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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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身の上話

「保護した少女から話を聞きたいわ」


 急に止まって乱れた隊列に周囲の様子を見てくるように伝えたお母様は、少女を連れてくるように指示を出す。

 急展開にまだ心がついていかない。

 胸に手を当てて早まる鼓動が少しでも収まるように、深呼吸を繰り返す。

 慌てることはない。戦う為に私はここにいる。そうでしょう?


 ──三体ほどだな、大きさはそこそこだが、こちらを伺っているのが二体、残り一体がこのまま行くと鉢合わせしそうだな。

「わかるの?!」


 私の声に、馬車の外に出ていたお母様が顔を覗かせる。

 口早にシロガネの言った内容を伝える。すぐに偵察部隊が向かうように新たな指示が飛んだ。

 バタバタした空気に包まれた時、少女を連れてくるように言われた騎士が「失礼します」と頭を下げているのが見えた。


「襲われていた少女なのですが……どうやら主人がいるようでして……」

「商隊らとはぐれたということ? まだ他に襲われている人がいるかもしれないわね」

「いえ、そういうことでもなさそうな……」


 ぼそぼそしたやり取りは後半からよく聞こえない。

 少しして彼に連れられてきた少女は……白い布をすっぽりと頭から被せられていた。

 布の塊にしか見えないんですけど。

 豊穣祭の時、私もこういう風に見られていたってことですか……。威厳も何もなかったことだけはわかった。


「これは?」


 布の上からでも震えているのがわかる少女らしき布の塊に、お母様が不審そうに声を上げた。


「──申し訳ありませんが、他の者にはなるべく見られない方がいいかと判断しました」


 言葉を濁す彼と無言で震える布を被った少女を交互に見たお母様は、話は馬車の中で聞く、とあっさりドアを開けた。


「外に話を聞かれたくないのでしょう。ここでなら布を取って話ができるんじゃない?」


 初めは「とんでもありません!」と馬車に乗るのを拒否していた少女も、外で布を取るかどうするかで悩んだ挙げ句、恐る恐る馬車に座った。

 それも端にぴったりと座り、出入り口にこれでもかと体を寄せて。




 騎士には外の見張りを任せ、馬車の中がなんとも言えない雰囲気に包まれる。


「ここには私の信頼する者しかいないわ。そろそろその布は取れないかしら?」


 お母様の呼びかけに迷ったように布の塊がぶるぶると震えて、恐る恐る薄茶色の瞳が布から覗いた。

 目があってこれ以上びっくりさせないように微笑んでみるのと、彼女の目がシロガネを見たのが同時だった。


「まさか、精獣様…………? こ、このような姿で大変失礼をっ」


 慌てたような声でバサッと布を落とした少女は、椅子から床に勢いよく座る位置を変えた。

 翻った布。ふわふわした明るい茶色の髪が踊って、ややたれ目の薄茶色の瞳が零れんばかりに見開かれている。

 間違いなく私よりは年上だけど、あどけない顔立ちとたゆんと効果音がしそうなくらい大きな、二つの膨らみとのギャップが凄まじい。

 それよりも私たちの目を引いたものは──。


 頭頂部にぴこんと飛び出ている、一対の兎の耳だった。


 ほ、本物?

 本物のウサミミ少女?!

 カチューシャでついてるとか、被り物をしているんじゃないかと目を凝らしたけれどそうした物は何もなくて……ああ、動いた!


 ──そなたは獣であればなんにでも反応するのだな。


 呆れたようなシロガネの声が響いたけれど、それは違う。一番はやっぱりシロガネだ。ただ、他の動物の毛並みは好きじゃないのかと言われるとそうじゃないわけで──やだぁ、可愛い!


「獣人……!」


 ぴこぴこ動く白い耳を凝視していたら、呆然としたお母様の声が耳に飛び込んできた。


 獣人。お父様に聞いた知識をなんとか引っ張り出す。

 閉鎖的な国だというのは、覚えている。

 カドニスという国の名前も。あとは奴隷商人から買ったという人がいたはず、と考えたところで、少女の首に嵌められた首輪が視界に入ってきた。

 ごつごつしていて太さもあるそれは、彼女の首をほとんど覆ってしまっていた。


「主人がいるようだと言っていたのは……奴隷のという意味だったのね」


 頭を振りながらお母様が呟く。

 ……奴隷?


「お、お願いします、助けて下さい! あたしはアリシアと言います。お願いします精獣様、あそこには戻りたくないっ」


 瞳を潤ませながら頭を必死に下げる少女の視線は、シロガネを必死に見つめている。

 それを見るシロガネの表情は後ろからではわからない。

 頭を動かす度に首輪が動くのがひどく重そうで、私は思わず少女の前に膝をついた。


「大丈夫。もう大丈夫だから、これ以上頭を下げないで。重いだろうし……貴女が謝ることなんて」

「っ、平気ですもう慣れましたから……でもお願いですから、あたしを買った人のところに戻るのだけは嫌です……っ」


 もう慣れたからと口にする少女が悲しい。

 こんなひどいことをする人がいるなんて。

 どうしようもないムカムカと、こんなことをする人間がうちの領地にいたのかという思いで恥ずかしくて、情けない。

 どんな目に遭ってきたのかも想像できない少女に、私がどんなに謝っても薄っぺらいようで……膝をついたまま、少女の手を取る。

 ほっそりとしたきれいな手を握られても彼女──アリシアは嫌がらなかった。


「……申し開きようもないわ。うちの領地の人間が、こんなことをして……気分が悪いでしょうが教えてちょうだい。貴女にこんな物をつけたのは、誰?」

「あの……あたし、あの人の名前は知りません」

「特徴は? 外見、話していたことでもなんでもいいの、何か思い出すことがあれば……」


 こんなことをした者は絶対にこのままにしておかない、手がかりを教えてほしいと重ねて言うお母様に、ふわふわした髪を揺らした少女は、自信なさげに下を向いた。


「いつも部屋に閉じ込められていたし……逃げ出せたのも、見張りの隙をついたからなんです。とにかく国境の近くへと思っていたから、この時期の魔物のことは頭からすっかり抜けてました。いつも部屋に来るのは嫌な目つきであたしを見る人で……」


 うんうん唸りながら体を揺するから、ゆさゆさと膨らみも同じに動く。

 結局何も浮かばなかったようで、「特徴が何もなくて……すみません」と項垂れる。


「あ、そうだ! あの、あたしより背が高くて、猫耳の女の子を知りませんか?」


 背筋を伸ばしたアリシアは慌てたように聞いてきたが、その内容はしばらく私の脳内をぐるぐると駆け巡った。

 ウサミミ少女にネコミミ少女か!

 なんだそれは。モフモフのパラダイスか。


「貴女の仲間?」

「仲間というか、あたしの、本当のご主人様なんです」

「そうなの……ごめんなさいね、心当たりはないわ」

「そう、ですか……」


 しょんぼりと肩を落としたアリシアは、おずおずとシロガネを窺うように見た。


「精獣様も……心当たりはないでしょうか?」

 ──……ないな。


 一拍置いた返事は、シロガネの仕草から知れたらしい。アリシアは途端に落胆したように肩を落とした。


「お母様、あの首輪は外せないんですか?」


 見るからに拘束具なそれを、ずっとつけさせているのは可哀想だ。

 そう思って言ったのだが、お母様の表情は厳しいままだった。


「これはただの首輪じゃなくて……魔封じの魔道具よ。隷属させる者に取り付けることで対象の魔力を元に半永久的に動くの。外せるのは主人となった者だけ……忌々しいことにね」


 魔封じ……どこかで聞いたことのある名前だ。

 どこだっけと記憶を辿って、思い出す。フレッドやルーカスと拐われた時に聞いたんだ。あの時に私たちにこの魔道具がつけられていたら、外せなかったかもしれない。


「じゃあどうするんですか?」

「ともかく主人を探さないことには話にならないわ。アリシアには少し窮屈な思いをさせるけど、少し待ってね。この国では獣人の奴隷は認められていないのだから、私が責任を持ってこの魔道具を外させるわ」

「……切ったらどうにかなりませんか?」


 困ったように眉を下げたアリシアが、首輪の内側に指を入れながら大胆なことを言う。切ったらって……首に直接つけられているものですけど。


 ──あれは大胆ではなくて考えなしだと言うんだ。


 呆れたシロガネの声が重なって、否定できなかった。




 奴隷商人から男の人に売られたアリシアは、奴隷とはいえそこそこの待遇を受けていたらしい。さっき握った手のきれいさもそれを物語ってる。

 孤児院のリアナやアランの方がよっぽど荒れた手をしていた。


「あの人、あたしが育つのを待っていました。もう少しだ、もう少しだって……」


 ぶる、と体を震わせたアリシアは、二年近く前に売られて閉じ込められていたらしい。「数数えるの、苦手なんです」と困ったように首を傾げていたから、もしかしたらもっと長いのかもしれないし、短いかもしれない……結論、はっきりとはわからない。


 極端に胸を強調させるような服装や、何かしらの労働をさせるでもないアリシアの扱いは、何を目的とした奴隷なのか私でもわかる。

 私でもわかるんだから、お母様も丸分かりだろう。


「私は、ロゼスタです。えと、アリシアさんって呼んでいいですか」


 もうそんな日々を思い出させたくなくて、わざと明るく話題をそらす。


「さんだなんて。そんな風に呼ばれるの、くすぐったいです。アリシアって呼んで下さい」


 はにかんだ笑顔でアリシアが肩を竦めた。嬉しそうに白い耳がぴこぴこ動いて、柔らかそうな毛並みがうねる。

 耳、触っていいですか。

 危うく言いかけて慌てて口を閉じる。初対面ですぐに言っていいことじゃない。

 でもでもでも! あああ、手がわきわきしてしまう……!


「それはそうとどうして貴女はフローツェアに? あちらの国は閉鎖的で、あまり他の国に興味はないと思っていたのだけど」

「えっと、そうですね。あたしがこの国に来たのは、追われていたからです。ちょっと色々ありまして、転々と逃げ回っていたらこんなところで売られちゃいました。で、逃げてきました」


 色々はしょりすぎだ。

 大事なところを全く話さないで完結させたアリシアに思わず目を剥いた私を置いて、話が進んでいく。


「追われていたのは貴女一人?」

「いいえ」

「何か罪を犯したの?」

「とんでもない!」

「じゃあどうして」

「……あの、今すぐは事情をお話できないんです。でもあたしのご主人様と会えたらお話しします。それじゃ、ダメですか?」


 きゅ、と唇を噛んでアリシアがお母様を見上げる。微動だにせずその視線を受け止めたお母様はす、と菫色の瞳を細める。


「その貴女の主の少女が原因で追われていたのかしら。それとも何かトラブルがあって逃げていたのかで、こちらの対応が違うのだけど……」

「すみません……」


 しゅん、とアリシアは体を縮ませる。


「とにかく、貴女は逃げ出してきて、そして魔物と遭遇したのね」

「急いでいたので。あたしあんまり戦闘は得意じゃなくて……あ、このまま進むと大型に近い魔物と鉢合わせしちゃいますよ」

「いいのよ。私たちは魔物の討伐に出向いてきたのだから」


 そこで初めてアリシアは、私たちがただ馬車を率いてきたわけではないことを知ったらしい。


「そうなんですね……え? 領主様?──ってことは、あたしたちの言う族長で合ってますか?」


 ほうほうと頷く彼女に、緊張感は全くない。

 領主の乗っている馬車と知ってじゃないなら、なんで初めにあんなに乗るのを嫌がったんだ。

 聞けば、なるべくウサミミを見られたくなかったとのこと。

 魔封じの拘束具のせいで、本来の姿に戻れなかったアリシアは、一目で獣人とわかる見た目のせいでだいぶ苦労をしたらしい。


「まだ遭遇してもいない魔物をわざわざ退治しに行くんですねー。そう言えば外の人間は脅威に備えて準備をするものだって聞きました」


 のんびりした口調で感心したように頷くアリシアは、これから自分が逃げてきた魔物のところへまた行くことに気がついていないようだ。

 ……こんなにおっとりしていて、よく逃げてこられたね。


 ──我もあまり話したことはないが、獣人にも完璧にその種族の特徴を隠せる者と、そうでない者がいるらしいな。魔力の高さにもよるそうだ。あの娘は隠せるほどの魔力がないのだろうな。


 加えて奴らは過ぎたことはすぐに忘れる傾向が強い、と大真面目に付け加えられた言葉に、目が点になった。

 そうね、なんかもうころころ笑っているし……閉じ込められていたことよりもご主人様の自慢話始めてるし……。



「あの、詳しくは話せないんですけど……あたしの国、実は内乱があったんです」

「内乱?」

「はい、今も続いているのかわかりませんが。だからあたしたち逃げてきたんです。詳しいことはご主人様に聞いてほしいんですけど……奴隷商人に捕まってはぐれてしまったし。お優しい方で……きっと心配してます。あたし、あまり侍女として優秀じゃなかったのに、可愛がって下さって……それに恩人さんにもお礼を言いたいし」

「恩人さん?」

「はい。追っ手にあと少しで追い付かれてしまうという時に救って下さった方です」

「まぁ……その人の名は?」

「ジーク様です」


 人間たちの、魔物への対応もその人から聞きました、と胸を張る。ポヨン。膨らみも揺れる。

 ジークという男性と一緒にいる猫族の女の子ね、とお母様は頷き、探してみるわと約束をした。

 というか、アリシアが侍女をしていたことにビックリだ。うちの有能なオルガさんを見慣れているせいで、私の基準が上がっていてそう感じるのかもしれないが。


「ただ……正直国が絡んでくると手は出せないわね」

「そういうのを期待してお話したんじゃないです」


 アリシアはさっぱりした顔で笑った。


「精獣様がいらっしゃるから。契約されているのですよね? あたしの国で、精獣様との契約は婚姻を意味します。始まりの君の闇の精霊は精獣であったとも言われているんです」

「……はぁ」


 精獣が伴侶だと何がどう違うんだろう。

 突然始まった創世神話の神解釈に曖昧に頷くと、アリシアは拳を握ってずずいと身を乗り出してきた。


「あたしの国では何よりも、精獣様に愛されたか否かがとても大事なんです。もちろん、同じ一族内で伴侶を見つける者が大多数ですけど、もし精獣様に選ばれたら、それはすごーく名誉なことです。本人にとっても、その一族にとっても」


 精獣との契約は国を越えても捉え方は似ているらしい。

 今度は両手を祈るように組んだ、アリシアはシロガネにキラキラした瞳を向けて微笑んだ。


「そんな精獣様と契約されている方に、例え国が違うとは言え嘘をつくわけには参りません。今は全てをお話することはできませんがきっと──きっとシャノン様も同じことをなさるはずです」

「シャノン様?」

「あたしのご主人様のお名前です」


 凛とした名前を聞いて、艶々した黒猫が想像できた。

 白と茶色のおっとりウサミミ少女に、つんとすました黒のネコミミ少女。

 ……最高です!



 その時、「失礼します」と馬車のドアが強く叩かれた。アリシアを連れてきたあの騎士だった。


「偵察部隊からの狼煙を確認しました! 現在第三隊が先陣を切っているようです!」


 シロガネの言っていた二体の魔物と遭遇したらしい。

 ぴりり、と馬車内の空気が引き締まる。

 戸惑ったようにアリシアの目がうろうろとさ迷う中、お母様が立ち上がった。耳を隠せないアリシアはこのまま馬車の中で待機だ。

 行くわ、と外に返してお母様が振り向く。大丈夫ね、と菫色の瞳に無言で語られて、頷きを返した。




 シロガネと共に馬車から降りた私の視界前方には、固まった幾つもの赤い煙が上がっていた。




読了ありがとうございます。

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