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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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ルーカスの想い

お待たせしました、番外編です。

 好きという気持ちを自覚して、そしてその思いが成就することがないということを、すぐに思い知らされる奴はこの世にどのくらいいるんだろう。

 少なくとも俺──ルーカス・ガイスラーは先日辛くもあまたいるであろう失恋者の仲間入りをした。




 ラシェル領を治める若き領主、クローディア・ラシェル様の一人娘、ロゼスタ様への婚約の名乗りをしないかと父に話を持ってきたのは領主様の遠縁の親戚だった。

 商会を背負っているとはいえ、領主様の娘への名乗りなど恐れ多いと、初めは断った父だったが……領地内にいる、より魔力のある者の中から候補者を絞りたいのだと説得され受けることにしたらしい。


 例えロゼスタ様が顔見せも何もされていなくても、領主様との一番確かな縁ということに違いはない。

 幸い俺と従兄弟であるフレッドには魔力があることがわかっていたし、アピールするなと言われたわけではないと父は早速女の子が好みそうな贈り物を見繕っていた。



「どんな方なんでしょうね」

「さあな」


 おっとりと首を傾げたフレッドは、贈り物の一つである装飾品に目をやった。

 御年は五歳。黒髪で緑の瞳としか伝わってこない。魔力があるのかないのかも。

 それはかなり重要じゃないかと思うが、クローディア様がなんだかんだと理由をつけて親族にも会わせたがらないと耳にすると、どうしても悪い方へと想像がいく。

 ──当主の娘には魔力がないと。


「いいんですか? もし魔力のない方だったら、どうするんです?」

「大体俺たちだけじゃないだろ。あちこちで親類が勘ぐってるらしいぜ。父さんもそう言ってるし」

「……まあ、父親が隣国出身の方ですから、叶うことならクローディア様により似ていてほしいですね」

「考えてるのは皆同じだろ。クローディア様も何を考えて隣国の人間と結婚されたんだか」


 誰も大っぴらには言わないが、ここ数年姿を見せないクローディア様の夫にはいい噂がない。

 実際はもう離縁されているがあまりに外聞が悪くて王都に行っているに始まり、クローディア様へは別の縁談が上がっており、釣り合いの取れなさに自ら領地を去っている、過激なものだと既に亡くなっているとまで吹聴する者もいる。

 根も葉もない噂に過ぎないが、変な想像を巡らす者はどこにでもいるということだ。


 そんなある日、父さんに婚約の話を持ってきた男が驚くべき情報を掴んできた。

 つい先日顔を会わせる機会があったロゼスタ様は、他に類を見ないほど、素晴らしい薫りを漂わせていたというのだ。

 それはそれだけ強い魔力があるという証明でもある。

 魔力があると判明して、俄然父さんたちがはりきり出した。


 失礼のないよう吟味した贈り物を頻繁に贈り、ロゼスタ様へご機嫌伺いの手紙を送る。

 形式通りに贈り物をし、返事を待つこと数日。良い返事は全くなかった。

 すぐに実際の婚約になるわけでもなし、会う機会を作って下さってはという伺いに対し、返ってきたのは「娘はまだ幼い為時期尚早だ」という言葉だけだったらしい。


 まぁそれも親戚一同で手を組んで立った婚約者候補──勝手にこっちが言っているだけだから向こうにすれば候補者ですらなかったのかもしれない──の思う通りにさせるものか、というクローディア様の抵抗だったのかもしれないが、とにかく当主の親戚の男は強引だった。

 今思うと少し不自然なくらい、親戚の男たちはロゼスタ様のお相手候補者を貴族ではない者たちから立てていた。

 俺とフレッドは商家の出だし、ダレンに至っては地主とは言っても羊や牛を飼育する酪農家の出だ。


 どう話をつけたのか知らないが、俺たちは屋敷に通されたはいいものの、肝心のロゼスタ様が姿を見せない中ひたすら待たされた。

 クローディア様がいらっしゃらない中、親類たちの「屋敷に入れろ」という要求ははね除けられないが、それ以上応じるつもりはないと侍女たちの態度が語っている。

 いつの間にか親戚の男はいなくなっているし、ロゼスタ様は姿を現さないしで、その日集まった俺たち三人は退屈していた。


 天気がいいからと許可を得て、テラスで見事に咲き誇る花を眺めていた時だ──突然水が降ってきたのは。


 十数秒かけて庭にまんべんなく降りかかった水は、あっという間に植物たちを潤した。土が濡れ咲き誇った花弁に水滴がいくつもついて光を反射する。

 それも霧雨のような細かい水の粒も舞っていて、一体どれだけの陣を重ねたのか想像もできない。


 自然の雨じゃない。

 空には雨雲一つないし、普通の雨が降り注いだとしても幾つもの水の形の種類は降らないだろう。その証拠にあの一瞬で草木だけを濡らした水はもう降ってこない。


「貴女がロゼスタ様ですね?」


 少し時間を置いて木の影から姿を現した年下の少女に、俺はため息をつくのを堪えるので精一杯だった。

 濃厚な蜂蜜のような甘い薫り。彼女が息をする度にふわりふわりと辺りに漂うようで、ゆっくり瞬く新緑の瞳が目が逸らせなかった。

 柔らかな顔立ちはクローディア様に似ている。見事な黒髪に色白の肌、きらきらと輝く緑の瞳が俺たちを見ていた。


 まだ片手で数えられる年の子供が、ここまでの制御をして、しかも息も切らせてもいない。

 ここに街の教師がいたら目を剥くか誉めちぎっているところだ。

 戸惑ったように少し眉を下げた顔が、彼女が誰かに見せびらかそうとしていたわけじゃないと語っていて、それだけで俺の心臓は大きく跳ねた。


 それなのに。


「草木に水でも撒いたのか? あれで攻撃のつもりか? 防御にもなっていない……まぁ、制御は中々だったが」


 批評めいた台詞が俺の口から流れる。

 今それを言うことかよ俺……。


 瞬時に冷めた瞳になった少女に、俺は内心呻くしかなかった。


 違う。こんなことが言いたいんじゃない。

 そんな顔を見たいんじゃない。


 攻撃でも防御でも、ここまで完璧に術式の結果を出せる子供がいるのか。しかも外で魔法を使ったのは今回が初めてだと言う。

 いくら攻撃力が高くても暴発させてしまったら意味がない。

 だから練習場でもない外で堂々と魔法を使い、制御できている君はすごいんだと、一言言えばいいだけなのにどうして伝えられない!


 今思うとちんけなプライドが邪魔をしていたんだろう。

 実際俺は彼女より年上なくせに、あそこまでの制御はできない。火系統の適正があることはわかっているが、暴発させずに初級魔法を連続五発程放てるくらいだ。


 挙げ句調子に乗った俺の口がよく滑ってくれた結果、彼女の逆鱗に触れてしまった。

 親が偏見を抱いてそれを公言している、等と取られて否定し続けて、その分だけこっちの首が締まって身動きが取れなくなった。


 淡々と、けれど逃げ口を次々と塞ぐその姿に、別の意味で痺れた。

 が、とどめに二度と贈り物をしてくれるなと特大の釘を刺されて、完璧に彼女へのアプローチを絶たれてしまった。


 なんで素直にすごいと言えなかった。

 隣国の相手云々なんて、わざわざ言わなくてもいいことだったのに、なんでご丁寧に口にした。

 笑った顔が見たかったのに、俺が口にしたのは相手の気分を悪くさせる為と言ってもいい批判だけ。

 冷えた視線と突き刺さる言葉が返ってくるのは当然だ。


 後に残ったのはしくしく痛む胃と、ずきずきと締め付けられる重苦しい胸。

 絶対零度の瞳で見つめ返された瞬間を思い出すだけで、落ち込んだ。


 ランティス国がどうとか、魔力があるないとか──ないよりある方がいいけど、別に俺の魔力はフレッドと同じくらいか少し少ないくらいで別に拘ることはない──関係なしに、ロゼスタ様にもう一度会いたかった。


 俺は父さんを拝み倒して、なんとかクローディア様への取りなしの機会をいただいた。

 父さんには張り倒されたけれど、彼女から向けられたものとは比べ物にならない。



 既にロゼスタ様から話を聞いていたクローディア様は、お忙しい中俺との話をする時間を作って下さった上で、俺の拙い謝罪を受け取って下さった。

 なんと彼女は、俺が不用意に口にしてしまったランティス国云々の部分を、まるっきり省いて話されたらしい。全部話すって言っていたのに。

 俺を庇うわけではないにしろ、新緑の少女への思いがますます募った。


「面と向かって偏見で物事を判断し、口にして申し訳ありませんだなんて、謝られたのは初めてよ」と可笑しそうに笑ったクローディア様は、俺の失言を流して下さった。

 再び彼女に会えるかはわからないと言われたが、その後の誘拐事件で思いがけず再会して、そこでも彼女の魔法の制御の正確さを思い知ることになる。

 そして年齢に見合わぬ気丈さと、謝罪を受け入れる柔軟さも。

 二度目はないと言う台詞を、母娘揃って口にする。


 彼女は深窓の令嬢のように取り乱しもせず、卒倒もせず、果敢に現実と向き合った。高飛車に命令を下す訳でもなく、皆一緒に逃げる為の知恵を絞り、その結果彼女は白い猫と契約を交わした──多分。


 いや、多分と言うのは俺の願望だ。できればそうあってほしくないという。



 だからあの時思わず聞いてしまったんだ。本当に精獣と契約したのかと。

 できれば嘘であってほしかった。年頃の子供らしい見栄を張ってしまって、今更嘘と言うに言えず……だったらどんなに良かったか。

 ベッドから身を起こした少女の瞳から途端に光が消え、力なく下を向いた姿に、自分の首を絞めたくなった。

 フレッドに詰られ、うわべだけのやり取りをしながらも、どんどん自分の心の奥底が冷えていく。


 ──ああ、やっぱり。


 彼女の態度でわかってしまった。言葉はなくても決定的だった。



 彼女は、俺の手の届かない人になってしまったんだ、と。





 魔力をより有している方が数人の伴侶を選ぶ権利がある。それはより魔力のある子を残す上で必要なことだ。

 クローディア様のようにただ一人としている方が珍しい。


 ロゼスタ様が多くの魔力を持っているだけなら、まだ俺にも可能性があったかもしれない。結果がどうあれ、可能性はゼロではなかった。

 だが、彼女が精獣と契約してしまったことで、その可能性は潰えてしまった。


 あの年で契約を為してしまった彼女を、誰もが手に入れようとするはずだ。

 そしてその相手は、ほんの少し魔力のある俺でないことぐらい、考えなくてもわかる。


 他領の領主候補か、はたまたラシェル家の一族内からか、もしかすると王都の有力貴族が名乗りを上げてくるかもしれない。少なくとも、一商会の息子の出る幕はない。

 もう彼女との繋がりは絶たれてしまったかと思ったが、商会を通じてまだ関わっていけることになって、少し胸を撫で下ろしたのは誰にも言えない秘密だ。


 魔道具を彼女が作っていると聞いた時は耳を疑ったが、今では次の新作を出してくれないか、待ち遠しいくらいだ。

 それまでは興味を引かれる物ではなかったし、どちらかと言えば足りない魔力を補う物と思っていたが、彼女の関心が向いている物だと思うと自然と手に取りたくなる。


 精巧で繊細な外見の、手のひらに収まる鳥を模した物が魔道具だとは初めはとても信じられなかった。

 しかもこれが手紙を運ぶ物だとは思いもしなかったが、実に正確に素早く届く。音もなくあっという間に空を行く姿は目で確認するのも難しい。気がついたら中継地点の屋敷に着いていて、そのあまりの素早さに徐々に方々からの問い合わせが相次いでいる。

 王都から一旦帰ってきたクローディア様の夫、オルトヴァ様の作と説明されたが、魔道具を作っていると言っていた彼女が何も関わっていない訳がない。

 ……単に俺がそう思いたいだけかもしれないが。


 豊穣祭が近づくある日、突然告示がされたのは料理コンテストという聞き慣れないものだった。

 参加者は貴賤問わず料理を皆に振る舞える者で、他の者からの投票で上位になった料理はクローディア様とロゼスタ様の精獣が口にされるという。

 ましてその舌を唸らせた料理を出した者には祝福が与えられるというから、皆騒然となった。


 旨い料理を出すだけで祝福がもらえると言うのなら、それは今までの精獣、精霊の在り方を大きく左右することになる。

 人と契約を交わした精獣が、契約主の言うままに祝福を振り撒くようになるのではないかと一時神殿は大騒ぎだったらしいが、投票というやり方でより美味しい料理を捧げるという主旨に今度は神殿内でも料理を考える者が続出したらしい。


 一緒に祭りに参加できて、俺がどんなに嬉しかったか彼女は知らない。

 孤児院で食べたあの料理に俺が伝えた感想に、はにかんで笑った彼女の顔が離れない。



 まだ彼女の側にいたい。

 もう少し同じ景色を見ていたい。


 願わくば、彼女を見つめられる日が、一日でも長く続くように。

 そして、彼女が誰かの想いが欲しいと願う日が、来ませんように。万が一来るのなら、一日でも遅くなりますように。


 とても口にはできないことを、もう何度考えたか。



 今頃彼女はどこにいるだろう。もう砦についだだろうか。

 とうに発った討伐隊が向かった方を見る。


 どうか、無事に帰ってきますように。




 祈るようにそう呟いて、俺はまた手紙の魔道具の受付に集中した。






実はルーカスの一目惚れだったという。


大分前に大体仕上がっていて、upするかずっと迷っていたんですが、前話の流れで持ってこれるかと思って上げました。

主人公視点では書けないことが掘り下げられて楽しいです。


次話で戦闘に戻ります。

読了ありがとうございました。

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