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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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閑話:母の思い

 一人目覚める朝は寒い。

 クローディア・ラシェルはぶるりと華奢な体を震わせ、早朝目覚めた。

 まだ日の昇らない時間、ガウンを羽織り窓際に近づくと翼に頭を埋めていたディー──ディンドルフが微かな音と共に羽ばたきをした。

 いつもは精獣らしく雄大な姿でクローディアの隣にいるが、二人だけの時はこうして普通の鷲より少し大きい姿で寄り添ってくれる。

 言葉を発することはなくても、長年共に過ごした年月で彼の思いを察することができた。

 温かな風にそっと頬を撫でられ、そこでようやく涙が伝っていたことを知る。


 この肩にはラシェル領の安全と、期待がかかっている。

 それを共に分かち合ってくれるのではなかったの。

 伝える相手はここにはなく、浅い吐息を聞く者もない。

 それがこんなにも寂しくて、もうとっくに慣れたと思っていたのに脆かった自分を思い知らされる。


 ──情けない。

 伏せた顔を両手で覆い、クローディアはほんの少しの時間、自らを憐れむことを許した。

 風と共にあれば、どこまでも一緒に行けると思っていた。確かに同じ方向を見ていた時もあったのに、どこですれ違ってしまったのか。


「……わかってる。もう行く時間だと言うのでしょう?」


 そよぐ風を感じ応じれば、目の前の鳥がそうだとでも言うように首を縦に振る。その仕草がいかにも人間臭くて、クローディアは思わず笑った。

 風は気まぐれで自由なはずなのに、ディンドルフはこうも時間にうるさい。今も嘴を扉へ向けてクローディアの注意を引こうとしている。想像するしかないが、人間に例えたら神経質な壮年の男性といったところか。

 何度も思ったが、口にしたことはない。機嫌を損ねるのが目に見えている。

 そして笑えたことにほっとする。

 まだ、大丈夫。まだもう少し踏ん張れる。

 

 こうして、あの人のいない一日が始まる。

 一羽の白い鳥がつい、と飛んでいくのを視界の端に一瞬収め、クローディアは踵を返した。

 


 ◇ ◇


 この国の精霊や魔法の使い手に対する意識と、反対に魔力のない者でも扱える魔道具に対する軽視は根強いものがある。

 どちらがどう優れているかを競うのでなく、よりよく互いの長所短所を組み合わせていけばいいと考えるのはどうやら浅慮らしい。

 軽視する理由の一つに、主に産出しているランティス国の歴史の浅さを挙げている者もいるらしいが、それも最もらしく理由を挙げているだけで、実際は魔力の有無、高低を揶揄しているだけだ。

 この国とて、初めは小さな精霊の息吹を聴くことから始まったのに、それは誰も口にはしない。

 そう伝わっているし、創世の王家を軽んじているつもりもないが、どの国にも何かにつけて小さなきっかけがあるのだ。

 フローツェア国は魔法を選び、ランティス国は魔石や魔法陣を核とした魔道具を選んだだけ。

 それで話はつくのに、何故か優劣が論じられる。どちらも同じ魔力を元に繁栄してきたのに。


 何度目かのため息をつく。

 机につき、積み上げられた書類をめくり内容に目を通すのと同時に、目の前で熱弁をふるう男の存在を隅に押しやろうとしたが、上手くいかなかったようだ。


「どうすればわかっていただけるのか。教えていただけませんか、愛しい人」

「その呼び方はよしてと言ったはずです、ダールズ卿」


 ぴしゃりとはね除けた言葉に、目の前の男は応えた様子もない。

 何度目かのため息を抑え、クローディアは手にした書類の内容に顔をしかめた。


「原因不明ですって?」


 先日の起こった事件に忙殺されたことは記憶に新しい。

 王都に近い村へと繋がる転移陣が、破損していたことが判明したのだ。

 その原因が魔物なのか、天変地異なのか、それとも人的要因なのかそれすら掴めないとはどうしたことか。

 幸いもう一つ王都と繋がる魔法陣がある為、全てが断たれたわけではないが、早急に原因を探る必要があった。

 それなのにこの男は事の重大さにも動じず、肩を竦めただけだ。

 新たに陣を刻むにも、魔石の用意や王都からの連絡を待たなければならない。

 考えなければならないことが山積みで痛む頭を押さえながら、加えて目の前の男の話の続きを聞かなければならない。


「このままではラシェル家の血統が潰えてしまう。私はそれを危惧しているのです。精獣様と契約した貴女の血はなんとしても次代に残さなければなりません」

「わかっています」

「いいえ、わかっておられない! どれだけ貴女の血に潜む力が貴重で、大切なものか。それを……ランティス国の若者を第一の夫とすると宣言されたときには我が耳を疑いましたよ。よりにもよってあの国の者を栄えある地位になど」


 残りの言葉は口にはせず、ダールズ卿はただ首を振った。信じられない、と。

 だが、これもクローディアからすれば余計なお世話である。

 好いた男と一緒になりたいと願って何が悪いというのか。

 それを口にするのは憚られたが。


「お父様は仰ったわ。力ある者が統べ、ない者は従う他ないと。私はその通りにしているだけよ。ご不満?」


 いやみのように肩を竦めた男は答えなかった。

 自分の考えがあまり受け入れられないのは知っている。理屈では、第一子以降子が続かないのなら次の夫を迎えるべきなのだ。ラシェル家当主を名乗るならば尚更のこと。

 精獣と契約した自身の発言力を利用して、彼を夫として迎えると宣言したつけが今回ってきただけだ。

 かれこれ数年に渡って、その愚痴を聞き続けることになるとは思いもしなかったが。


 窓の下には何よりも大切な娘がいる。

 己の黒髪と彼の人の瞳を受け継いだ一人娘。血に潜む魔力の薫りを誰よりも放つ、ある意味では誰よりも魅力的な子供。

 花を摘んでいる姿はどこにでもいる可愛らしい子供のようだが、最近のことだ、あの子が少し変わっているかもしれないと気がついたのは。


 生まれた時から魔力の強さの片鱗を見せていた子供だった。それに加えていつの頃からだったか、瞳に妙に思慮を宿すようになった。

 かと思えば、妙に魔法について執拗に食い下がったりと首を傾げる部分もある。まだ読めなくても不思議ではない絵本を、鬼気迫る勢いでぶつぶつと口にしながら読んでいたところを見たときは余りにも制限しすぎのかと不安になったくらいだ。


 大人びた言動、時折それを隠すように見える殊更無邪気な振る舞い。こちらの一言に対して一足飛びに結論に行ってしまうこともある。右斜めの回答の時もあるが。

 ……まるで、彼のように。

 そう気がついてしまえば、一つの考えが頭を離れなくなる。


 ロゼスタは王都にいる夫と連絡を取っているのではないか?


 ランティス国出身で魔道具の作成が得意だった夫──オルトヴァが王都に赴いたのは数年も前になる。

 初めは数ヵ月の話だった。

 国王直々にお声をかけられたのをきっかけとし、この国の魔道具に対する偏見と軽視を和らげる取っ掛かりとして王都へ向かった夫。

 それが延びに延びて──一体何をしているのか、気がつけば娘が五歳になるのに、まだ帰ってくる気配がない。


「そう言えばその肝心の映えある地位を手にした彼はいかがですか? 最近やたらと彼目当てに女人が訪れて来ているそうですが」

「……よくよく情報を集めているのですね」

「あれだけ大っぴらに動かれては知っているも知らないもないでしょう。よくもまあ……ある意味感心しますよ」


 その点に関してはクローディアも反論の余地がない。

 ロゼスタはエセルイン夫人の来訪にショックを受けていたようだが、ランティス国からのオルトヴァへの面会者は彼女が初めてではなく、同様の来訪者は後を引かないのだ。

 それもきちんと手順を踏んで、国境を越えているというのだから文句もつけにくい。こちらから言うまでもなく、調べあげてきた目の前の彼には何も声をかけたくない。

 夫との愛人契約の希望など、初めて聞いた時は何を言っているのか耳を疑ったが、あくまで個人対個人を相手が主張している以上こちらも口を挟みにくい。


「それに関して彼からは何かしら弁解はないのですか?」

「……煩わせてすまないと。しばらく対応を頼まれました。あまり大事にはしないようにとは思っています」


 ダールズ卿の口角が片方持ち上がる。


「なるほど、相変わらず仲がよろしいようで結構ですな」


 嘘だ。見栄っ張りだ。

 夫からはなんの弁解も、説明すらない。

 手紙は来る。だが、こちらの近況を書いた事柄への返事は一切ない。

 ただこれこれこういう研究を進めている。目処がなかなか立たない。やりがいがあるといった研究への情熱だけ。

 遠く離れた家族への、妻への言葉は何一つない。それが、悔しく悲しい。

 ……そしてそれは、目の前の男には最も悟られたくないことだった。


「そういえば、ロゼスタ様への教師役に彼の弟子を推したとか? 身内の贔屓が入るのは仕方のないことですが、あまり明け透けにされぬ方がよろしいかと」

「……本当に耳が早いこと」

「これくらいは当然ですよ──と言いたいところですが、実はロゼスタ様ご本人から聞いたのです」


 肩を竦めてみせる男──ダールズ卿に疑いもせず情報を渡した娘へため息を堪えるが、仕方のないことだ。なんといってもまだ五歳なのだから。

 出来る限り会わせるなと使用人たちに伝えていたが、身内のごり押しをされたらそうせざるを得なかったのだろう。


「もしくは、既に種が蒔いてあるやもしれませんね」

「……何が言いたいの?」


 短く整えられた口ひげをさすりながら、ダールズ卿は軽く首を振った。


「隣国の血で薄められたとはいえ、貴女の力を彼女も受け継いでいる可能性がある……」

「それ以上は侮辱と受けとります。口を慎みなさい」


 冷ややかに言い放ったラシェル家当主に、ダールズ卿は肩を竦めてみせた。


「少し年は離れますが、私の甥がロゼスタ様のお相手として名乗りを挙げてもよさそうと考えたまでですよ」

「っ、まだ早すぎます!」

「こと、貴族の婚約に早すぎるということはありませんよ」

「それは確かにそうですが……、確かレイトス殿とロゼスタは確か一回りも違ったはずだし釣り合いが取れないわ。他にいいお相手がいるでしょう」


 ダールズ卿の言う通り、貴族の婚約、結婚に早すぎるということはない。

 何よりランティス国出身のオルトヴァを夫に迎えたことで、自領の親族たちが次の夫を迎えるようにとせっついてきているのは確かだ。

 一族が均衡を保ちたがっている。

 そして、それを後押ししているのは目の前の男でもある。

 ましてオルトヴァと結ばれる前から伴侶として名乗りを挙げていた彼のことだ、一族の覚えもよく、今度の反対は出ないだろう。


「それは別としても、何も夫君の弟子をわざわざ教師にと決めつけなくてもいいでしょう。私の甥も魔力はそこそこですが、剣の腕は私譲り。お相手に不足はないかと」


 さりげない言葉。

 だが、あの目は駄目だ。

 道具を見るかのような冷たい目。ああいう目に娘を晒したくないが為に彼女へ魔法の知識を与えなかったのに。

 下手に魔力のある娘だ。まして意欲もある。こんな時でなければ喜んで知識を与えてあげたかったが、それは今のラシェル家では蜜に群がる蟻のように、腹に一物も二物もある者たちを引き寄せかねない。

 冗談じゃないとクローディアは思う。


 互いに一歩も引かずジリジリとしたにらみ合いが続くと思われた時──。


「失礼します」


 予告なく扉が開かれた。

 顔を覗かせたのは、十代前半と思われる、前髪で表情を隠した金髪の少年だった。






 

長くなってしまった…(((((((・・;)

次で終わります…多分。

早めの投稿目指します。

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