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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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騎士団長の要望

「そう言えばお母様。すみません、頼まれていたことですが、まだなんです」


 紙とペンがあれば馬車の中でもできると言ったのに、話にかまけて結局作っていない魔道具のことを匂わせると、お母様はあっさり頷いた。


「ああ、そうね。今、お願いできる?」

「こ、ここでですか?」


 焦って聞き返したが、冗談ではなくどうやら本気のようだ。


「この部屋が一番安全よ。他の者は滅多なことでは入ってこないし、ここにいる者は全員信頼できるもの」


 おや、という風に眉を上げたラドクリフさんに、表情一つ変えないロルフさん。シャノンは居心地悪そうに身動ぎしていたけれど、私が微笑みかけるとちょっとはにかんだ笑みを返してくれた。可愛い。


「わかりました」


 考えてみれば町を見て回る店を見れば、私が何を探しているのか、何に関心があるのか一目瞭然だ。今隠すだけ無駄である。

 頷いて深呼吸を一つして紙に向かう。兄様と練習し、その後はガイスラー商会へ卸す為にひたすら書き続けた陣は、そのおかげで迷うことなく思い描くことができる。

 王都に近い屋敷に届くように行き先を書き込み、魔力を途切れさせることなく一息に陣を仕上げた。


「それは……」


 唖然とした声でラドクリフさんの呟く声がしたが、お母様は出来上がったばかりの魔道具を受け取って構わず何やら書いていく。

 なるべく早くがいいと言っていた通り、手早く手紙を書き終えたお母様の手の中で、できたばかりの魔道具が折り鶴の形にパタリパタリと折られていった。


「ありがとう。急かしてばかりでごめんなさいね」


 私にとっては見慣れた、他の人たちにすれば見たことのない手紙の魔道具を窓から送ったお母様は、ほっとしたように微笑んだ。


「いえ、早く連絡がつくといいですね」

「本当に助かったわ。あの魔道具でなければもっと時間がかかったでしょうからね……ところで、ちょっと彼の話も聞いてほしいの」

「はい」

「クローディア様」


 手放しに誉められてニマニマする頬を押さえた時、ラドクリフさんが押し殺した声でお母様を呼んだ。聞くのはラドクリフさんの話だろうか。


「今のは一体なんなんです?」

「見ての通り、私の娘が改良した手紙の魔道具よ。知らせていたはずだけど……。ガイスラー商会でのみ取り扱っているから、よろしくね。ちなみにラシェル領から王都まで、最短で二日で届くようよ」


 にっこりちゃっかり宣伝されたラドクリフさんが「そういうことではなくて……」と低く呻きながらお母様を睨む。


「確かにロゼスタ様が作ったとありました。ありましたが……まさか本当だったとは」

「だから、先に言っておいたでしょう。大方オルトヴァ様が全て作ったと思っていたんでしょう」


 どうやら前もって手紙で知らされていたようだが、信じていなかったようだ。言葉にはしないものの「信じられない」というように何度も頭を振っている。

 まぁ……確かに、すぐには信じられないよね。


「原案はオルトヴァ様ですけどね。改良をしたのはロゼスタよ」

「目の前でこうも容易く作られては……信じざるを得ませんな。いや、全く本当に驚きました」


 額に押し当てた手を下ろしたラドクリフさんは、次に真剣な表情で私を見てきた。


「失礼いたしました。ご無礼をお許し下さい。魔道具にご興味があるとお聞きしておりましたが……。先ほどの魔道具も、クローディア様が仰ったように、行く先は王都ですか?」

「はい、そうです。私もまだ勉強中ですし、それにシロガネとの契約者なので魔道具が作れると大きな声では言えません」


 だから公表しないでね、というメッセージは通じたようだ。何度か頷いたラドクリフさんは「確かに、あまりよろしくない目で見る者もおりますな」と納得したようだった。


「ところで、ロゼスタ様。他にはどのような……例えば、護身用といった魔道具を考案されたことはありますか?」

「ありません」

「敵の攻撃を吸収し跳ね返すといった魔道具は?」

「ありませんね」


 武器防具までは考えていない。

 さっきシロガネと挨拶をした時とは違う、こちらを探るような口振りのラドクリフさんにきっぱりと断っておく。

 意図が読めないんだけど、これは私に作ってもらいたいと思っての質問?

 できていないもの、ないものまでもあるように期待されても困るし、そう簡単に新しい魔法陣を何個もは作れない。


「団長、初めに説明しなければ、ロゼスタ様も戸惑っておられますよ」

「む……」


 助け船を出してくれたのは、ロルフさんだった。部下の言葉に頷いたラドクリフさんは、頭を掻きながら「性急すぎたようで、面目ない」と眉を下げた。


「いえ……ただ、私も魔道具であればなんでも作れるというわけではないので、あまり大きな期待をされましても、応えかねます」

「いやいや、そのような御年で精獣様と契約され、尚且つ魔道具まで作られていて何を仰られる。出来すぎだと底の浅い勘繰りをしていてお恥ずかしい限りです」


 目の前で手紙の魔道具を作ったことで、ラドクリフさんの中で疑いは呆気なく晴れたらしいが待って、そんな大きな期待をされても無理なものは無理。


「あまり大きな声では言えませんが、ここは前線ですので、団長は戦いに備えてなるべく多くの手段を取っておきたいと考えているんです」


 補足するようにロルフさんも言い添えてきた。

 戦いに備えてはわかるけど、だからといってどんな魔道具でも作ることができると考えないでほしい。


 ──ひとまず、相手の話をもう少し詳しく聞いたらどうだ。そうでなくては、何を期待されているのか、何を聞きたいと思っているのかもわからん。


 呟かれたシロガネのぼやきに頷きつつ、どう話そうかと迷う。

 第一、私に作れる魔道具は薫り消しと魔力回復だが、どちらも胸を張って言えないというのが現状だ。

 魔力回復の魔法陣は書くこと自体を止められているし、薫り消しの魔道具に至っては使いたがる人が限定されるという悲しい現実。

 出来すぎと思われようが、蓋を開けてみれば大したことがないように見えるのは私だけだろうか。

 しばらく考えたものの、結局そのまま正直に話すことにした。


「他に私が作ることができるのは、今のところ薫り消しの魔道具だけです」

「薫り消し、とは……」

「その名前の通り、生来の魔力の薫りを身につけている間感じなくさせる魔道具です」


「ほぅ」と興味深そうに目を輝かせたラドクリフさん。

 実際に見てもらったろうが早いんだけど、見せても大丈夫なんだろうか?

 念の為持ってきてはいる髪紐を思い浮かべながら曖昧に首を傾げる。持ってくるか置いてくるかさんざん迷ったけれど、万が一使いたいと思った時に手元にない方が困ると思って持ってきていたのだ。

 お母様に見せても大丈夫だと言われたので、部屋から件の髪紐を持ってきてもらう。


「こ、これが……」


 髪紐だから髪を結ばなければ効果は発生しない。目の前で髪紐を簡単に使ってみせるとそれぞれに息を呑む音がした。


「このように使います。私が自分の薫りを消したいと思った時に使いたいと考え作ったものです」

「薫りを消したいと思うようなことなんてあるんですか……?」


 疑わしそうな視線でロルフさんに呟かれたが、あの時の私にとってはこの薫りは邪魔だったのだ。それに兄様だって作りたかったと言っていたし、意外と需要があると思っていたんだけど。

 シャノンの方を見てみると、目を大きく見開いて私と髪紐を交互に見比べている。

 ラドクリフさんが唸りながら顎に手をやり、ロルフさんはじっと髪紐を見つめてきた。


「こうして目の前で実際に見ると驚く他ないですな。全く薫りがしませんぞ」

「……これは、身につけている間、決して薫りを感じさせないんですか?」

「耐久試験をしたわけではありませんから、何ヵ月も何年も保つという保証はできません。ただ、そもそもこの髪紐自体がほどけてしまったりしたら使えなくなることもあるでしょうが、そうでないのなら、よほどのことがなければ薫りを消すという効果は消えないと思います」


 それにしても、お母様も馬車の中で前もって話をしてくれたら良かったのにと思う。そうしたらもう少しアピールを考えられたのに。

 そんな私の呟きを読んだのか、お母様がにこりと笑った。


「驚かせようと思って。マーカスは数少ない魔道具への理解者よ。ただ、残念なことにオルトヴァ様とはあまり意見が合わなくて……」


 なんと、お母様なりのサプライズだったらしい。


「もう五年ほど前になりますか、魔道具を作ってほしいという依頼を断られてから……それこそ数えきれんほどお願いをしたのですがな。男に作ってやる趣味はないとか、自分は作りたい魔道具しか作らないから依頼は受けないなどとなんだかんだと理由をつけられて……終いには門前払いでした」


 しょげるように肩を落としたラドクリフさん。

 もう既に頼んでフラれていたとは知らなかった。

 お父様の断った理由は……きっと面倒だったからじゃないかな。お母様との時間が減るとか考えてそう。

 私にこういう話をするってことは、やっぱり魔道具を作ってほしいというお願いをする為じゃないだろうか。


 ──その可能性が高いな。あちらの屋敷よりは人目を気にしなくていいなどとそなたの母親は考えていそうだが。


 シロガネと頭の中で会話しつつ、期待が膨らんでいくのがわかった。

 どんな、なんの魔道具を作ってと言われるんだろう。魔物との戦いに備えて……魔力回復だけじゃなくて、傷を癒したりできる魔道具はどうだろう。確か光属性の回復魔法は王家の管理下に置かれていると聞いたけれど、魔道具で似たようなことができたりしないかな。


「騎士団長様は何故魔道具に対して好意的なのでしょう? 今までの私の周りにいた人は、殆どの方があまりいい印象を持っていなかったのですが」

「きっかけは何か少しでも戦闘を助ける効果のある物はないかと考えたからです。あとは実際に王都で少しずつ流通し始めた物を目にしたのも大きいですね。ロゼスタ様はあまり意識されたことはないかと思いますが、今ある自分の魔力のみが頼りというのは、想像以上に神経をすり減らすものなんですよ」


 いや、すっごく考えてます。魔力枯渇一歩手前になったこともあったし、だからこそ魔力回復の魔道具も作ったし。

 改めて便利さを実感致しました、と何度も頷くラドクリフさん。

 魔道具に好意的な意見を聞くと素直に嬉しい。


「私もそんなに魔道具を知っているわけではありませんが、騎士団長様はどんな魔道具をご存知ですか?」

「そうですね……何分私の手元には実物が何もありませんからな。噂では敵に斬りかかる際炎を出す剣だとか、一定の攻撃を受けて溜め込んた力を跳ね返す盾などがあると小耳に挟みましたが、あくまで噂。何か少しでも戦闘を助ける効果のある物でしたら……と考えた次第です」


 わくわくした気分で尋ねると、かなり具体的な答えが返ってきた。けど、魔道具というよりは武器、そのもののような。


「国柄もありますが、やはり魔道具自体が高価ですからなかなか予算も下りないのです」

「高価」

「ええ」


 国中に点在する砦の中で、一つの砦にだけ魔道具を渡すわけにもいかないから、どうしても魔力重視の編成にせざるをえないらしい。

 数が限られていて、武器防具として使える魔道具は非常に高価なのだそうだ。


 今まで聞いてきたこと、肌で感じてきたことが違いすぎる。

 ここって魔道具ばかりか生活魔法すら軽視されているんじゃなかったっけ? これが王都と地方の意識の差ってこと?

 とにかく、魔物との戦闘が実際にある砦では、少しでも魔力の使用を控える為に需要があるのはわかった。

 ラシェル領での、というよりお母様の周りの人間の魔道具への忌避がなんだったんだと思うくらい、ラドクリフさんは熱心だった。


 入手困難な魔道具を手に入れる為に、国からの支給をただ待つよりも、自らも探すことで確率を少しでも上げたい、ということで少しでも作れる可能性のある人物にはまずこうして話を持ちかけているらしい。

 実物を一切見たことがないけれど、高価だし価値があるのもわかっている。だから、言い方は悪いが戦闘に使えるのならばどんな魔道具でも構わないのだとまで言い切った。

 そしてこっそり耳打ちしてきたロルフさん曰く、商談が成立したことは今までにいないらしい。


「マーカスはね、ここの砦の責任者なのよ」


 それはさっき挨拶を聞いたから知っている。頷いた私に、お母様はいたずらっぽく「だから色々な報告が彼の元に上がってくるの」と続けた。


「一番は遭遇した魔物の形態と数、こちらの被害、それから……」

「それから?」


 思わせ振りに微笑まれて首を傾げる。色々な報告が上がってくるから……何?

 魔物の討伐なのだから、倒した魔物の報告を聞くのは当たり前だ。それに被害状況を確認するのも。他にどんな報告が集まってくるんだろう。

 腕組みしたくなるのを我慢して顎に手を当てた時、シロガネが鼻を鳴らすのが聞こえた。


 ──色々と報告が上がってくるのなら、我がわざわざこのような袋を下げんでも良いとは思わぬか? そこの男に代わりに集めるように口を利いてもらってはどうだ。


 まだぼやいている腕の中の白猫をふと見下ろして、さっき首に下げたばかりの革袋が目に入った。


「っ、魔石、ですね!」


 そうだ、集めた石は大粒の物を王都へ送ると聞いていた。それなら、ラドクリフさんのところへ上がってくる報告には、それ以外の魔石も全て含まれていることになる。

 嬉々として思わず叫んだ私に、「その通り」と微笑んだお母様は、ラドクリフさんに意味ありげに視線をやった。


「……魔石の融通を期待されているのなら、そこまでご期待に添えるかどうかまで確約はできませんぞ。小さなカケラやクズを果たして魔石と呼んでいいのか激しく疑問ですが、それを精獣様との契約者のロゼスタ様が望まれたという形でお譲りできるくらいで」


 めぼしい魔石はまずは王都に送ることになっていると話すラドクリフさんだったが、私は構わず頷いた。十分です!

 そもそも私の魔道具は最初の魔法陣だけで完成している。魔力を持っていない人が作る時の為に集めているのだから深く、かえって好都合である。


 ──待て待て、魔道具の考案はわかったが具体的にどんな物を望まれているのかの確認がまだであろう?


 申し訳なさそうな顔をして縮こまっている騎士団長様に笑顔で頷きかけた時、シロガネからの待ったがかかった。

 そうだった。内容も聞かないで頑張ります宣言するところだった。危ない危ない。

 ちょっと落ち着こう、とこっそり深呼吸をしたところで、ラドクリフさんがにこりと微笑んだ。


「お見せくださってありがとうございます。ところでロゼスタ様は、今後も魔道具を作っていかれるのですか?」

「そうですね、今のところそうしていきたいと思っています」

「──では、今後相手に攻撃をできるような魔道具などを考案された際に、ご一報下さると有り難いですな」

「武器関連の魔道具は作る予定はないです」


 あ、思わずすっぱり断っちゃった。


「ロゼスタ、魔道具が作りたかったのでしょう?」


 断られるとは思ってもみなかったようで固まったラドクリフさんの代わりに、お母様から質問が飛んでくる。

 そういうお母様は、純粋に魔道具を作る場を提供したつもりだったようで、何故断るのかわからないといった顔で「嬉しくはないの?」と首を傾げる。


「屋敷ではともかく、他の場所で作ることはそうそうないだろうから、てっきり喜ぶかと思っていたのに」


 これが私の好きな魔道具考えて作っていいよ、だったらすごく嬉しかったんだろうけど。

 ノータイムで断られたラドクリフさんがしょんぼりしているけど、私がしょげたい!


 武器は嫌か? とシロガネに聞かれたけれど嫌だとはっきり言っておく。

 私が作りたいのは魔道具だ。今の生活が少し楽になるような、痒いところに手が届くような、そんな魔道具。

 まだ本格的にこれからも魔道具を作っていくと決めた訳じゃないから、こんな初めから自分の好き嫌いで仕事を選んでいいのかという思いも浮かんできたけどぐっと踏ん張る。

 刃物はただそこにあるだけで、使う人間によって他人を攻撃するかそうでないがが決まるとかいう考え方はさておいて、魔物だけでなく人を害する可能性があるものを積極的に作りたいとはやっぱり思えない。


「武器に関係のある魔道具はちょっと……」

「あらぁ」


 攻撃力を上げる魔道具があったら素敵と思っていたのに、と呟いたお母様はそういえば脳筋でした。忘れてた。

 あんなに欲しがっていた魔石との交換条件でも私が頷かなかったので、本当に嫌だと考えているのが伝わったらしい。


「マーカス、武器関連の希望は諦めてちょうだい。女の子ですもの、まだちょっと興味を持つのは早いのよ」

「……よくよく考えれば、ご令嬢に必要以上の勇ましさは好ましくありませんでしたな。失礼致しました」

「まあ、失礼ね」


 魔力回復の魔道具はだめかな……?

 ちらりとお母様を見たが、笑顔の中菫色の瞳だけが笑っていなくて、諦めた。やっぱりそれはだめらしい。



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