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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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魔法陣のキャンセル

お待たせしました、メリークリスマス!

「散らすというか、こう空中に溶かすのよ」


 お母様の手が軽く振られて、空気を混ぜるように円を描く。その向こう側でアリシアが欠伸を噛み殺したのが見えた。

 大分スピードは上がっているけれどまだ砦に着く様子はなく、レイトス諸々の話の決着がついて、ほっと一息ついたところでそう言えばと思い出したのだ。

 ──ただ今、魔法陣の取消しの仕方を教わっている最中である。

 馬車の外でレイトスに向けられていた風系統の攻撃魔法。あれをあっさりとなかったものにしていたのは見間違いなんかじゃない。

 あれをマスターできれば、暴発の心配はほぼしなくて良くなるんじゃない? という思いつきの元、思い付く限りの質問をお母様にしている。


 お母様は傭兵に興味があるらしく、私の問いに答える傍ら、今までにシャノンたちが遭遇してきた魔物や出来事について、身を乗り出して聞いている。

 初めは亡くなったというジークという人について口が重かったシャノンも、質問が重なるとぽつりぽつりとこれまでのことを話始めた。アリシアとの共通する話題にはどうやら彼がほとんど関わっていたらしく、序盤から頻繁にジークという名前が出てくる。

 カドニス帝国からフローツェアへ逃げてきた際、早々に捕まえられそうになった時に助けてくれたのが彼だったという──。


「あの時のジーク様は本当に凛々しくて……。まさか一目で獣人とわかる私たちをそうした目的で見ない方がいるとは思ってもいなかったので、本当に驚いたものです」

「確かにあの時は助かったけど……凛々しかった?」

「凛々しかったかったですよぅ! 大剣を流れるように操って、相手をあっという間に倒して。それでいて強さに驕ることなく、私たちに変な目を向けるでもなく、自然に手を差しのべてくれたじゃないですか!」

「そうだったわね、その直後自分で切り落とした枝に足を取られて、挙げ句三人仲良く泥水を被ったのよね」


 あれはなかなかしない経験だったわ、と頷くシャノンにアリシアが「んもー! シャノン様は相変わらずなんですから!」と頬を膨らませる。


「ジーク様から聞いたのですが、こちらでは王都で剣術大会というものがあるそうですね? そこで何度も優勝されたそうですよ」

「……魔法の腕があまりない分、剣では誰にも負けたくないからと言っていました」

「そう。……惜しい方を失ったものね」


 菫色の瞳を伏せ、お母様が呟く。その言葉を聞いた途端シャノンが反応した。バッと顔を上げお母様を見たオッドアイの瞳が見開かれている。


「どうかして?」

「……いいえ」


 なんでもない、と首を振っているがとても何もないというようには見えない。気まずい空気を壊したのは、やはりと言うかアリシアだった。


「でも一番驚いたのは、ジーク様がシャノン様を養女にされたことですね」

「……そうね。自分の庇護下に置くにしても、養女に迎えるなんて、よほど親身にしてくれたのね」

「親身なんて言葉では言い表せません。私たちが祖国の土を踏むまで、少なくともこの国にいる理由くらいはあげられるから、と。そんなことまでしなくてもいいと言ったんですが、書類の手続きをいつの間にかされていて」

「理由?」

「例え獣人だとしても、この国の者と養子縁組をすればこの国の者だと言える対外的な理由、という意味よ。剣術大会のことといい、養子縁組のことといい、彼はある程度のお家出身だったのでしょうね」


 首を傾げた私にお母様が説明をしてくれる。「詳しくは話してくれませんでしたが、多分……?」なんて呟いたのはアリシアだ。


「とても……大切にしてもらいました」


 シャノンが握り締めた拳を見下ろした。アリシアが心配そうにその手を握る。その手を握り返してぎこちなく微笑んだ主に、柔らかな笑みを返すアリシア。

 なんとなく、そのままシャノンたちを見ているのが気まずくて、教わったばかりの魔法陣の取消しの仕方を反芻する。


「散らす、溶かす、混ぜる……」

「どれも間違いではないわ。作り上げた陣をほどいていく、とも言うのかしら。陣の中でもその魔法に意味を与える重要度が強いものと、比較的そうでないものがあるでしょう? その重要度が低いものから順に崩していくの。根幹を成す部分を散らすのは最後よ。そこを最初にしてしまうと一気に崩壊してしまうから、大変な結果になることが多いわね」


 暴発ですね。最後まで聞かなくてもわかります。

 問題は本に沿って理論立てて教えてくれた兄様に比べて、お母様の説明が非常に感覚に頼ったものだったことである。


「崩すって……何をどうしたら作った魔法陣が崩せるんですか」

「どうって……こう、よ」


 きょとんとしながらお母様が指先で空気をなぞるように動かす。わからぬ。

 根幹ってどこだそれっ。


「こう……そぉっと、ふわっと、ね」


 見事なくらい勘に頼った説明だ。これ以上お母様から聞くのは諦めて、魔法陣を思い浮かべて崩していく様子を思い浮かべてみる。

 今のところ私が思い出せるものの中で、比較的簡単なものを脳内で思い浮かべる。

 端っこからほどいていくというのは、この辺りだろうか。陣そのものを端から崩したら保てないから、中の比較的影響の少ないところからなくしていく、というのはわかる。つまり、陣を作り上げる反対のことをしている?


 ──単に術式を散らせばいいだろう、散らせば。こう、ぱぱぱっと。


 …………ここにも感覚論に頼る奴が一匹いた。


「うう、う……わかりません……」


 あーでもないこーでもない、と脳内で魔法陣をこねくりまわしてみたが、今の段階での理解は難しかった。悔しい。

 ここに兄様がいればなぁ。そうしたらきっと曖昧な感覚を言葉で表現するのを手伝ってくれただろうに。

 実地でやっていいのなら試してみたいが、何しろ現在進行形で合同の魔物討伐の真っ最中だ。やるならせめて、人目がなく被害が出ても支障が少ないところで練習するべきだろう。

 せっかくお母様に教わる数少ないこの機会にできる子だと見せたかったが、それはもう少し先のことになりそうだ。


「魔法陣の解除は、注ぎ込んだ魔力を使わなかったことにできるから、できれば覚えておくと便利よ。何度か練習してみるといいわ」

「魔法陣の解除?」

「さっきの散らし方のこと。私はそう呼んでいるの」


 要するにキャンセルか。間違えた陣を組んでしまった時や、もう少し威力を調整したい時などにお母様はよく使っているらしい。

 万が一間違えてしまってもなかったことにできるのは大きい。魔力の消費もなし、しかも周囲に影響もないんだから、覚えておかない手はない。練習して確実に身に付けておかないと。


「どこかで練習してもいいですか?」

「……人目につかなければ……とも思ったけれど、よくよく考えてみれば今回の討伐に貴女自身は戦力に入っていないんだったわね。砦について隊を整える間なら、練習していてもいいでしょう」


 お母様の許可がおりた!

 その際、必ずシロガネとシャノンとアリシアと動くことを条件にされた。護衛兼私の応援チームですね。頑張ります。今度こそ誉めてもらうんだ!

 ひそかにぐっと拳を握りしめた時──ふとアリシアの鎖が目に入って唐突に思い出す。私の数少ない特技。視認できる魔法陣。


 ──見えた。


 じっと見つめた先に、揺らぐ黒い魔法陣が。

 今までに見てきた、どんな魔法陣とも違う黒い紋様。時々、まるでノイズが走るように左右にブレて、全体の陣が霞んでいる。想像していたよりも複雑そうな感じではないのに、のたうつ線がだんだん蛇のように見えてきて気持ちが悪くなってくた。

 馬車の振動に合わせて首の鎖がじゃり、と音を立てる。アリシアは苛立たしそうに、さっきから手の甲で振り払っている。

 何度見ても見慣れない。ゴツゴツとしていて、いかにも拘束具、と主張している首輪は、改めて見た魔法陣の禍々しさを見せつけてきた。

 身につけた者の魔力で発動し続けるという鎖だが、自慢じゃないが、私が考えた魔力回復の陣の方がよっぽど無駄もないし洗練されている。漢字頼みだけど。

 あの魔道具の外し方はどうするんだろう? 聞いてみたけど、はっきりとした答えは返ってこなかった。一方的な拘束とはいえ契約云々と言いにくそうに濁されたから、予備の鍵が存在するわけじゃなさそうだ。


 だって、あんな陣は見たことない。

 間違いなく作動しているのはアリシアの様子を見ていればわかるし、よぉく目を凝らせばアリシアからうっすらと何かが吸い出されているようにも見える。多分、あれが魔力。とすると、あの動きをどうにかして止めるか、魔法陣を崩せばあの魔道具は使い物にならなくなる──?


 ──そなた、そんなものまでも見えるのか。


 呆れたような声音が響いた。見えるも何も最初からだったけど……そう言えば話していなかったような?

 聞いておらぬ、とふてたような声にそうかそうかと頷きを返しつつ、頭の中はどうやったら魔力の供給を止められるのかを考えるので一杯だった。

 そもそも魔法陣を発動させることを今まで一生懸命考えてきたけれど、その反対は想像したこともない。きちんと魔力を循環させるのが一番大事なことで、それは魔道具にも共通して言える。

 魔法陣そのものを崩す? それともアリシアの魔力で動いているこれに私の魔力を流す……いやいや、暴発してしまうかもしれないから却下。

 流れをこう切ってしまうのはありだろうか……と眉を寄せたところで、思い付く。

 ──魔法陣のキャンセルだ!


「ロゼスタ、何をそんな決意を決めたような顔をしているの?」

「私の顔に、何かついてますか?」


 不思議そうに尋ねるお母様とアリシアに、「なんでもありません」と首を振る。


「砦に着いたら私いっぱい練習しますね!」

「はぁ……」

「ほどほどにね。それはそうと、魔道具もでしょう? 頼んでおいて言うのもなんだけど、大丈夫?」

「任せて下さい。魔力だけはありますから」


 使う先から回復するんだから、嘘ではない。胸を張るとアリシアが「羨ましいです……」としょんぼりしていた。

 可愛い女の子が身につける物だ。飾り立てる為のものじゃないからそこまで凝れないけど、似合わないような中途半端な物を作る気はない。

 問題はリィンバークの街で売られていたように髪紐に種類があるか、だ。

 なかったら、別の装飾品での代替を考えなければならない。指輪や腕輪、それかお父様が作ってくれたように思いきってコートや衣類にしてみてもいいけど、室内での脱ぎ着を考えるとあまり良い案ではない。

 ネックレスもシャノンにはいいが、今のアリシアにはよろしくないし、やっぱり髪紐か腕輪あたりが妥当な線だろう。


「そういうことなら心配ないと思うわ」


 お母様に聞いてみるとあっさり答えが返ってきた。


「砦といっても魔物と戦っている者だけがいるわけじゃないのよ。家族を呼び寄せている者もいるし、そこで商売をして生計を立てている者もいるの。小さな町と考えておけばいいと思うわ」

「では、城壁みたいなものに騎士たちのいる砦が囲われているのとはちょっと違うんですね」

「壁自体はあるけれどね。大体の魔物退治は砦周辺だけでないから、そこまで魔物が来たことはないわ」

「シャノンはこうした砦に行ったことはありますか?」

「ええ、何度か。ライゼン砦に行くのは初めてですが、この辺りの砦にしてはかなり規模は大きいですよね」

「そうね。行商人たちも立ち寄るし、賑やかな所よ」


 ほほう。どんな場所か見当もつかなかったけれど、ひたすら戦いに明け暮れている騎士たちだけがいるわけではないらしい。

 どんな人たちがいるのか、今から楽しみになってきた。

 魔物討伐討伐と繰り返し言われてきたおかげで、砦に対する疑問をほとんど覚えず来てしまっていることに今気がついた。


 願わくは砦で魔道具に使える魔石が手に入れることができるか、例え取り扱っていなくても今回の討伐で出来る限りの魔石が見つかりますように。商人も立ち寄っていると言うし、少しくらい流通してないかな。今後魔力があまりない人たちに魔道具の作成に関わってもらうとなると、いくらあっても足りない。

 一つの魔法陣にたくさん漢字は詰め込めないけど、一つの魔道具にだったら別々の魔法陣を付与できたりしないだろうか。

 魔力回復を自動にできて、攻撃を受ける前に防御できるものとか……色々想像が膨らむ今この瞬間が楽しい。うずうずする。

 そうしたら、正確でさえあれば一つの魔道具に幾つもの効果が発揮させられるのだ。魔道具の可能性もぐんと広がるだろう。


「楽しそうなところへ水を差すようだけれど、……ほどほどにね」


 ふふ、と笑いながらお母様から一言。

 ほどほど。わかっていますよ。滞在期間も十日間前後と短いし、そんなに私が目立つようなことはないと思うんだけど、頷く。





 馬車が砦に着くと知らされたのは、それからしばらくしてのことだった。


読了ありがとうございます。

砦に着く着く詐欺…。

やっと砦に着きました。


今年もあっという間に過ぎてしまいました。

少し早いですが、皆様よいお年を。

来年もよろしくお願いします。

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