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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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レイトスとの話

 どれだけ離れているかわからないけれど、ダメ元でシロガネに呼び掛ける。

 声が届かなくても仕方ないと半分諦めていたから、応答があった時は心底ほっとした。しかもさっきの魔物はもうじき倒せそうで、戦闘が終わり次第迎えに行くと言われたら頷くしかない。


 連絡がついて一息ついた私とは対称的に、レイトスの顔色は真っ青だ。

 どうあっても剣が届かないことを悟ったのか、ずるずると座り込んで項垂れる。

 カラン、と転がった剣に見向きもしない。


「なんで、俺がこんなことに……」


 がっくりと肩を落としたまま呟かれた言葉が引っ掛かった。


「どうして?……誰に言われてこんなことを?」

「お、俺の意思だ! 他の誰も関係ない!」


 とてもそうとは思えないから聞いてるんだけど。

 悪意は何度かぶつけられているけど、明確な殺意を向けられたのは初めて。だからなのか、彼の言葉をそのままに信じられない。


「確か以前言っていたじゃないですか。契約をしていて、この国から出るなんてことはないでしょうねって。死んだら元も子もないじゃないですか」


 私のことが気にくわなくて、それでもシロガネと契約してからわざわざ他国へ行かないかと気にしていた彼が、その契約者を害そうとしたとは考えにくい。


「お、俺は止めた方がいいって止めたんだ! それを……」

「それを?」

「……っ」


 小首を傾げて催促すると顔を背けられた。

 どうやら素直に内情を明かしてはくれないらしい。

 こっちは前世での窒息死に加えて、怨恨の可能性大の斬殺死になるところだったんだけど。


「私のこと……指示通りにはいかなかったようですし。これからどうするんですか?」

「どうにもこうにも……俺はもう終わりだ」


 伯爵令嬢を拐って害そうとした時点でな、と自嘲めいた笑みをこぼした彼は、首を振って重い息をついた。


「鞄の中に救援を請う狼煙が入っている。上げたらいいだろ、誰かが探しに来る」

「貴方はどうするんですか?」

「……」


 ぷい、とそっぽを向かれた。

 逃げるつもりなのか、そのまま捕まるつもりなのか……どちらかわからないけれど、少なくとも私を暗殺しようとした人の名前は意地でも口にしないだろうというのは想像がついた。


 ……自分で言っててなんだけど、私暗殺されかかったのよね。

 すごい。六歳にして命狙われるなんてなかなかない。助かったのが奇跡だ。

 どれが効いたんだろう? そして何に反応していたんだろう?

 実際に触れてからの反射でもなくて攻撃自体が当たらないってことは、何か魔法陣が反応する条件があるはずだ。この魔法陣だけだとよくわからない……。


 ともかく、脱がなくて本当に良かった、とどちらかの方向にいるお父様へ感謝を捧げていると。

 やっと息が整ってきたのか、のろのろと立ち上がり地面に落ちた剣を拾っている。

 そんな姿を見ていたら……なんだかだんだん腹が立ってきた。


 私、舐められてるよね。

 初対面の時もそうだけど、こんなことしでかしておいて説明の一つ、謝罪の一つもないなんておかしくない?

 被害者は私ですけど。


「真相をお話する気はないということでしょうか?」


 思ったよりも冷たい声が出た。


「……俺の行動が全てだ」

「とてもそうとは思えないから聞いています」

「それはお前の想像に過ぎないだろ」


 ……なるほど、そう来ますか。


「どうしてこの討伐隊で私へ武器を向けたんですか? あのまま魔物との戦闘に加わっていれば運の悪い事故にも見せかけられたかもしれないのに」

「それも考えたが……後方からの支援攻撃だけだと何度も言われていたからな。それに精獣様のガードもあった。本隊から離れた今しか機会はないと判断した」


 考えていたのか。

 それでも納得行かない。

 こんな所まで連れてくるのを他の人たちにも見られて、何があったのかは知らないなんて通るわけがない。自分が犯人だと、わざわざ知られるように動く人がいる? だとしたらなんの為?


「どなたかを庇っているようですけど……伯爵令嬢に刃物を向ける以上に怖いことなんてありますか。父や当主である母がどう動いていたことか」

「……はっ、自分に大層な自信があるんだな。羨ましいことで」

「事実です。それに……今の貴方を見ていて気がつきました。もし私に例え魔力がなくても、私の大切な人たちは私のことを大事にしてくれるって」

「──何言ってるんだ?」


 そんなことあるか、と見返された。

 でも不思議と不安めいたものはなくて、まるで冴え渡った水面から水底がはっきりと見えるみたいに思考がクリアになった。

 どうしてこんな単純なことがわからなかったんだろう。


「前は貴方を見て不安でした。別の道を歩んだ自分を見ているようで……でも全然違った。例え、貴方のように魔力が少なく産まれていても、私は貴方のようにはならない」

「はぁ?」


 乱暴に聞き返されたけど、もう怖くない。


「お前と俺は一緒だよ! あんなにも恵まれて、望まれているのは魔力があるからだけだ! なければランティスとの混血が大事になんかされるかっ」

「確かに魔力のあるなして──ランティス出身の父は別としても、こんなにも歩んだ道のりが正反対な人は親戚内でも顕著でしょう。貴方も言っていましたね、魔力がなかったら私も貴方みたいになっていたと」

「全くもってその通りだろうが。むしろこの世の中そんな奴ばかりだ」

「確かにそうかもしれせん。けれど、私にはきっと全く同じように愛情を注いでくれたはずです……少なくとも、誰かを殺してこいなんて、言われない」

「……っ」


 頬を叩かれたようにレイトスが目に見えて怯んだ。ひねくれているようで、もしかすると痛々しいくらいに純粋なのかもしれない彼に、事実を突きつけるのは酷かもしれない。

 十七だと言っていた彼に、幼い男の子の面影がぶれて重なった。


「私に向かって堂々と悪態ついてきた貴方が、真相を知られるのは怖いんですか? 誰かは知りませんがその人がそんなに大切ですか? 伯爵令嬢に刃物向ける以上に怖いことなんてないでしょう?」


 私を殺そうとした誰かを知られるのがそんなに怖いのか。でも断言できる。

 あんたがそんな必死の決意をしているのと反対に、その誰かは絶対にあんたのことを大事になんか思ってないから。


「お前があの人を語るなっ!」

「誰だか知らないからこそ見えることもあるってことです。本当に大事なら、大切な人なら自分の手を汚さずに誰かを傷つけてこい、殺してこいなんて言わない!」


 私がシロガネと契約した時、お母様たちはどうした。もっと周囲に自慢できたはず。大々的に発表して私の顔を皆に知らせることもできたはずだ。

 お腹の中に宿った小さな命を優先してと言ってしまうくらい、私のことを守ってくれようとしたお母様が、魔力回復の魔道具を早々に売りに出そうともしなかったお父様が、私のことを魔力があるから大事にしているなんて、考えるのも失礼だ。


「うるさいっっ!」


 両耳を押さえてレイトスが叫ぶ。


「貴方、悔しくないんですか。こんな最低なこと命令されて、それをやってくるだろうって思われていて。こんな貴方自身を貶めていることを平気で命令してくる人が、本当に貴方のことを大切に思っているとでも?」

「俺にあの人を拒絶しろっていうのか?! そんなこと、できる訳が……できる訳がないだろっ」


 呻きながら首を振るレイトスの姿に忌々しさが込み上げてくる。目の前の彼ではなく、こんな卑怯なことを彼にさせようとした人物へ。


「こんな人目につくように動いたのも、わざとですか」

「……なんのことだ」

「例え成功しても、失敗しても貴方に指示を出した人の存在が出ることはない、ということです。運よく成功していても、貴方は捕らえられる」


 そして、命じた人物は無関係を貫く。証拠も何もない。手を下したレイトスだけが罰せられ、そしてその人物は自分の手を汚さず目的を達成できる。


 目的は恐らく……リセット。

 私という存在がいなくなれば、ラシェル家に後継者がいなくなる。実際当主になるかならないかは別として、シロガネと契約した私は当主候補最有力者だろう。

 考えてみれば、起こっていた事件は皆私を排除しようとしていた。

 奴隷商人に拐われたのも、ランティス国へ行けと唆されたのも。

 その上で何をしようとしていたのかがわからないけれど……お母様の妊娠だけは伏せておいて良かったと心底思った。


「それに私がここで殺されてしまった場合、他の方々はどうなるのか、シロガネがどう動くか考えなかったんですか」

「……契約者の死亡時に双方の契約は切れるはずだ。だから、報復の可能性はない」

「なんですかそれ……」


 シロガネ込みで魔物討伐を考えていた神官たちや、討伐隊の皆への影響はという意味で聞いたのに。

 レイトスには、私を殺すよう指示を出した人にはそんな考えもなかったことになる。

 怪我人が出たと上がった狼煙が脳裏をよぎった。慌ただしく走る護衛たちと、指示を飛ばしていたお母様、それに既に犠牲となった顔も知らない人々。

 皆目の前の魔物をどう倒していくのか、被害を最小にする為にそれだけを真剣に考えていたというのに。

 精獣重視だかの神殿が、魔物討伐に私を同行しろと要求してきたのだってこの地域全体のことを考えてのことだ。それを受けてお母様だって交渉を続け、家族で真剣に話してきた。

 それなのに、目の前の男とその背後にいる誰かは、全く何も考えていない。

 頭のどこかで、ぷちっと何かが切れたような気がした。


「──火の玉をぶつけられるのと、氷の槍でつつかれるのとどちらが好みですか?」


 にっこり微笑んで聞くと、なんとも言えない妙なものを見る目が返ってきた。


「…………は?」

「どうやらレイトス様は素直に物事を話すのが苦手なんですね。気持ち良くお話して下さるようになる為にも、その頑なな態度を溶かすには魔法の力が必要なのではと思いまして」

「何わけのわからないことを言っている」 


 いつもだったらレイトスのその台詞で合っている。私でもきっと同じように返すだろう。でも今の私はとっても機嫌が悪いのだ。


「私の期待した答えではありません」


 話しながら右手を掲げる。怒りのせいか訓練の賜物か、非常にスムーズに火の初級魔法陣が描ける。今なら苦手な炎系の魔法が何発も放てそうだ。

 私だけに見える赤々と照る陣からバレーボール大の火の球が五個現れ、レイトス目掛けて容赦なく突っ込んだ。


「うわっ!」


 ちっ、避けたか。

 もう一度。全く同じ動作を繰り返す私に、ひきつった顔でレイトスが両手を突き出した。


「ちょ、ちょっと待て! 魔物との戦闘以外に外での魔法の使用は原則禁止されているはずだ! それにこれは私闘に近いぞ!」

「原則、ですよね? それにそれがなんだって言うんですか?」

「だ、だから、その攻撃魔法を止めろと──や、やめろ!!」

「暗殺しかけて来た人がどの口で言ってるんだか」


 図体はでかいくせにチョロチョロと逃げ足の早い。私は自然破壊がしたいわけじゃないのだ。一発でも当たれば胸がスカッとするのに往生際の悪い。

 ぶすぶすと煙を出す木が気の毒で思わず擦ると、信じられないものを見たような目で見られた。

 回復魔法は使えないんだからいい加減にしてよ。これ以上犠牲出したくないの。


「私は本当のことが聞きたいだけです」

「その前に俺が死ぬ!」

「因果応報って言葉ご存知ですか?」


 ムッとしながら右手に火の魔法陣を、左手に水の魔法陣を構築する。魔力を巡らせながら奴を見ると真っ青を通り越して白くなった顔でぶんぶんと首を振っていた。


「は、話す、話すからっ! その攻撃を止めてくれ!!」

「……早くそう仰ってくれれば良かったんですよ」


 そう言ったものの、ちょっと困った。

 この魔法陣どうしよう。もうちょっとレイトスの降参が遅ければ放てたのに、今から向けたんじゃ私が人でなしになってしまう。

 でも、今回初めてチャレンジしたにしては制御がとってもきれいにできていて、このまま不発に終えるのは惜しい。以前お父様が奴隷商人たちから助けてくれた時に見たのを真似したものだけど、大きさといい威力といい、我ながら惚れ惚れする出来だ。


 このまま向けてもいいかな、と一瞬よぎった考えを読まれたのか、がくぶる震えるレイトスがすごい勢いで首を振っていた。

 えー、ダメならどうしよう。

 陣の保つ時間もあまりないし、と曇天を見上げて考えた時、いい考えが浮かんだ。

 そのまま両手を空へかざす。

 間髪入れず放たれた幾本もの透明な氷の槍が空へ向かい、その少し後を螺旋を描きながら炎の球が追っていく。救援信号ではないけれど、それに似た色合いが曇天を明るく照らし出した。


 思い切り高く空へ打ち上げたし、見た目は豊穣祭の神官たちと精霊の契約のものを真似たものだから、遠くから見ても魔力でできたものだとわかるはず。

 早く戻らなきゃ。

 迎えが来るのとこちらから合流するのとどちらが先だろうと思いながらレイトスを振り返ると、尻もちをついたまま呆然としていた。



読了ありがとうございます。

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