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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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遭遇

お待たせしました。

 ぐんと高くなった視界で、リズムカルに馬が走る。森というには少ない木々の間を抜けて。


「皆さんはどこで戦っているんですか?」

「狼煙の位置から、この林を抜けた先だと思われます」


 なんて会話をしたのがついさっき。

 肩から斜めにかけた鞄が腰の辺りで動いて居心地が悪い。中には少しの携帯食料と、念の為にと手渡されたナイフが入っている。水は重いから断った。いざとなったら命名、生活魔法でなんとかする所存です。


 私を乗せたレイトスを囲む形で、左右にロルフさんともう一人の護衛の人が、前後に二人の護衛の人が並走して進む。

 確か前を行く二人がキースさんとなんて言ったかな……。

 ロルフさんとも顔見知りのようで、さっきから交わしている短いやり取りの中に親しさが透けて見える。後ろの二人は……残念ながら覚えていない。長い名前は聞き取りにくいし覚えにくいのだ。


 飛ばしているわけじゃないんだろうけど、慣れない馬上の身。片手でレイトスに支えられていると言っても正直なところまだ怖い。目線は高いし緊張しているしで周囲を見る余裕はない。

 それでも段々慣れてきて、目の端を過ぎる木々が途切れる様子もなくて相当広いのはわかった。

 後方支援に徹するとは言ったものの、戦闘に加わらないで済めばそれにこしたことはないと譲らなかったロルフさんの言う通り、お母様たちが通った道を迂回する形で進んでいる。

 特に反論しなかった私に、ロルフさんはホッとしているようだった。

 私だってお母様たちだけで戦闘が収まるのならそれはそれでいい。ただシロガネの言う、二体目の魔物の存在がどうしても気になるだけで。


 それにしても腕の中に収まっているシロガネも無言だし、背後の彼も同様で居心地が悪いことこの上ない。

 抱えた前足の肉球を断続的にプニュプニュさせて緊張を逃がす私を知ってか知らずか、ぐっと背後の彼に抱え直された。地味に痛い。


 手綱をずっと握りしめているし、もしかしてこうした戦闘に参加するのが初めてだったりする?

 剣の腕はそこそこだと聞いたような聞いていないような……つまり、覚えていない。自分は護衛だと言い張ったんだから、戦える範囲内だろう、きっと。

 そう言えば彼個人のことを何一つ知らなかったことに今思い当たったけど、別に知らないなら知らないで全く支障がないことにも以下同上。


 二体目の魔物はそろそろお母様たちのところへ着いた頃だろうか。

 始まる前はあんなに魔石が手に入るとウキウキしていたのに、今はとても怖い。

 ──どうか、間に合いますように。


 とにかく、先に合流できたら別の魔物が近づいていることを知らせて、もし既に戦闘が始まっていたら後方支援をする!

 そしてお母様たちと一緒に討伐隊の皆のところへ戻る、と。

 ロルフさんは戦闘には加わらないように、と言っていたけれど、実際に目の前で仲間が戦っていたら、手を貸すのは自然なことですよね。

 お母様には何度も前に出ないように言われていたけど……ロルフさんもいるから大丈夫! お叱りは共にと言ってくれてたし。


 つきまとう不安を追い払おうとひたすらシミュレーションをしていたら、目的地に近づいたようだ。

 どのくらいまで近づいたのかわからないけれど、スピードが落ちた。上下に揺れていた体への振動の間隔が少しずつ開く。


「もうじき、ですか?」


 確認の言葉は、緩く首を振ったロルフさんに否定された。

 まだ林を抜けないのか。まあ確かに、こんな近くで戦いがあったら討伐本隊が参戦しているかと思い直す。

 それなら、どうして速度を落としたんだろう?


 ──生き物が、焼ける臭いがする。


 ぼそりと響いた声に、思わず鼻を覆った。でも、何も感じられない。精獣だから鼻が利くのか。

 そして生き物って……具体的に想像しそうになったものを、首を振って追いやる。


「少し静かすぎるのが気になりまして」


 辺りを窺うようにロルフさんが口元に人差し指を当てる。

 つられて私も周囲を見渡したけれど、木があるだけだ。鳥の声も何もない。時々風が吹くだけ。


 首を傾げた時、シロガネが毛並みを逆立てた。


 ──来るぞ!!


 唸り声を上げ周囲を警戒する精獣の姿に、周りの護衛たちが無言で剣を抜く。

 す、と手を挙げた一人の頭上に魔力の揺らぎを感じて、緊迫感が辺りを支配した。


 始めは、何も感じなかった。

 そこにカサコソと微かな音が交じり始めて、風に擦れる落ち葉の音だと思った。

 ……でも待って、やけに多い。


 目を凝らしても目に見える形での魔物らしき影はない。ただ木の根元に黒い点のような物が増えて……増えて?


「ひっ!」


 思わず声を上げてしまった。

 羽虫でも飛んでいるのかと思ったんだ。初めは。

 違う、そんなんじゃなくてあれは──。


「キース、ドミニクそのまま前へ出ろ!」


 ロルフさんの鋭い指示が飛んだ。


 乾いた音を立てて無数の蜘蛛のようなものが蠢いている。その奥から次々と、湧いて出てくるようにあっという間に黒の群れが広がっていく。

 葉を擦るような、聞き逃してしまいそうな軽い音はおびただしい数のそれらが立てる移動の音だったのだ。


 ──数頼みの矮小な物らがいい気になりおって。


 止める間もなくシロガネが飛び降りた。

 みるみるうちに馬と同じくらいまで大きくなったかと思うと、白銀の毛並みを波打たせ、地響きがしたのかと思うような咆哮を上げた。

 突然現れた獅子に驚いた馬たちがいなないて棒立ちになる。怯えた馬を宥める護衛たちを尻目に、見た目通り軽い魔物たちが風圧で飛ばされ、端から空気に透けて消えていった。


 ──こいつらは斥候だ。この先に本体がいる。本体を倒さなければキリがないぞ!


 おまけに魔石も残っていない。あまりに小さすぎるのか、それとも残してはいるが押し寄せる仲間で見えないからなのか。

 シロガネのついたため息から……多分残してない。


 この蜘蛛のような魔物は、こちらの偵察隊と同じように、本体の指令で獲物がいないか探す役目を担っているらしい。

 見つかった獲物は無数の蜘蛛もどきに喰われ、その途中で連絡を受けてやってきた本体にも喰われ──そんな詳しい説明いらない!


 ──もたもたするなロゼスタ。我らを食料と定めたからこそこやつらは来た。直に本体も来るのだぞ。


 それは遠慮したい。

 大きく息を吸い込んで──魔法陣を構築。

 誘拐された時の失敗は、もうしない。

 作り上げた魔法陣から目を離さず、最後まで魔力を注ぎ込んで──無数の足音と共に、押し寄せてくる魔物に向かって弾ける花火をイメージした火の球を叩き込んだ。


 あまり大きな炎を出すと木々が燃えてしまうから、あくまでコンパクトに。狙い通り、散った火花に魔物の三分の一が焼かれて消えた。

 ……思っていたより広範囲に火の球が出たのはラッキーだった。


「ロゼスタ様!」

「この魔物たちを倒さなければ先には進めません! それに」


 前に出てませんよね?

 私はあくまで後方支援ですから。

 にっこり微笑んだ私に、ロルフさんは呆れたように空を仰いだ。


「そんなところまで母君に似なくてよろしいんですよ」


 ボソボソと呟かれたけど……似ているところってどこだ。

 顔立ちは確かに似ているとは思うけど……戦闘スタイル?

 魔力の量も違うし修行の仕方も違う。何よりあの脳筋な魔力の増やし方は尊敬はするが、とても真似できない。しようとも思わない。

 今のところ、魔力回復のイヤリングだけが頼りです。


「お母様なら、もっと派手になぎはらっていく気がしますが」


 もっと圧倒的な力を見せつけるように的確に、そして無駄なく敵の戦力を削いでいくと思う。それに残りの魔力のことも気にしないよね、きっと。脳筋だから。

 ここぞという時に敵を物理的に潰して、相手を精神的に叩き潰すんですものね。


「そうではなくて……いえ、今はいいです」


 こめかみを押さえたロルフさんが首を振るのと同じタイミングで、キースさんが空中に氷の槍を出現させた。

 薄暗い林の中でも先端の鋭く尖った槍はキラリと光って、四方八方に撃ち込まれる。地面に触れた槍は地面に触れたところで瞬時に凍り、同様に魔物も凍らせた。

 動けなくなった仲間の体を乗り越えてわらわらと湧いてくる魔物たち。上からは踏まれて下からは凍らされて身動きとれなくなった黒いものたちが、砕け散る。

 ここにいる護衛たち全員──レイトスを除く──は魔法の扱いに長けているようだ。お父様ほどではないけど、代わる代わる撃ち込む攻撃には無駄がないし、属性の異なる魔法陣がランダムで浮かぶ光景はこんな時でなければとてもきれいだ。

 ほんと、こんな状況じゃなければね!


「牽制を続けろ! ここは見通しが悪い、せめて視界が開けた場所まで後退する!」


 ロルフさんの指示に咄嗟に頷けなくて振り向く。せっかくここまで来たのに。お母様のところまでもうすぐなのに。

 思わずすがるように見た私に気がついたはずだが、彼は厳しい表情のままだった。


 ──ロゼスタ、おそらくこの先にいる本体は、そなたの母のいるところへ向かおうとしていた二体目の魔物だ。ここで迎え撃つのが双方にとって好都合ではないか?

「ロゼスタ様が魔法をある程度使えることは聞いております。ですが、今回は精獣様に出ていただくようにと初めに申し上げました」


 正反対の意見に唸り声しか出ない。

 私としてはこのまま倒すのに一票だけど……しかも下がるって、どこまで?

 ここまで来た道にあるのはまばらに生えている木と少しの茂みだけ。

 後退してもここと大して変わりないのでは、と言った私に、ロルフさんは数本の長い炎の槍を出現させながら首を振る。


「このまま万が一退路を絶たれたら我々だけでは対処できません。初めにこちらに来たのは、あくまでクローディア様の……」


 その時、ぞわっと背筋を悪寒が走り抜けた。

 何か、とても嫌なものが近づいている。そんな感覚。

 話し続けるロルフさんの声が遠い。思わず周囲を見渡した時、薄暗い中でも輝くシロガネの毛並みが、黒く翳ったのが見えた。


 ────上!

「危ない!!」


 怒声と共に巨大な何かが降ってきて、思わず目を瞑ってしまう。ぐっと抱え込まれたおかげで振り落とされずには済んだけど、そうじゃなかったら危うく落ちるところだった。

 舌打ちをしたレイトスが手綱を引いたのか、後ろへ下がる体。何かが地面に叩きつけられるような鈍い音、そして「怯むな!」というロルフさんの声が飛び交う中、泥臭い、湿った臭いが漂ってきた。


 薄目を開けた先に、巨大な黒い塊がいた。馬上の私が見上げてもまだ足りない。多分、シロガネの元の姿と同じくらい大きい。

 黒々と光る丸い胴体に蜘蛛のような形の太い足。それがぐるりと胴体から伸びていて、押し倒した木を踏みつけながらそれぞれに絶えず動いている。目は……どこかわからない。ぐるぐると回る頭部は私たちを観察しているようで……こんな時に足にびっしりと生えている毛に気がついて気分が悪くなった。


「これで中型……」


 もう大型の個体と言ってもいいんじゃないかと思うほどの巨体。こんなのとお母様たちは戦ってきたのか。

 呆然と呟いた私の言葉は、金属を引っ掻いたような、妙に甲高い不快な音でかき消された。ぐわんぐわんと響く音に思わず耳を塞ぐ。

 無数の足の中でも特に長い足が二本あって……魔物の足元で縄跳びの縄のように地面をうねっては倒れた木に巻きつくを繰り返している。

 この魔物、地面を歩いて来たんじゃない、飛んできた……?


「炎が弱点だろう! 奴の体液には気を付けろ、こういう魔物は大抵消化液を飛ばしてくるぞ!」


 魔物にも傾向があるのか、ロルフさんの声に護衛たちが一層警戒しながら馬を少しずつ後退りさせる。


「レイトス殿、ゆっくり下がってくれ! ロゼスタ様、まだ攻撃を仕掛けてはなりません!」


 深呼吸をした私に制止の声を飛ばしてきたロルフさん。どうやらこの魔物は獲物の姿を見ているのではなく、生体反応を感知しているらしい。攻撃を仕掛けた人物が標的になりやすく、本来はもっと離れた位置から狙い撃ちをするのが望ましいそう。


 ──今回の相手はやはりこやつか……あまり好かんのだ。


 斥候の姿で大体予想はしていたがと呑気に呟く精獣様に、内心それどころじゃないでしょうよと、その毛をむしりたくなったのは内緒だ。全部筒抜けだけど。


 ──案ずるなロゼスタ。唐揚げの方がずっと旨いぞ。


 あったりまえでしょ一緒にしないでよ!!


 頓珍漢なことを言って寄越す精獣は、そもそもなんで皆に続いて下がらないのか。

 護衛たちがじりじりと下がる中、シロガネだけはその場から動かないのだ。足元に群がる小さな魔物を時折踏み潰しつつ、むしろ魔物に近づいていっているようにも見えた。

 ロルフさんも精獣には言いにくいのか、トーンを下げた口調で「どうかこちらへ……!」とやんわり呼ぶだけ。


 獲物として認識されたのか、とりわけ長く縄のように動く足が私の精獣へ向かっていく。それをなんなくかわしたシロガネはふ、と笑ってこちらを見た。

 その笑いに嫌な予感を覚えたのは私だけではないはず。

 ねぇ待って、ロルフさんがまだ攻撃するなって言わなかったっけ……?


 ──何故我がこやつらの指示に従わねばならんのだ?


 そんな愉快そうな一言を残した光の精獣様は、長い足を木に巻きつけ巨体を持ち上げた魔物目掛けて堂々と咆哮を轟かせたのだった。





今後の展開にどうすればスムーズに繋げられるかと、書いては消し書いては消し…をしていました。


次話がロゼスタにとって一つの転機となります。



読了ありがとうございました。

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