装飾品店にて
「あの、武器としての魔道具でなくても、何かお役に立てそうなものを思い付いたらお知らせします」
ということで、この場はいいですか? という口にしない思いは汲んでもらえた。
うう、魔石すっごく欲しかったなぁ……。
流石にこの流れでカケラだけを要求する度胸はなくて内心諦めたところで「遠慮なさらず」と微笑まれた。
「先ほどああは口にしましたが、魔石のカケラはお譲りしましょう。幼い身でお越しくださったロゼスタ様への御礼に、とまではなりませんでしょうが、どうぞお受け取り下さい。魔道具の件はあまり思い悩まんで下さい。私が性急すぎました」
ラドクリフさん、いい人!
それにしてもお父様、この国で手に入りにくい魔石のカケラをお礼に、と言われても承諾しなかったってことは、よっぽどイヤだったんだろうなぁ。
お母様は相変わらず残念そうな表情だが、私とラドクリフさんがそれぞれ引いたことでそれ以上の後押しはなかった。
「お母様、そう言えば魔法陣の解除の練習の件なんですけれど……」
忘れてしまわない内に聞いておこうと、お母様を呼び止める。
「他のことを考えると、あまり練習できないんですが……シロガネが討伐で前方にいる時、少し練習しても構いませんか?」
少しでも早く解除のコツを掴もうと思ってのお願いだったけど、残念なことに許可は下りなかった。
「慌てて練習をしなければならない、ということはないでしょう。いくら後ろで控えているとはいえ魔物が現れる可能性はない訳ではないし、戦闘以外で魔力を使うのはどうかしら。魔力の操作に慣れてきたとはいえ、他のことに使う余裕はないでしょう? 万が一暴発があった時、どんな被害が出るかわからないのだから」
てっきり大丈夫だと思い込んでいたから、却下されてがっかりしたが、考えてみればお母様の言う通りだった。
魔力回復の魔道具を身に付けているから、魔力には事欠かないけれど、それは他の誰も知らない。
最初は暴発怖い、と思っていたくせに、すっかり忘れてしまっていたらしい。慣れって怖い。
「……わかりました」
ここで練習してできるようになったら誉めてもらえるかもと思っていたけど、それはリィーンバークの屋敷に帰ってからのことになりそうだ。
……首輪は早く外してあげたいから、時間の許す限り練習するしかない。せめて薫り消しの魔道具だけは急いで渡してあげよう。
無事に顔合わせも挨拶も済んだので、早速町に向かうことになった。ここでは堂々と魔道具関連の話をしても大丈夫だとわかったので、魔石を売る店がないか聞いてみると、魔道具の店同様ないらしい。
「魔法陣の強化に使う以外、ここで魔石のカケラなどは大して必要ないですからな。普段は王都に送るか処分しております」
「しょ、処分……」
あまりの勿体なさにクラクラしてしまった。捨てるくらいならください!
……とりあえず、どのくらいかわからないがカケラをもらえるのは確かだから、今まで処分されていた魔石については置いておく。今後のことについては要相談だ。
そう考えると、リィンバークの街に魔道具の店があったのはすごいことだったんだと今更ながらに思う。あの品揃えで果たして店を畳んでいないか心配だが、帰ってからもう一度見に行こうかな。
お母様はラドクリフさんと打ち合わせをしてから早速出発するらしい。
「気をつけて下さいね」
「貴女もね……ロルフがいるから大丈夫だとは思うけれど」
茶目っ気たっぷりにウインクしてきたお母様に、ラドクリフさんがかかと笑った。
「精獣様とその契約された方に手を出そうなど考えることすら畏れ多い。どうぞご安心を。ごゆっくり町を見物されていらしてください。リィンバークに比べると武骨な町ですが、活気は勝るとも劣りません」
「ありがとうございます。──ところでお母様。くれぐれも、くれぐれも必要以上の無理はしないで下さいね」
「それはこちらの台詞です。戻った私の寿命を縮めるような報告がないことを信じているわ」
にこやかにお互いの行動を牽制し合う私たちを見て、ラドクリフさんが思わずという風に吹き出した。
「まるで互いが母親のような会話ですな。いや、仲がよろしいことで。ロゼスタ様、そのような心配はいりません。クローディア様の精獣様の討伐時のスピードは凄まじいものですから。我々はともすればついていくのが精一杯の時もあるほどで」
そうでしょうとも。それが一番心配なんです。
ひきつり笑いを返しながら心の中で叫び返す。
お母様は今まで領地で精獣と契約を交わしたただ一人の存在だったからか、一人で全部背負う節がある。他の人をあてにできなかったのもあったのだろうけど、自分が動いた方が早いと考えていそうだ。
今まではそれで良かったんだろうし、なんとかなっていたんだろうけど、これからはそうはいかない。
なんて言ったって、妊婦ですからね!
◇ ◇
「どちらに向かいますか?」
馬車の準備をしてくれ、尋ねてきたロルフさんにまずは装飾品の店に行きたいと伝える。
「屋敷に商人を呼び出しはしないのですか?」
シャノンの問いかけは最もだったけれど、私は首を振った。
今回の討伐を除き出かけたとはっきり言えるのは、兄様と初めて街に降りた時と豊穣祭の時にだけ。
外に出ていいと言われる限りは出来るだけ外を見たい。きっと領地に帰ってもこれまでより外に出られる可能性はそんなに上がらないだろうし。
「実際の品物を色々と見比べたいんです。あとは町並みを見るのを楽しみにしていたので」
リィンバークの街だってそんなに知っているわけではないが、何か次の魔道具のヒントになるものを見つけられるかもしれない。
「それでしたら、幾つか心当たりがあります」
ロルフさんが行く先を御者に伝え、馬車はゆっくりと走り始めた。右手の奥に座った私の左隣にシャノンが、向かいにロルフさんが座り、シロガネは定番の膝の上だ。
「あの、今回のことは……本当に申し訳なく思っています。副団長様に迷惑ばかりかけてしまって……」
私がレイトスの口車に乗って飛び出したことを謝罪すると、何故か吹き出された。
「よしてください。副団長様だなんて。団長ならばともかく。それに、お叱りは一緒にと申し上げましたよね。レイトス殿も護衛とはいえ、あんな言い回しをされたらかえって不安を覚えさせてしまうと理解されたでしょう」
「え、とそれではなんと呼べば……」
「ロルフ、と。ラシェル家の、光の精獣様と契約された方に様付けで呼ばれるなんて、一護衛の身に余ります」
微笑みながら言われたが、線引をしっかりされた気分だ。
いやー、立場的にはそうでも年上の人を平気で呼び捨てにする感覚に慣れなくて今まで誤魔化していたんだけどね。
あまり食い下がるのも変だし、軽く咳払いをしつつ「では、ロルフ、と呼びますね」と宣言するとなんなりとお申し付け下さい、と流し目で微笑まれつつ頭を下げられた。
……考え事をする時も癖を付けておかねば、うっかり忘れてさん付けをしてしまいそうだ。
団長ならともかく、と言っていたし、ラドクリフさんは騎士団長の呼びかけのままにしてもらおう。流石に前世の父親より年上の男の人を呼び捨てにはできない。
「それともレイトス殿のことが心配ですか? 彼は彼で別に任されることがあるようなので、そこまでロゼスタ様が気に病まれなくて大丈夫ですよ」
「それは良かったです」
皆さんのご迷惑になっていなければもう関わりもないだろうし。
「装飾品はどのような物でも魔道具になるんですか?」
「基本的には。魔法陣をこう……描いて刻むので 。大きさやどの装飾品でないと等という物はあまりないんです。大切なのは魔法陣なので」
「はぁ……」
身振りを交えて説明してみたが、ロルフの反応は鈍い。刻む? とシャノンも首を僅かに傾げて考え込んでいる。
もしかして私の説明もイメージに頼ったわかりにくい説明だったりする……?
あれ、と思わず考えた私にシロガネが「明らかに血の繋がりを感じるぞ」などと呆れたような言葉を寄越した。
「そもそも元々ある魔法陣と異なる種類の物ですよね? 私たちが使用する攻撃魔法とは全く別の作用があるようですし」
「そこまで大きく違うわけではありません。基本の陣は同じです。そこに何を付与するのか、何を取り除くのかで陣の緻密さが変わってきますね」
まぁ、私の場合は漢字頼みだけど。
「魔道具によって陣が異なるということは、その数だけ魔法陣があるということになりますね。そう考えると凄まじい数の魔道具で溢れかえりそうですね」
「そこまで細かい魔道具が必要で作られるかどうかはまた別でしょうけれど、魔法のみで物事にあたるよりも臨機応変にできると思っています」
面白そうに聞いてくるロルフをシャノンが不思議そうに見る。その視線に気がついた彼が「何か?」と尋ねると、シャノンは慌てて首を振った。
「いえ、あの、この国であまり魔道具は歓迎されないと聞いていたものですから……」
要するに彼の積極的な質問に驚いていたということらしい。
「ロルフも、魔道具に興味があったんですね。魔道具に抵抗のない方とお話できて嬉しいです」
「今まで実物を見る機会に恵まれなかったものですから。先程の薫り消し、でしたか? 自身の薫りを消すなどと想像したこともありませんでしたよ」
あー、あんなに需要があるはずだと自信を持って作ったんだけどなぁ。
今まであって当然だったものをなくすという考えがあまりないのかもしれない。
「魔道具というものがどのようにして作られるか考えたこともなかったので、非常に興味深いです」
そうでしょうそうでしょう。
ロルフの寄せてくれる興味がすごく嬉しい。
「他にも何か考えられている魔道具はあるのですか?」
「そうですねぇ……」
魔力回復の魔道具は別として、他に想像している魔法陣は今の所ないに等しい。
魔法陣一つ取ってもどの漢字を当て嵌めるのか、どこの部分を削るのか足すのかで出来上がりが違うしそう簡単に思いつける物ではないのだ、私にとっては。
唐揚げの時に思いついた魔法陣だって具体案もまだないし。
というか、初めは唐揚げを大量に作って冷凍して魔道具に保存したものを販売というように考えていたけれど、別に唐揚げと冷凍の魔道具に拘らなくてもいいということに気がついた。
そもそも冷凍庫に似た冷やし箱はもうお父様が実現させているし、それなら料理を温めたり調理できるカセットコンロのような一定の火力を保つ魔道具の方が使い勝手がいいのかもしれない。
「これといった物はまだ、です。なんとなくのイメージならありますが、どれもぼんやりとしているので」
「なるほど」
ふと顔を上げた時、窓から覗く町並みに飲食物を売る屋台らしきものがやたらと目についた。
「とっても賑やかですね。屋台も沢山出ていますし」
「ああ……精獣様の祝福をいただけないかと盛り上がりを見せていますよ。団長はゆっくり見物をと口にしていましたが、もし本当に見物だけをされたいのでしたら、なるべく皆に素性を知らせない方がいいかと思いますが、如何しますか?」
「は?」
なんと、原因私だった。
今回合同の魔物討伐戦もあって、精獣様へという名目でより賑わいを見せているらしい。
リィンバークの街で確かに豊穣祭の時に料理対決は提案したが、こんな短期間で他の町にまで影響があるとは思わなかった。
元々は精霊、精獣にしか興味のない貴族層の、魔道具への興味関心を引く為の言い訳だったのに予想外の食いつきだ。
「あの、目立つのは好きではありませんので、できるだけ目立たぬようお願いします」
「承知しました」
それなら屋敷に商品を持ってきてもらった方がいいんじゃないかと一瞬考えたが、やっぱり外の様子が見たいと思い直す。
まぁ、いくら精獣様との契約者が噂になろうとそれが私だとはなかなか気がつかないだろう。ばっちり薫り消しもつけているし。
持ってきておいて良かった。これがなかったら一般人として町に出かけることはできなかっただろう。
兄様、さっそくお忍びでこれは使えると宣伝できそうですよ!
リィンバークの街から離れた庶民の町にまで広まっている、精獣に料理を捧げるという考え。精霊、精獣に重きを置く貴族たちのことだ、彼らも影響を受けていると考えていいだろう。
色々な美味しそうな食べ物が考えられればそれだけ料理も発展していくだろうし万々歳である。
シロガネにとって美味しく感じる料理も増えたらいいな。
──我はそう簡単に祝福を与えたりはせんぞ。
つん、と頭を反らしたシロガネが呟いたけど、それはそれでいい。上げたくないのに上げる必要はないのだ。
でも、美味しい料理って気持ちがこもっていると思わない?
私の問いかけに、膝の白猫は黙ってゆったりと尻尾を振ってみせた。
着いた装飾品店はこじんまりとした個人店だった。
他の赤レンガの壁の家が立ち並ぶ中、濃いクリーム色の二階建ての建物は非常に目立っている。
「シャノンはどういった装飾品がいいとか、希望はありますか?」
「……本当に私たちの為に魔道具を作られるおつもりですか?」
先に出たロルフが店主と何やら話をしている間にシャノンに聞くと、潜めた声で聞き返された。
え、獣人だと知られない為にも薫りは消すって話だったよね。
シャノンたちが誰に狙われているか知らないが、探している者たちからすれば隠しようがないと考えられている魔力の薫りが全くしない少女たちを当人だとは、まず考えないだろう。
「ロルフ殿との会話でも考えていましたが、そんな高価な物に支払う対価なんて……」
焦ったように首を振るシャノンは青くなっている。
「では、貸与品、という体裁にしましょう」
「は?」
「お母様との馬車でのやり取りを覚えていますか? シャノンは私の護衛ですよね? そしてアリシアはその身を匿う必要がある、と。シャノンが誰かから追われているという話を聞いてもお母様はお話を翻しませんでした。つまり、シャノンの事情を考慮した上で私の護衛をしてもらう必要があります。それならば薫り消しは必要経費です。騎士団に支給される隊服と同様、シャノンに私が用意をしなければならない物の一つです」
まぁ、こねくり回して話してみたが、今更シャノンが何を言おうが薫り消しを作って渡すことは決定事項である。
数少ない私とのお揃いだからね!
「くくくっ、ロゼスタ様にそこまで言われてしまうと流石にお断りするのは難しいですね」
「ロルフ殿っ!」
「何を言われても作ることは決まっていますからね。どんな物が好みなのかアリシアの分も含めて教えて下さいね」
いつの間にか店主との話を終えて戻ってきたロルフに吹き出されたシャノンが、悔しそうな表情で頬をふくらませた。
「どういった物をお探しですか?」
人の良さそうな初老の男性がこの店の主人だという。
まずは店内をよく見せてほしいと伝えて、その中で気になったものがあれば候補に挙げることになった。
指輪に腕輪、ネックレスやイヤリング、髪飾りなどがずらりと並べられている。
「どれでも構わないんですか?」
ため息をついたシャノンは、さっと店内を見渡すともう候補を絞ったのか、腕輪の前に立って店主に声をかけ品物を並べさせている。
早すぎる。
女の子同士の互いに迷ったり推薦したりを想像していたんだけど。
気を取り直して私も店内を見て歩く。
装飾品のお店なだけあって、置いてある物はみなそれぞれに華やかだ。リィンバークの街で見た髪紐や髪飾りとはまた意匠も違う。全体的に色彩が鮮やかではっきりしているものが多かった。
「あれ……?」
見間違いかと思わず目を擦ってみたけれど、見えたものは消えない。
近づいてみて、そっとそのロケットペンダントを手に取ってみた。
鈍い金色で、透かし彫りのように蔓のモチーフが一面に彫られている。ぷっくりと丸いフォルムで、私の拳大程の大きさがある。
指をかけると開けられる留め具がついているのに、開けられなかった。チェーンは少し長く、私がかけるとお腹のあたりに来るだろう。
裏には流麗な飾り文字で【アルト】と名前が彫られていた。
誰かへの贈り物なのだろうか。でもそうならばなぜ装飾品としてここに置かれているんだろう。
試しに魔力を流してみても発動しない。
でも、それは紛れもなく何かの魔道具だった。掠れてはいるものの、今までに見たことのないような緻密な陣が刻まれている。
「それは残念ながら開けられないのですよ」
そっと近づいてきた店主が苦笑しながら教えてくれた。
中に何が入っているのか、書いてあるのかわからないが、装飾品としても素晴らしい為そういう物として店に置いているのだという。
「個人のサインも入っておりますが、それも一つの胸元を飾る模様の一つと捉えていただければ。蔓のデザインや彫金の技術は素晴らしいものですよ」
「そう、ですね。とても綺麗です」
なんの魔道具かわからないが、ペンダントとして販売されているのならそれとして購入させてもらおう。
帰ってからお父様や兄様に見せたら何かわかるかもしれないし。
「お嬢様、少々よろしいですか?」
候補を絞り終えたのか、シャノンに契約者だと知られないよう名前を伏せて呼びかけられる。
近寄って確認すると腕輪か短めのネックレスだけが並べられている。
「これが気に入ったんですか?」
「いえ、こういった形の物が一番無難かと……どの姿の時も身につけていられますので。幾つか選んでみましたが、いかがでしょう?」
確かに指輪、髪紐だと元の姿に戻った時に外れてしまう可能性が高いだろう。どのデザインも凝ってはいないシンプルな物だ。
「どちらでも、シャノンの好きな物を選んで大丈夫ですよ。身につけるのはシャノンですから」
「でしたら……」
じっと品物を見つめたシャノンは一つの腕輪を手に取った。続いて選んだ物も、同じく腕輪だった。
「これを、私用に。こちらの透かし彫りの腕輪はアリシアにお願いします」
「アリシアのはともかく、シャノンのは少し地味ではないですか? もう少し明るい色でも似合うと思いますけど」
「この色が、いいんです。お願いします」
シャノンが自分用にと選んだのは細めの銀の腕輪だった。使われている石はオニキスのような黒い石。組み合わさった石が花のような模様を描いていて、辛うじて女性用だとわかるくらいだ。
銀髪に紫の瞳といった淡い色をもつシャノンには少し色味が強いのではないかと思ったが、本人の意思は変わらなかった。
「お嬢様は他に何か気になる物はありますか?」
ロルフに確認されて、もう一度店内を見渡す。視線が惹かれた物は、あれとあれ、それからあれも。
「そちらの棚の右から三番目と五番目、それからこの列の物を上から全てお願いします」
髪紐は勿論、指輪や腕輪、チョーカーネックレスなど気になったデザインの物は皆頼んだ。
魔法陣が全てだから、どんな装飾品でも魔道具にできることには変わりはない。異なる魔法陣を同時に存在させることができるのか、色々と試してみたい。
読了ありがとうございます。




