対峙
シロガネの咆哮をまともに受けて、魔物は文字通り吹き飛ばされてひっくり返った。
もんどりうって地面に背中から叩きつけられた胴体の向こうに、千切れた数本の足が落ちていく。その後を体液が弧を描いて飛んだのを呆然と見送った。
軽いわけではないのは叩きつけられた地面の音からもわかる。
あんな重いのを吹き飛ばす咆哮って……。
──ほれ、さっさと仕留めぬか。あのままだと頭上から消化液を撒き散らされていたぞ。
「こ、攻撃開始っ!!」
護衛たちが呆気に取られていたのも一瞬のこと。
呆れたようなシロガネの視線に我に返ったのか、勇ましい掛け声が上がった。じたばたと無数の太い足をばたつかせて、起き上がろうともがく魔物に容赦なく炎が降り注ぐ。
ギャピィイイゥウェェと甲高く耳障りな音が響く。また一つ、魔法陣が展開した。
長い二本の足が木に巻きつき胴体を起こそうとしたのか、ピンと張った瞬間すかさず切りつけ叩きつけるキースさん。
地面が揺れ、衝撃にたわむ木がばさばさと枝を落とし、また護衛たちが魔法陣を紡いだ。
その拍子にぽっかりと開いた腹部の穴が見えた。赤ん坊が悠々入ってしまいそうな大きさの穴から、ぶわりと斥候らしき小さな蜘蛛と黄色がかった粘液が飛び散る。
うえぇ、多分というか十中八九あれが消化液だ。
あのまま適度に離れていたら、その分距離を詰められてすぐさま襲いかかってきただろうから……というのがシロガネの言い分。
常だったら適当に転がして、少し遊んでから食べるのが彼流らしい。やめてくれ。
「ロゼスタ様はもっとお下がり下さい!」
張り上げられたロルフさんの声に、それまで全く動かなかったレイトスがあっさり従う。いや、護衛としては当たり前なんだけど……私は何しにここに来たのかと思ってしまうくらい、呆気なく前線から下げられてしまった。
せめて足元の目障りな斥候の数は減らそうと火花を散らせたら、また怒られた。解せぬ。
──むぅ。思っていたよりしぶといな。
面白くなさそうなシロガネの独り言が聞こえて、思わず首を振っていた。お願いだから、お願いだから私の前では噛みつかないで!
──そんな余裕があるとでも?
返ってきたのは面白そうに響く言葉。
た、戦ってもらって言える立場じゃないけど、ほんとにその毛並みとか口元とか魔物の体液に染まるのは嫌なんだよー!
「わ、私も戦えます!」
「ロルフ殿の指示には従いませんと」
せめて攻撃役が一人でも増えればあの毛並みを守れるかと手を挙げて主張したのに、にべもなく却下される。今なら全部の魔法を当てられる自信があるのに!
しかも戦況が見えないようにくるりと向きを変えられた。
背後からは炎や氷で攻撃を続けているであろう音と、魔物の立てる威嚇の声が混ざって聞こえる。
頼むからシロガネ、早まらないで!
……と祈った時、馬の走るスピードが上がった。
「あ、あれ?」
なんでこんなに皆から離れるの? 必要ある?
何か後ろで声が上がっていたけれど、振り向いても背後の彼に阻まれて見ることすらできなかった。
「あ、あの、どうして皆さんからこんなに離れるんですか?」
精一杯上を見て問いかけたけど、答えは返ってこない。
シロガネに呼びかけるかとも思ったけれど、彼の戦線離脱で困るのはロルフさんたちだ。
何か理由があるのかと、黙って相手の出方を待っていたのも悪かった。
抱え込まれて身動き取れないままジグザグに走り抜けられて──しばらくして地面に下ろされた。無言で。
やや乱暴な扱いに物申したかったけど、ぐっと堪えた。
何せ奴には前科がある。こんなところで二人っきりなんて、嫌な予感しかしない。
……まさか、こんなところに置き去りとかしないよね?
レイトスも馬から下りたからその線は消えたけど……、どうしてこんなところに来たんだろう。
「あの……」
意図が読めなくて周囲を見渡す。別にさっきと変わらない、まばらに生える木と茂み。それだけ。
本体と戦っている皆に気を取られているからなのか、斥候役の魔物も来ないけれど、だからこそ不安が募る。
残してきた皆が心配だ。早く戻りたいんだけど……一応私の身を心配して前線から離れたとか、そういう理由だろうか。
…………。
あー、ないな。どこのタイミングで戦闘に加わるかの判断をさせようとしていた人が、私の身が心配だから前線から離れようなんて考えるはずがない。
こういう腹の探り合いが、本当に疲れるんだけど。
重いため息をついた時、背後で静かに金属が擦れる音がして、やっぱり魔物が追ってきたのかと振り返った。
早く戻ろうと言おうとした口は、そのままの形で固まった。
レイトスがこちらをじっと見て──剣を構えている。
一瞬、冗談でもなんでもなく呼吸が止まった。
覚悟を決めたような薄緑の瞳が泣き出しそうに歪んで──振り上げられた剣に叫んだのと、怒鳴り声が上がったのは同時だった。
「お、お前のせいで……!!」
振りかぶられる剣。
何もかもがスローモーションのように流れる中、ぎらりと光った剣先に思わず目を閉じた。
脳裏を様々な人や出来事がよぎる。
お母様、兄様、お父様にシーリア、孤児院の子供たち、それに出来上がっていない魔道具にまだ食べていない料理……そうだよまだカレーだって広められていないのに!
…………。
………………。
待っても待っても覚悟していた痛みが来ない。
いや、そんな痛みなんか来ない方がずっといいんだけど、なんにもなさすぎてかえって怖い。
頭を庇った手のひらをにぎにぎしてみても、相変わらず何もない。
……なんで?
恐る恐る目を開けてみると────よくわからない光景が広がっていた。
「くそっ、なんだこれ! どうなっている!」
必死の形相で剣を振り上げては見当違いの方向へ振り下ろしているレイトス。
来たか、と思わず身構えた私の大分横を、見当違いの方向へスイカ割りの棒を振り下ろした人のように突っ込んでいった。
無理やり体の向きを変えているのか、すごーく滑稽な姿なんだけど笑えない。何これ。
私の頭上に剣を振り上げるまでは軌道は合っているのだが、その後何故か横へなぎ払ったり、すかっと空振りをしてみたりととにかく剣を見当違いの方向へ振っている。
これが笑いを取る為にやっているならともかく、数分前まで本気で剣を振り上げていた人のやることだからインパクトがすごい。
「……遊んでいるんですか?」
「んなわけあるかっ!」
ついさっきその剣を向けられていたことが頭から抜けて、思わず声をかけたら、怒鳴り声が返ってきた。
それから何度となく振り上げられる剣に反射で体が身構えていたが、全ての剣先はことごとく地面目掛けて振り下ろされることとなった。
私のコートをかすることすらない剣先に、回数が増える度に緊張がゆっくりとけていく。
武器が勢いよく振り上げられるとどうしても体は強ばってしまうが、だんだん慣れてきた。レイトスも疲れてきたのかスピードも落ちてきたし。
とにかく、お父様からの魔道具のどれかが効力を発揮しているのは確かだ。お父様ありがとう、おかげで命拾いしていますよ!
読了ありがとうございます。




