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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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騎士団長との対面

 執務室にお母様のペンを走らせる音が響く中、私は追加の書類に目を通していた。手渡された書類の中には地図もあって、街道の名前や領地内の村がどこにあるのかも詳しく書き込まれている。

 今回の討伐はライゼン砦とハザニー砦の合同なので、付近を見回る隊も二つの砦から選出された人たちで組まれるとのこと。

 ここ、ライゼン砦を拠点として街道沿いをメインに、それとは別に数隊が連携を保ちながら森と付近の村とを交互に見回ることになっているようだ。

 窓から見下ろす町の向こうには森が広がっている。あの森を越えた向こうにあるのがガジュラ山脈で、ラシェル領の隣のポートリス領があると教わった。

 今回の魔物討伐の範囲はそのポートリス領との境目までが範囲で、討伐を終えたら解散になるとのこと。


 お母様とシロガネで範囲を半分に割って単純計算で五日ずつと考えても、意外にやることがつまっていて大忙しなのが想像できた。

 日程的に私が自由行動として町で魔石を探せるのは前半だけだろうし、お母様に頼まれた魔道具の件もある。魔法陣のキャンセルの練習もとなると時間が足りない。それに、アリシアたちの魔道具を作ることも考えなければならない。

 昨日の夜は隊を整える間、と言われたけど、魔法陣のキャンセルの練習をシロガネがいなくてもしていいか、聞いてみた方がいいかもしれない。


 ──といっても、我らが遭遇したあの魔物と同程度のものはこの付近にはおらぬしな。


 頭に響いた声に一人ほっと息をつく。それなら怪我人が大勢出る可能性も低いだろう。


 ……それはそうと。

 くあ、と欠伸をしながら伸びをしたシロガネを見下ろす。

 相変わらず真っ白な毛並みがいつにも増して光を弾いて艶々している──のは、今朝一匹で悠々とあの湯船に入ったからだと知っている。

 姿を見せれば「精獣様」とどこでも頭を下げられる中、堂々と湯船の部屋を開けさせてゆったり堪能してきたらしい。自分の代わりに護衛をしておけと早朝から叩き起こされたシャノンとアリシアからすればいい迷惑だろう。

 そんなシャノンはさっそく私の後ろに控えてくれている。アリシアは当然部屋で待機だ。

 ……夜に入った上に朝風呂も、なんて贅沢すぎる。ずるい。


 ──いやはや、良いものを教えてもらった。あれは良い。うむ。全身の緊張が解れるしな。


 ……緊張なんてしてるの? とは思ったものの言わずにおく。だから最初に言ったのに。



 待つことしばらく。控えめなノックの音の後挨拶に、と顔を出したのは二人の男の人だった。


 一人はロマンスグレーの口髭の豊かなおじさま。続いて入ってきたのはまだ若い青年のようで、二人ともロルフさんたちと同じ黒の軍服を身に付けている。


「久しぶりね、ラドクリフ卿」

「ご無沙汰しております、ラシェル伯様」

「今回もよろしくお願いね。そちらが例の……?」

「第六騎士団団長に任ぜられた、エリック・レイヴンです」


 簡潔に名乗った茶髪の青年がハザニー砦の団長さんで、ラドクリフ卿と呼ばれた壮年の男性がライゼン砦の団長さんだと紹介される。


 握った右手を左肩に当てながら腰を屈める挨拶を二人が揃ってした時、ハザニー砦の団長の全身が視界に入ってきた。

 その瞬間、思わず声をあげてしまうところだった。久しぶりに見た、あのふわふわと漂う精霊たちに、レイヴンさんの全身が包まれていたのだ。


 ──やかましい。


 うんざりしたような口振りでシロガネがぼやく。彼女たちが何を言っているのかは相変わらず聞こえないけれど、シロガネの耳にははっきり聞こえているらしい。

 こうしてはっきりと目に見える形で、他の人が精霊に囲まれているのを見たのは初めてだ。

 意識していないと口をポカンと開けてしまいそうで、あまりじろじろ見すぎないようにも気を付けながら彼の周りをくるくると舞っている精霊たちを観察する。

 色合いは緑が多目だ。そこに赤や水色が少し混じっている。こうして見ると同じ色をした精霊でも外見は全く違うのがわかった。新たな発見だ。

 私についてきている精霊たちは皆頭にまとめちゃってよく観察できないしね。


 ──精霊の色が薄いのとより濃く見えるのがいるだろう。あれは格の差があるからだ。


 うるさいと言いつつシロガネが指してくれた緑の精霊を見比べる。外見が違うのはもちろんのこと、確かに片方の精霊が普通の緑だったのに対して、もう片方の精霊は薄い緑だった。

 濃い色よりも淡い色をした方が力の強い精霊と言えるそうだ。


 私は頭頂部に固めているけど、レイヴンさんにはまんべんなく全身に精霊がくっついていた。魔力を過不足なく巡らせているからだろう。兄様が理想としていた魔力操作がこういうことを指していたのなら、私には逆立ちしたって無理だ。いや、ホントに。

 ……こんなに精霊がいるんだから、さぞかし契約してきたんだろうと考えたところでシロガネが鼻を鳴らした。


 ──そなた、これまでにそんなにも契約を重ねてきたのか?


 ……つまり、いっぱいくっついているけど契約は一切なしということですか。そうですか。

 それって精霊が引っ付く意味はあるんだろうか。いやいや、そもそも他の人には見えないんだからどんなに沢山いようがいまいが関係ないんだけど。

 それにしてはあの男……と言いかけたシロガネの言葉をかき消したのは、ラドクリフさんの言葉だった。


「そちらが、ご息女と精獣様ですか」

「ええ、──ロゼスタ」

「はい」


 ラドクリフさんがこちらを向いたのに合わせて前に進み出る。同じタイミングで並んだすまし顔のシロガネを抱き上げて二人に向き合った。


「お初にお目にかかります。ラシェル伯が娘、ロゼスタです。こちらは精獣のシロガネです。初めての討伐でご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、よろしくお願いします」


 軽く頭を下げると、軽く目を見張った二人が──その場に膝をついた。


「申し遅れました。私はここライゼン砦の指揮を任されております、マーカス・ラドクリフと申します。道中で早くも魔物を討伐して下さったと報告を受けております。お陰様で被害も少なく済んでおります。誠に、ありがとうございました」

「ハザニー砦の責任者のエリック・レイヴンと申します。精獣様におかれましては、フローツェアに降りたっていただき、感謝の念に堪えません。どうか末永く、この地を照らしてくださいますように」


 丁寧すぎるくらいに頭を下げられて、すごく居心地が悪い。

 確かにシロガネに魔物の討伐は頼んだけど、他に私がしたのはせいぜいレイトスを火と水の魔法で脅したくらいだ。

 二人が言っている内容もシロガネに向けて言っているようなもの。私に向けて感謝の言葉を言っているようにも聞こえるけど、私はおまけ、ついでだ。

 シロガネが気まぐれな行動をしないのは私と契約しているから、と言われればそれまでだけど、大の大人に深々と頭を下げられて「わーい」と喜ぶ趣味はない。

 早く顔を上げて下さい。


「二人とも挨拶はそれくらいにして。娘が困っているわ」


 救いの手はすぐに現れた。

 くすくすと笑うお母様の言葉に躊躇いながら二人が立ち上がる。

 え、これ挨拶?

 主な騎士たちって聞いていたけど、二人の騎士団団長だけで終わりでいいの?


 もっと何か、と言われてもあれ以上何を話せばいいかわからないけど、これで終わりでいいのかもわからない。

 会話の糸口が掴めないまま、二人の騎士団長の注意はお母様へ向いたようだ。


「それにしてもクローディア様も無茶を仰る。何もこんな時期にうちの隊から護衛を出さなくとも良いでしょうに」

「あらあら」


 ようやく顔を上げてくれたラドクリフさんが苦笑まじりに肩を竦める。シロガネや私に向けた表情とは違う、くだけた物言いだ。

 対してお母様も親しげに頬をゆるめた。神殿で見せた冷ややかな様子は微塵もない。

 というか、私の護衛の話、とくればロルフさんのことだろう。非常に耳が痛い。


「変ねぇ、ライゼン砦の要は彼一人だったかしら?」

「単純に戦力の低下は好ましくありませんからな。彼はうちの副団長ですぞ? 精獣様と共に戦えるものと思っておりましたが……」


 驚いたことにロルフさんは副団長だったらしい。言われてみれば魔物との戦闘の際の指揮も的確だったし、他の人たちも当たり前のようにロルフさんの指示に従っていた。

 そんな人に護衛してもらうなんてやっぱり贅沢すぎやしませんかね、お母様!


「それについては、元々の娘の護衛をそちらへ貸し出すということで手打ちにしてもらえない? 実力不足だということは重々承知の上だけれど、今後のことも踏まえてそちらにお願いしたいの」


 ──といっても、お母様が引くわけもなく。堂々とレイトスを引き合いにして無理やり話を切りあげてしまった。

 実力不足は承知の上ってひどい言われようだけど、ロルフさんと比べてということなら仕方ないのかな……。

 

「まぁ、今回限りということであれば……」


 渋々といった風にラドクリフさんが頷いて、居心地の悪い空気が薄れる。

 ほっと一息ついてから、恐ろしいことに気がついてしまった。ロルフさんの私の一時的な護衛は、ラドクリフさんの口振りから察するにお母様が言っていたような簡単なものではなかったようだ。副団長だったなんて聞いていたらもっとない。

 人事交換にしても出されたのがレイトスだなんて……もしかして今回一番割りを食っているのはライゼン砦の騎士たちなんじゃなかろうか。


 本当に、本当にご迷惑をおかけします。

 しくしく痛んできた胃を思わず押さえた時、扉をノックする音が響いた。


「入りなさい」

「失礼します」


 心なしか固い表情のロルフさんが入室してきた。にこやかにお母様がロルフさんを手招きする。


「ちょうど良かった。今貴方の話をしていたところよ」


 臨時に私の護衛になるという話はもう本人に届いているらしい。

 軽く頷いて、ロルフさんだけが私の前に膝をついた。


「改めまして、今回の討伐の期間中、護衛任務に就くことになりました、ロルフです。よろしくお願いします」

「こちらこそ、ご迷惑をおかけします。またよろしくお願いします。こちらは私のもう一人の護衛のシャノンです」

「伺っております。よろしく、シャノン殿」

「こちらこそ」


 互いに挨拶をしていると、興味深そうにレイヴンさんが話しかけてきた。


「ロゼスタ様とロルフは以前からのお知り合いですか?」

「道中私がロゼスタ様の身辺警護を承っていました」

「ああ、なるほど……」


 納得したように何度か頷いたレイヴンさんは「では、私はそろそろ準備がありますので」と退室をしていった。

 ラドクリフさんはもう少しお母様と見回るルートについて相談がある、と地図を広げ始める。

 手持ちぶさたになったところで、ふと思いついたので後ろのシャノンを振り返る。 


「シャノン」

「はい、どうしました。ロゼスタ様」


 後ろでずっと控えてくれていたシャノンに手招きする。きょとんとしながら寄ってきた彼女に、何か軽いものを仕舞える袋を持っていたら貸して欲しい、と頼むと「これでもよろしければ」と手持ちの革袋を渡してくれた。


「それをどうなさるんですか?」


 シャノンの隣に並んだロルフさんの質問に答える前に、絨毯の上で伸びをしているシロガネに呼び掛ける。


「シロガネ」


 振り向いた精獣様に見えるように掲げて見せる。


 ──なんだこれは。

「どこでいつどんな魔物と遭遇するかわからないから、今のうちにと思って」

 ──は?


 魔物倒したらその都度魔石の回収よろしくね。絶対に忘れないでね。

 怪訝そうな表情のシロガネに笑顔でお願いする。

 砦の中の町でももちろん探すけれど、実験に使う魔石はいくらあっても困らない。むしろあればあるだけ助かる!

 道中の魔物と同等の魔物はいなくても、もう少し小さい魔物はいるだろうし、そういう地道な作業が大事だ。


 ──待て。まさか我が魔物を倒す度にこの中に集めるのか? 何故我がいちいちそんなことをせねばならん。


 何故って今更何を言っているんだろう。

 ぶすっとした表情のシロガネをつつく。

 大がかりな魔道具を作るには魔石が必要だし、これから作り手を増やしていくことを考えると、できるだけ欲しいからだよ。


 お父様と兄様で私を含まない状態での魔法陣が問題なく動くかの実験をしているだろうから、その魔法陣にも使っていくだろうし、魔石があれば料理関係の魔道具も作っていける。

 食材を凍らせることのできる魔道具ができたら、下拵えの済んだ食材を保管しておけるし、別々に売り出せば単純計算でも利益は倍だ。夢がどんどん膨らんでいく。

 ……まぁ、その前に魔法陣を完成させることが必要なんだけど。


 とりあえず数が必要なんです。切実に。


 恨めしげな顔をしたシロガネの首に、有無を言わさず袋をくくりつけた。




読了ありがとうございます。

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