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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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砦へ

 そんなこんなで現在進行形で、がたがたと揺れる馬車に乗っているロゼスタです。


 護衛でもれなくレイトスもいるけれど、奴はあれ以来あまり私に声をかけてこない。話すのも必要最低限で、変な八つ当たりがないのなら、こんなに楽なことはない。

 お父様と兄様は屋敷で居残り組という名の元、私が途中まで作り上げた魔法陣に書き足したり、魔力を流して作動するのかを確認する作業を続けている。

 私が討伐を無事に終えて帰る頃には一つの結果が出ているはずで、今から結果が楽しみ半分不安半分といったところだ。


 砦まで馬に乗るという選択肢もあったけれど、お母様と一緒の馬車に乗りたい、という口実の元断った。初めて領地の外──誘拐の時は除く──に出るわけで、自分の生まれた世界を見てみたかったけど、それよりもなるべくお母様を一人乗馬させたくなかったので。

 わざと人前で駄々を捏ねて見せたのが効いたのか、レイトスには零度の視線で眺められ、他の人には微笑ましいものを見る目で見られたけれど、後悔はしていない。


 時々窓から覗く景色は冬の気配が強くて、踏みしめられた地面には草もほとんど生えてない。まばらな木の枝もとっくに葉を落としていた。

 シロガネが雪の存在を知らなかったくらいだから、ここら辺では降らないにしても結構寒そうだ。

 向かいに座ったお母様は厳しい表情で、出発する際手渡されていた書類に目を通している。どのルートに魔物が溜まっているのか、ある程度の予測をつけているのか、時々印を書き入れていた。


「寒くない?」


 書類から目を離さず、お母様に聞かれる。


「大丈夫です。あっ……とお母様こそ寒くなかったですか」

「平気よ。ちょうど冷たい空気が吸いたかったの」


 少しだけと思って窓を開けていたけれど、冷えてしまっただろうか。慌てて振り返ると顔を上げたお母様に「大丈夫」と微笑まれた。

 灰色のコートを肩に羽織ったお母様は一段落ついたのか、書類を膝の上に置いて──ふっと微笑んだ。

 目線は袖の刺繍。見た目は緑で蔦のような繊細な模様だが、私の目には立派な魔法陣が浮かんで見える。

 つまり、お母様は魔道具を着ているわけで。

 作ったのは勿論お父様である。なんの効果かは聞いていないが、あの陣は多分風魔法系統の強化だ。


 ちなみに私のコートにも魔法陣が刻まれている。

 深い緑の厚手のコートは一目見て気に入った。襟と袖に銀糸で細かな縁取りが施されている。

 袖から浮かび上がる魔法陣は何度見ても無駄がなくて洗練されている。こちらには全属性魔法の防御陣が組み込まれていて、身につけてさえいれば大抵の攻撃魔法を防いでくれるそうだ。


 お母様曰く、服に魔法陣を刻むアイデアは私が出したそうだが……残念ながら全く覚えていない。それにアイデアは出せても実際に作れるかどうかは天と地ほどの差があるし。

 二人共に身につけている魔道具はこれだけではない。その他諸々の魔道具を全て徹夜で作りあげたお父様には、感謝の言葉しかありません。私、これ絶対に脱がないし外さない。


 ……売りに出したら皆確実に群がるんだろうに。大量生産の前の、意識改革への道のりが遠すぎて涙が出てきちゃうよ。


 ──良い色だ。

「でしょう?」


 膝の上で目を細めるシロガネに、頷く。

 濃い緑にシロガネの銀色を帯びた白が映えてコントラストが美しい。

 これが普通の猫だったら抜け毛がついて後でお手入れをしなければいけないところだけど、一切気にしなくていいということに最近気が付いた。

 元精霊のせいか、実体はあるもののシロガネの毛は抜けることがない。いつだってふわふわでさらさら、そして艶々しているのだ。

 掃除の心配をすることがない!

 これってすごいことだよ、と盛大に誉めてあげたのだが、信じられないものを見るような目で見返された。


 ──我の最大の長所が抜け毛のないことか?

「それだけじゃないよ。ふわふわで艶のいい毛もそうだし、体の大きさを変えられるところも好き」

 ──……………………話にならん。


 ながーい沈黙の後ぼそりと返ってきた呟きは不満そうだったけど、残念、毛並みを誉められて嬉しいのか尻尾が動いているぞ。



 これから向かうのはライゼン砦だと聞いている。と言うのも、こちらが出発する前に、砦から騎士が迎えに来たのだ。

 領主の娘にして、幼いにも関わらず精獣との契約を果たした貴女に敬意を表して、と言われたけどそれは本音なのか建前なのか不明。お揃いの詰襟の制服を来た二人の騎士に熱のこもった視線で見つめられたから、恐らく好意的に見てくれてはいると思う。


 この隊でどのくらいの規模の討伐をする予定なのかわからないけれど、現時点で一緒に砦を目指している人たちが約三十人。

 後方支援もあるようで、後からついてきている人たちが二十人くらい。そこには神官たちも含まれているそうだ。


 今回の討伐でお母様は行くのを止められないか、改めて話してみたけれどやっぱりダメだった。

 毎回領主が討伐の指揮をしていたのに、今回の直前での取り止めとなると、私に全ての重荷が行ってしまうからとのこと。

 五歳とか、年齢は関係ないんですってよ。神殿的には。

 精獣との契約者がいるかいないかが重要で、特にここの付近の複数の領地には精獣との契約者はいないそうだ。

 その分神殿から数人の新官が派遣され、お母様がフォローに入るんだとリカルドが持って回った口調で言っていた。


 お父様が今まで王都にいて、反対にお母様が領地に引きこもっていたのは私がいたのもあるけど、一番は有事の際すぐに動けるようにだったのだ。

 どのくらいの期間討伐を行うのか聞けば、大体七日から十日間。その後はまた日にちを置いて、砦から騎士たちが見回りに出るらしい。


「それも転移陣が通じたから、今までとまるっきり同じではないでしょうね」

「王都に呼び寄せられるという意味ですか?」

「それもあるけれど、一番は他の領地への応援よ」

「ああ……契約者ですものね」


 アルフォンス様の言っていた、今まで武器や食料のみを転移させていたところへ契約者も含めるというもの。

 あまり実感がないのが本音だ。

 今でさえ、どう魔物を討伐するのかもわからないのに、さあ別の領地へ応援頼むといきなり言われてもどうなるのか想像できない。


「貴女は出しませんからね」


 ──と、そこでさらりと言われた。


「何をそんなに驚いているの? 当たり前でしょう。まだ幼い貴女を、例え契約者と言えど他領が呼び寄せる理由にはならないわ」

「はい……」


 よかった、と胸を撫で下ろしたところで「私が出た方がましよ」という言葉が聞こえてぎょっとしてしまう。


「お母様もダメですからね?!」


 自覚して下さい妊婦だってこと。


「お腹が大きくなってからよりはいいかと思ったんだけど……」

「初期は何があるかわからないから、せめて安定期までは静かに大人しくしていて下さい! 大体お父様が許しませんよ、絶対」

「そうかしら…………そうねぇ」

「王都から遠くを見る魔道具作って、わざわざこちらの様子を見ていたお父様ですよ? また同じようなことするに決まってます。他の魔道具を作る時間が惜しいので、別のことに時間は取らせないようにしないと」


 時間は有限、王都にまたお父様が呼ばれてしまったら、それだけで手が足りなくなる。

 それにお母様がいないと、そもそも他のことに手がつかないのは目に見えている。そして私もとっても心配なんです。


「それもそうだわ」


 ぷっと笑って菫色の瞳を細めている。

 ……これ、普通に考えたら遠くからストーカーされていたのと同じようなものなんだけど、そういう嫌悪感というか軽蔑みたいな感情は、不思議なくらいなかった。

 むしろその魔道具が出来上がるまで必死で魔法陣組んで、いっぱい試作品で失敗して、その合間に仕事をこなしつつ、やっと出来上がった魔道具から断続的に見える一瞬一瞬を見落とさないように必死で見ていたんだろうなぁ、と当時のお父様の姿が簡単に想像できてしまうくらいだ。

 これが今も私たちを魔道具で見ていたとしたら話は別だけど、それはない、王城に置いてきたと弁解したお父様を信じているし、そんな時間はなかったはずだ。

 そもそも外に出ていた私たちの姿しか見られなかったのなら、お父様が帰ってきた時はほとんど外には出ていなかったし。

 側にいないから慰めで見るものであって、側にいる時は必要ないものね。

 これが今も継続していたらちょっと考えますけどね。


「ライゼン砦に着いたら挨拶をしてほしいと頼まれているの。簡単なものでいいんだけど……できる?」

「やります」


 少し心配そうにお母様に顔を覗き込まれたが、きっぱりと受ける。

 討伐隊に加わると知ってから、お飾りのお姫様になるつもりはなかった。

 不安がないとは言えないけれど、だからと言ってお母様に守られるだけの子供でいたくない。


「私は他に何をすればいいですか? 挨拶だけではなくて、この討伐全体を通して」

「基本は後方にいてちょうだい。魔物討伐時は複数人で動いて、決して単独行動はしないの。魔物を発見した時、倒した時や逃がしてしまった時それぞれに仲間に向けて打ち上げて合図をする狼煙があるのよ。今回は合同討伐だから規模も大きいし、連携がとても大事なの」


 精獣との契約者が一緒に行動するよりも、二手に分かれて討伐に当たった方が効率がいいのはわかる。

 複数人で討伐に当たる意味も知っている。

 だから私は、何をすればいいのか、そして何をしてはいけないのかを重点に聞いた。


「あまり前に出すぎてはダメ。貴女自身が攻撃魔法を使うのは控えて。シロガネに攻撃してもらうようにするの。でも、あまり遠くにいるのだったら、他の騎士や護衛たちに攻撃をしてもらってね」

「はい」


 とは頷いたものの……ついこの間じゃなかったっけ? 私の力はここぞという時に、相手を叩き潰す時に使ってこそ効果があるって。

 この場合いつ行使するの?

 首を傾げたまま聞くと、菫色の目が泳いだ。


「そうね、そうよね……その時々の状況に応じてってところかしら……」

「どんな状況ですか」


 同じようなやり取りを繰り返した結果、本当に気が進まないと表情でも言葉でも言いながら、私のいる隊が魔物と遭遇した場合で、他の騎士や護衛たちが対応しきれなくなった時だと言質を取った。


「魔力回復の魔道具をつけているとはいえ、それを周りは知らないわ。だから、時間の経過と使った魔法を元に大体の残りを常に考えるのよ」

「私が魔法を使うのは良いんですか?」

「……あまり使ってほしくないわ。暴発は関係なくね。契約をしてから調整が向上したと聞いているから、暴発はあまり心配していないの。……むしろ貴女の場合は他の者の魔法と同じ魔法を使っても威力がどうなのかわからないのがなんとも……」

「え?」

「いいえ、こっちの話」


 後半ぶつぶつと言われてよく聞こえなかった。聞き返したけど手を振ってなんでもない、というジェスチャーで濁されてしまった。


 確かにシロガネと契約してから魔力の調整は素早くできるようになったけど、実践ですぐ使えるとは思ってはいない。そもそも私が上達したのは生活魔法系統であって、攻撃魔法はあまり練習していないから頼みの綱はシロガネだ。

 魔力回復の魔道具は今回だけでもとお母様に渡そうとしたけれど、やっぱり受け取ってもらえなかった。二個目を作ろうと何回かチャレンジもしたけど上手くいかなくて、結局現物は今も耳で揺れるイヤリングだけ。

 後方で様子を見てね、と繰り返すお母様のことが私も同じくらい心配なんだけど……。


「お母様も無理しないで下さいね?」

「……なるべく心がけるわ」


 視線を逸らしながらの返事だったけど、信じてますからね、お母様。




 魔物の出現してくる『最果ての森』は人の寄り付かない遥か西の方にあるけど、それ以外にも魔力溜まりがあれば魔物は生まれてしまう。

 砦に常駐している騎士たちが定期的に行う討伐は、魔物たちが大きくなる前に行うもので、今回も規模は大きいもののそれに当たるそうだ。


 初めは小さく生じた魔物たちも、互いに喰らい合うことで徐々に大きく、狂暴になっていくんだとか。

「彼らの、そして私の仕事はいかにして早くその芽を摘むかというものよ」というお母様の言葉が重かった。


「今回の討伐も、本格的に寒季が近づく前にやることに意味があるの。彼らにとっても穀類や動植物は魔力を得るだけではなく、食料でもあるから。でも、それはもうこの時期には手に入りにくいでしょう?」

「そう、ですね。木の実もないですし、収穫も終わってしまいましたし……」

「そんな彼らが狙うのはどこだと思う?」


 書類を膝でとんとんと整えながら、お母様が問いかけてくる。

 魔物が襲う場所……どこだろう。

 ゲームだと、村が一般的だったけど。

 他に答えが見つからなくて思った通りに口にすれば「そうよ」と頷かれた。


「寒くなって討伐の手を免れた魔物たちは、その分狂暴になっているの。小さい個体は生き残れないし、大きくなりすぎたのもそれまでの討伐の際真っ先に目について倒される。だから、残っているのは中途半端に獲物の味を知っていて、警戒心の強くなった個体。そうした魔物が狙うのが、ある程度の大きさの集落や村ね」

「今までも、襲われたことが……」


 口にしかけて、言葉にならなかった内容を悟ってか、お母様が目を伏せる。


「──何度もね」

「そう、ですか……」

「でも、今回は大丈夫よ。これからもきっと。だって精獣がこちらには二体もいるんだから」


 きゅっ、と拳を握って笑ったお母様に、頷いて笑顔を返した。

 大丈夫だ。そうだよ、今までにシロガネは魔物を食べるくらい強かったんだし。


 …………。

 そこでふ、と思い当たる。


 今は私の膝でくるりと丸くなっているけど、本当の姿は堂々とした獅子で──。

 ねえねえ。

 ぴくりと反応した白い耳に続ける。


 お願いだから、頼むから今回は魔物は食べないでね。

 百歩譲って私の知らないところで食べるのは……私が知らないから良いとして。

 血まみれのシロガネの姿なんて、見たくない。


 もっと言えば、口元を真っ赤にさせたシロガネはもっと見たくない。


 ──ダメか?

「ダメに決まってるでしょ! もう唐揚げ食べさせないよ?!」


 思わず叫ぶと目を丸くしたお母様がこちらを見るのと、シロガネの今回は食べん! というのが同時だった。


「大分慣れたけど……あまり外ではしないようにね? 言葉が通じる精獣なんて、私も聞いたことがないから神殿どころか王都から研究者がすっ飛んできちゃうわ」

「はい、気をつけます……」

「今回はなんの話をしていたの?」

「魔物の味を知っているなんて以前話していたので、今回は食べないでほしいと頼んでいたんです」

「まぁ……精獣が魔物を口にするの」

 ──別に勝者が敗者を取り入れて何が悪いのだ。確かに味は個体によって違うが、

「いやー! それ以上聞きたくないー! それ以上続けるなら唐揚げもお菓子もなんにもあげないからぁ!」

 ──むぅ。


 耳を押さえて叫んだ私と、不貞腐れたように前足に頭を乗せて丸まったシロガネを見比べたお母様は、それだけで話を内容を悟ったみたいで、「あらあら」と楽しそうに肩を竦めた。

 もうもう、魔物食べるなんて冗談じゃないよ。確かに魔物には魔石があって、魔力が得られるかもしれないけどだからと言って……。


 ……あ。


「ま、魔石は?!」

「え?」


 きょとんと首を傾げたお母様にあわあわと両手を振り回す。こんな大事なことを忘れてたなんて!


「魔物を倒した後、手に入る魔石がありますよね? それは魔物を倒した人の物になるんですか?」


 魔力のない者でもそれを利用すれば魔道具が作れるようになる石。期待して前のめりになって聞いた私に、お母様は呆気なく首を振った。


「今回は王都からの指示の元動いているでしょう。残念だけど回収した魔石は全て国の物よ」

「そんなぁ~」


 やっぱり現実はそんなに甘くはなかった。

 一瞬すっごく頑張ってバンバン魔物倒そうとか考えたけど、結果何も残んないならやるだけ損だ。いや、人々の安心と安全は守れるけど、また次をと期待値だけ大きくなりそうで怖い。


「──と言っても、使い物にならないあまりにも小さな魔石はこちらで好きにしていいことになっているわ。ランティスだったら考えられないそうだけど、こちらでは主に転移陣用に大きな魔石しか使わないから、送らない物に関してはこちらで引き取りましょうか」

「是非!」


 やったぁ、魔道具の動力源ゲット!

 両手を挙げたところで、がたん、と急に馬車が揺れて……止まった。

 思わずお母様と顔を見合わせる。


「……着いたんでしょうか?」

「いいえ、こんなに早くは着かないわ……何かあったわね」


 すぐに窓を開け「何事ですか」と外の護衛に尋ねたお母様に、慌てた様子で一人の騎士が馬を横につけてきた。──ライゼン砦から来た騎士の一人だ。


「も、申し上げます! 魔物に追われていると話す少女を発見、保護しました! 恐らくこの近辺に数体の魔物が潜んでいるものと思われます!」






読了ありがとうございます。

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