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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
59/90

孤児院にてⅡ

 トロミがついてきて水分が抜けてきたところで器に入れる。リアナが申し訳程度にかけたチーズの上に更にナイフで薄く切ったチーズを乗せて、オーブンに入れてもらった。

 出来上がりが楽しみだ。

 思いがけず懐かしい料理に会えて心がスキップしている。


「あんなに……いいんですか?」

「多めにかけた方が美味しいし、焼き目がきれいですし。出来上がりが楽しみですね」


 タイマーなんてないからオーブンと睨めっこ。焼く前に炒めたし、煮込んでもいるからそんなに長く火を入れなくていいはずだ。

 思った通り、十分もしない内にふわりとチーズの焼ける匂いが漂ってきた。

 匂いにつられてやって来たのか、台所をそっと覗く子供たちの人数が増えている。


「精獣様?」

「どこどこどこ?」

「あの白い猫じゃない」

「小さーい……」

「いい匂いがする」

「リアナ姉ちゃんがまた作ってくれてるんだよ!」


 本人たちは小さい声で話しているつもりだろうけど、丸聞こえだ。きゃあきゃあ言う内に声がどんどん大きくなっている。

 小さいと言われたシロガネが一瞬むっとした顔で入り口を見たから、余計に歓声が上がった。


「そろそろ出してみましょうか。味見しましょう」

「ロゼスタ様、私がします!」


 流石に大皿をオーブンから出すのは危ない、とリアナが危なげなくオーブンから湯気の立つ料理を引き出す。ロージーが手早くテーブルを拭いて取り分け皿を並べ始めた。

 黄色がかったチーズにこんがり焼き色がついて、白い湯気と香ばしい匂いが優しく漂う。


「すみません。ロゼスタ様、少しだけいいですか?」


 重いだろうに、両手で大皿を持った少女はすぐにはテーブルに乗せず、シロガネの前で足を止めた。

 そして恭しく皿を持ったまま、目を伏せ両手を掲げる。


「お会いできて、本当に嬉しいです。感謝と共にこの料理を捧げたいと思います。お口に合うかわかりませんが、どうか召し上がって下さい」


 少し震える声でリアナはできたばかりの料理──グラタンをシロガネに捧げた。


「リアナ」


 巻き毛の少女を呼ぶ。


「あ、す、すみません! ロゼスタ様が手伝うと仰って下さったから、料理を捧げられると思い込んでしまって……投票? で上位になってからでしたよね、先走ってごめんなさい」

「確かに料理を確実に口にしてもらえるのは上位の料理だけれど、味見はまた別。これ、出来立てが一番美味しいと思うの。だから、一番美味しいのを捧げようとしてくれたのよね? ありがとう」


 テーブルの上に置いてもらって、俯いた少女の手を取る。

 かさついた、少し荒れた手。働いている人の手だ。

 まだ子供なのに、こんな手をして一生懸命生きている彼女たちに、少しでも元気になってもらいたくて料理を作りに来た。

 それに、レシピを横取りした男に上位に入ってもらいたくないし。


 再度少女の名を呼び、しょげた様子の瞳を見る。

 がっかりさせてしまうだろうけど、これだけは話しておかなければいけないことがある。


「初めに話しておくけれど、この料理をコンテストに参加させるのは無理なの。十分な量がなくて、不特定多数の人に行き渡らないから」

「わかってます……本当は、あたしたちが参加できるようなお祭りじゃなかったんです。それを材料があればできるのかって言われて、調子に乗ってしまったから……」

「いえ、それはその男の人がひどいわ。せめて材料提供の時に料理を発表するのは自分だと言ってくれれば、リアナたちもその材料で料理を作るかどうかを選択できたでしょう?」


 確信犯なのだから気にしなくていい、と重ねて言うとリアナの瞳が潤んだ。


「だから、今ここで私たちが作ったのはコンテストは関係ないの。ここにいる私たちしか口にしないし、他では食べられない料理をシロガネと一緒にいただきましょう?」

「え……」


 豊穣祭は実りと精獣への感謝を捧げる祭り。元々料理コンテストがなくても皆今まで思い思いに祈りを捧げてきた。

 今ここでは皆で作った料理を皆で食べて、ついでにシロガネも食べる形になっただけ。

 祈りを捧げる対象が何も口にしないなんて、変だしね。


「残念だけど、祝福はまた今度の機会に。今は料理を楽しみましょう……たった今、シロガネに捧げたばかりだしね」

「──はい!」


 硬い表情だった少女がようやく満面の笑みを浮かべてくれた。


「姉ちゃん! できたのか?」

「アラン」


 ほっとした顔で少年が近づいてきたのを合図に、他の子供たちがわっと台所に入ってくる。


「いい匂い!」

「前のお料理より美味しそう」

「ねー!」

「精獣様も一緒に食べるの?」

「お腹すいたよぉ」

「まあまあ、皆落ち着いて。ロゼスタ様がありがたいことに、皆さんと一緒に召し上がってくれるそうですよ」


 にこにこしながらロージーが手を叩いて子供たちを席につくよう促している。

 その時嗅ぎ慣れた薫りがして、ここにもいるんだと思ったけれどすぐにグラタンの匂いで紛れてしまった。


「取り分けますね」


 少し緊張した面持ちで、リアナが完成したグラタンを器に盛り付けていく。

 足りるかどうか心配だったけれど、どうやら少し余るくらいだったらしい。リアナがお代わりがあるからねと子供たちに話している。

 一人一人等分に分けられていてすごい。私だと高確率で前半と後半で量が違っただろうから助かった。

 それでも子供たちで誰それの方が多い少ないと言っていたから、ここでの必須のスキルなんだろう。



「今年も無事に豊穣を知らせる鐘が響きました。全ての大地に実りを運ぶ精霊様に感謝を、そしていつも私たちを見守って下さる精獣様に祈りを」

「ありがとうございます!」


 ロージーの歌うような祈りの文句の後に、三十人ほどの子供たちの元気な声が響いた。


「いただきます」


 軽く手を合わせホワイトクリームを掬う。トロリとした乳白色のクリームから芋と玉ねぎ、鶏肉が顔を覗かせている。

 ほどよく焼き色のついたチーズも一緒にそっと口に運ぶと、ふわりと乳製品の匂いが広がった。

 文句なしに美味しい。

 やはりチーズをたっぷりかけたのは正解だった。今度は生クリームを入れてもいいかもしれない。マカロニはあるかな? 米があればドリアにできるけど、とろとろのマカロニグラタンも捨てがたい。


「ん?」


 何故かしーんとしているテーブルを見渡すと、ぼうっとしたままのリアナと目が合った。


「すっげぇうまい!」

「あつーい!」

「なんだこれ、なんだこれ!!」

 ──お代わりはないのかー!


 最後変な叫びが混ざっていたような気がしたけど、一口食べた子供たちはあっという間に自分の分を食べ終えて、お代わり争奪戦へと突入した。

 兄様も黙って食べていたけど、アイスブルーの瞳を大きく見開いて動きを止めている。唐揚げの時と反応が違うけど、口にあったようで良かった。

 ルーカスも一口食べて満面の笑み。口パクで「うまい」と笑って言ってくれてこっちまで嬉しくなった。


 ──待て、ここは一つ我に譲るということで話し合わぬか?

「精獣様ずるい!」

「半分こして!」

「待て待て、早いもの勝ちだから」

「なら僕が」

「俺だよ!!」


 凄まじい。

 そこに堂々と混ざっているシロガネは大人げない。ジェスチャーと表情で子供たちと会話が成立している精獣にびっくりだ。どんだけ必死なの。


「味はどう?」


 まだぼうっとしているリアナに話しかける。アランはとっくに食べ終えて争奪戦へ突入している。もう一度作った方が早くないかな。


「と、とっても美味しいです! 作り方は同じなのに、私が作った物とは全然違って……」

「全く同じ物にしたかった?」


 しまった。

 男の鼻を明かすことを強く考えていたから、料理を再現するというリアナの気持ちを後回しにしてしまっていた。


「ごめんなさい、嫌だった? 材料はほぼ同じにしたけれど、小麦粉を足したりしたから、初めにリアナの作った料理とは別物になってしまって……」

「いえ、それはいいんです」


 慌てたように、きっぱりと否定の言葉が返ってくる。


「もう諦めて忘れなきゃいけないって思っていたのに、こんなにしていただいて本当に嬉しいです。私の考えたものに、ロゼスタ様が手を加えて下さった料理を、皆が──精獣様が喜んで口にして下さって……夢じゃないかと思っていました」


 嬉しそうに微笑む少女は、もう暗い表情を浮かべてはいなかった。


「夢じゃないよ。私こそ、楽しい時間をありがとう。一緒に作れて、こんなに美味しい料理を考えてくれて、嬉しかった……だから、これはお礼」


 私にはこれはグラタンという名前だけど、リアナにとっては違う。彼女が考えて作ってきた料理だからリアナが名付ければいいと思う。


 そっと私より大きな手に赤い石を握らせる。自分がこれと思う料理を推す為の、今回のコンテストに必要な物。

 この料理がどんなに美味しくても、上位に残るものではないことはわかっている。

 でも理屈じゃなくて気持ちで、この料理を精獣への感謝と祈りを捧げるものとして推したいという私の思いだ。

 ここでリアナの料理に会えてよかったという、感謝の気持ち。


「これは……!」

「この料理はコンテストに関係のないから、完全に私の票はないものになるけどね。受け取ってほしいの」

「いただけません!」

「でも私の気持ちだし。色々外で食べてもきたけど、この料理に勝るものには会えなかったの」

「でも、でも……」

「受け取ってほしいな。それから、胸を張って堂々としてほしい。リアナがシロガネにこの料理を捧げようとしてくれた気持ちはとてもよく伝わってきたから。これからも美味しい料理を考えてね」


 ありがとう、と口にするのと、リアナがわっと泣き伏すのが同時だった。

 私より大きな、でも小さな肩を擦る。涙声で何度もお礼を言われたけれど、それはこっちの台詞だ。

 懐かしい、記憶の中の料理を作ってくれた少女に、心の中で何度もお礼を言った。



 ◇ ◇


「精獣様体小さいんだからもういいでしょ!」

「そうだよ、もう食べちゃダメ!」

 ──これは仮の姿だ! そんなに言うのなら元の我に戻ってやってもよいのだぞ。

「それはやめてお願いだから」


 ナチュラルに会話に混ざってしまって、一瞬きょとんとした子供たちのところへ行く。結局半分こならぬ、人数分でまた分け合ったらしい。

 譲ってあげなよと思いつつ──全部駄々もれでシロガネには睨まれた──口の周りを白くしている子供たちにフォローを入れる。一応契約主だし。


「体は小さく見えるんだけど、本当はとっても大きいのよ」

「えー、猫にしか見えないよ」

「……本当、なんですか? どこからどう見ても白猫にしか見えませんが」


 アランはようやく言葉遣いが落ち着いてきた。他の子供たちも緊張が取れてきたのか、興味津々にシロガネに「お手」と言って手を出したりしている。

 後ろでロージーが真っ青になっていたから、手を振って問題ないと合図する。

 ブツブツ言いながらも精獣様は「ふん」とした表情で差し出されたふくふくした手に足を乗せてあげていた。意外にノリがいい。


「内緒にしてね? 本当のシロガネは、とっても大きくて、ふわふわの毛並みの……獅子? なの」


 声を潜めて子供たちに秘密を分ける。

 言葉に詰まったのは、どの姿がシロガネの姿なのかよく私自身がわかっていないからで……あれ、獅子であっているよね。他にどんな姿があったっけ。兎かな。熊の時もあった。

 毛並みが白というのだけ共通で、あとは色々な動物の姿をしていたから……どれが本当なんだろう。


「獅子?」

「すごーい!」

「ならなんで今猫なの?」

「ほら、体がおっきいと今よりももっと食べ物が必要だから」


 内心焦りながら笑顔で押し切る。本当の本当の姿が違ったらどうしよう。修正しようがない。

 忍び笑いをするシロガネを睨むとピタッと笑みが消えた。誰のせいだと思っているの。


「獅子か……すごいな」


 どこから聞いていたのか、ルーカスがいつの間にか後ろで苦笑していた。


「それならロゼスタ様も薫りをまくの?」

「りょーしゅ様と一緒?」

「神殿に行けばまたお会いできる?」

「ええっと……」


 期待に満ちた瞳で見つめてくるから、即座に違うと言えなかった。

 確かお母様はリカルドにまだ娘は幼いから上手く本来の力を引き出せないとかなんとか……これ、言っちゃまずいことじゃない?

 意思疏通ができるのは隠しきって、とにかくまだシロガネの本来の姿のことは内緒にしてくれと何度も念を押す。子供たちにシロガネの獅子の姿を見せたのならともかく、変に隠そうとすると余計に怪しく見えると思った時には遅かった。


 しー、と唇に人差し指を押しあてつつ、一人と指切りしたが最後、何故か代わる代わる殆どの子供たちとすることになっていた。

 意味を説明したけど、途中から指切りをすることが目的になっていて、わかってくれたのかどうかは不明だ。





読了ありがとうございます。

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