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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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暴露

お待たせしました…。

 しばらくレイトスと睨み合い、同じタイミングでぷいっと視線をそらす。


「ここでどうのこうの言っていても時間の無駄ですね。私は彼が上位に残らないと思っているし、レイトス様はそうではない。結果が出るのを待ちましょう」

「急になんですか……呼び捨てかと思えば」

「え、そうでしたっけ……失礼しました」


 まずい、覚えがない。心の中で呼び捨てにしているせいか、無意識に呼んでいたらしい。

 目の前の男に頭なんぞ下げたくもないが、あとでねちねちと言われるのもしゃくだ。嫌みにならない程度に頭を下げた。


「ルーカス、さっきの料理を食べていなかったのは孤児院での料理を思い出したからですか?」


 見た目もまるっきりそのままだったし、一目見ただけで真似されたものだとわかったのだろう。

 あー、と居心地悪そうに鼻の頭を掻いた少年は、首を竦めた。


「あそこでの話を聞いてからだとな、どうも食べる気しなくて……でも、あの料理結構話題には上がっているんだ。料理自体というよりは、あの男の方かもしれないけど」

「祝福の譲渡、ですね……」

 ──フン、そんなふざけたことを抜かす奴らになど祝福なぞせん。あくまで料理を出した者、としか告示していない以上、アイデアを出した者を含めるか否かの問題にすり替えてのことだろうが、そんなことを言い出したら料理を考えていない者すらも手を挙げかねんだろうが。


 仰る通りです。

 まさかそんな重箱の隅をつつくようなやり方で抜け道を作ってくるとは思ってもいなかったんです。


 頭に響くシロガネの声にしょんぼり項垂れる。

 多数決の考えが染み付いている私にとっては全く自然な考えだけど、それがない人たちにとっては表面さえ取り繕えば中身はどうでもなるとばかりに解釈されているようで、もっと詰めるべきだったなぁと反省するばかりだ。

 大見得を切って偽・グラタンもどきは選ばれない、なんて言ってしまったけれど、結局は選ぶのは豊穣祭に参加している人たちな訳で、シロガネは間違いなく選ばないだろうが、だからと言って上位に入らないとは言い切れないのだ。


 足元の小石をつん、と蹴り知らず知らず尖っていた唇を伸ばす。

 その時、視界の端に見慣れない色彩が映った。何気なく横を向いて飛び込んできたのは、白く輝く銀髪を揺らした少女の姿だった。


「うわぁ……」


 まだ数えられるくらいしか人と関わっていないけれど、基本目にしている髪の色は黒や金、茶色など見慣れた色が多い。

 それがここに来て銀髪。

 初めて目にした銀の色は、彼女の色白の肌とはまた違った色合いで、積もったばかりの新雪のようにきらきらしている。

 無造作に結われた髪を日の光に反射させた少女はあっという間に行ってしまったけれど、黒髪や茶髪が大多数を占める往来でものすごく人の視線を集めていた。

 通りすがった少女に意識をやっていた私の腕の中で、シロガネが身動ぎする。


 ──ロゼスタ、祝福は誰にしても本当に良いのだな?


 お?

 後ろを向いて少女の姿を追っていた視線を戻す。

 元々乗り気でなかったシロガネからそんな言葉が出てくるとは。

 茶化さず金色の瞳を見つめる。冗談でも、投げやりでもない真剣な眼差しで、私の精獣様は澄んだ瞳で見返してきた。

 勿論。

 口にすると周りに変だと思われるから、大きく頷く。それでも怪訝そうな表情で見られたから、腕の中の白い毛並みに顔を埋める。

 胸一杯日なたの匂いを吸い込みながら、急にどうしたのか尋ねたけれど、意味ありげな笑いが返ってきただけだった。



◇ ◇


「本当に出るの?」


 もう何度目だろう。

 お母様が心配そうに、「やっぱり止める」と早く言って欲しそうな視線で同じ台詞を口にする。


 ──心配症だな、と言ってやれ。我がついている娘のことよりも、今は自分の体のことを大事にすることだ。

「えっと、あまり心配するな、みたいなことを言っています」

「心配するに決まってるでしょう! ねぇ、今からでも遅くないわ、体調を崩したからと言えば──」

「もう神殿が大々的に触れ回っている。手遅れだ」


 冷静な口調でお父様に肩を手を当てられたお母様は「ああ!」と言って顔に両手を押し当てる。


「表に出るなら出るで最終日のほんの最後にするとかやりようがあるのに、どうして一緒は一緒でも別々に薫りを撒くことになっているのかしらあのエセ眼鏡!」


 ──最後すごい台詞が聞こえたけど、気のせいかな。気のせいだな。


 料理コンテストという今までなかったイベントを盛り込んだ今年の豊穣祭。

 六日目に上位三十品を絞り、最終日にシロガネとディーに料理を捧げ、料理を作った人に祝福が与えられる。そして歓声の中お母様がディーと薫りを振り撒くところを見せて祭を締めくくる──までがお母様の想定していたものだった。

 その予定に加え、本来大っぴらに出る予定のなかった私が最終日の薫りを振り撒く儀式に出ることになったのは、何を隠そう、お父様が根回しをしたからだ。あと私とシロガネも。

 もちろん、事前にお母様のことは説得した。元々本当に精獣と契約したのかと疑われていたのもあったし、もう王都へ連絡はしたんだからここできちんと発表しておくことも必要だ、と。他に理由もあったけど。


「神殿に先手を打たれたのなら仕方ない。何、私たちの娘だ。ロゼスタはしっかりやってくれる。シロガネもいるしな。それに王都から見にやってくる者も少なからずいるかもしれないだろう? 変に探られるようなことはしない方がいい」


 ちなみに、ちゃっかり神殿のせいにしているけど、話自体を持っていったのはこちらだ。

 ソファに座り私を膝に乗せて重々しく頷くお父様に、お母様が呻いた。


「わかってる、ロゼスタがしっかりしているなんてことも最初からわかっています! でも心配なことには変わりがないのよ。薫りを振り撒くのは精獣の魔力を使うとはいえ神経を使うし、しかもロゼスタは初めてなのよ?」

「お母様、何事にも初めてはあります。それに終わりのタイミングは同じにして、私はお母様が飛んでしばらくしてから始めたりすれば、実際の時間は短いですよ。二人で行えば時間は少しでも短くできますよね?」

「何かあった時側にいるのといないのでは全然違うわ。ちょっとの時間なら長かろうが短かろうが同じよ。心配なの!」


 正式に神殿に話を持っていったのに、土壇場でキャンセルしそうな勢いだ。

 しかもこのやり取り、さっきからずっとループしている。


「気持ちはわかるが……ディア、そう言えば最近の体調はどうなんだ?」


 埒があかないと判断したのか、お父様が言いにくそうに口を挟んだ。

 体調? とお母様が首を傾げる。


「特におかしいことはないわ」

「ほら、最近疲れやすかっただろう? あまり食欲もないのも続いているよな?」

「そりゃあこの時期は忙しいもの。でもあと数日の辛抱よ。毎年のことですもの、自分の体調くらい整えられるわ」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」


 ……仕方ない。

 心底私のことを心配してくれているお母様には申し訳ないけれど、同じくらい私たちもお母様のことが心配なんです。


「お母様。さっきお母様は薫りを振り撒くのに神経を使うと言っていました。だから今のお母様に、これ以上負担はかけたくなかったんです」

「なんの話なの?」

「ただでさえ忙しくて大変な豊穣祭に料理コンテストなんてイベントを作ってもらってしまった私としては、できればお母様には風の加護があるとはいえ、神経を使い空を飛んでの薫りを振り撒く儀式に出る時間は短くしてもらいたいんです……妊娠初期で体調の変化が心配なので」


 そのものズバリ、核心を言えばお母様の動きが止まった。


「……え?」

「すみません、シロガネ情報なので、恐らく間違いないかと思います」


 ぎぎぎぎ、とぎこちなく頭を動かすお母様に張本人が尻尾を揺らして見せる。

 その様子だと全く知らなかったらしい。

 ……もうちょっとオブラートに包んであげられたら良かったんだけど、なかなか難しい。呻く兄様と仕方ないな、という風に首を振ったお父様が目に入ったけれど、それなら説得変わってほしい。

 お母様は「え? え?」と赤い顔やら青い顔をして指折り何か数えている。


 明日は上位三十品の発表があるのだから、それに備えなくては。神殿の方でも今頃は料理を選ぶのに必死になっている頃だろう。

 最近眠そうに欠伸を繰り返していたお母様を思えば、もう休んだ方がいいに決まっている。

 ……おかしい。夕食前から儀式の進行の話をしていたはずなのに、どうしてこんな時間になっているんだ。


「全くお母様が出ないということは無理だとはわかっています。でも、負担を少なくすることはできます。私が儀式に出るのはその為でもあるんですよ」

「でも……本当なの?」


 お母様が恐る恐る手をお腹に当て眉を下げる。

 親類から睨まれようが、神殿に目をつけられようが、妊婦のお母様とお腹の赤ちゃんには代えられない。


「シロガネはもっと前から気がついていたらしいですよ……言わなかっただけで」


 シロガネから聞いて、真っ先に頭に浮かんだのが薫りを撒く儀式だった。

 リカルドが私を出したがっていた儀式だ。豊穣祭の最後を飾る重要なもので、ぐるっと空を一回りすれば終わりになるものではないと想像がついた。

 お父様に聞いても詳しい内容はわからないし、そんな長い時間空にいるのは危険なのかどうなのか、その判断もつかないが、体にいいとはとても思えない。


「いえ、例えそれが本当だとしても、ちょっとの時間よ。私は大丈夫」

「もうお母様一人の体じゃないんですよ? 不測の事態が起きたらどうするんですか。あまりにも早すぎて発表もできないし、安定期はまだ先ですよね? そんな大事な時期に、これ以上負担をかけられません」

「ええと……ロゼスタやけに詳しいわね──じゃなくって、貴方! どうして今そんな話をするの? 神殿に話をする前に教えてくれても良かったじゃない!」


 攻守逆転となって目が泳ぎ始めたお母様が、頬を膨らませてお父様に噛みつく。


「私も初めは反対したが……他に案がないこともわかっていた。ロゼスタ以外に代役は立てられないだろう? それに今のこの時期、このことを知る者は少なければ少ないほどいい」

「それ、は確かにそうだけど……」


 神殿への根回しをしてくれたお父様も、最初から協力的だったわけじゃない。

 そもそものお母様の妊娠の事実を疑ってみたり、私が表に出て目立つことでの危険を説いたりとされたけれど──、他に方法がないと決断して、お母様の説得と神殿へ連絡を取ってくれた。

 出向いた時は儀式には出ないとしていたのにどうして、と探られたけれど、結局正式な儀式に私たちが出ることに反対意見が出るわけもない。


 連絡を受けたリカルドは諸手を挙げて歓迎をしたらしい。


「なので、ごめんなさい。お母様が私のことを守ろうとして下さっているのは重々承知の上ですが、必要以上にシロガネの力を隠すのは止めようと思います」


 目立たないように──と言っても契約している時点で既に目立っているのだが──、契約主である私と意思疏通があまりできていないと思わせるのは、幼い私を御しやすいとかえって注目が集まる結果となっているのではないかと言ってきたのはシロガネからだった。

 私自身がそれをさばけるのならばともかく、既にボロを出しつつある以上、傍若無人のふりをしたシロガネが矢面に立つ方が丸く収まるのではとも。

 ……あれ、ひどくない?


 ──そもそもまだ成人前の契約主に物事の可否の判断を委ねると持ってくる方がおかしいのだ。我の気分で決めていく方がよっぽどましだろう。それに加えて親であり、同じように精獣との契約をしたクローディアが助言をしていくとした方がよい。


 私を貶しているのか庇っているのかよくわからないが、私の影に隠れるのを止めると言ったシロガネ。

 手始めに豊穣祭での威光とやらを示せば良いのだろう? と得意気に尻尾を振っているが、単に元の姿に戻って好き勝手したいだけのようにも聞こえる。


 ──互いに正確に意思疏通できるのは隠しておこう。代わりに我は普段はこの姿だが、必要に応じて元の姿を取ろう。そなたが力を引き出せるとなれば、我らにすり寄ってくる輩が増える。申し出の内容により、その時の状況と気分に応じて我が受けても突っぱねてもよし、そなたが諾としたくとも体がついていかないと断ってもよし。今までより選択肢が増えるというわけだな。


 どちらかと言えば私がおまけ扱いになっているが、そもそも五歳児と精獣を同等に扱う方が変と言えば変か。

 精獣へより一層畏怖の感情を持たせるきっかけになり、尚且つ今後なんらかの話を持ってくる時には精獣を相手にしなければならないという一種の圧力をかけられればいい、と説明をすればお母様も渋々といった風に頷いた。


「まぁ、単純にお母様のことだけではなくて、他に腹の立つことがあったのでそれを含めてどうにかできないかな、と思ったのが初めだったんですけど」

「……腹の立つこと?」


 衝撃から立ち直ったのか、反応したお母様に街で祝福の譲渡を匂わせていた失礼な男のことを報告する。


「都合のいい時だけ崇めて、そうじゃない時は自分たちの良いように利用する姿勢が見えてすごく不快でした。でも彼みたいに考える人間はきっと他にもいて、それは影でなら分かりはしないだろうっていう考えているからですよね? それならいっそそんな底の浅い考えはすべて知っているぞと敢えて突きつけてやるのも手かなと思って」

「……でもどうやってですか? そもそもシロガネは例外として、他の精獣たちは契約主と正確に意思疏通はできないんですよ?」


 言葉を話さない精獣の意思をどう確認したと発表するのか、と不安そうな声をあげた兄様に微笑んで見せる。


「これはまだ公にはしないで下さいね……実はシロガネは既に祝福を与える人を決めているようなんです」

「え?」

「もう?」


 まだお父様たちにも話していなかったから、驚いたような声が上がる。


「神殿とお母様はすることは変わりません。上位の料理の中から、捧げるに相応しいと思えるものを選んで下されば」

「でも、そこにシロガネの選ぶ料理は入っていないかもしれないんでしょう?」

「上位に上がった料理は確実に精獣の口に入ると言っただけで、その料理を作った者の中から選ばれるとは言っていませんよね?」


 神殿とお母様が選んだ料理に、そのまま祝福を与えられるのは、意味合いが違うと思うんだ。あくまで選ぶのはシロガネたち精獣なんだから。

 どの料理を選ぶのか知らないが、あの男の料理ではないことだけは確かだ。あの男の料理が選ばれてしまうのだったら、リアナのグラタンにこそ、資格がある。

 できれば私自身でも、彼らをギャフンと言わせたいので、そうした場面が来たらどうするか、今からシミュレーションしている。


「それに、確実に精獣が口にしてくれるだけでも名誉なことではないですか?」

「それは、確かにそうですが……」

「てっきり上位の料理の中から選ぶものだとばかり思っていたぞ。それに唐揚げは確実にその中に入っているだろうしな」

「どう結果が転ぶかわかりませんが、当初の目的は果たせましたね。貴族も注目していますし、それに唐揚げの認知度も上がったでしょうね。マーサが小躍りしてましたもん」

「あとは魔道具とどう絡めるか、か……」

「まだ案はまとまっていないんですが、料理を提供するお店を考えるのも手かな、と思いますが……今は豊穣祭を無事に終わらせることが先ですね」


 言い終わるのと同時に、ぷにっと両頬をつねられた。手加減されているからか、全然痛くない。

 泣き出す手前のような、怒るような、なんとも言えない表情でお母様がこつんと額を押し当ててきた。


「もう」

「……えへ」


 曖昧に笑ったらつねる手に少し力が加わった。ちょっと痛い。


「まだこんな子供なのに……あと少し、私の後ろで守られている子でいてくれて良かったのに。いつの間にこんなにしっかりしちゃったのかしら」

「いつも守られていましたよ……今度は私がお手伝いする番です」

「早いわよ」


 ぷっと吹き出すお母様。そこに拒絶の色が浮かんでいないことにほっとする。いくら神殿に話をしたからと言ってもお母様が納得しなければ、私たちではどうしようもできなかったから。


「早くないです。私、お姉ちゃんになるんですよ」


 胸を張って見せると、お母様が目を見張った。次いでゆるゆると微笑む。


「そうね。ロゼスタは一人じゃないものね。──それに私も一人じゃないんだわ」


 自分に言い聞かせるようにそっと呟いたお母様。いつから側にいたのか、机の端に止まったディーに手を差し伸べお互いに頭をそっと触れさせる。

 言葉はなく、でもピタリと息の合った動きにほんの少し羨ましさを感じた。

 私とシロガネは言葉で正確に意思疏通ができるけれど、他の契約主たちはそれがないのが普通で、お互いに手探りで相手との距離を測った結果、以心伝心とも言える関係を築いている。

 他の契約主たちとは違う、私とシロガネの関係を嬉しいと思う反面、言葉なしに自分の気持ちを相手に伝えられて相手の思いも受け取れるって素敵だなぁ、と思いながら両手を握りしめる。


 明日、ある意味でコンテストの評価が決まる。

 来年以降も開催するかわからないが、今後のコンテスト自体の公平性をいかに示せるか、精獣の祝福を褒賞とした私が言うことではないかもしれないが、皆の精獣に対する侮りをいかに小さくできるかが決まると思う。

 生まれて来る妹か弟の為にも、頑張ろうと気合いを入れた私の思いを知ったか読んだか、シロガネがぐりぐりと頭を擦り付けてきて、お返しに私もそのふわふわな頭を撫で返した。




読了ありがとうございます。

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