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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
8/90

目標捕獲!

 うわーん、もうどうしよう。

 

 可愛らしく纏められた調度品に囲まれて、私は一人頭を抱えた。

 あの喧嘩腰の会話から、アーヴェンス兄様と顔を合わせていない。一度も、だ!

 困ったどころの話じゃない。私、このまま路頭に迷うんじゃない?

 もうスタートラインにすら立てないこの状況。

 教えてもらう云々の前に、先生にストライキされる生徒ってどうよ? 普通反対じゃない? 泣けるわー。

 本日晴天、心中台風だ。


 こんな広い屋敷だけれど、お客様用の部屋も別の棟に設けてある。貴族の子女らしく一人では出向かないでオルガと一緒だったのに、なんたる仕打ち。

 後ろで「そもそも貴族の子女は大抵自室で待っていますから」なんて聞こえたけど、私は何も聞いていない。そしてどうして貴方は私の考えていることがわかるんですかエスパーですか。


 せめて話だけでも聞いてもらおうと部屋を訪ねてみれば、「たった今お部屋を出たところです」だの「街に出かけられました」だの──私なんかまだ一回も外に行けてないのに! ずっるい!


 そんやこんなでもう何日目だ、ひいふうみい……え、一週間!? なんてことだ私の貴重な時間が……。

 こんだけ会おうとして会えないって、もう根本的にアーヴェンス兄様とタイミングが合わないってことなんじゃないだろうか。


 ため息しか出てこない。

 もうこのままでいいんじゃない? なんて私を甘やかす声がする。別にそんなに慌てなくていいよ。まだ時間はあるんだしなーんて。

 ふっ、若い私に時間はいくらあっても、魔法が使えなければ何も将来見えてきませんから!


 お母様がお兄様を魔法の先生にしたことで、私には魔力が多少なりともあることがわかった。多分。

 ……あるって仮定していいよね?


 教えてもらいたいこと、知りたいことがたくさんあるのに。

 生まれたここはどんな国なのか、どういった人たちが生活しているのか、どんなお仕事があるかもわからないし、同じ年頃の子たちと触れ合えているわけでもない。

 たどたどしく読めるようになった絵本は絵本でしかなくて、文字だけ眺めていても書かれた背景や価値観がわかるわけがない。

 ずっと魔法を教えることを渋っていたお母様が許可を出してくれた人が、今のところの唯一の外との繋がりでもあるのに。


 こうなると嫌な考えが出てくる。

 やっぱり家庭教師を嫌がられているだけじゃなくて、私が嫌なんだろうか、なんて。

 これだけ顔を合わせなければ、嫌でもわかる。


 避けられてる。


 それも徹底的に。

 私の行動パターンお見通しなのかってくらい見事に。

 へこむわー。


 脳内で転げ回ってる私のように、視界の右斜めで黄色の半透明の女の子が空中で横に転がっていった。笑顔で。

 このままじゃ壁にぶつかるってところで、すうっと消えていく。──と思ったら今度は別の方向からふわりと白い子が降ってきた。


 ……あの子、なんの精霊なんだろう。精霊だよね……?


 後ろにいるオルガの視線を辿ってみるけど、やはり彼女の視線は私に固定されている。今日も変わらず美少女のオルガさんは目をぱちくりさせた後、困ったように笑い返してくれた。

 あの小さな半透明のよくわからないものは、どうやら今のところ私にしか見えないみたいだ。身の回りにいるのが当たり前すぎて無視している? と考えたこともあったけど、それにしては反応がなさすぎる。


 一人? 一体? だけじゃないとわかったのは、その時々で彼らの色が違うから。

 黄色の子を見かけることが比較的多いけど、青の子もいたし、さっきの白い子も見た覚えがある。

 多分色が属性を表しているんだと思うんだけど、そもそもこれって見えることを話していいのかわからない。

 説明しようにも長く空中にいてくれるわけでもないし、気がついたらいるけれど、次の瞬間にはふっと姿を消してしまう。

 なんとなく悪意があるようには見えないし、思えない。

 もしこの子たちが精霊なんだとしたら、以前お母様が話してくれた自分の魔力と引き換えにその力を奮ってもらうことができるはず──。

 そう思い至ったけど、話しかけてもダメ。心で呼び掛けてもダメ。色々頭を絞って恥ずかしい呪文を唱えてみたり、誰に捧げればいいのかさっぱりだったけどとにかくお祈りをしてみたけど、全くこれっぽっちも反応はなかった。泣きたい。

 誰かに見られてなくて本当によかった。


 結局、一人でできることなんてなかったと再認識できただけだった。

 ため息をついたら、何も言わずにお茶の準備を始めているオルガ。用意がいいね。こういう時軽口を叩く元気がないから、本当に有難い。

 中身二十歳越えててもへこむときはへこむし、傷つくときだってあるんですよー。

 ってあれ。


「オルガ、こんなとこにアザ作ってどうしたの?」

 

 優雅に白いブラウスの袖口からのぞいている、ほっそりとしたオルガの手。

 色白の綺麗な手だといつも思っていた、美味しい紅茶を淹れてくれるその手首をぐるりと巻くように、赤黒いアザみたいなものが見えたのだ。

 昨日はこんなアザなかったと思うけど……。


「大丈夫?」

「……ええ、大丈夫です。見た目ほど痛くないんです」


 ひょい、と肩を竦めて「お見苦しいものを失礼致しました」と手首をさりげなく隠してしまう。


「そういえば、アーヴェンス様をそろそろ捕まえる頃合いですね」

「捕まえる?」


 なんか穏やかでない単語が聞こえたけれど。


「ええ。ロゼスタ様の家庭教師のお話への返事をまだされていませんものね。ご自分からお出でになるのではと待っていたのですが……」


 時間切れです、と言いたげに語尾を濁す。

 どうやらオルガの中では、あんなにきっぱり断っていたアーヴェンス兄様の言葉は無効になっている模様。

 私は私で初日の兄様の様子を思い返してため息。そりゃあんなにお互い遠慮なしに言い合ったら、顔も合わせにくくなるよね。

 でも捕まえるって、どうやって? 私が部屋に行く時にはもういなくて、顔すら見てないのに。

 首を捻った私に、これを教えるのは本来私の役目ではないのですが、と前置きしてしたオルガは、驚くべきことを口にした。


「ロゼスタ様も、ご自分の魔力の薫りを押さえることが早くできるようになるといいですね」

「──は?」


 思わず口が開き間抜けな声が漏れたけど、仕方ないと思う。魔力の……薫り?

 …………。


 もしや。


「……私、臭い?」

「そういう意味ではありません」

「でも今匂いがどうとかこうとか……!」

「香水や体臭などとは違います。ある意味で血に宿る魔の力の証明です。その証拠に、ロゼスタ様の周りにはいつも甘──芳しい薫りが漂っています」


 体臭じゃないと言い切られて、ほっと胸を撫で下ろす。

 今の言い方だと人によって薫りが違うんだろうか。


「人によって薫りって違うの?」

「もちろん。あと、それを感じる人によっても異なるようです。現にクローディア様と私ではロゼスタ様の薫りの印象は違いますよ」

「……オルガにとってはどんな薫りなの?」


 あ、目剃らした。

 じっと見つめていると、亜麻色の髪を揺らし観念したように渋々口を開いた。


「ええと……花の、蜜でしょうか」


 蜂蜜か! ……あれ、蜂蜜といえば。

 ぱっと記憶が甦った。

 オルガの美味しいお茶に必ず私が垂らしていたもの。それを見ていたオルガの微妙な表情。時には顔をそっと背けたりしていて。


「──だからあの時蜂蜜を入れると変な顔をしていたのね!」

「申し訳ありません。あの頃のロゼスタ様の周りにはほぼ常に甘い薫りが漂っていまして、まあそれは今も変わらないのですが、そこにまた甘いものを足すのかとおかしくなってしまいまして……」


 まあ……想像してみるとちょっと胸焼けしてくるかも。今度から蜂蜜を使うのを控えようとまでは思わないけれど。


「……話してくれればよかったのに」


 ぽつりと呟いた言葉は、思っていたよりも拗ねたように響いた。せめてそれだけでも教えてくれていれば、こんなにも不安に思うことなんてきっとなかった。


「魔力があるかないかだけでも、教えてくれるきっかけはあったでしょう?」

「それはそうですが。幼い頃から変に魔法を教えるのは危険だというのがクローディア様のお考えでしたから。それにロゼスタ様のことです。魔力があるとわかれば、次はどうすれば魔法が使えるのか、その次はとどんどん知りたいこと、やってみたいことが増えていったに違いありません」


 う、確かに。

 お母様私のことよく見てるのね……。


「お話の始めに戻りますが、アーヴェンス様がこの屋敷に滞在するようになってから一度もロゼスタ様と顔を会わせないでいられるのも、その強すぎる薫りのせいかと思います」

「それって……私が近づいてくるのがわかったら離れていくってこと?」

「ええ。アーヴェンス様は初対面でロゼスタ様の薫りを覚えているはず。あとはきっと簡単でしょうね。時間、場所を問わず、記憶の薫りと同じものが近づいてくるのを感じたらその場を離れればいいのですから」

「そんなにわかるものなの?」


 もう良い匂い通り越して公害レベルじゃない?

 今まで何も言われてなかったとはいえ、まったく気がつかなくて恥ずかしい……。

 元・日本人としてはまるで体臭のことを指摘されているようで居たたまれないです。


「血が放つものですから、完全に消すことはできませんが自分の周囲だけに範囲を小さくすることはできると聞きました」

「ちょっとアーヴェンス兄様急かして早急にできるようにするわ」


 ……よくよく考えると、お母様のあの良い匂いもそれだったりして。人によって印象が違うみたいだから、今度聞いてみよう。


「──ということで、私がどこかのお部屋にアーヴェンス様をお連れして、そこへ後からロゼスタ様が来るといいのではないでしょうか」


 なんとなく気になってもう一度腕の匂いを嗅いでみたりしているうちに、オルガは嬉々として計画を練っている。聞けばお母様からも後押しされてるんだとか。いやに積極的だと思えばそういうことですか。

 お母様も何だかんだ言って、アーヴェンス兄様に教わってほしいと思っているのね。


「二階の書庫がいいですね。出入り口が一つしかないので」


 二階の書庫は中学の図書室ほどの大きさで、ぎっしりと本がつまっているところ。絵本レベルの私にはハードルが高いけれど、絶対に読んでやろうと決心している。特に魔法関係。


「……でもお兄様来てくださるかしら」

「そこは私にお任せ下さい。アーヴェンス様が決して無視できない用件でお呼び出ししてみせます」

「さすがオルガ!」

「ロゼスタ様はお部屋から動かないで下さいね。外からうっかり鍵をかけてからお部屋に参りますので」

「あ、間違って閉じ込められてしまったお兄様を助けに行かないといけないものね。私急いで行くわ」


 二人で笑みを交わし合う。

 待っててね、アーヴェンス兄様。きっと兄様からは会いに来てくれないと思うので、今度こそ会いに行きますから。




 オルガが行動を起こしたのは次の日。仕事早いよオルガさん。本当にありがとう。


 書庫に案内された兄様は心底嬉しそうで、そもそも鍵をかけられたことにも気がついていないんじゃないかってくらい静かだったらしい。

 それもさっきまでだろう。オルガの言っていたことが本当なら私が近くにいる、と流石にもうわかっているはずだ。

 いそいそと鍵穴に鍵を近づける。こうした鍵は本来管理されていて私の手に渡ることはないけれど今日だけ特別だ。


 鍵を開けるとはたしてそこには、青い顔をしたアーヴェンス兄様がちょうど椅子から立ち上がったところだった。きっと夢中で読んでいたのね。ごめんなさい、お邪魔して。


「き、ききき奇遇ですね。お邪魔してもあれなので僕もう行きますね!」


 ほんっとあからさまですね。

 最後早口でどもり取れてるし、普通に話せるんじゃないですか、兄様?





やっと会えました。

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