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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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お礼の内容

お待たせしました。

 さて、アルフォンス様からのお礼ということで、私が一番にしなければならないのはお母様たちへの確認だ。

 今後にかかってくるからといって私一人で突っ走っていいことじゃないし、ここはお母様たちの領地だからね。


「家庭教師?」


 そう考えてアルフォンス様への返事は保留にして、相談をしたのだけど……反応は微妙なものだった。

 それに教師をと言ったのに、何故か家庭教師という表現に変わっている。

 お母様は困ったように眉を下げているし、お父様に至っては無表情。兄様なんて何故か寂しそうに下を向いている。


「そう、ですね……僕が教えられることなんてもうあまりないですし、今後のロゼスタのことを考えると」

「まだ少し早いと思うのだけど……ロゼスタがそうしたいと言うのなら、先生を探しましょう。でも、アルフォンスに頼むのはちょっと……」

「まだ嫁なんぞ考えるのは早いぞ!」

「はぁ?」


 待って待って、どうして私が嫁に行く話になる。


「教えを受ける生徒はここの領地の子供たちですよ?」

「ここの子供たち?」

「あー、ええと、やる気があれば街の子供たちでも」

「侯爵家の紹介を受けた家庭教師が市井の子供たちを教えるの?!」


 ぎょっとした顔でお母様が叫んだ。

 改めて言われると、確かに……。


「ちょっとおかしいですかね?」

「ちょっとどころじゃないわよ!」

 ──どこがちょっとなのだ。


 笑いながらシロガネには突っ込みを入れられる始末。


「何も教師に限らずともいいだろう。それこそあいつの言っていた菓子や装飾品、珍しい本の取り寄せでもいいんだぞ? 格上への嫁入りを考えているわけでもないのに、紹介をしてもらってまで家庭教師を頼まなくてもいいんじゃないか」


 私が上級貴族へ嫁に行きたいが故の発言ではないとわかったお父様は、ほっとしたような表情で代替案を出してくる。なるほどね、私がもっと上級の教育を受けたいと言い出したと思ったんですね。……だから、魔道具に知識のあるしっかりした人が欲しいんだってば。


「お母様、学舎を作ってくれると言っていたじゃないですか。そこで教えてくれる人を紹介していただけたら、と思ったんです」


 もうじき魔物討伐が始まるから、学校を始められるのは早くてもその後。でも下準備でできることはたくさんある。場所をどこにするかとか、どのくらいの人数を予定するかとか、その他の備品の準備もあるし。


 やはりと言うか、案の定と言うか、ちゃっかりと言うか……私もお母様もばっちり魔物討伐に組み込まれていました。

 お母様の「エセ眼鏡」発言も再びでした。あのブリザードは心臓に悪い。

 ……それよりも妊婦働かせている方が心配。

 二つの砦では既に準備はできていて、あとはこちらの出立準備が整えば直接砦に向かうことになっているそうだ。


「学舎の準備は始めるわ。でも、どうしてアルフォンスに紹介してもらう必要があるの?」

「初めは私も思っていなかったんですが……ここの人を雇うと教える内容に偏りがあることに思い当たったので」


 元々精霊、精獣を最上と考えてきた人が大半で、しかも領主、その娘共に精獣と契約済み。

 神殿の影響を強く受けた人が、客観的に魔道具のことを教えてくれるとはとても思えない。

 自分たちを常に精獣が守ってくれると考えているんだったら、そりゃあ魔道具の優先順位は下がるよね。魔力なしを馬鹿にもするよね。

 流石に王都の人だったらそんなに偏見はないだろう……と思うのは楽観視しすぎだろうか。

 お父様を登用する陛下の元だったら、と思ったんだけど。


「この国で……というよりここの領地で魔道具への知識を一番持っているのはお父様です。でもお父様が教師役をするのは、難しいでしょう?」


 仕事が忙しいのもあるけれど、恐らく今のラシェル領の人たちがお父様を相手にしないだろうから。


「でも侯爵家当主であるアルフォンス様の紹介を受けた方の授業なら、受けに来ないだろうかと考えたのが初めです。アルフォンス様ならきっとお知り合いで魔法にも、魔道具にも知識の豊富な方がいると思って」

「それは確かにあるかもしれないが……」

「教えていただきたいのは基本的な文字の読み書き、算数、そして魔道具の説明です。抵抗がない人たちにはいずれ魔力回復の魔道具の量産に関わってもらえたら、と思っています」


 勿論、他の魔道具のアイデアも出してもらえたら尚良し。

 初めは高額で誰もが持つのは無理でも、いつかそこそこの威力と値段の魔道具が店頭に常に並んでいるのが普通のことになったらいいなぁ。


「魔道具の基礎を教えるということは、初歩的な魔法のことも教えるのよね?」

「そう、なりますね……。少し話を大きくしすぎですか? 魔道具に限らず魔法の制御だけでも、と思うのは」


 そっと聞きながら、上目遣いでお母様の様子を窺う。

 お母様は確か子供に対して魔法の教育を行うのに消極的だったはず。

 大丈夫かと聞けば「街の子供たちに魔法を教えた分、ロゼスタにもという鬱陶しい者が出てくるからと思ったからよ」と返ってきてほっとする。

 もう魔法どころか魔道具にまで手を出してますしねー。精獣までいて、話題の提供には困らないですよ。


「それと、できれば他の魔道具の販売に向けての商品化と、料理の発信を積極的にしたいです」

「魔道具はわかるけど、料理はもう終わったんじゃない?」

「いえいえ、これからですよ」

 ──そうだそうだ、菓子がまだだ。


 いやいや、お菓子は専門外だから。

 まだコンテストの熱が下がりきらない内に、新しい料理は早めに出していきたい。次回もコンテストを開催するとは明言していないけど、今回の結果を受けて間違いなく貴族たちはやる気を出しているだろから。

 カレーにハンバーグ、他に何がいいかな。

 ──ところで兄様、「流石ロゼスタ、商魂逞しい」なんて呟いているの、全部聞こえてますからね。


「だがアルフォンスの紹介で来た教師は、あいつの領地の者の可能性が高いぞ。ここでやろうとしていることが知れてしまう」

「っ、そうですよ。魔力回復の魔道具のことが万が一知れてしまったらどうするんです?」


 やはり領地が違うと学友でもライバルなのか、お父様は顔をしかめて首を振り、兄様ですら同じことを口にする。


「そのことなんですけど……」


 じっと私を見つめる菫色と新緑の瞳を交互に見返す。


「アルフォンス様にある程度お話してはいけませんか? 王都に魔道具を持っていくのなら、アルフォンス様の顔が利くところも出てくるかと思うんです」

「それは、魔力回復の魔道具のことも話すということ?」

「ダメだ!」

「でも……」


 人差し指に嵌められた指輪を回す。流石魔道具と言うべきか、あの時アルフォンス様の指を離れた指輪は、私の指に嵌まった瞬間から私の指のサイズにジャストフィットしている。

 反射の魔道具とは言っていたけれど、何をどう反射するのかよくわからない。でも、濃厚に循環する魔法陣はとても精巧に作られていた。

 侯爵家の印章に似せたものとはいえ、安価な魔道具じゃないくらいわかる。誰彼構わず渡すような物ではないはずだ。

 いくらお礼とは言われても、そこにアルフォンス様の気遣いを感じるのは私だけなのかな。


 ──かといって魔力回復の魔道具を見せてしまえば、あやつもなんらかの報告を上げねばならぬことになるぞ。王都に近ければ近いほど、な。

「それは、私たちにとって困ること?」

 ──そなたがそれほどまでに権力に近しい所を好むとは思わなんだ。最高権力者に囲われる可能性がないと言い切れるのなら、話してみるのも良いかも──

「やっぱり止めておきます! 私ったらどうかしてました。まずは他の魔道具を作って魔道具に対する印象を上げてからですよねっ」


 いたずらっぽい口調のシロガネの言葉に、ざざあっと血の気が引いた。

 私ったら一夫一妻がいいなんて思いながら、やってることは目立つことばっかりじゃん!

 シロガネとの契約は仕方のなかったこととは言え、魔力もあって契約していて、この世に二つとない魔道具の作り手だなんて、あっちからしたら良い鴨だ。

 複数の上級貴族に目をつけられて、拒否できないままにあっという間に三人の婚約者ができても文句言えない。


 青い顔して捲し立てる私の姿に何を感じたのか、お母様がシロガネと私を見比べる。

 すみません、私が悪かったです。たくさん考えたつもりでしたが考えが足りませんでした!

 アルフォンス様に先にペロッと言わなくって良かったー!


「でもどうしていきなり王都を気にし始めたんです?」


 助け船のように兄様に顔を覗き込まれた。

 だってそうすれば──。


「魔道具を広めるのが難しいラシェル領も、興味を持つかもって思ったからです……。考えれば考えるほど、ここが魔道具との相性があまりよくないように思えて」

「元々フローツェア自体がそうした傾向がある国柄ですよ。急にどうしたんです?」

「神殿とのやり取りを見聞きしてより実感がわいたと言うか。ただ単に魔道具のことをあまり知らないで馬鹿にしているだけなのかと思っていたら、そこに信仰が複雑に絡んでいて……」


 今更何を言っているんだと言う顔で三人に見つめられる。


「……どの道アルフォンスに今の段階で話すのはやめておいた方がいいな。下手をしたらあいつの領地の者がやってきて抱え込まれるか、最悪技術を盗まれるぞ。ある程度の質の魔道具を複数作れて、量産できるようになってから話を持っていく方がまだこちらに有利に話を持っていける」


 ……ごもっともです。

 冷静なお父様の言葉に項垂れると、お母様が咳払いをした。


「まぁ、先入観を入れずにと言ったのは私だったわね。貴女はランティスの血を引いているから、より発想が柔軟なのかもしれないわ」

「クローディア様……」

「ありがとう、アーヴェンス。おかげでうちの娘は素直に魔道具のことを考えられるようになっているわ」

「いえ、そんな! あまり至らない兄で、申し訳ないくらいです」


 頬を赤らめて謙遜する兄様と、菫色の瞳を細めて笑うお母様のやり取りで少し場が和んだ。

 それにお母様、兄様に教わった私の姿から教育の大切さは透けて見えませんか? 魔道具のことを客観的に考えられるようになってますよ。

 だから、アルフォンス様に全部は話せなくても、優秀な教師を紹介してもらいたいです!


 私に教えてくれた兄様のような存在が領民たちにも欲しい、と言うとお母様と兄様は納得したようだった。


「ここが王都から離れているからか、それとも元々この国の考え方なのか、閉鎖的な考えが強いですよね。現にアルフォンス様は魔道具を当たり前のように身につけていました。侯爵家ということを差し引いても、魔道具に対してあまり差別的な見方をしないだろうと想像しています」

「あいつは元々あんな性格だったしな……好奇心だけはあったから魔法院でも色々なところに首を突っ込んでいたぞ」


 憮然とした表情でお父様が腕を組む。


「精獣との契約者だからこそ、制約されることがあるかもしれないな」


 ……それはあるかも。料理コンテストは契約者だからこそ、強気に出れたんだけどなー。


「それももう今更よ。……でも、私はこうなるとわかって契約を望んだけど、ロゼスタはそうじゃないものね」

「お母様?」

「忘れないで。貴女は今とても大きな力を手にしているってことを。それはいつでも見せびらかしても意味がないの。ここぞという時に、相手を完膚なきまで叩き潰す時に使ってこそ効果があるのよ」


 静かに微笑みながら言うお母様の迫力が半端ない。

 お母様がその力を使ったのはどの時ですかね。お父様との結婚の時? それともラシェル家の当主を決める時?

 どうしても気になってそっと聞いたら耳元で囁かれた。「両方」ですってよ。誰に見せつけたんですか。そして誰を叩き潰したのー?!


 それには答えてくれず、「今力をどこで見せるべきか、わかる?」と問われる。

 そんなの決まっている。


「魔物討伐の時に……一番効果的で、そしてその後こちらの要求が通りやすくなると思います」

「そうね。それに、これが終わったら少しゆっくりできると思うわ。……それから、アルフォンスの件は保留にさせてちょうだい」

「ど、どうしてですか?」


 大抵のことはすんなり頷いてくれたのに、どうしてアルフォンス様への教師は頼んじゃダメなの?


「一つの魔道具を複数人の手で作り上げていく──これをラシェル領の中でできるようにするのは賛成よ。意識を少しずつ変えて行けばそれは新しい雇用の形にもなるし、ランティスにはない魔道具を作っていくことにも繋がっていくでしょうね」


 でも、とお母様は緩く首を振った。


「まだ、それが可能だとは確認できていないわ。確かにこの地の者では魔道具について客観的に教える者は少ないでしょう。かといってすぐに侯爵家の紹介で教師を頼むのは早計だわ。他の分野ならここの者でも頼めるはず。だから、まず一人一人で作業を分担をして実際に一つの魔道具ができてからなら、アルフォンスへの教師の紹介の依頼を考えましょう」

「……はい」


 今の段階では机上の空論だから、実物ができるんだったら魔道具について教えてくれる人を呼んでくれるってことか。


「それなら私と兄様、あとお父様とで一つの魔道具を作ります! それができたら、魔道具がきちんと動いたら、アルフォンス様への教師の紹介をお願いしますね」

「ええ、いいわ。理由は……どうとでも言えるし」


 考えるお母様に挙手。ぱっと閃いたことをそのまま口にする。


「そ、それなら、今後魔道具をこの地で作っていきたいからという理由はどうですか?」


 嘘ではない。作っていきたい魔道具はある程度決まっているし、魔道具を作っていく人たちの育成が目当てでだいぶ意味合いが違うけど。

 少なくとも手紙の魔道具があるから、不自然ではない。これから他の魔道具の作成をできるよう、領民たちの意識改革に手を貸して欲しい、みたいな内容はどうだろう。

 そうすると、来てもらった教師の教育期間とかも区切らないとダメかな……どのくらいで学校が定着するかわからないけど、ある程度教えてもらった子たちをこちらで引き継いで教えていくのはバレていいのかどうなのか。

 あ、その前に私たちで魔道具作って見せないと。


 菫色の瞳が無言で瞬きをするのは、悪くないと思っている証拠だ。


「その代わり、と言うのはなんだけど王都に卸すのはまだ後で。まずはこの地で魔道具を広めていきましょう。たかが魔道具だと馬鹿にする者にはそうさせておけばいい。今王都で魔道具を卸しても、ここの彼らには何も響かないわ。そんな彼らも無視できないくらい、性能のいい魔道具を作っていってね?」

「頑張ります! それに……侯爵家の紹介を受けた人が市井の子たちを教えるのは……いいですか?」

「いいも悪いも……聞いた時はとんでもないって思ったけれど、そうでなきゃ話が進まないじゃない。考えてみればこの国できちんと魔道具のことを教えられるのって、ある程度限られてくると思うのよ。それに、お願いをしてもアルフォンスが受けるかはまた別の話よ?」


 もしダメでもがっかりしないでね、とぎゅっと抱き締められて、頷きながらお母様の薫りを胸一杯に吸い込む。

 こうして私だけのお母様でいるのも後少し。赤ちゃんが無事産まれるまでにはせめて、子どもたちがある程度学校に通える体制ができていますように……。


「あいつが言い出した礼なんだから、家庭教師の紹介とその給金もセットだと言っておけばいい。あいつにとってなんのことはない。ロゼスタが提供したアイデアでお釣が来るくらいだ、遠慮なくいただこう」

「貴方ったら」

「ロゼスタ、試すのは手紙の魔道具でいいな?」

「はい、それが一番作りやすいでしょうから……お父様は反対じゃないんですね」

「抵抗がないわけじゃないが……ここはランティスじゃない。同じやり方をしなければならないなんてことはないだろう。複数人での分担作業で一つの魔道具が本当に作れるんだったら、それはそれで新たな発見だ」

「実際に師匠も確かめたくて仕方がないんですよね?」


くすくす笑った兄様の額にお父様がデコピンする。

 呻いた兄様の声に合わせてシロガネが尻尾をたしん、と床に打ちつけて──突然お母様が笑みをこぼした。幸せそうにくすくす笑う。


「ディア?」

「なんでもないの。なんでもないのよ」


 なんでもないと言いながら、おかしそうな笑い声は途絶えない。


「ちょっと考えていたらおかしくって……精獣と魔道具が共に領地で栄えるなんて……少し前までそんなこと、想像もできなかったから」


 にこっと微笑んだお母様がお父様を見上げて──お父様はしばらく押し黙った後、ぷいっと横を向いた。


 それがただの照れ隠しなのは、すぐにわかった。耳が真っ赤に染まっていたから。

 私と兄様はお母様と目を合わせて、気づかれないように笑いを噛み殺したのだった。




読了ありがとうございます。

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