦王都に集められてからそれぞれの領地に分配され、利用されるそうですよ」
「え。魔石って使い捨てなんですか?」
「はい。含まれていた魔力がなくなると色が抜けてただの石になります」
新たな情報に目を瞬かせると、ラドクリフさんは当たり前だという顔で頷いた。
そりゃ使えば魔石の魔力もなくなると思うけど……、じゃあ魔道具に使われている魔もいずれ魔力がなくなれば使えなくなるってこと?
「転移陣の管理は王家が担っているので、そういう意味では王都に魔石が一番集まっているかもしれませんね」
「ラシェル領の転移陣もですか?」
「そうです。メンテナンスを行うのも王城の魔導士たちですし、そういえばこの前も転移陣の調整で派遣されてきたと思いますよ」
アルフォンス様って魔導士だったんだ……。
新たな情報に驚きつつも、魔石がいずれは石になってしまうという事実の方がびっくりだ。作っても作っても、魔石がなければ使い捨て同様だなんて思ってもなかったよ。
「クローディア様の魔石も一緒に集められているはずです。後で見に行かれますか」
「はい!」
それはともかく、初めての魔石を見られる! 楽しみ!
シロガネの出番ももう少し後だし、私がしなければならないことは特にない。一瞬シロガネと一緒に雰囲気だけ覗かせてもらおうかとも考えたが、変に顔を出した先でまた神官たちに押しかけられても困る。
お母様と一緒に行動することにしてもいいかな。万が一神官たちが来ても追い払ってくれるだろうし。討伐時にも行動を共にと言われたことも考えると、彼らと会話をしなければならない可能性は少しでも減らしたい。
その他の日程はどうしよう?
アリシアの魔道具の解除も無事できたし、これ以上魔法陣の練習をするだけなのもなんだし、お母様が取ってきてくれた魔石を見に行ってみたり、シロガネがもし魔石を取ってきてくれれば新しい魔道具についても考えられる。また町に出て美味しいご飯を探してもいいだろうし!
自由時間だやったね!
「ちょっとよろしいでしょうか。ロゼスタ様は、一切討伐への参加はされないということですか?」
「それに近いわね。シロガネには顔を出してもらう形にはなるけれど」
「貴方の配置は特に変わりないわよ」とちょっと意地悪そうな顔をしたお母様に、「そうですか」と迷ったような口ぶりでロルフは呟いた。
わ、私のせいで本当に申し訳ない……!
「少し確認したいことがありまして」
「どうかしましたか?」
心中で頭を下げた私にロルフが差し出したのは、作ってあげた薫り消しの魔道具だ。数日前に作ったばかりだし、壊れたわけではなさそうだけど。
「魔物は魔力を得る為、腹を満たす為人や動植物を襲うことはわかっています。これは私の推測なのですが……視覚で確認をされてしまったのならともかく、薫りを消してくれるこちらを見につけている間は、少なくとも離れた所にいる魔物からは気づかれにくいのではないのかと」
「んん?」
「武器を模した魔道具は作る気はないとおっしゃっておりましたが、こちらはロゼスタ様も身に着けていらっしゃる装飾品ですので」
「ロルフ!」
喜声を上げたのはランドルフさんだった。
「確かにこれは武器ではないし、何より誰もが身に着けられる。騎士だけでなく、街道を行く商人たちや往来する村人なども、身につければ魔物が寄ってこないと知れば皆安心するぞ!」
ちょ、ちょっと待って。
確かに薫り消しの魔道具は武器ではないし、外せば効果がなくなるから……だけどこれがあるから魔物が寄ってこないと決まったわけじゃないよね!
「あの! そこまでの効果があるかはわかりませんし、あまりこれに頼りすぎになられても……」
「もちろんですよ。魔物に見つかった状態では薫りがあろうがなかろうが関係ありませんし、この魔道具のせいにするわけではありません。ただ、薫りを隠すことができることによって、離れた魔物から狙われる危険が少しでも減らせるのでは、と考えたまでです」
なるほど。
ちょっと焦ったけど、そういうことなら……。お守りみたいな考えでいいのなら、そんなに気負うことはないのかな。皆が気軽に持てるというのも面白い。
装飾品にしなくてもいくつかタイプを絞って同じ形にすれば、身に着けている人を見かけてもそうとわかるし、何より魔物に知られない為という言い訳があるから魔力の量を気にせず身に着けられるよね。
そういえばアルフォンス様も、対魔物に有効じゃないかって言ってくれていたし、顧客ゲットにつながるなら、今でもいいんじゃない?
――待て待て待て、ここで返事をするでない!
焦った声を上げたのはシロガネだった。
――そなた魔力回復の魔道具だけを作るのは嫌だと言っていなかったか? それが薫り消しに変わっただけだぞ!
いいですね、と頷く前に響いたシロガネの言葉で、頷きかけた頭を止める。あ、あぶない。ほんとだ。誰もが気軽に持てるならそれはそれだけ数がいるってことじゃん。
薫りを消すんじゃなくて、いっそのこと魔物除けを作った方が良いのでは……と一瞬思ったが。
今この状態でそれを口にしたらどうなるのか怖くて、曖昧に微笑んだ。それを作るのも考えるのも私なら、今はとてもじゃないけど無理だよね。
「とっても興味深いんですけど……まずどの程度の効果が見込めるのかわからないのと、今のところ作れるのが私一人なので需要と供給のバランスが全く取れないと思います」
「そうですね。なので効果を実際に確かめたいと思うのですが……、前線に出る騎士にいくつかお渡していただいても構いませんか?」
お母様ぁ! 渡してもいいんでしょうか!?
そもそも作り手がいないのに効果を確かめて、もし効果が見込めたらどうするの? 私そればかりを作る毎日は嫌ですよ?
聞かれたお母様は思ってもみなかったことを言われたからか、目を瞬いてまじまじとロルフの手にした鎖を見つめる。
「確かに、理論上は薫りがなければ魔物は寄ってこないわよね……」
「はい。目視できる距離でしたら仕方ありませんし、ロゼスタ様のおっしゃったように魔物を寄せ付けないというわけではないでしょうが、数人で森や街道を抜ける者たちでしたら襲われる可能性が格段に低くなるのではないかと。魔物討伐の際もこちらの薫りを相手に悟らせない、という意味では騎士たちに持たせるのも有効だと思います」
「……試してみる価値はありそうね」
「はい」
「でしたら、しばらく効果を確かめる期間を設ければどうですかな。今回クローディア様は休んでいただくよう伝えられましたが、うちの団員たちまでもが休んでいるわけではありません。もし可能でしたら、ロゼスタ様に今いくつかこの魔道具を作っていただいて、うちの複数の団員たちに持たせるのはどうでしょう?」
「どうでしょうって……なんて言ってお渡しするんですか? 薫りを消すのが第一の目的の物にそんな効果があるように騙って渡すのはちょっと……」
お母様の好感触に勢いづいたラドクリフさんは妙に乗り気だし、あれよあれよといううちに決まっていく話。顧客ゲットはしたい私と、大量に必要になるであろう魔道具の量に慄く私がせめぎあいながら、かろうじてブレーキをかけると。
「それは普通に魔道具の検証がしたいと伝えるので問題ありませんよ」
「……なるほど?」
「ええ。薫りを抑えることでどれだけ魔物が寄ってこないのか。その効果はどれほどなのか調べるためと伝える予定です。渡した者はこちらで選び把握しますし、都度団長が回収するようにすれば紛失も盗難の可能性も抑えられるかと」
「盗難」
想定外の言葉が飛んできてオウム返しに呟いていると「代金はきちんとお渡しします」と爽やかに言われた。
いやお金を払うと言われても……それがどのくらいの価値なのかさっぱりなんだけど。
あれ、私兄様に基本的な読み書きと魔法陣の読み方描き方、魔法は習ってるけど……貨幣価値とか何も知らないな!
是とも否とも判断がつかずオロオロしていると、困ったような表情でラドクリフさんが何を勘違いしたのか、「もちろん、適正価格で」と言い添えてきた。
その適正価格がわからないんですけど……。
「すみません」
何やら盛り上がっている二人には悪いが「あ、無理」という思いが浮かんだのと同時に言葉が飛び出した。
「これを魔物が避ける道具としてお渡しはできません」
「しかし……!」
諦めきれずに言い募るラドクリフさんには悪いが、本来薫り消しはあくまで身につけた人物の薫りを感じなくさせるだけだ。幾人かでまとまって動く騎士たちに持たせても、目に見える効果があるとは考えにくい。
「魔道具の検証と言って渡すとのことでしたが、それでもそうした場面を想定して作った物ではないので責任が取れませんので……」
「ロゼスタ様に責任を押し付けようとはしていませんよ!」
ラドクリフさんが焦ったように首を振ったが、これはどう考えてもそういうことでしょう。
幾つ渡そうとかの前に、まだ効果もはっきりわからない物を渡してお金を受け取るのは違う。
それで効果が出ればまだいいけれど、その効果も偶然なのか、そうでないのかわかるにはある程度の時間が必要となるはずだ。
その間、私は「あの魔道具大丈夫かな?」とか「効果あったかな?」とか悩まなければいけないわけで。気にしなくていいですよと十中八九言われるだろうけど、お金を受け取っておいてそんなことできるわけない。
そんなの、魔道具作っていて楽しくないし、なし崩しにもう少し融通を利かせてくれと頼まれるのが目に見えている。
お金を受け取るなら、きちんと効果のわかるものを自信をもって提供したい。あの郵便の魔道具のように。
……それに魔道具のやり取りをするなら、ガイスラー商会を通してもらわないと。なんの為にわざわざ既存の商会を通しているかって、私個人と魔道具の関係があると繋げられたら困るからなんですよ? 多分勘づいている人はいそうだけど、まだ公になってないことだからね。
「今回の魔道具に関しては、想定した使い方ではないとはっきりわかっていますよね? そして効果を発揮するのは身につけている本人だけです。集団で動いていたらあまり効果はないのではないですか?」
ロルフたちがぐっと言葉に詰まる。
魔道具は高価な物で、それを簡単に作っているように見える私が目の前にいて、ましてそれが魔物を避けるのに有効かもしれないと考えてもっとと思ったんだろうな……。あと、魔物と戦う人たちが魔物に避けられる物を見につけるのは本末転倒な気がする。
お母様が信頼しているようだったから安心していたが、少し気をつけよう。
ロルフに渡した魔道具はあくまで彼個人にあげただけで、それを他の皆にもと考えるのはよしてほしい。
「そう、ね。貴女が楽々と作ってしまうのを、私たちがそれを当たり前に思うのは違うわよね」
しょぼんと肩を落としたラドクリフさんに、「性急すぎてごめんなさいね」とお母様がそっと首を振った。
「あの、作るのが嫌だということではありませんよ。ただ、売買となったらきちんと効果のある物を自信をもってお渡ししたいんです……商会経由で」
「で、では、効果の見込める物を作っていただけるということですか?」
私の言い訳に希望を持ったのか、ラドクリフさんが食いついてくる。
だから私一人で対応ができないんだってば……。
──話が元に戻ったのではないか?
呆れたような口ぶりのシロガネの言葉に頷きながら、もう一度「今の段階ではお約束できかねます」と断った。
やっぱり私一人だとね。魔物除けの効果が欲しいなら、それ専用の魔法陣を考えないといけないだろうし。今口にはしないけど……。
読了ありがとうございます。
次話はいよいよ魔石の登場です。




