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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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アリシアの探し人

お待たせしました。

 ロルフさんの馬を先頭に本隊へ戻った私たちを待っていたのは、ずらりと並んだ本隊とお母様の非常にイイ笑顔だった。


「オカエリナサイ」


 目が笑っていない。

 すぐさまロルフさんが馬を前に進め、弁明を始める。それを片手で制止し、目力のみで私たちを呼ぶお母様。


「話はこちらで聞きます──ロゼスタ」

「はい……」


 しおしおと側へ行く。もちろんレイトスも道連れだ。このまま逃がしてなるものか。

 ──と思っていたら、馬車に入っていなさいと合図された。私一人で。

 このままではレイトスは外に残され、神妙な表情をしたロルフさんと一緒にお母様への報告をすることになりそうだ。


「お、お母様!」

「なんですか?」


 うう、声が冷たい。ロゼスタとして生きてきて初めてかもしれない、こんなに怒っているお母様を見るのは。

 普段怒らない人が怒ると怖いってこのことか、と考えながら、レイトスを私の護衛から今は外さないでと必死に頼み込んだ。少なくとも今すぐには。

 護衛失格だなんだと護衛から外されて、どさくさに紛れて逃げられては堪らない。とにかく人目のあるところで私の代わりに他の人たちに見張っていてもらわなければ。

 無言で頷いたお母様に馬車に押し込まれた先に、落ち着かない様子のアリシアが座っていた。


「あの、大丈夫でしたか? 退治できたんですよね?」

「ええ、まぁ……」


 できたにはできたけど、その後のことの出来事の方が衝撃が大きくて曖昧な返事になってしまった。

 その時、ほぅっと息をついたアリシアの耳がピンと立った。


「その手……」

「え?」


 たゆん、とたわわな胸を振るわせ、ウサギ耳をぷるぷると立たせたアリシアが震えながら指差してきた。


「シャノン、様……?」


 ああ、そうだった。彼女もずっと探していたんだよね。


「そうよ。一緒に戻ってきたから──」

「!!」


 外にいると言い終わる前に、アリシアが馬車のドアを押し開けた。一瞬のことで止める間もなかった。

 絶対零度の笑みを浮かべていたお母様との、二度目のご対面だった。ほっそりとした片手は優雅に挙げられ、その指先から天まで届きそうな激しい渦巻きが伸びている。

 その矛先は──レイトス。

 尻もちをつき真っ青な顔をしている──あれ、どこかで見た光景のような。


 双方共に固まった空気を、ウサミミ少女は意に介さなかった。

 まるでその人がいる方向がわかっていたかのように、一点を見据え歓声が上がる。


「シャノン様ぁ!!」

「アリシア!」


 馬車から降り駆けた少女を、銀髪の少女がしっかりと抱きとめる。

 そのまま泣き始めたアリシアの背を、シャノンは宥めるようにぽんぽんと叩いた。

 お母様もアリシアの探し人が誰なのかわかったようだった。表情を少し和らげてすっ、と手を下ろした。それまで魔力が注がれていた魔法陣は完成することなくあっという間に空に溶けていった……溶けていった?!

 あれって一旦手をつけたら、確か魔力を注ぎ終わらないと暴発してしまうものじゃなかったっけ。

 魔法を習い始めた時に中途半端に魔力を注いで、変な水魔法を発動させてしまったこともあったし、きちんとイメージしなければ暴発してしまうと教わった。つまり、初めからどんな魔法を発動させるか頭に思い描いていないと自分を含めて周囲にとんでもない被害が出てしまうということで──、それはつまり魔力を注ぎ始めたらその魔法はどんな形であれ、発動させないといけないんじゃないかと思っていたんですけどどうやら違ったようですねお母様。


 ──あれはただ単に術式を空中に散らしているだけではないか。


 猫の姿のまま、あくび混じりのシロガネの声が言う。……散らすってなんだ、散らすって。そういう感覚じゃなくて論理的にお願いします。ただでさえ魔法自体が個人の感覚や想像力に頼っている部分が大きいんだから。

 これは是非ともコツを教えてもらわないと──などと考えている間に、砦に向けて出発した馬車の中でお母様とシャノンたちとで情報交換が始まっていた。いつの間に。


「彼が貴女は傭兵だと喚いて──いえ、言っていたけれど、それは本当?」


 確かめるようにお母様が質問を繰り返す。相も変わらずレイトスは喚いていたようだ。ちゃんと見張っていて下さいね、ロルフさん。

 レイトスの言うように傭兵に悪いイメージがあるのかと思って見ていたけれど、そういう様子ではなさそうだ。

 ──といっても私も傭兵と聞いて戦闘要員としか想像できないんだけど。そう考えたら、この世界の人で魔力を持っていて戦える人……例えばロルフさんのような騎士と何がどう違うんだろう。

 はい、と頷いたシャノンの表情は強張っている。手はずっとアリシアと繋がれていて……さっきからその視線はアリシアの首に嵌まっている隷属の証に注がれている。


「一応、彼女から聞いてはいるけれど。貴女の名は?」

「シャノン・バートレーです」

「……どちらの出身かしら」

「見ての通り、カドニスです。──とっくにご存知かと思っておりましたが」


 シャノンの目がアリシアの耳に向かう。確かに、わざわざ確認しなくてもそれを見れば一目瞭然だろう。


「カドニス帝国にも、我が国と同じように姓があるのだと思ってね」

「どういう意味でしょう?」

「いえね、貴女のその姓、どこかで聞いたような気がして」


 記憶を辿るように眉を寄せたお母様に、シャノンが首を傾げる。きょとんとした表情はまだ十代半ばだという彼女を年相応に見せた。


「仰る通り、先程の姓は生来の私のものではありません。私の、養父の姓なのです」

「では、貴女の本来の姓は……?」

「とっくの昔、国を出た時に捨てました。ここにいる私はバートレー家の者、以前の名を持つ者は私ではありません」

「ジーク、と言ったかしら」

「はい」


 何かから逃げてきたシャノンとアリシアを助けた、ジークという人はそのままシャノンを自分の養女にしたらしい。何から逃げていたのかという質問には決して答えてくれなかったが、その後の自分たちの生活についてはポツポツと話してくれた。


「そんな……ジーク様が……」


 呆然と目を見開いたアリシアの瞳からポロポロと涙が零れる。奴隷商人に拐われたアリシアを探す旅の最中、魔物との戦闘でシャノンと共に戦った彼が、その牙の前に倒れたと聞いてから涙が止まることはなかった。


「彼がいなければ、私もアリシアもとっくにどこかでの垂れ死んでいたでしょう」


 沈痛な表情で下を向いたシャノンの言葉に、アリシアのしゃくりあげる声が一層響いた。

 重苦しい空気の中、シャノンもアリシアもしばらく砦で過ごすことで話はまとまった。隷属の鎖がアリシアの首に嵌まっている以上、その所有権を主張してくる主人が出てくるかもしれないし、そんな者がラシェル領にいるのなら責任追及もしなければならないそうだ。

 ただ、馬鹿正直に自分が主人だと名乗り出てくるのかはまた別だし疑問だけど……何しろ肝心のアリシアの記憶にその人物は全くといっていいほど残っていないので。

 ふ、と思いついたようにお母様がシャノンを見た。


「シャノン、ジークという貴女を養女に迎えたという彼だけど。もしかして彼、茶色の髪に緑の瞳をしていたのではない?」

「いいえ? 彼は黒髪黒目でしたよ」

「……あら、そうなの」


 記憶の人物と違ったのか、お母様は肩を竦めた。勘が外れて残念そうにも見えなかったが。

 ところで私、いつレイトスとのこと話せばいいですか? この場で言ってもいいのだろうか。

 ……砦に着いたら余計に時間がなくなるから今しかないな。


「あ、あの、お話があるんですが」


 こそりと挙げた手に三対の視線が注目してきた。


「そう言えば、まだ貴女の口からはきちんと聞いていなかったわね。どうして本隊を離れて別行動していたのか。それも道を大きく迂回して」


 お母様のお怒りは、どうやらまだ続いていたようです。当たり前か。


「本隊を外れていたことに関しては……私とシロガネの独断です。ご心配、ご迷惑をおかけしました」


 くるりと膝の上で丸まって、「関係ないよ」とでも言うように毛づくろいを始めたシロガネを抱きしめつつ、頭を下げる。

 居心地悪そうにアリシアとシャノンが視線を合わせているのがわかったけれど、かといって二人を外に出すわけにもいかないから結局話を続けるしかない。

 怪我人を知らせる狼煙を見たこと、その直後にシロガネから二体目の魔物が近づいていると教えられたこと。

 そして、二体目の魔物の存在を知らせる為にシロガネに戦闘の指示を出すから、と約束をして本隊を離れたことを話す頃にはお母様の眉間にはシワが寄っていて、迂回しつつ進んだ先で二体目の魔物と遭遇したというところでは能面になっていた。


「私は後方で待っていてと伝えたのだけれど……?」

「本当に、ごめんなさい。狼煙が上がった直後にわかったこともあって、万が一ということを想像してしまいました。それでいてもたってもいられなくて」

「それが何故、レイトスを護衛から外さないでくれという話に繋がるの?」

「それは……」


 口ごもった私をしばらく見たお母様がす、と二人を流し見た。


「ここで見聞きしたことは……」

 ──くれぐれも外に洩らすな。

「はい! 精獣様のお心のままに!」


 お母様と同時に唸ったシロガネの声に、シャノンが静かに頷きピッと背筋を伸ばしたアリシアが元気に答えた。どっちに重きをおいているか一目瞭然だ。

 そのお母様も精獣と契約してるんだけどね。知ったらどうなるんだろう。


 今回レイトスはお母様が命じた、私と本隊で待っているようにと言われたことを守れなかった。護衛対象がいくら心配だから様子を見に行きたいと言っても、本来それを止めるのが護衛の役目だ、とお母様に説明される。


「ロルフからの報告では、彼は私がいなかった場合の戦闘の指揮は貴女に取るように求めてきたと聞いているわ。そんな指示を私は出していないし、それを彼が先導する権利もない」


 はい。今ならそうだと頷けますが、あの時は「ええ、この人そんなこと考えてたの」としか思いませんでした……。


「それで? レイトスは貴女に何をしたの?……それとも、何もしなかったのかしら」

「ええと……したとも言えますし、していないとも言えますが……一つ、お願いがあります」


「なあに?」という風に問いかけてきた菫色の瞳を見返す。危害を加えようとした時点で俺はもう終わりだ、とレイトスも言っていたように、お咎めが何もなしではないだろう。

 ──お母様がどんな決断を下すかわからないけれど、どうかレイトスの後ろにいる黒幕を逃すことになりませんように。

 なるべく自分の考えを混ぜないようにあったこと、交わしたやり取りを話す。剣で斬りつけられそうになったところでは悲鳴が上がるかと思って恐る恐る話したけれど、そんなこともなくてただ静かに頷かれただけだった。

 レイトスとの会話には何か思い当たる節があったのか、しばらく考え込んでいたけれど──。


「──シロガネ、魔物は後一体残っているのよね?」


 唐突に尋ねてきた内容はそのどれにも関係なかった。対してシロガネは一つ頷き、片足で進行方向より右に少しずれた方を指す。


「近いのよね」

 ──ああ。


 短く方向と距離だけ確認したお母様が「ちょっと失礼」と馬車の外に出た。馬車酔いかな。

 そう考えた私に、シロガネが呆れたような口調で親の心子知らずとはこのことだな、と呟いた。


 戻ってこないお母様を待つ間、残された私たちの間に続く会話もない。

 静かに瞳を伏せるシャノンは口を開く気配はないし、アリシアも少し落ち着いたのか、ちらちらとシロガネを窺っていた素振りを見せなくなった。

 ……今しか聞くチャンスはないのかもしれない。


「あの、ちょっといいでしょうか?」

「……なんでしょう?」


 紫と濃紺の瞳が探るように見てくる。そのどこか警戒した視線を懐かしく思いながら、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「あの、不躾な質問でしたらすみません。シャノン……はアリシアのように耳や尻尾は現れないのですか?」

「……私はアリシアのように獣人の特徴を外に出すのは苦手なのです」


 つまり、アリシアより魔力があるってことか。傭兵っていう話だったし、魔力がなきゃ仕事もできないもんね。

 てっきり黒猫の獣人だとばかり思っていたんだけどなぁ。


「ところで今更なのですが、私の護衛が口にしていた流れ、とはどういう意味ですか?」


 あまり良い意味ではなさそうな響きだったので気になっていたが、シャノンの説明は案の定だった。


「流れとは戦う国や場所を定められていない、傭兵全体を意味する言葉です」


 傭兵自体を流れというらしい。反対にロルフさんたちのように、砦に在籍している者は大体が騎士だという。


「傭兵となる者は殆んどの者が一ヶ所に留まるよう声をかけられない者たちです。戦場を求めて転々と動くので流れ、と言われます」


 引き止められる魅力がない、つまり戦力として魔力があまりない者が多いらしい。魔力の高さが物を言うここで流れという傭兵はあまり地位が高くないと想像がついた。

 でも完璧に人間の姿を取れるシャノンはそうではない。流れという評価に甘んじている理由は獣人だからだろう。それに何かから逃げているのならば居場所を転々を変えられる方が都合がいいと想像がつく。

 だけど──。


「シャノンは私の護衛になる気はないですか?」

「……は?」


 何を言い出すんだとシャノンがぽかんと口を開けて、そこにアリシアの「唐突ですねぇ」という声が被さった。


「私は傭兵ですが……」

「シャノンがいいんです。色々と話を聞いてみたいですし、他の人たちよりも同性なので安心できます! それに傭兵ということは、戦闘に慣れているのでしょう? 戦いのコツも教えてもらいたいのです」

「……シャノン様がこの方の側に仕えるということは、私もそうなるということでしょうか?」


 首を傾げながらアリシアが呟いたが、誰も返事をしなかった。きっと私の名前、覚えていないんだろうなぁ……。


「そうしたことは母君とお話下さい。アリシアの首輪の件で私たちは同行するだけです」

「そうですね。では、お母様が許して下さったら、シャノンは私の側にいてくれますか?」

「……ご命令なさればよろしいのでは?」


 口ではそう言っているけれど、きっと命令した途端、彼女は姿を消してしまう。そんな予感がした。挑発的に煌めくオッドアイがそう言っている。


「嫌々従わせたくないんです。どうしても気が進まないのでしたら無理強いはしたくないんですけど……私はシャノンが好ましいと思ったので」


 あんまり熱心にお願いしすぎたせいか、言葉を重ねるごとにシャノンの表情が強張っていく。


「何故私をそんなに信用して下さっているのでしょう? 獣人という理由からの物珍しさからでしょうか。あまりそう簡単に傭兵を信じるものではありませんよ」

「他の人には、まあそうですね。でもシャノンは別ですから」


 訳がわからないと眉を寄せた銀髪の少女に微笑みかける。

 誰が何を言っても、例えシャノンが何も言わなくても、私は知っている。彼女が味方だってことを。


「何故私は別なんです?」


 切れ長の瞳が探るように私を観察している。

 その様子に思わず笑みがこぼれてしまったから、余計に警戒されてしまったようだ。逃げ場を探すようにじりじりとドアの方へ体が動いている。

 その視線を正面から受け止め、綺麗なオッドアイの少女にそっと囁く。


「そうでしょう、シロ?」



 きょとんと首を傾げたアリシアと、瞳を大きく見開いたシャノンの頭から白い猫耳が飛び出したのが同時だった。






なかなか更新できずにいたら、いつの間にか前回の更新からかなりの時間が空いてしまっていました。

気長に待っていて下さった方々、ありがとうございます。

今後もちまちまと更新していきますのでよろしくお願いします。


読了ありがとうございました。

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