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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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王都へのお誘い

お待たせしました。

「って言うか、そんな態度でいいの? 王都にいた頃には僕も随分と君の魔道具作りに協力してあげたと思うんだけど」

「はぁ? な、なななな何を言い出すかと思えば……今はそんな話はしてないだろうが!」

「ふぅん……」


 くしゃりと髪を掴んだアルフォンス様が意味ありげに微笑む。そして「ねぇ、ロゼスタ」と柔らかく話しかけられた。


「ディアと初めての遠乗り、楽しかった?」

「……は?」

「そうそう、ディア。精獣と契約すると宣言していた通り、見事に契約した君のことを誇りに思っているけれど、流石に五歳の娘を空の遠乗りに連れていくのは少し早かったんじゃないかな? 護衛もつけない中、万が一何かあったら困ったろう?」

「アルフォンスーーー!」

「それはそうだけど、でも加護があるし」

「ディア」

「……はい」


 有無を言わさない笑顔の圧力に、呆気なくお母様が屈した。


「そ、そんなことを蒸し返さなくてもいいだろうが! 大体すぐに地上に戻ったんだし、二人とも何もなかった」

「……ねぇ、私ロゼスタと遠乗りしたこと話したのかしら?」

「え? お母様がお話したんじゃないんですか?」


 いつだったか、お父様との会話にも出てきたけど……てっきりお母様から聞いていたとばかり。

 思わず見上げると、あたふたとした様子で視線をあちこちに飛ばしてる。


「オルトヴァ様?」


 にっこり微笑んでいるけど瞳が笑っていないお母様の一声で、とうとうお父様の肩ががくりと落ちた。


「ふふ、この魔道具馬鹿が何年もディアなしでもつと思う? 王都で最初に作ったものだよね、家族の様子を見るんだって作った魔道具。そりゃあ涙なしには語れないよ。定期的に画像を見ては仕事に戻る繰り返しでさ」

「画像」

「断片的だし、静止画で上書き形式だから見返すこともできないけど、熱心に見ていたよな」


 どんな映像だったのかさっぱりだが、端的に言うとお父様は王都で私たちの覗き見をしていたということで合っていますか?

 どうやら口に出していたらしく、気がつけばお父様は情けなく眉を下げて、アルフォンス様は大笑いしていた。


「全然わからなかったわ……」


 呆然と呟くお母様に激しく同感。

 どのタイミングか知らないが、私たちがディーに乗っていたのを知っていたのもその魔道具で見ていたからだという。

 ……そんな覗き見するような物、あったっけ?

 二人して首を捻るも全く思い当たる物がない。


 アルフォンス様は「オルトヴァがよく作る姿をしていたよ」としか教えてくれなかったし、お父様は項垂れて反応しないし。

 と、ともかく、私たちは知らない間に見守られていたってことですかね?

 アルフォンス様に秘密を暴露されて消沈したお父様の呟きから推測するに、離れていた五年間、その魔道具があったからこそお仕事を頑張れたとかなんとか。むしろ月日の流れを垣間見る私たちの様子から感じていたらしい。


 外にいる時しか映せなかったというから、屋敷内のプライバシーは守られていたと思っていいんでしょうか。

 流石にそこまで見られていたら、例え実の父親で魔道具に関して尊敬しているとはいえ軽蔑するところでした。


 というか、この世界で遠くの物を見るって発想から実際に魔道具を作り上げているって……天才か。


「このお喋りめ……」

「君が迂闊なんだよ。そもそも喋らせたのはそっちが先だろ?」

「それになんだ、その指輪は」

「ああこれ。御守りだよ。君の出自を考えてもすぐに想像がつくのに、こんな目立つところに身に付けさせて。他にも何かあると思われても仕方ない」


 アルフォンス様が指差したのは私の耳。正確にはつけっぱなしになっているイヤリングだ。


「見慣れない波動を出しているから何かと思ったよ。また新しい陣を考えたんだな。でも目立ちすぎだ」


 苦笑するアルフォンス様は、これをお父様が作ったものだと思っているらしい。

 本当のことは言わなくていいのかと目で問いかけた私にそっと首を振ったお父様は、指輪を二度三度と見て目を剥いた。


「おまっこれ、侯爵家の印章っ」

「に似せた反射の魔道具」

「はぁ?」

「こっちの方が分かりやすいだろ? 僕の庇護下にもあるって」


 どうやらアルフォンス様はお礼と称して、気を使ってくれていたようだ。アルフォンス様曰く、目立ちすぎる物をぶら下げて、加えて料理コンテストにも強い関わりのある友人の子供があまりにも無防備に見えたらしい。


「聞けば今回のことにもロゼスタが関わっていると公にしているみたいだし、まだちょっと早いんじゃないかな」

「ご心配ありがとうございます。でも私を理由の一つにしないと難しかったと思います」


 精獣の祝福を目玉にしたのは別にしても、今までになかった試みなのは事実だ。

 新たに精獣と契約を交わした領主の娘と、急に始まったコンテストとの間に関係を見い出さない人なんていないだろう。


「……今ロゼスタから薫りがしないのは、身に付けている物のせいだと考えていいのかな?」


 顎に組んだ手を当てながらそっと言われてお父様を窺う。言っていいものか迷ってのことだったけれど、ため息一つついたお父様は「教えていいぞ」とぶっきらぼうに言った。


「ええと、この髪紐が魔道具なんです」


 どきどきしながら、自作の魔道具を指さす。

 いつものように結っている髪紐をほどけば、腰まで伸びた黒髪が広がる。少し集中力が切れたらしく、様々な色の精霊が四方に広がっていくのと、アルフォンス様がはっと息を飲むのが同時だった。


「それはロゼスタが作った物だ。だから量産はできんぞ」

「へえぇ……」


 触ってみてもいいかい、と問われて断る理由もないから素直に渡す。転移陣の調整の為に来たと言っていて、数少ない(偏見かもしれないが、おそらく当たっている)お父様の友人でもあるアルフォンス様のことだ、魔道具に関してもなんらかの知識があるはず、と思った私の勘は当たった。

 しげしげと髪紐を見つめ、そっと指で数回なぞったアルフォンス様は「いい魔法陣だ」と言い、返してきたのだ。


「その年で魔道具を作り上げるとは大したものだ。血は争えないと言うべきかな。これ、触れるだけで効果があるんだね」

「ありがとうございます。この形だといつ身につけていてもおかしくないと思ったので」


 それよりアルフォンス様も触れると魔法陣が見えるんですね。

 ちょっぴり仲間を見つけた気分で笑うと、不思議そうに見返された。


「この魔道具良いねぇ」


 ぽつりとアルフォンス様が呟いた。


 ──そなたにもお仲間ができたのではないか?


 含み笑いをしながら見上げてきたシロガネの頭を、やや乱暴に押さえ。


「良いと思って下さいますか? 薫りを隠すのはかえって周囲に対して嫌みにもなるとも聞いたものですから」

「ああ、そういう見方もあるね。でも、目立ちたくない時や、対魔物には有効だと思うよ。奴らは魔力のよりある方へ向かってくるし。後は……独特の薫りを持つ者、とかね」


 あ、理解した。シーリア様ですね。

 私にとっては素敵な薫りだが、周囲の人間にとって今の段階ではそうでないと本人も自覚しているなら、この髪紐は確かに役に立てる。薫りは皆無になるけどね。

 それに対魔物って言いました?

 魔物討伐が控えている今、何か理由をつけて参加する人たちに身につけてもらえたら、新たな顧客ゲットに繋がらないかな。


 それはそうと。

 同じ陣を組んで仕上げるから、もし良ければシーリアに渡してもらえないか聞くと、残念なことに首を振られた。


「僕は転移陣が仕上がったらその陣で王都に帰るんだ。その後他の転移陣の調整を任されている。だから会う時間はないかな」


 それに、とアルフォンス様は髪をかきあげた。


「今僕が渡したところで、薫りを疎ましく思っているから隠せと言っているようにしか思ってもらえないだろうからね。──嫌でなければ、もし良ければ……君が王都に行った時に渡してくれるかい」


 そう言ったアルフォンス様は寂しそうな微笑みを浮かべた。

 親子の溝はまだまだ深いらしい。……そう簡単に埋まるものでもないか。


「わかりました。でも、今すぐ王都に行くかどうかは、お父様たちが判断することだと思いますので、いつになるかはお約束できませんよ?」


 むしろ王都に行く前に思いつけば良かった。そうすればすぐに渡せたのに。


「ちょっと待て。誰が王都に行くだと?」

「ロゼスタだよ」

「何故そんな話になっている」

「僕が誘った」

「行かんでいい」

「オルトヴァが決めることじゃないだろ。彼女たちは契約者だ。それも今まで離れていた王都が限りなく近くなるんだ。これまでのように最低限の行き来ではなく、もっと頻回になってもいいはずだ」


 アルフォンス様の言葉にお父様が黙ってしまう。


「ディアも娘が幼いからと今までは領地にいたけれど、こんなにもしっかりしている子なんだから、もっと外へ出るように言われるよ」

「そうなのよね……」


 寂しそうにお母様が目を細める。


「まだまだ私の可愛い子でいてもらいたかったのに、ロゼスタの背には羽が生えているみたいよ。あっという間に飛んで行ってしまうんですもの」

「王都がもっと近くなれば、君も来るだろう?」

「……そうね、久しぶりに皆にも会いたいわ」


 ふわりと微笑んだお母様はそっと窓を見る。その向こうに、懐かしい人たちの顔を思い浮かべるような、優しい顔。


「……レイチェル様はお元気か?」

「ここに来る前にご挨拶してきたが、相変わらずだったよ。気丈に家を守っていた。どうやら忘れ形見がどこかにいるらしくてね、何かあったら力を貸してほしいそうだ」

「それは……確かなのか?」


 眉をひそめ、疑い深そうに聞いたお父様にアルフォンス様は肩を竦めてみせる。


「レイチェル様には私もお世話になったけれど……ここで何かお手伝いできることがあるかしら?」

「彼女も顔を合わせることができた訳じゃないようでね。でもきっと話を聞いてもらいたいと思っているよ」


 ──どうやらそう遠くない未来に王都に行くのは決定になりそうです。

 アルフォンス様は具体的なプランは何も口にしていないのに、お父様とお母様の二人はあれやこれやと話を進めている。

 完全に行く雰囲気になっているけど、お腹の赤ちゃんへの影響は大丈夫なんですよね?

 むしろアルフォンス様は知っているのかどうなのか。

 デリケートな話題で切り出していいか迷っている内に、タイミングを逃してしまったようだ。


「さて、楽しい会話はここまでにして、僕は転移陣を見てこようかな」


 伸びをしたアルフォンス様が頬笑む。愉快そうに琥珀色の瞳をきらめかせて。


「明日が精獣様の祝福の儀だろう? こんな例今までにないからね、是非とも通して見ておきたいんだ」

「お前転移陣の調整が済んだらすぐに王都に帰るって言わなかったか」

「それはそれ、これはこれ」

「沢山の人が集まるでしょうね……。今日のように広場の真ん中にシロガネとディーが立てばいいですよね?」


 私はその間に今度こそ上位の料理を食べに行く。ルーカスにお願いしようかとも思ったけど、彼もこのコンテストの一番盛り上がりは見たいだろうし、やっぱり元庶民としては自分で動いてお祭りを楽しみたいし。買う買わないは別として、ウインドウショッピングもしたい。

 皆精獣の動きに注目しているだろうからその隙に、ね。

 ──とニコニコしていたら、お母様に肩を叩かれた。


「契約者ですもの、私たちも精獣と同じ所に立つわよ?」

「え?!」


 祝福に契約者は関係ないはず。精獣が自分の意思で選ぶんだからむしろ契約者がいるといらん勘繰りされるんじゃないですか? シロガネに一任しているので結果を楽しみに、むしろ私のことは放っておいて下さると嬉しいのですが。

 と一生懸命力説したが、全く聞き入れてもらえなかった。


「大丈夫、僕も近くで見せてもらうからね」

「あら、アルフォンスには特別席を用意するわ。初めてのコンテストだけど、楽しんでいってね」

「ありがとう」


 にこにことアルフォンス様が笑う。

 謎めいた笑顔でもう一度「本当に楽しみだよ」と言った意味を知るのは、後日のことになる。




次回、祝福の儀です。


ここまで来るのに長かった…。

いよいよシロガネたちが料理を選んでいきます。



読了ありがとうございました。

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