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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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提案

「どう、して……」


 呆然と呟くシャノンに、私は自分の目元を軽く指先で押さえて見せる。


「猫の姿でも目の色は同じでしょう?」


 数回瞬きをした彼女は、つられたように右目の下に手をやった。

 一度だけ見たことがある彼女の両目。忘れもしない、魔力回復の魔法陣が出来上がった日のことだ。

 あの日私は出来たばかりの魔法陣にシロを乗せた。その時一気に回復した魔力に仰天したシロは、それまで閉じられていた右目を見開いたのだ。夜空を思わせる濃紺の色を忘れるわけがない。


「……参りました」


 降参です、と両手を開いて見せたシャノンが肩を竦めた。そのまま頭上の猫耳を自然な仕草で撫でつけてあっという間に引っ込めてしまう。


「一体いつからお気づきなのかと思えば最初からだったとは……あの時にはもう私だと知っていらしたんですね」

「ええ。同じ時期に、全く同じ色を持つ者がいたら、普通は同一人物だと考えるでしょう?」

「その比較対象の片方は猫でしたけどね」


 まあ、普通はと言ったものの実際にはただの偶然と思うことの方が多いかもしれないが、彼女の場合は記憶にある匂いも一致していたので。

 ……すぐ認めてくれて良かった。しらを切られたらこちらとしても証拠は何もなかったから。


「あの閉じていた瞳はわざと? それとも、本当に見えないの?」

「……わざとです。人というのは大部分視覚に頼っている、片目だけ見せていれば無意識に反対の閉じた瞳も同じ色だと思い込むだろうと教えられたので」


 教えたのは養父だと懐かしげにシャノンは目を細めた。


「……それで、私の護衛の件はどうでしょう?」


 繰り返した問いに、今度はすぐに言葉が返って来なかった。ちょっと眉を寄せ迷っているようだ。


「何しろ急なお話で……。ここにいるのもアリシアを探す為でしたし、ようやくこうして会えましたがこの先をどうするかまでは」

「シャノン様のおられる場所があたしのいる場所です!」

「あーうん……わかってる。わかっているけど、今はそういう話じゃないから」


 断りづらそうに言葉を選ぶシャノンにアリシアが被せて声を張り上げる。普段の二人の様子もこんな風なんだろう。目に浮かぶようだ。


「じゃあ、どういう話?」


 急いで結論を出してほしい訳じゃないけど、なるべく受けてもらいたいと思っているから、渋る理由があるなら教えてもらいたい。咄嗟の時に魔法を即座に放てる実力と、普段は美少女時々白猫で、おまけに今ならウサミミ少女もついてくる! もふもふし放題じゃないか。誰得だ。私だ。 

 シャノンが目を細めながら腕を組んだ。


「ロゼスタ様が私に拘るのは、私が獣人だからでしょうか? 私が貴女様の護衛になることと、今回のアリシアの件はまた別物ですよ」


 お父様が言っていた、獣人の報復のことを指しているのか、そうでないのかどっちかわからなかったけど、シャノンは今回のアリシアの奴隷にされたことを流すつもりはない、と言い切った。

 それは──、


「当然のことです」

「……は?」

「先程もアリシアには伝えましたが、本当に私の領地の者が申し訳ないことをしました。母が言うように、申し開きようもないことです」


 アリシアの首輪が何よりの証拠だ。

 違う、自分とは関係ないと言うつもりはない。私個人がどうではなく、ラシェル家の者としての謝罪を口にする。


「申し訳ないと思っています。償いがしたいとも。でも、償いとして、護衛と言ったわけじゃないんです。図々しいとは思いますが、それとは別に側にいてほしいと思っているんです」

「理解に苦しみます」


 首を傾げながらシャノンが唸った。


「失礼ですが、この国はかなり排他的と言いますか……精霊、精獣に重きを置いているが故に、他国を下に見る傾向があります。自国に誇りを持つことは当たり前ですが、それに加えて他国を見下す姿勢に、私は少し引っ掛かりを感じるのです」


 私たちを側に置くというのは、そうした者たちを刺激するということに等しい、とシャノンは続けた。

 それは確かにそうだ。現に私もランティスの血を引いているからこそ、一族とまともに顔も合わせていない。でも、私の立場を気にかけて護衛を辞退するというのなら、あまり気にしなくてもいいのでは?


「私はランティス国の血を引いていますから、反感を買うのも今更です。なので、私の立場を理由に断るのはなしで! あ、でもシャノンたちが嫌なのなら仕方ないですね……。嫌々引き受けてはほしくないので、そうでしたら諦めます」

「そーでしたねぇ。でもあの国は、私たちともあまり国交はなくてよくわからないです。ねぇシャノン様?」

「アリシア、頼むからちょっと黙ってて……」


 もう少し押してみても大丈夫だろうか?

 シャノンの迷い方を見ながら、あまり強引にならないように気を付けながら言葉を重ねる。


「それと、シャノンたちに護衛をと言ったのは、思いつきではないんですよ。私個人の味方というか、友人に近い関係になれたらな、と思って」

「私はカドニス帝国の獣人ですよ?」

「そうでしたね。内乱やら色々あって逃げていらしたんですよね」

「……」


 アリシアに顔を向けるシャノン。にこにこと微笑むアリシア。

 しばらくしてシャノンがため息をついた。


「……それだけでご自身の味方だと思われるのは危険ですよ。物事はいつだって一つの側面からだけで判断してはいけないんです」

「そうですね。私が知っているシャノンは、初対面の時に私たちを奴隷商人たちから守ってくれて、そして時々私に会いに来てくれた人ですね」

「それはたまたまです」

「たまたまでも、なんの関係もない私たちを救ってくれたのは確かですよ。あの時私が伯爵家の人間だと知らなかったはずです。それでも貴女は私たちを助けてくれた」


 シャノンの助けがなければどうなっていたか。私たちだってこの首輪をつけられていたかもしれなかった。

 そんなことがあったのかと呟くシロガネさん。そんなこともあったんですよ。ってか、精霊から聞いてなかったの。


 ──我が漏れ聞いたのは土属性の精霊の力を行使した子供がいた、ということだけだな。その前後は知らぬ。


 はしょられていた、ということだろう。気紛れな精霊らしい。


 伯爵家に取り入ろうとする人はたくさんいる。私はまだ殆ど顔を合わせていないけれど、精獣と契約したと噂が流れた時点で届いた数多くの手紙はそれだと言っていいだろうし、お母様にしつこく言い寄っているダールズ卿だってきっとそう。

 ……きっと、シャノンはその中の誰にも当てはまらない。


「私がわざと身を引いて見せたとは思わないのですか?」

「伯爵家に取り入ろうとして、ですか? その駆け引き、私から護衛としての話をしなければ成り立たないですよね。それに、今回シャノンは戦闘の腕前を一切見せてませんから、他の誰もその話題を出しませんよ?」


 レイトスとひと悶着あったところで声をかけられて、一緒に隊に戻ってきた。それだけだ。

 つまり、私しかシャノンの戦闘能力を知らないことになる。流れの傭兵だ、と他の者たちに思われている現時点で伯爵家の護衛にどうかという勧誘をする者は他にいないだろう。


「~~~、母君に、伯爵家御当主に判断していただいたらどうですか!」

「え、お母様にお話してみてもいいんですか?」


 直接お母様がシャノンたちに尋ねることは、意見を聞くように見えてただの命令になってしまうこともある。むしろさっきと同じ、断る口実だろうかと表情を窺ってみたが、はっとした表情で口を閉じてしまったから──これは脈あり?


「では、お母様にも意見を聞いてみますね」

「……どうぞ」

 ──反応が消えた。


 ぼそりとシロガネが呟いた。

 なんの? と首を傾げたけれど、首を傾げ返されて終わった。なんなんだもう。



「お待たせ」とお母様が戻ってきた。ふー、と息をついて席に沈みこんでいる。

 ──と、ガクンと馬車のスピードが上がった。


「っ?」

「シロガネ、もう魔物はいないのよね? 砦に向けて速度を上げるように言ったから、しっかり掴まっていなさい」

「は、い」


 こめかみを押さえるようにしてため息をついたお母様に、どのタイミングでシャノンたちを護衛として側に置いてもいいかと話そうか考える。

 護衛のレイトスが外されるだろうから、その代わりとしてという切り出し方はまずいだろうか。彼の名前は出さない方がいいかな。

 結局、奴隷商人から救ってもらったことを引き合いに出して、ずっととは言わなくても、少なくとも彼女たちの今回の件が片付くまで側にいてもらうのはダメだろうかと聞いてみた。


「──彼女の戦闘能力は私が保証しますし、このまま、はいさようならを私がしたくないんです。誰か護衛をと言うのなら少しなりとも一緒に過ごしたことのある彼女がいいです」


 六歳児の保証なんていらんがな。とセルフツッコミしながらお母様の表情を窺うこと数秒。

 黙って最後まで話を聞き終えたお母様が、シャノンたちを見た。


「娘はこう言っているけれど……貴女たちはそれでも構わない? できれば私も腕の立つ護衛がついてくれないかと思っていたのよ」


 正直かなりびっくりした。そうでなくともレイトスが私の護衛になったのだって、シロガネを巡って一族の意見とやらが通った結果だったのに、今度はこんなにあっさり私の要求が通っていいの?

 シャノンたちも予想外だったのか、目を白黒させている。


「え? え?」

「あらあら、どうしたのその顔は。私が許さないとでも思った?」

「えっと、はい。こんなに早くいいと言ってもらえるとは……」

「腕の保証は貴女がすると言ったんでしょうに……というのは冗談だけど、その年で傭兵と名乗れるのならある程度実地経験があるでしょうしね。今回はある程度腕に自信がある人ならどんどん参加してもらいたいわ」

「ですが、私は流れの、しかも獣人で……」


 戸惑ったように口を挟んだシャノンは、続く言葉が出てこないようで数回口をパクパクしてから閉じた。


「そんなこと気にしなくていいわ。流れの傭兵だろうが、砦を守る騎士だろうが、神殿に籠る神官だろうが、魔物と戦い村民の命を守ることに変わりはないでしょう」


 それよりも、とお母様が首を傾げる。


「貴女たちはどうなの? ロゼスタの、私の娘の護衛を務める気はあって? 嫌々してもらいたくはないし、無理に勧めるつもりもないから、その場合は隊に入ってもらうことになるわね。しばらく私についてきてもらうことを考えると、娘の護衛が一番注目を浴びなくて、安全よ?」

「?」


 何故に私の護衛が注目を浴びなくて安全なんだ。むしろシロガネは注目を集めまくりですが。

 クエスチョンマークが浮かんだ私と違って、どうやらシャノンはお母様の言った意味がわかったらしい。はっとした表情でアリシアを振り返った。


「でも、そうするとアリシアは……」

「非戦闘要員として扱いましょう。事情が事情だから今回は特例として。彼女にはしばらく窮屈な思いをさせてしまうけれど、外ではなるべく布を被って身体的特徴を見せないようにして、私の庇護下にいると示すのが望ましいとは思うわ。……娘の護衛はひとまず彼女の下劣な契約を解除できるまで、でどうかしら」

「そこまでしていただいて、よろしいのですか?」

「よろしいもよろしくないも、お願いしているのはこちらだもの。──実を言うとね、ロゼスタから言い出さなければ、私から切り出そうかと思っていたの」


 ふふ、と口元に手をやったお母様に、シャノンが「ご冗談を」と言って微笑を浮かべた。銀髪少女のふんわりした笑顔は最高に可愛らしかった。

 それにシャノンさん、あの笑みはかなり本気だったと思いますよ。


「ロゼスタ様、さっきはああした態度を取ってしまいましたが、許して下さいますか?」

「そんなしゃべり方はよしてください。許すも許さないもないです。しばらくの間、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ」

「あたしこそ、よろしくお願いします、ロゼスタ様!」

「お母様、ありがとうございます」

「いいのよ。こうした縁は大切にしなくては。──それとロゼスタ」

「なんですか」


 不意に声を潜められ、思わず私もつられてこそこそと聞き返す。モゾモゾと膝の上で動くシロガネがくすぐったい。


「あの手紙を届ける魔道具、作れるかしら?」

「紙とペンが用意できるのでしたら、できないこともないですけど……」


 さっ、と書類をめくって中から一枚差し出してきたお母様。


「どこの方面への手紙ですか?」

「王都よ」


 てっきりお父様へとばかり思って聞いた質問に、間髪いれず返ってきた場所が意外すぎて、目をぱちくり。

 ええと、書いてと頼まれるならいくらでも書いて作りますけどね。


 どうしていきなり王都?




読了ありがとうございました。

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