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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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祝福と悪意

お待たせしました。

 沢山のかぼちゃがいる。あ、ぼた餅かな。いや、髪の色は金髪系が多いからやっぱり小麦畑で。……なんて考えてみるも緊張はさっぱり取れない。数えきれない人を目の前に冷や汗が止まらないんですけど。


「帰りたいよう……」


 情けなく呟いた言葉はあっさりとお母様に拾われた。


「まあまあ、何を言っているの。こんなに離れているのに。まだこれからなんだから、そんなに情けない顔はおよしなさい」


 いつものように、淑女らしく凛としてと言われたけど、普段の私は果たして淑女らしくて凛としているのか。

 怖じ気づいた表情筋がプルプルしている。もしかしたら動物園の動物もこんな風に感じていたのかも。今まで申し訳ないことをした。

 いつもは側にいてくれるシロガネは離れているし、お父様も兄様もいないしで握りしめた両手に自然と力が入る。


 白を基調とした神殿の中、私とお母様は壇上に設置された祭壇の隣に立っていた。

 この前来た時は聞こえていた水音なんて、これっぽっちも聞こえない。明々と照らされる灯りと、それに浮かび上がる蔦の模様だけが優美な神殿のイメージを醸し出していて、立ち込める熱気との差におかしさが込み上げてくる。

 二人して頭から被っている薄絹のヴェールが唯一の救いだ。言葉はダイレクトに聞こえるし、様子も見えるけど、向こうからこっちの顔がぼんやりとしかわからない、と考えれば少しは楽になる、気がする。


 少し離れて両隣に数人の神官とリカルドが、そして反対側にシロガネとディーがざわめく人々を見下ろしている。

 ディーは以前遠乗りの時の姿ではなく小さな鳥の姿で、シロガネはいつもの白猫の姿より二回りほど大きくなっていた。

 十分広いと思っていた神殿内にはぎっしりと人がいて、入りきらない人々の為にか、出入り口の扉は大きく開かれている。


 この後シロガネと薫りを振り撒きに行くんだよね。まさかこの人たちの真ん中を通れとか言わないよね……。

 ……ああ、そう考えると祝福の儀式の時に買い食いは無理だったわ。注目度的にも、身長的にもこの密集地帯に割り込める気がしない。


「静粛に」


 声を張り上げるでもなく、リカルドが静かに手を挙げ人々に合図する。

 波が引くように次第にざわめきが収まると、リカルドは挙げた手をシロガネたちへ向けた。


「これより、コンテストにて上位の者たちの料理が精獣様へ捧げられる。この度精獣様の申し出により、見事その舌を唸らせた料理を作った者へは有り難くも祝福が授けられる」


 異論はないな? とリカルドが投票で上位を取った者たちへ尋ねる。反対意見が出るわけもなく、彼らの前に料理が運ばれてくる。

 あくまで投票で上位になっても、精獣が口にするかは別問題。

 上位に選ばれた料理は必ず食べてもらえると思っていた人もいたようで、またざわめく。


 大きく息をついて顔を上げた時、彼らの横にアルフォンス様を見つけた。こちらの表情は見えないだろうに軽く手を振られて、少しだけ息が楽になる。

 あの後すぐに転移陣の調整を終えたと聞いている。

 ……つまりもう王都に道が通じているわけで。

 シーリアからの返事はまだないけれど、もしかしたら私の方が先に王都に行くことになるかもしれない。薫り消臭の魔道具早く仕上げておかないと。


 深呼吸できたおかげで少し呼吸が整う。

 ……そうだ、お母様のお腹には赤ちゃんがいるんだから私がしっかりしなきゃ。ここで醜態を晒すわけにはいかない。

 今この場にはラシェル領で美味しいと思われた料理が集まっている。人々の好みも推測できるし、それ次第で次にマーサが作る私のレシピが決まるんだから。


 食べたら感想すぐに教えてね、と呼び掛けるとフッと笑った気配があった。


 ──当然だ。


 珍しく格好いい。頼りになる時もあるのね。

 なんて一瞬でも考えた私がいけなかった。


 シロガネが吠えた。


 高くもなく、低くもなく響いたそれは、静まり返っていた神殿内に反響し、ダイヤモンドダストのようにキラキラした何かが一人の青年の頭上に降り注いだ。

 誰も反応しない中、シロガネはスタスタと迷いなく彼の前まで歩いていく。

 色とりどりの精霊を引き連れて。


 それまで楽しげにそこらを舞っていた精霊たちが、一斉に彼の周りを行ったり来たり始めた。

 誇らしげにぐるぐると彼を取り囲む精霊たちは、青年に降り注いだ光が見えなくなってもまとわりつき、離れようとしない。


 それが精獣の祝福だと気がついたのは後のこと。

 固唾をのんで一部始終を間近で見ていた者と、後ろで見えなかった者とで悲鳴のような声が上がった。


 まるで上から光が差し込んでいるかのように、シロガネの毛並みが輝く。威厳たっぷりに堂々と上を向いた彼は、もう一度吠えた。

 感謝と尊敬を捧げた精獣の祝福を目の当たりにした老人が、感極まったように膝まづく。

 両手を握りしめ頭を垂れる女性。

「祝福だ! 本当に授けられた!」と大声で触れ回る男性。


 神聖な精獣様像は残念ながらここまでだった。



 ──思っていた通り美味い! 甘く優しい生地に絡む、なんというのだ、この白いフワフワしたものは!


 がらがらと音を立てて精獣像が崩れていく。残ったのは凄まじいスピードで尻尾が振っている一匹の白猫。

 生クリームと果物が盛り付けられているクレープのような生地に勢いよく鼻を突っ込んで食べているその姿に威厳、荘厳といった雰囲気は目を凝らしても欠片も見当たらなかった。非常に残念なことに。

 私の精獣様は甘党だったようです。


 ──生クリームか、生クリームと言うのだなっ。


 興奮したシロガネの叫びがガンガン伝わってきた。頭に響く声が煩い。

 どう美味しいの? と聞いたが答えはない。


「あらあら」


 隣に立つお母様の呟きが耳に入ったけれど、むしろその言葉で終わらせていいんでしょうか。じっと動かないでいるディーとの落差が激しいんですけど。

 見たところ甘物を出したのは彼一人のようだ。油同様、砂糖も平民にはあまり手の届くものじゃない。甘味は貴族の特権とまでは言わなくても、それに近いところがある。


 料理人の顔をよく見てもどこの家の者かはわからない。まだ若そうな青年は、目の前の精獣がむしゃむしゃと皿の中のデザートを平らげていくのを信じられないというような表情で見ていた。


 ええと。がっついていてすみません。欠食児童みたいな食べ方していますが、ちゃんとご飯はあげてます。


 彼の周りにはまだ精霊たちが飛び交っていて、目に痛いくらいだ。

 ──精獣の祝福とは文字通り、精霊たちをその者の側へ呼び寄せるような効果があるらしい。

 魔法職には喉から手を出るくらい欲しいものなんじゃないかな。

 ちょっと軽く考えすぎていたかもしれない。この国では精霊と契約しやすいってだけで一つのステータスだし。

 ……そう考えるとどうして私は精霊と契約できないのか。こんなに頭上にいるくせに。


 ──足りん。


 なんてことをつらつらと考えていると。

 食べ終えてペロリと鼻を一舐めしたシロガネが唸った。前足で綺麗になったお皿を押し出し、催促するように数回床を叩く──ってえ、ちょっとちょっとちょっと!


「しょ、少々お待ち下さい!」


 止める間もなかった。

 慌てた青年はオロオロと周囲の神官たちを見て、後ろを見て、次いで何故かアルフォンス様を見る。救いを求めた青年に彼はあっさりと頷いて見せ、シロガネの要求通りお代わりが皿一杯に盛られてきてしまった。

 香ばしく薄く焼かれた狐色の生地、フワフワとたっぷり盛り付けられた生クリーム、小ぶりに切られた果物があちらこちらに散らされて先ほどの倍の量がある。


 持ってこなくてよかったのに!


 頭を抱えてしまいたいのを堪える。

 あの行儀の悪いのが私の精獣なの? 恥ずかしくてものすごくいたたまれないんですけど!


 私の叫びは聞こえているはずだが、一切無視してくれやがった精獣様は、三皿目のクレープを平らげるまでその場を動かなかった。



 ──美味かった。やはりあの甘味を越える料理はないな。


 満足げな声音のシロガネは、ぐっと伸びをする。心なしか毛並みが艶々しているようだけど本当に勘弁して……。



 他の料理も一口二口は必ず手をつけたシロガネ。

 律儀なのか単に食い意地が張っているのか判断に困るところだ。

 ちなみにお母様の精獣のディーは、その場を動かなかった。

 ずらりと並んだ料理人たちを一瞥する姿はまさしく誇り高い精獣という言葉がぴったりで……流石ラシェル家当主様の精獣だとちらほら届く声が痛い。


 加えてディーはどの料理も選ばなかった。何事もなく壇上に立つお母様の側に戻った精獣の姿に、リカルドも何か言いたげに口を動かしたものの、言葉は発さなかった。

 それが彼の意思なら、仕方ない。

 ……食べたいと思わせられなかったということで、次の機会があったら頑張って下さい。


 ダンッと、荒々しく床を蹴りつける音がしたのはその時だ。


「インチキだ!」


 一瞬静まりかえった神殿に響く男の声。


「その料理を選んだことに精獣様の意思があるとどうしてわかる? そいつは祝福欲しさに金を積んだ不届き者に違いない! 皆騙されるなっ」


 料理を口にする前に祝福をされたのが何よりの証拠だと叫ばれ、神殿内が嫌な感じにざわつく。

 すぅ、と頭の中が冷えていくのがわかった。いつの間にか冷たくなっていた指先を握りこむ。


「……確かに契約者様も幼い方だし」

「先に祝福する者が決まっていたというのならわかる」

「つまり、今回は無効ということなのか?」


 などという幾つものふざけた台詞も耳に届いた。


「静粛に! まだ儀は終わってはいない。精獣様のご意志に不満を申し立てたければまずは神殿を通すことだ。だがその行いは精獣様への冒涜に繋がることでもあると」

「私たちの精獣の意思はないと?」


 素早く片手を挙げ場を収めようとしたリカルドの言葉を、静かな口調でお母様が遮る。現当主の発言に、神殿内が静まり返る。

 ……おかしいでしょ。神殿を通してどうするの? 神殿が「クレームは最もだ」って判断したらやり直しでもしろってこと? 寝言は寝て言ってくれ。


「ロゼスタ、発言を許します。貴女はどう考えますか」


 口調は当主、視線は母親のそれでお母様に問いかけられる。

 さっきの言葉が脳裏をよぎる。

 淑女らしく、凛として。自分の感情は見せちゃだめ。

 取り乱してみっともないからだけじゃなくて……それが私たちの戦い方だから。

 隙を見せればその分だけ、相手に付け入る隙を与えてしまう。


「何か、問題が?」


 小首を傾げてきょとんとしたような口ぶりで返した。

 いっそ無邪気に、軽く微笑みすら浮かべて。


 静まり返った神殿に、私の高い声が響いた。


「この料理コンテストは、シロガネたちが美味しい料理が食べたいと言ったことから始まりました。そして、私の精獣は一人の方の料理をとても気に入ったようですね……口にする前に祝福を授けてしまったのは確かですが、それがなぜお金を積まれたからということになるのでしょう」

「それは、精獣様へ積んだのではないのやもしれません。私はその可能性を口にしただけで……」

「確証もないのにそのようなことを耳にするのは不快です。私たちの精獣は嘘などつきません」


 ぴしゃりとお母様が男の意見をはねのける。


「むしろ、精獣が金銭で自らの意思を偽るようなことをした、と言う方が失礼なのでは?」


 いかにも不思議そうに、どうしてそんなことを言われなければならないのかわからない、と首を捻ってみせる。


「し、しかしですね……」


 精獣の決定にけちをつける形になる、とはっきり言われて男がたじろぐ。


「人の世の価値観に、精獣は関知しません。金銭に反応するような俗世にまみれた精獣がいるでしょうか?」


 食い気には溢れているけどね。

 胸の内で舌を出しながら、肩を竦める。


「そう言えばどなたでしたか……とある方の料理を口にする機会があったのですけど……皆が一品に力を入れている中、沢山の料理を並べていましたね」


 リアナと一緒に作ったあの料理を横取りしたあんたにだけは、言われたくない。

 口元には軽く笑みを浮かべながら、腹の底で吐き捨てる。

 あんな純粋な子たちを泣かせたくせに。祝福を売り物にしようとしたのは自分のくせに。

 誉められたと思ったのか、品なく男の顔が歪む。


「覚えているのは、よく似た料理を先に口にしたことがあるからです……あれはどこだったかしら、孤児院だったような」


 ぎょっとしたように目を見開き、男の口元がひくついた。

 次の展開が読めたのかその顔色がどんどん悪くなる。


「ええ、そう言えば偶然耳にしたんですけれど、孤児院の子供たちの考えた料理を横取りしたした人がいたとか」

「は……」

「ひどい話です。そんなことまでして、盗んだ料理を我が物顔で捧げようとした人がいたなんて」

「ま、全くです……」


 しどろもどろな口調で怯えと疑いの目が私を探っている。どこまで事情を知られているのか確かめたいが、今この場でこれ以上言われるのは困る、といった表情だ。

 領主の娘に出した料理を覚えてもらっていると言いふらしたいけれど、その料理は横取りされたものだと言われているも同然なことに狼狽している、そんなところか。


 現に事実関係が飲み込めない人々にとっては、ちんぷんかんぷんなやり取りだろう。

 意味がわかるのはレシピを横取りした男と、その男から祝福の権利を買おうとしていた者たちだけだ。


 そんな浅はかな奴等に、シロガネが祝福をするわけがない。


「もしかしたら料理に込められた想いや祈りを感じ取って、祝福を与える者を選んだのかもしれませんね」


 くるりと向きを変えてオロオロしている青年を見る。ヴェール越しに目が合ったのがわかったのか、深々と頭を下げた彼に言いたいことは一つ。


「とても美味しそうな料理をありがとう。シロガネがとても喜んでいるのが伝わってきました。どうやら、今度は別の料理も食べてみたいようです……祝福は関係なしに」

「もっ、勿体ないお言葉です! 僕のデザートでよろしければ、いつでも、何品でも作らせていただきます!」

 ──よくぞ言ったロゼスタ! 次はいつだ? 別の甘い物も食べられるのだな?! 生クリームがいい!


 この声が聞こえるのが私だけで良かった、とつくづく思う。

 威厳に溢れた精獣のイメージをぶち壊すことしか言っていないシロガネへの憧れや幻想が、別に良くなろうが悪かろうがいいんだけど……その契約者ってことで私も一緒くたに見られるんだったらやっぱりちょっとは威厳とか立ち居振る舞いとか意識してほしい。して下さい。


 顔を紅潮させた青年は、感激したように目を潤ませて頭を下げた。

 ほら、全然違う。祝福欲しさに料理のレシピを漁った者と、純粋に感謝や畏敬を込めて料理を捧げた者と。


 難癖をつけた男が黙ったことで、やり直しをという声が聞こえなくなる。ちらほらと最後の薫り撒きを気にする者たちが出始めたところで、あっさりと引いたリカルドが祝福の儀を終える言葉を口にした。


「私の精獣の美味しい料理が食べたいという言葉に応じてくださった皆様、ありがとうございます。今回シロガネが祝福を与えたのは彼一人でしたが、それは皆様の料理が美味しくなかったということではありません。またシロガネたちが食べたいと、そう思える料理に会えることを楽しみにしています」

「私のディーは好みが難しかったようね。でも、いつかまた機会があるでしょう。そして、この地を守って下さる全ての精霊と精獣へ、感謝と祈りを捧げましょう。──リカルド神官長、薫り撒きの準備を」


 ざわつく人々を前にコンテストの終了を宣言する。だらだらと祝福を授ける場を長引かせる気はない。

 私の後に続いたお母様の台詞に、一拍おいて神殿内が歓声で揺れた。




読了ありがとうございました。


更新間隔があくようになっていますが、読んで下さる皆様、ありがとうございます。

良いお年をお迎え下さい。来年もよろしくお願いします。

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