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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
60/90

犯人

大分遅くなりましたm(__)m

 四日目となると大分お祭り自体の盛り上がりも熱くなってくる。そろそろ上位が絞られてくるはずだ。集計に関わっていない私は知りようもないけれど、これは美味しいと思った幾つかの料理が選ばれていればいいなと思う。

 屋台の客寄せも大分熱がこもっている。あちらこちらで目にするきらびやかな異国風の見せ物も──そして精霊の姿も。

 思わず目で追ってしまったのは、黄色みを帯びた光を纏った精霊。ふわりふわりと楽しげに人々の頭上を舞いながらまるで泳ぐように行き来している。

 今日までに見かけた精霊の姿は数えきれない。色の違い姿の違いはあるけれど、どの精霊も楽しそうにしている。

 ちなみに私の頭の上の魔力の薫りはものすごいことになっている。

 さっきからひっきりなしにふわっふわ下りてきては上へ戻るを繰り返している奴らは、持ち主が迷惑を被っていることには全くこれっぽっちも関心がないらしい。


「そろそろ祭りも佳境ですね」

「国を上げてのものですしまだこれからですよ。それにコンテストもありますからね」


 精霊の見えない兄様は、純粋に人の流れに関して言ったと思ったらしい、肩を竦めてみせる。


「そりゃあ精獣様の祝福の為ですものね。沢山参加してもらえないと困ります」

「早々にリタイアした貴女が何を言うんです……」


 リアナに渡した紅石のことは隠すまでもなくお母様たちの耳に入った。

「ロゼスタらしいわね」と笑ったお母様には、今度グラタンを作ってあげる約束をしている。


「何をそんなにキョロキョロしているんです?」

「他に美味しそうな料理はないかなぁと思って」

「そう言えばまだ見ていないけど、上位を取りそうな料理を出していた男がいたぞ……名前はディーチ、だったかな」

「どんな料理ですか?」


 何か書き付けてあるメモを捲ったルーカスは「確か店はここら辺だった」と辺りを見回す。


「あまり見かけない料理だったんで印象に残っているんだ。まだ俺は食べていないけど」

「ふぅん……?」


 それ以上は肩を竦めて話さないルーカス。内心首を傾げつつ人ごみを縫って歩く。

 大体の目ぼしい料理は見て回ったと思う。コンテストの告示自体が直前だったこともあって参加者が少なかったらどうしようかと思っていたけど、どうやら精獣様の威力を舐めていたらしい。

 目にする屋台は大体料理を出しているし、行き交う人々は大抵食べ物らしき物を手にしている。耳をすませばそこかしこの会話の中に、期待と熱の入った「祝福」という単語が入っているし、嬉しいことに「唐揚げ」という言葉も結構な頻度で耳にした。想定以上の盛り上がりだ。


 鼻を擽る香りで気になるものはその度に味見をした。どれも工夫がされていて、純粋に美味しくておかわりをしたもの、もう少し味を付け加えてほしいものや無性に白米が恋しくなるもの、飲み物必須な辛いものなど種類豊富だった。

 上位約三十品を絞るのは、私には無理そうだ。

 どれほどの参加者がいるのか読めなかったことから、当初の予定通り上位は三十位までと決まっている。

 そこから更に絞られた上位十品が、最終日にシロガネとディーへ捧げられると聞いた。ちなみに絞るのはお母様を筆頭にした神殿関係の人たちだ。

 どこで捧げるのかは聞いていないけれど、多分神殿だ。祭壇のあった広間なら見物の人もよく見えるだろう。

 最終日までに唐揚げの評判が広まっているといいなぁ。


 それにしてもルーカスの気になる料理ってどれだろう?

 広がる屋台に目を走らせるが、彼はまだ足を止めない。

 どこで情報を集めてきているんだと不思議に思うくらい、ルーカスは出品されている料理に詳しかった。リアナに紅石を渡したことを後悔しているわけじゃないけれど、もう一つあればこの料理に投票するのに、という料理を見つけたのも彼だった。

「名前? いやいや、そんなものはないですよ」と照れ臭そうに笑った男の人を思い出す。

 彼が出品していたのは肉と野菜の炒めたシンプルなもの。甘辛いタレが絡めてあって恐らく炙ってある肉からはいい香りがした。噛めば唐揚げとはまた違った肉汁が溢れていたし、野菜は中まで火が通っているのにしゃきしゃき。噛めば噛むほど旨味が増すようで、白いご飯が無性に恋しくなった。こっちで甘辛い味付けにはあまり出会った記憶がないことを考えても、あの料理は貴重だ。あれは絶対パンに挟んでもいける。

 ……頼んだらマーサ作ってくれるかな。


 と思ったところで、ルーカスの足が止まった。


「これはこれは……ささ、どうぞお立ち寄り下さい。必ずやご満足していただけると自負しております」


 殊更に声を張り上げた男が大袈裟なくらい身を乗り出してきた。

 見ると他の屋台とは違い、珍しく数種類の料理が並んでいる。……確かに告示した。参加できる者は一品でも料理を皆に振る舞える者だと。

 それは裏返せば用意できれば複数の料理を出品してもいい、という風に受け取られると思い当たったけれど。数打てば当たるというか、一品でも多く上位に残す為の戦略なのか。

 よくこの短期間で数種類の料理を用意できたな。

 ──並べられていたその内の一品は、つい先日作ったばかりの料理によく似ていた。


 髪を撫でつけて身なりを良いものに整えているが、間違いない、あの時路地でアランを突き飛ばし、リアナの料理を横取りした男だ。

 揉み手をしながら「あれは、それは」と料理の説明をする男の目から隠れるようにルーカスの後ろに回り込む。「え、ちょ……」とかなんとか慌てているけれど、頼むから前を見ていて。こっちに意識を向けさせないでくれ。やたら熱が入っているけど、まさか正体がバレたわけじゃないでしょうね。

 薫り消臭の魔道具の故障かと思わず髪紐に手をやったけれど、男の目線を見て少しほっとした。


「そちらこちらでありきたりの料理を口にされてきたのではありませんか? 些か飽きてきたように見受けられます」

「いや、別に俺は……」


 戸惑ったように一歩下がったレイトスに、男は早口で捲し立てる。いえいえ、遠慮されることはありません。もしお時間が許せばこちらの料理を口にされていかれてはいかがでしょう。今まで味わったことのないものであると思います云々。 


 白いシャツにズボン、ブーツといった取り立てて目立った格好はしていないレイトスだけど、見れば確かに行き交う人々と立ち居振舞いが違う。視線の動かし方、歩き方に品があるというか……中身はレイトスだけど。


 男はどうやらレイトスをそこそこ地位のある者と思って宣伝しているらしい。私や兄様には目もくれない。バレた訳ではないらしいと胸を撫で下ろす。まぁ、見た目ただの一般人だしね。


「いかがですかっ? このような料理はまだ誰も作っていないのです。これぞ精獣様へ捧げるに相応しい……」

「まぁまぁだな」


 押しきられたレイトスがぼそりと感想を言えば、ひくりと男の口元がひきつった。私たちに? 何も手渡されませんでしたよ?


「連れには何もないのか」


 顎でしゃくられ今度は私たちの顔がひきつったけれど、慌てた男に盛られた料理を手渡された。

 見た目は孤児院で作ったものとさほど変わらない。白いソースが具にかかり、湯気を立てている。

 一口食べてみて、まず感じたのがチーズの量が少ないということだった。その代わり牛乳の分量が多いのか、あまりトロリとした感じはなくてさらさらだ。塩味はついているけれど……炒めた野菜には何も味付けされておらず、素朴な味がする。

 具にソースというか汁を絡めて一緒に食べた結果、薄く感じるのだ。これはこの世界での一般的な味だ。香辛料が高価な分、料理の味付けはシンプルになりがちだ。

 それでもこれはチーズの分量を多くして、その分牛乳を減らせば味が決まるんじゃないだろうか。


 ……リアナが初めに作った料理がこういう味だったのか、それとも男が手を加えたのか不明だが、一言で言うとバランスが悪い。孤児院で文句なしに美味しいグラタンを食べてしまった為に余計に比べてしまう。

 なんて感想を言えばいいのか迷って、結局黙っていることにした。

 一応シロガネの分もあったけれど、彼はふい、とそっぽを向いて口にすることを拒んだ。

 断然、私とリアナで作った料理の方が美味しいからね!


 それにしても、炒めて焼いただけなのに誰も作っていないだなんて大きく出たなぁ。


「だがまぁ……悪くはないな」


 レイトスの相手を持ち上げるような台詞に思わず目を上げてしまった。

 どういう風の吹き回しだ。

 冷めた視線を送った私とは対照的に、男は喜色を浮かべた。


「ありがとうございます。やはりおわかりいただける方にはわかるのですなぁ」

「だがよくこんなにも料理を出品できたな」

「それはまあ……色々とつてを使いましたがね。自分が表に出るのは恐れ多いが出品をして気持ちを表したい、という人間は意外と多いのですよ。私は代理のようなものです」


 なんでもない風に、男は善意でしているかのようにきれいな笑みを浮かべた。それなのに、のっぺりとした能面のような顔に見えるのはどうしてだろう。

 不意にアランの流した涙が浮かんだ。次いでリアナの泣き声も。

 ──この中に、男のオリジナルの料理は一つもない。


「そうですね……実のところ私のような凡人に精獣様の祝福は恐れ多いと言いますか」

「……何が言いたい」

「本来精獣様の祝福を受けるのに相応しいのは……そう、どなた様とはっきり言えるわけではございませんが、私のような一平民などではなく、精霊様や、精獣様と共に在るような方々だと申し上げたい次第で」

「ここまで料理を集めたのもそれが理由か」

「感謝の念も勿論持ち合わせていますがね。その代わりと言ってはなんですが、ただでお譲りするのも精獣様へ申し訳が立たないので、他の方々との話し合いの結果、でしょうか」

「なるほどな。──しかし、私の一存で決めることはできない。まずは上位に残ってからだな」


 レイトスの言葉に男は無言で頷き、ニヤリと笑う。次の瞬間にはまた別の人の波に向かって料理の宣伝を始めた。




「……で、なんなんですか?」


 さっきの会話の意味がまるっきりわからない。

 人の波に乗るように促され屋台を後にするも、何がどう二人の間で成立したのか見えない私に、レイトスはため息混じりに「祝福の譲渡を匂わせてきたんですよ」と簡潔に言った。


「譲渡?」

「出品する料理が他の者たちより多いのは少しでも祝福を得る可能性を上げる為。実際上位に残り、万が一にも精獣様の祝福を得られるとなった時には実は料理の提供者はこの方です、自分はただの代理ですと言えばいいだけの話。勿論、そこに行くまでに彼の望む報酬を出した人物の代理に収まるでしょうが」

「ははあ……すごいことを考えますね」


 思っていた以上に祝福の威力は高かったらしい。男の祝福に対する熱の込めようが違う方向に振りきれている。

 レイトスにしたあの提案を、彼はどれだけの人にしたのだろうか。


「それに乗る人もいるってことですね」

「でしょうね。むしろ料理一つで祝福を頂けることの方が驚きです。本来祝福は契約していない精霊や精獣からごくごく稀に与えられることが大半です。既に契約された精獣が祝福を与えて下さると明言しているからこそ、彼らのような行動を起こす者が出てくる」


 あ、非難の矛先がこっちに来ている。


「別に小手先の誤魔化しなんて、いっくらでもやっていいですよ」


 さらりと言うつもりが妙に力が入ってしまった。シロガネが耳をぺたんと伏せて「にー」と鳴く。何、なんで怯えてるの。別に怒ってないよ。


「ムカついてるだけ」


 にっこり笑って見せたけれど、呟くつもりが口に出てしまった言葉で余計に引かれた。

 ぎょっとしたような視線が四対集まってきて、上げた口角をそのままキープする。


「レイトス、この国で精獣は尊敬と感謝を捧げられる存在なのよね?」


 魔物と戦う為の戦力としてだけでなく、この世界を創世した精霊の具現化した存在として、例えその個々の性質が人にとって残忍であろうが、時に恐怖を抱かせる存在であろうが彼らは尊敬の念を捧げられるに相応しいはずだ。


「それなのに、どうしてかしら。あの男は表面ではあたかも自分は精獣様を尊敬しています、敬っていますと見せていたけれど、その実自分の利益のことしか考えていないように見えるのは」

「それ、は……」

「自分たちを道具のようにしか見ていないような存在に、精霊たちが力を貸したいと思うかしら。精獣が祝福を与えたいと感じるのかしら」


 いつか兄様と神殿の前で見た人々の姿が脳裏に浮かんだ。

 祭壇に向かって祈りを捧げていた人たち。真剣に祈りを捧げているのは全員ではない、あやかろうとしている者たちもいるのだと話していた兄様。

 今私の周りをふわふわと漂っている彼らが、利用されようとしていると考えるとなんだかムカムカしてくる。

 その場限りの契約を結ぶ彼らが皆いい精霊という訳ではないと知っているけれど、それとこれとは話が別だ。


「……精獣様のお気持ちの問題でしょう」

「私が一番腹が立つのは、そんなことを考えているのがあの男だけじゃなく、他にも存在しているってことになの。お母様とディーのいるこの領でこんなことを考えつく者がいることが信じられないわ。そんな感情に、そこかしこにいる聡い精霊たちが、気がつかないわけがないでしょう。料理一つと言っているけれど、祝福目当ての人たちにこそとやかく言われる覚えはないわ。そんな資格もないのに」

「資格?」

「本来豊穣祭は作物の実りと精霊と精獣への感謝の祈りを捧げる祭りのはず。つまり、今回の料理を捧げるのは初めてのことでも、実は豊穣祭の意味から逸脱していないのよ。むしろ祝福がただのおまけよ」

「なっ」

「いや、どう考えても祝福はおまけじゃないだろ」

「言葉の綾です。おまけじゃないならちょっとしたサプライズ」

「ロゼスタ、変わってませんよ」

「それに料理を食べたいと言ったのは精獣たち、だし……だからこそ美味しい料理を捧げたいと思うのは、純粋に感謝の気持ちからだし」


 その対価、気持ちを返すものとして精獣が祝福をする。全く違和感がない。自然な形だと、あえて強気な視線で見返す。

 料理を捧げれば祝福が受けられると美味しい料理を作るのは、おかしくない。それは結果的に精獣のことを考えて料理を作っていると思うから。

 でも、祝福欲しさに他の人の料理のアイデアまで奪って出品するのは違う。


「賭けてもいいですよ。彼の出品した料理が祝福を受けることはないでしょう」

「ほう……」


 賭けてもいい、と口にした途端、レイトスが面白そうにこちらを見た。

 相変わらず天の邪鬼というか、なんというか。


 私たちの会話をシロガネや精霊たちが聞いていないと思っているんだろうか。


「貴女が精獣様に一言言えばそうなる可能性も高くなりますね」


 シロガネに祝福を授けるなと私が言えば、ということか。本当にコンテストの、投票の意味がわかっていない。


「それこそ邪推というものです。私とシロガネは対等。あれをするな、こうしろと命じることはできません。彼は彼の望むように動くでしょうし、それは私も同じことです」


 あんな男の作った料理を口にしたいと思うか。だからシロガネも顔を背けて一口も口にしなかったんじゃないか。





 

読了ありがとうございます!


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