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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
88/90

解放

大変お待たせしておりました!

またちまちま投稿していきたいと思います。

 ええええええ?!

 うそうそ、壊れちゃった!


 真っ二つに割れた魔封じに一瞬思考が停止する。

 ……ちょっと引っ張っただけなのに割れるなんて、脆いにも程があるんじゃない?

 確か破損しているとか言っていたし……きっと最初から壊れていたんだね。そうに違いない。


 ──そんなわけがなかろう。

「ちょ、ロゼスタ、いきなり割れたけど何をしたの?」


 デスヨネ……。


「あ、あのごめんなさい。ちょっと引っ張ってみただけなんです! 壊そうとなんて考えてませんでした。ただ、ここかなって……」

「何を引っ張ったの?」

「ええと……」


 魔法陣その物だと言えずモゴモゴしていると、呆れたようにロルフさんが「ロゼスタ様の力で引っ張ってどうこうなる物ではありませんが」とごもっともなことを仰った。


「まさかこんなことが……ロゼスタ、貴女体調は?!」


 はっとしたお母様に肩を抱かれ、額に手を置かれ抱きしめられる。

 あ、そういえば……。


「何も、ないですね」

「本当に?」

「はい」


 薫り消しの魔道具の魔法陣を解いた時に感じた、あのふわふわした心地よさも、反対に気持ち悪さも何も感じない。

 どうやら他人の魔道具を解いても自分の魔力には変換されないようだ。一つ発見。

 ということは、他人の作った魔道具を解いても、壊した人には魔力的には何も変わらないということか。失敗すると暴発するのは変わらないだろうから、そこだけ注意かな。

 自作の魔道具を他人に崩されても魔力が戻ってくるのかどうかは、またあとで検討しよう。


 ……それにしても、魔法陣をほどいたらどうして壊れるなんてことになるのか。

 薫り消しの魔道具は魔法陣を解除しても髪紐のままだったんだよね。元々の首輪が時間経過で壊れかかっていたからだろうか。

 はーっとお母様が大きく息をつく。


「何もなかったから良かったものの……何が起こるかわからないのだから、もう少し自分の身体を大事になさい」

「はい……ごめんなさい」


 そうだった。ここは魔法を練習していい部屋じゃない。

 自分の魔道具の陣を解いても何も変なことが起こらなかったからといって、安易に手を出しちゃいけなかった。

 ……それはそうと。


「あの、続きをしてみても良いのですか?」

「続きですか……」


 どこか疲れた表情のラドクリフさんに許可を求めると「こちらでは使用する予定がありませんのでお好きなだけどうぞ」と頷かれた。

 ……何事も検証あるのみだよね。

 許可もいただいたことだし、それでは早速。


「えい」


 ツン──パキッ

 ツンツン──パキンッ


 陣に目を凝らし、微かにあるささくれのような引っ掛かりをとげ抜きで抜くようにさっと抜く。

 たった一つ綻びを抜いただけで、ただの錆びた鉄の塊になる魔封じ。さっきのようにほどいた先から壊れる物と、一応そのままの姿を保っている物とに分かれる。

 やはり、元となった道具そのものの耐久にかかっていたようだ。

 魔力は変わりないし、こちらに不都合な何かも起こらない。


「私には何がなんだか……」

「一体どういうことなの?」


 ハッと気がついたのは、半分以上の魔封じを単なる鉄屑にした後だった。

 呻くラドクリフさんには申し訳ないが、彼が納得できる説明ができる気が全くしない。シャノンは呆然と鉄屑を見下ろしているし、ロルフに至っては興味深そうに魔封じだった残骸を手に取ってひっくり返して眺めている。

 説明と言っても、お母様に魔法陣が見えることを伏せるとなると、途端に話せることが少なくなるんだよね……。

 そもそもここで話してもいいものかの判断ができない。話すならせめてお母様と二人きりの時か、お父様が一緒にいる時だと思う。


「ええとですね、こう、魔力が揺らいでいるように感じる所がありまして、そこを引っ張るとどうなるかなと思って抜いてみたんです」

「……何を引っ張るのかしら」

「魔法陣の構成が甘いところ? でしょうか」

「……どうやったらわかるの?」

「勘です」


 とうとうお母様が顔を覆ってしまった。


「ここの魔力のかさついたところを引き抜く、という感じ、なの、ですが……」


 自分なりに精一杯感覚を言葉にしたつもりだったが、お母様には「何を指しているのかさっぱりわからないわ」と眉を下げられてしまった。


「クローディア様にもわからない感覚というものがあったのですね」


 ラドクリフさんは妙な所で納得している。


「どういう意味かしら」

「あの、でも、魔封じの主変更をせずに壊せるって、すごくいいこと、ですよね」

「そう、かしらね……」

「いえ、本当にすごいですよ。ただの鉄屑になっていますからね、これ」


 継ぎ目に目を凝らしたロルフが感心したように、魔封じだったものを何度もひっくり返す。


「まあ、他の魔道具は壊す意義がありませんからね」


 苦笑したラドクリフさんに対し、次第に硬い表情になったのはお母様だ。


「アリシアに嵌められている魔封じも外してあげたいんです、けど……」


 魔力の揺らぎもない、ただ魔道具自体が壊れるだけなら、彼女を解放しても大丈夫なはず。

 私の尻すぼみの言葉にシャノンがはっと顔を上げた。

 そもそもあの首輪を外してあげたくて練習していたんだから。そう思っての言葉に、お母様は思っていたよりも厳しい表情をして私を見た。


「ロゼスタ、このことはこの部屋の外では決して人に話してはいけませんよ」

「? はい」


 もちろん人に言いふらしたりしないし、言いふらせる人もいないけど、そんなに良くないこと?


「魔道具はそもそも価値がある物で、あまり流通していないのが前提よ。その中でも魔封じは比較的幅広く流通していて、取り締まってはいてもなかなか全てを回収するには至っていないの」

「そうなのですか?」


 てっきり魔力のある奴隷にはもれなく魔封じをつけられると思っていたのに。


「ロゼスタ様、魔封じの魔道具自体もそう世に出回っているわけではないのです。全体数の把握までに至ってはいませんが、基本表に出てこない魔道具の一つとお考えください」


 ……こんなに目の前にあるのに?

 ──ここら一帯だけでこれだけあるということは、他の地域でどれだけ使われているかわからんということだろうな。


 奴隷という存在があるからにはこの魔道具は普通に普及している物かと思いきや、どうやら違法に属する物らしい。

 首に嵌めた相手の魔力で半永久的に自由を制限する魔封じは、首輪という外見上、一目で嵌めている者を奴隷と知らしめるだけで、意思を奪うとか操るといった性能はない。というよりも、そんな高度な魔法陣は存在しないとか。

 相手の魔力を奪い続けるように設定された魔法陣そのものが、既に完成されたものということだろうか。

 ただし、一度設定した主人の優先順位は上書きできず、本来存在する筈の解除の鍵も現在殆どの魔封じに確認することはできない。一度前の主人の下をなんらかのやり取りで離れた奴隷の主人の定義とか気になることは多々浮かんできたがそれはさておき。

 これ、一度嵌められたら終わりじゃない?

 思っていたよりも悪質な魔道具だった。


「それを、貴女は主でなくても、まして鍵がなくても魔道具そのものに干渉できてしまうということを証明してしまったのよ。これがどんなに稀有……もとい、非常識なことかわかるかしら?」


 言い方ぁ!

 そして、わざわざ言い直した方がひどい!


「アリシアのような立場に立たされた者にとって、今貴女のやってのけたことは大きな救いになるでしょうね。同時に、彼らの主となっている者たちの考えることも想像できるわね?」

「はい……」


 つまり、この魔道具を使用する者たちからすると、ひじょーに私の存在は目障りである、と。

 こわぁ。


「でも私、これはアリシアの為に考えてやったことです。だから、その……」


 他の奴隷になっている人たちにまで手を広げるつもりはない、んだけど……。

 だってどういう経緯で奴隷になっているかわからないし、見かけたとしてもその場で考えもなしに解除なんてしませんよ。

 確かに違法と聞いたら気の毒だとは思うけど──それなら外してあげても何も問題は……いやいや、ちゃんとお母様たちに相談しよう。


 ――手を出すなと言われておるのだぞ?

 わかってるわかってる。大丈夫です。

 

「……とりあえず、オルトヴァ様にも相談します。とにかく、決して他言無用よ、いいわね、ラドクリフ」

「はい」


 それは兄様が頭を抱えるところまでがセットなんだろうなぁ。目に浮かびます。

 魔力回復の魔道具と全く同じく表立って言えない技術になりそうなところがなんとも……。


「アリシアの首輪に関しては……対応して構わないわ。彼女の存在はここの者たちにも殆ど知らせていませんからね。ここで魔封じが外せるのならばその方が好都合だわ」

「……いいんですか?」


 言い出したのは私なんだけど。

 彼女の主だった人のことはいいんだろうか。後からアリシアの所有権などといったものを主張されて面倒ごとになったりしないかな。


「あら、獣人を奴隷にするのは公に許されていないのよ? それにここにいるのは私たちに保護を求めてきた少女が二人いるだけ。誰が、どんな証拠で彼女が自分の奴隷だと申告してくるのかしら」

「おおお……!」


 それ、申告してきても証拠がないし、万が一してきた時にはその場で罪に問えるってことですね!


「あ、ありがとうございます……!」


 シャノンが涙ぐんで口元を押さえる。


「まだ外してあげられてないから、お礼は早いと思いますよ。外してあげに行っても、いいですか?」

「はい。はい……!」


 アリシアはシャノンと同室で、部屋から一歩も出ていない。ずっと部屋に閉じこもっている状態で窮屈だろうに。


 早速彼女たちの部屋に向かい、魔道具を外してあげられるとアリシアに話す。

 素直に首を見せた彼女の魔封じに目を凝らし……さっきと同様、あっさり魔封じは首から外れた。カシャンと軽い音を立てて、鉄くずの塊が床に転げ落ちた。


「ありがとうございます! 肩が軽いです!」

「良かった、本当に良かった……! ロゼスタ様、ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 抱き合って喜び合う二人にうっかりもらい泣きをしそうになりながら、少し寂しい気持ちになる。

 ……魔封じの解除をするまでが護衛をお願いする期間と言っていたから、ここでお別れかもしれない、と。

 だからといって解除を遅らせた方が良かったとは思わないんだけど。

 もっと一緒にいたかったな……。


 そんな私の心の呟きを聞いたのか、お母様がシャノンとアリシアに「そのことなんだけれど……」と話を切り出した。


「こちらに向かう前にお願いしていた護衛のことだけれど、初めはロゼスタがアリシアの首輪を外すまでと言っていたわね」

「はい」


 滲んだ涙を拭いつつシャノンが答える。


「その期間を、せめてリィンバークに帰るまでに延長してもらえないかしら。もちろんお礼はするし、シャノンの護衛中のアリシアの身の安全も保証するわ」

「それは……」


 戸惑ったようにシャノンが「あまりにもご厚意に甘えすぎなのでは」と眉を下げる。


「アリシアがこうなったことに関しても、首輪を外していただけたことで、私どもは何も言うことはありません」

「貴女たちはそうでも、こちらにも事情があるのよ」


 首を振って見せるシャノンに重ねてお母様がお願いをする。

 私の護衛ってそんなになり手がいないんだろうか。それはそれで複雑なんだけど。


「ロゼスタの護衛にアリシアは加わらなくて良いし、目立たないようにすれば獣人ということは隠せるでしょう。ロゼスタの侍女ということにすればここでの彼女にも仕事ができるし」

「有り難いお言葉ですが、何故私たちにそこまでご親切にしてくださるのでしょうか?」

「何も貴女たちを特別扱いしているわけじゃないのよ」


 精獣様にも気が引けるというシャノンに、お母様はきっぱりとした口調で言い切った。


「ロゼスタにも話したけれど、アリシアの元主人が私にどんな言い訳をしてこようが正当性はないわ。それでも、こちらの目の届かないところでまた同じようなことが起こらない、とは限らないでしょう。その時には貴女たちは私の庇護下にある、とはっきりわかった方が良いのではない?」

「それはそうかもしれませんが……」

「何よりまだ討伐の日程が残っているし、もし貴女たちに急ぎの予定がないのなら、もう少し娘の側にいてもらいたいの……母親としても」


 シャノンが迷うように下を向くと、横からアリシアが「予定といった予定はないんです」と無邪気に笑った。


「ちょ、アリシア……!」

「ご予定、ありませんよね? 昨日もそうお話していたじゃありませんか。それならば、シャノン様がお嫌でなければこのまま、というのは難しいのですか?」

「いや、難しいというか……」


 止めかけたシャノンに、アリシアは笑顔で二人きりでしていたであろう会話の内容をぶちまけた。

 明らかに言うつもりのなかったことを喋るアリシアに、あわあわしながらのシャノンもすぐの反論が出てこない。


「まあ、そうなの? どこかにすぐに向かわなければいけないといった急ぎの用があるのでなければ、私の屋敷でしばらく過ごすのはどうかしら?」


 それとも、あんな仕打ちを受けていたから、領地内にいるのも嫌かしら、とお母様が窺うようにするとアリシアは「いいえ」とまたにこりと笑った。


「お心遣いありがとうございます。確かに閉じ込められましたが、もうそんなことをしてきた人の顔も覚えていないので、領地に嫌な思いがあるわけではありません」

「アリシア!」

「シャノン様、私たち、このままあちらこちらと旅をするのも大変だと思うんです。追われることから始まった私たちの旅ですが、少し休む時間があってもいいのではないですか?」

「それなら、アリシアは──」

「誤解しないでくださいね、シャノン様」


 きっとこの時、シャノンはここで別れようと言いかけた。それを目線一つで止めて、アリシアはきれいに笑った。 


「シャノン様がいらっしゃるところがアリシアの居場所です。シャノン様が行くと言うのでしたら、どこへなりともお供します。そんな私ですが、離れていた間の分少しゆっくり過ごしたいなと思ったまでです」

「ゆっくりって……務めていたらゆっくりにならないでしょう」

「あら、何をすることもできなくてただ待つだけだった私からすれば、全てがとても贅沢なことですよ」


 囚われていた時のことをさらりと口にしたアリシアの言葉に、シャノンが押し黙る。


「それとも、シャノン様は本当にこのお仕事はお嫌ですか? 精獣様はともかく、ロゼスタ様をお護りするのは苦痛ですか? それでしたらご無理にとは言いませんが……」


 無邪気に人の心を抉るアリシアの残酷さよ。

 精獣様はともかくって……苦痛って……。

 シロガネが吹き出し、お母様たちが固まる中私は一人胸中で泣いた。

 また口を開きかけたアリシアを、わざとらしくシャノンが咳払いをして制した。


「あの、討伐が終了するまではお側を離れるつもりはありませんでしたよ。こんなに早く首輪を外していただけるとも思っていませんでしたが……」

「ほ、本当に?」

「はい。……それに、アリシアのことについても、有り難く思っています。色々とご配慮いただき、感謝しています」

「ううん、無事に外せて良かった」

「それと……あの、先ほどのアリシアの発言ですが主家としてお詫び申し上げます」


 深々と頭を下げたシャノンの姿を見て、きょとんと目を瞬かせたアリシアもおずおずと頭を下げる。


「謝罪は受け取りました。ちょっとびっくりしたけど、大丈夫ですよ」

「もう二度とあのような発言はさせませんので」

「はい」


 本当にそうしてください! 泣いちゃうから!


「ともかく、アリシア」

「はい」

「後で話があるから」

「はい!」


 じとりとした視線で見られたアリシアは元気に返事をする。

 怒られるとは微塵も考えていない顔だ。


 私に対しての言葉も含めて、存分に叱られてくるといいよ。

 私の侍女にというのなら、あんな言い方もうだめだからね!


読了ありがとうございます。


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