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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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レイトスの罰

やっと更新です。

 思わず首を傾げたが、それ以上詳しいことを言うつもりがないのか、向かい側に腰かけているお母様は姿勢を正した。

 ──グッと空気が重くなる。

 膝の上にいたシロガネがさっとアリシアの膝へ移ってしまった。空気の差を感じたのか、心なしかシャノンとアリシアが私とお母様とは反対側へ体を縮めた。


「さて、ロゼスタ」

「はい……」

「私の言い付けを守らなかったことに対して、責任を取る覚悟はありますか?」


 私がお母様のあの場で待っているようにと言われたことに背いた、責任?

 意味はわかってもどうすれば責任を取ったことになるのかわからなくて、小さく首を振る。


「貴女は言ったわね。レイトスを護衛から外していないように見せかけてほしい、と。でも、ことが済んだら私は彼を護衛の任から解きます」

「はい」

「それは責任ではないし、彼に対する罰には足りないの」


 レイトスに対する責任は、私ではなく当主である自分にある、と言ったお母様。


「未遂とは言え、彼は領主一族に手を上げた。誰かに唆された可能性が高いから、現状維持にするのは許します。けれど、最終的には最果ての森へ派遣する班にいれるつもりよ」

「最果ての森への、派遣ですか」

「ええ。十数人を一つの班にして、森へ確実に入ってもらうの。色々と調べていかなければなければならないことがあるから」


 確か人が暮らすには適していない場所だったはず。それでも研究の為に、人を派遣しないわけにはいかないのだろう。選ばれる人たちは覚悟をもって行く人たちだろうと想像ができた。


「大変なお役目ですね。そんな方たちの護衛という形にするんですか?」

「魔力のほとんどない彼が大した護衛ができるとは思えないけれど……まず自分の身を守るのに精一杯だと思うわ。まぁ、帰ってくる可能性は限りなく低いでしょうけどね」


 さらりと付け加えられた言葉に背筋が凍った。


「え……?」

「最果ての森は魔物の巣窟。魔素は濃厚だし、並みの人間では太刀打ちできないわ。だからといって、何もしないということもできないの」


 未だ未踏の森に、どのくらいの規模の魔物がいるかもわからないが、それぞれの領地から適任者を見繕って不定期に送り込んでいるらしい。


「帰ってきて報告を上げてくれるのが一番よ。でも様々な原因から帰ってこられない者たちもいる。それも仕方ないことね」


 大抵その班に組み込まれるのは魔力が大なり小なりある者たちだ。その中に今回お母様はレイトスを含めるつもりだ、と。


 思わず首を振っていた。


「止めてください!」


 確かに剣は振り上げられた。振り下ろされもした。でも、当たらなかった。かすりもしなかったのだ。

 それに私は最後に自分で憂さを晴らしている。魔法で攻撃された彼の方が最終的には恐怖を味わったとも思う。それに彼は護衛という地位から下ろされて、これから恐らく尋問も待っている。


 罰はそれで十分なんじゃないの?


「最果ての森への派遣だなんて……死ぬとわかっていて、しかもほとんど魔力がないレイトスに、そんな罰なんて……死刑の宣告も同然じゃないですか!」

「まぁ、ロゼスタ。まだ行きもしていないのに死ぬだなんて決めつけないの」

「生きて帰ってくる確率が限りなく低いというのは、言外に生きて帰ってくるなと言っているのと同じだと思いますが?」

「……嫌だわ、そんな言い方まであの人に似なくて良いのに。やっぱり血は争えないのかしら……」

「お母様!」


 そっぽを向いてぶつぶつ言い始めたお母様の袖を引く。そんな、私の精神安定上全く好ましくないことを命じようとしていたなんて、知ってしまったら、もう止めるしかないじゃないか。私を襲ったのも、単なる未遂だ。 


「領主の身内、しかも私の可愛い娘に手を上げたのだから妥当な処分よ。しかも彼は貴女を誘い出すような真似までしている。露呈しようがしまいが、彼も相応の覚悟をしていたはずでしょう」

「でも、でも……!」

「今が初めてじゃないのよ。これまでにも彼はあちこちで問題を起こしている。どうなっても文句は言えないんじゃない?」


 もう庇う気はない、とお母様は言った。

 好きか嫌いかで聞かれたら嫌いだ。できれば話もしたくない。自分のコンプレックスは私で解消しないで自分で消化してもらいたいし、あの嫌みな口調も好きじゃない。

 でも、死んでほしいなんて考えたこともなかったのに。


「私の、せいですね……」

「貴女が彼に襲われたのは、今さらなんと言おうとどうしようもないことだし、貴女のせいではないわ。けれど、それ以外の者については、私の言ったことを守らず貴女を危険に晒したのだから、そうと言えるわね」


 笑みを全く含まず言い切られたその言葉に、全然考えもしなかったことを指摘されて血の気が引いた。

 レイトスの言葉に乗ったのは私。その私がお願いをしてしまったのは、ロルフさんたちだ。


「本来の彼らならば、あんな曖昧な理由では動かなかったでしょうし、貴女を留めるようにも動けたはず。シロガネの主としての言葉に迷ってしまったんでしょうね」

「ロルフさんは悪くないんです! 止められたのに、私が心配で不安だったから……無理を言ってついてきてもらっただけなんです」

「その結果、彼らは主の命に背いた罰を負うのよ。貴女は私の言い付けに背いたことにもなる」

「ご、ごめんなさい!」


 じっとしていられず、揺れる馬車の中、正面に座るお母様のコートにすがり付いた。


 涙が込み上げてくるのはこの幼い体のせい。泣いてる場合じゃない。必要以上に瞬きをして水分を散らす。

 ただただ、自分が考えなしだったのをどうしようもなく思い知らされるから、泣きたくない……泣けない。

 そんな私がしたことの責任をロルフさんが取らされるなんて、申し訳なさすぎて絶対に嫌だ。レイトスがこんな形で死んでしまうかもしれないのも受け入れたくない。もう勝手に判断して動かないから、何かしらの罰が必要だと言うのなら、その罰を考え直してほしいとつっかえながら懸命に何度も訴えたところで、お母様が静かにため息をついた。


「──反省はした?」

「はい! もう一人で判断して動きません!」

「よろしい」


 重苦しかった空気が霧散した。

 苦笑したお母様が額に軽く唇を押し当ててくる。さっきまでの息苦しさが消えて、こらえていた涙がぶわりとわいてきた。


「まぁ……今まで護られる意味を教えて来なかったものね。あまり人を近づけさせたくなかったから、最低限にしていたのだけれど、これからはそうもいかないでしょう。……貴女に何かあれば周囲の人間が責任を取らされることもあるのだと、決して忘れないで」

「はい」


 すっごくよくわかりました。

 涙声で返事をした私の頭を撫でるお母様に、言い付けられたことは守るようにしようと強く思った。


 ──それを言うのなら言い付けを守らなかった我も叱られるところなのか?


 今さらになって聞こえてきた声に、アリシアの膝の上を見る。

 そぉだよね。どうして一緒にいたのに一足先に避難してるの?

 私の視線をものともせず、精獣様はすました顔で毛繕いをしている。


「本音を言うのなら、ロゼスタを止めるのは最後には貴方だと思っていたのよ」


 お母様もシロガネに視線を向ける。それを受けて、彼は器用に肩を竦めるような仕草をしてみせた。


 ──なに、我も万能ではないということだ。こんなにあからさまに仕掛けてくるとは思わなんだ。それに関してはすまなかった。


 静かに頭を垂れた姿に、お母様にも意味が通じたようで驚いた顔をしつつも「いえ……次は気を付けてくれればいいのよ」とすんなり引いた。


「……でも、レイトスの処分は変わらないわよ」

「お母様!」

 ──ロゼスタ、先ほどから処罰に対して過剰に反応しているが、あやつのしたことはそれを言い渡されても文句も何も言えないことだぞ? 何に拘っているのだ。

「何にって……」


 私が引っ掛かっているのは、彼が死ぬということに間接的にでも私が関わっていること。それと……。


「誰かに強要されてあの行動を起こしているから、かな」


 あの時のレイトスはいつものレイトスじゃなかった。あの人と何度も口にしてしまうほど動転していたし、失敗したらしたでもうどうなってもいいとばかりになげやりな態度で。


「レイトスの背後にいる誰かこそが最果ての森へ行かされるべきで、少なくとも彼だけのせいではないです……今の結果だけ見たら私は五体満足ですし」


 未遂だと何度も訴える。別に庇いたい訳じゃないんだけど、このまま死なれても寝覚めが悪いんです!

 お母様が顎に手をやって考え込む。


「では、ロゼスタはレイトスにどんな罰を望むの? 護衛を下ろすのは決定事項だからそれ以外で」

「え、ええーと……」


 もう罰は受けているのでは、と思っていた私の考えは読まれていたようで、先に釘を刺されてしまった。


「護衛を下ろされるというのは、これまでの地位から下ろされるということですよね?」

「そうよ。──といっても彼は別に騎士ではないし、短期間自警団に入っていたくらいでそこに戻すわけにもいかないわね」


 つまり、このままではレイトスの居場所はどこにもないということらしい。


「で、では、お母様の権限で辺境の砦で見習いから鍛え直してもらうのはどうでしょう。昇格は少なくとも数年は見送り。もちろん魔力も鍛えてもらいます」

「それは将来騎士となるのを認めるということ?」

「それは将来の彼次第ではないでしょうか。砦にいるからといって全員が騎士というわけではないですよね?」

「そうねぇ……」


 私の考えたレイトス再教育提案は、悪くはなかったようだ。これ以外と言われても、そもそも罰になるようなものが思い付かない。

 何せ、今までいた世界が狭すぎて、何が罰になるのかの判断材料が少なすぎるのだ。

 ──お母様が納得してくれて、良かった。

 レイトスにしたって最果ての森へ行くよりは、ましだろう。


「砦に組み込めば監視もこちらの手で行えるし、ね。いいでしょう」


 ほっと小さく息をついた私にお母様が頷く。

 やっと緩んだ空気に、現金なシロガネが何食わぬ顔で私の膝に戻ってくる。シャノンとアリシアも緊張していたのか、深々と息をついていた。


「ロゼスタ様も、命を狙われているのですか?」


 私とお母様の顔を交互に見ながらアリシアがそんなことを口にする。


「そこまで大げさでは──」


 言いかけて、自分の台詞に首を傾げた。

 いや、狙われていた。最初は単に存在の排除だったのが、実力行使に変わっていっただけだ。

 途中で黙りこんだ私を覗き込んできたアリシアは、何を読み取ったのか目を丸くしている。


「私の伴侶はランティス国出身なの」


 そう言えば、娘がどんな立場なのか話していなかったわね、とお母様がシャノンを見つめる。


「私の親族……というより、この国全体で精獣、精霊への信仰は強くてね、魔道具を扱うかの国はあまり重視されないのよ。ロゼスタはその国の血を引いているから──と考えると今まで私が何を警戒してきたかわかるでしょう」

「そんなにこの領地での行為はあからさまだったのですか?」

「婚姻に関していえば強行したのだけど、あちらもこんなにも早く娘が生まれるとは思っていなかったのでしょうね。それまでは別の夫をと言われ続けたわ」


 それはお父様が王都から帰ってくるまで続いていたはずだ。それにその頃は私もシロガネと契約をしていなかったから、そんなに注目を浴びていなかった。どちらかと言えば存在の無視か、ランティスへ送り返せ、とか言われていたと思う。


「そのせいか、魔道具の地位はかなり低いんです」

「そういうもの、ですか……私たちからすれば、質の良い魔道具はかなり便利なものですけれど」

「え、そうなんですか?」

「その分値も張るんです。魔力を消費しないで使えるというのは、それだけ魔石が使われているということですから」


 ジークも持っていましたよ、と懐かしげにシャノンが微笑む。

 そう言えばアルフォンス様も魔道具に拒否反応を示さなかった。おまけに私に魔道具までくれた。

 やっぱり……。


「王都……というか、ラシェル領の外では、魔道具はそこまで差別の対象ではないんですね?」

「全くないとは言えません。剣の腕の確かだったジークが定住もせず、傭兵のように動いていた理由の一つがそれです」


 やはり、魔法の腕がある程度ないと定職に就くのは難しいらしい。それでも、魔道具に対する反応はラシェル領ほどではないというのがシャノンの口振りから知れた。

 精霊、精獣主義が強いのは、十中八九お母様がディーと契約しているから。そこに私も契約してしまったわけだから……かといって今さらこのもふもふを手放せと言われても無理なんだけれども


「それはそうと、アリシア……貴女たち、も?」


 お母様の問いかけに、アリシアは居心地悪そうに身動ぐ。


「追っ手から逃げていると最初に話していたけれど……。二人とも命まで狙われているの?」

「……狙われているのは、私です。恐らく、生死は問わないとされています」


 居心地悪そうに呟いたシャノンに、お母様が片眉を上げる。


「誰に、とはどうかお聞きにならないでください。こうした形にはなりましたが、本来私たちは皆様の前に出るような者ではないのです」

「……少なくとも、追われる理由はわかっているのね。わかったわ、今は聞きません」

「え?」


 あっさり受け入れたお母様に、シャノンはぽかんと口を開けた。


「今すぐでなくても、いつか聞かせてもらえると助かるわ。さっきこちらの事情は話したでしょう? 今はなるべく私の親族に関わりのない者がほしいの。レイトスがああした行動を起こした結果、黒幕がどんな動きを見せるかわからないし、このまま彼を泳がせておくにしろ、娘と二人きりなんて冗談じゃないわ」

「あの、護衛のお話、もう一度考え直されませんか? 私の追っ手がロゼスタ様に、ということがないとも言い切れませんから」

「……少なくとも、この討伐が終わるまではお願いしたいのだけど……それに、アリシアはどうするの。このままでは二人で旅はおろか外に出ることもできないわよ?」

「それは、そうなんですが……」


 ──そうだった、現状維持と見せかけるなら、レイトスは表面上私の護衛のままで、そうなれば当然二人と一匹の状態になる時があるわけで──それは困る!


「シャノン、そんな遠慮をしている場合じゃないですよ」

「ロゼスタ様?」

「アリシアの鎖をどうするんですか? 今まで彼女を閉じ込めていた人物のことを調べないといけませんし、それは母の役目です。被害者の貴女たちは、それだけで立派に私の側にいる理由ができます」


 もういざとなったら皆まとめてシロガネに守ってもらえばいいよ、とオブラートにくるみもしないでそのまま言ったらウサミミネコミミコンビはぎょっと顔を強張らせ、名指しされたシロガネが一気に毛を逆立てた。


 ──ロゼスタ! 我は万能ではないと言ったばかりだぞ!

「唐揚げ好きなだけ揚げてもらうから、お願い」


 それに新作の料理ができるたびに一番に味見をさせてあげるし、他にどれが食べたいって希望があればできる限り聞いてもあげる。

 思い付く限りにシロガネの前に餌を並べて、漏れる不満の声を押し流す。途中で聞こえなくなってしばらくしてから、渋々といった風に唸り声が返ってきた。

 唐揚げのポイントは相変わらず高いらしい。


「それに、シャノンは戦えない一般人ではないですよね? 今まである程度経験を積んできているんですから。追われているとのとですけど、そんなに頻繁に襲われるんですか?」

「……アリシアとジークといる時に数回。アリシアとはぐれてからは遭遇していません」


 ただしそれは、シャノンたちが死んだと思われているからなのか、諦めたのか、はたまた運よく見つかっていないからなのかはわからないという。


「……アリシアの耳は絶対に隠して、シャノンもそのまま人型のままでいるようにして……少し見られているけれど髪の色を変えましょうか? 瞳の色は変えられないしねぇ」


 あとは髪型ね、と付け加えられたお母様の言葉に、シャノンはぎゅっと銀髪を握ってかぶりを振った。


「き、切るのは嫌です!」

「え?」

「色を変えるのは構いませんが、切るのだけは……!」


 顔色を変えて訴える少女に、お母様はにっこりと笑いかけた。


「女の子に髪を切れなんて言わないわ。結んだり、結い方一つで印象は変わるでしょう?」

「そ、そうでしたか……」


 ほっとして見せたシャノンは、次の瞬間また表情を強ばらせる。髪の印象を変えて誤魔化せるのは人間だけで、獣人には何も意味がない、と。


「そのことなんだけど……」


 意味ありげに口元に手をやったお母様が、菫色の瞳で流し見てくる。これはあれを作ってほしいってことだよね!


「薫り消しの魔道具があれば、なんにも心配いりませんね! 髪型も変えられる髪紐でまた作りますね!」


 見た目より何より個人の特定のしやすい薫りを抑え込んでしまえば、見つかる可能性はぐっと下がるだろう。

 どんな色の髪紐にしようかな。瞳と喧嘩しない色で合うものがないか見比べたいな。

 拳を握って宣言したが、怪訝そうに首を傾げた二人の少女にはわからなかったようだ。



 ──砦に着いたら作る魔道具の数は、これで三つになったのだった。




読了ありがとうございます。


半分以上書いたものが、どうしても納得いかず、また一から書き直して推敲して、ようやく更新することができました。

待っていて下さった方々、ありがとうございます。


次回は砦に到着です。


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