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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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孤児院にて

 到着した孤児院は、街の奥まった場所にあるこじんまりとした古い神殿だった。

 聞けば元々は神官たちが使っていたのを、先日訪ねたリカルドのいた神殿を新しく作った際、孤児院として数年前に下げ渡されたらしい。

 元は白かったはずの壁は灰色がっていたけれど清潔で、よく見ると繊細な蔦の模様が刻まれていた。ちょうどお昼時のせいか、ふわりとスープのような匂いも漂っている。


「ようこそ、当孤児院へ」


 にこやかに出迎えてくれたのは、若い女性神官だった。灰色のローブを身につけ、浮かべている笑みは温かい。


「先触れがあった時にはまさかと思いましたが……新たなる愛し子とまみえることができて光栄に存じます。私はここの管理を任されているロージーと申します。さ、どうぞ中へいらして下さいませ」

「お出迎えありがとうございます。この時期に急なことで驚かれたでしょうに、無理を言ったようですみません」

「いえいえ、とんでもない」


 私の腕の中のシロガネに目をやり、真顔になったロージーは首を緩く振った。


「こんなに間近で精獣様とお会いできることなんて、私たち神官と言えど、そう何度もあることではございません。本当に光栄です。子供たちも……今日は少し沈んでいますが、きっと元気になるでしょう」

「何かあったんですか?」


 そ知らぬ顔をして聞くと、大体の話を知っているのか昨日のアランの話と同じ内容のことをため息と共に語った。


「ひどいことをする人もいたものです。子供たちの期待を煽って、レシピを横取りするなんて」

「でもその様子だと、証拠もないようですね?」

「ええ。私も知ったのは昨日のことなんです。精獣様へ料理を捧げるなんて、初めてのことで。子供たちも張り切っていただけに落胆が激しくて」

「まあ……では、ちょうどいいでしょうか?」

「何がです?」


 私は来た道を振り返り、乗ってきた馬車の方を指差した。中にはアランから聞き出した食材と、それにプラスして幾つか使えそうな調味料が置いてある。


「横取りされてしまったレシピを考えた女の子はいますか? できたら一緒に料理を作れないかと思いまして」



 ◇ ◇


 感激して涙を浮かべながらロージーが連れてきた子は、アランより少し背のある巻き毛の可愛らしい少女だった。


「あ、あの。あたし……」


 小さな声でリアナと名乗った彼女は緊張しているのか、うつむき加減にもじもじと手を握りしめている。その後ろで唖然とした顔のアランがいた。


「あ、あんた……じゃない、あなた様が、精獣の契約主でいらっしゃった、です?」

「ふふ、こんにちは。約束通り、来ましたよ」


 つっかえつっかえの言葉から彼が大混乱していることが容易にわかる。

 軽く手を振ると小さな悲鳴を上げてロージーの後ろに隠れてしまった。私は珍獣か。


 ──だからそう言っておるだろうに。

「それ以上言ったらもう唐揚げ作ってあげないから」


 面白そうに応じたシロガネに間髪いれず返したら、途端に尻尾が項垂れた。

 しょぼんとした彼の毛並みをわしわしと撫でながら、がちがちに固まって緊張している少女の方へ行く。一歩一歩近づく度に「あ」とか「う」とか言いながら、きょときょとと目が泳ぐ少女に微笑みかける。


「昨日お話を聞いて、貴女の料理を食べてみたくなったんです。変な人が横取りしたくなるくらい、美味しかったんでしょうね」

「いえ、そんな……ただあたしは……っ」


 ふるふると首を振る少女の目の前に、まだ項垂れているシロガネを見せる。


「私の精獣が今回のコンテストの発案に関わっていることはご存じですよね? 今彼が興味があるのは貴女の料理なの。だからお願いします、貴女の料理をもう一度、今度は私と一緒に作って下さいな」

「……ん?」


 一拍おいて兄様とレイトスが首を傾げたけれど、にこりと笑って誤魔化す。次いでシロガネも首を傾げていた。


「材料はアランに聞きました。それと使えそうな調味料も幾つか持ってきています。私も貴女の料理に興味があるんです……お願い、聞いてもらえますか?」


 首を傾けて顔を見上げると自然と上目遣いになる。ぱくぱくと口を動かした女の子は、私の顔を見て、シロガネに目をやって慌てたように私の顔をもう一度見て、おずおずと頷いた。


「ちょっと待って下さいっ。クローディア様にお話ししてここへ来たのはあくまで孤児院の子供たちを慰め元気づけるのが目的でしたよね? それがどうして作ることに繋がるんですか」


 私が、ではなくてリアナと一緒にと言ったはずだが、兄様の頭は私が作るという言葉で一杯になってしまったらしい。

 それに一緒に料理を作ることはそのまま彼らを元気づけると思うんだけど。

 まさか兄様、私がただ作るだけだと考えていないよね?


 投票というシステムにすれば誰の目にも結果が明らかで不正をしにくいと思っていたけれど、エントリー前の料理のレシピのやり取りに関しては盲点だった。

 しかも今回は騙し討ちのような形で、子供たちが考えたはずのレシピが盗られてしまっている。

 もしあの時アランたちのやり取りに気がつかなければ、あの男はそのままなに食わぬ顔で料理を出し、そしてあまり想像したくないけどもしかしたら上位に食い込んでいたかもしれない。

 かといってレシピの譲渡が全くないわけではないだろうから、ただ禁止にするのも難しい。


「まぁまぁ。新しい料理の発見に繋がればいいな、とは思っていますが。あとは横取りされてしまったレシピに純粋に興味があります」

「胸を張って言えることですか」

「食材を黒こげにする方が早いんじゃないか」

「安心して下さい。絶対に貴方には味見させませんから」

「そりゃ良かった」


 ふん、と睨み合い、同時にそっぽを向く。

 あの後一言も言葉を交わさなかったけれど、お互いにあの話題は口にはしない。レイトスはレイトスで今日も刺々しい。イライラもしているようだが、私はもう知らん。




 恐縮されながらも案内された台所は、元は神官たちの食事を作る所だけあって広い。

 初めはおどおどしていたリアナだったけれど、荘厳からかけ離れた小さな精獣を前に、徐々にその肩から力が抜けていった。

 今も小さな手で器用に芋の皮を剥いている。一つ剥いてはシロガネを見るまでがセットだ。

 ちなみに、ロージーには早々にリタイアしてもらった。あまり得意ではないのですが、という前置きで察するべきだった。

 芋の皮剥きでまるっきり実がなくなるのを初めて見たよ。


「この次にどうするんですか」


 ──と聞きつつ、料理の完成形を先に聞いたから次の行程は大体見えている。

 名前はまだないんです、と恥ずかしそうに微笑んだ少女が、野菜の苦手な子でも食べやすいようにと工夫を重ねてきた過程が見える料理だった。


「えっと、軽く煮込んでから、チーズを少し乗せて焼きます」

「これも使ってみませんか?」


 牛乳を指差した少女に「もし良かったら」と提案する。渡したのは小麦粉。煮込む前に振りかけて少し火を通していいか聞くと、瞬きした少女は、素直に頷いてくれた。可愛い。

 この孤児院の食事を任されている少女は、手慣れた様子で野菜を切っていく。


「他に必要な材料はないか?」

「ええ、大丈夫です。私はこちらをお手伝いしますね。一口大に切れば良いんですよね?」


 追加の野菜を運んでくれたルーカスに頷き、鶏肉を手に取る。

 唐揚げで使うだろうに、少し分けてくれたマーサに感謝だ。いいんですか、本当にいいんですかとオロオロするリアナに「遠慮しないで大丈夫」というやり取りを交わすこと数回。手早く切って鍋で軽く炒める。

 ジュウジュウといい音を立てる食材たちから、ふと顔を上げた時じっとこちらを見つめている三人と目が合った。


「ずいぶん手慣れているんですね」


 目をぱちくりさせながら呟いた兄様の台詞に、危うくフォークを落っことしそうになった。幼い伯爵令嬢が料理を作るのに手慣れてたらおかしいかな。おかしいよね!

 そんな私にリアナは「ロゼスタ様すごいです……」と尊敬の目を向けてくれている。兄様、幾つになっても純粋な気持ちを持つことはとても大切だと思います。


「マ、マーサの手つきを見てましたから」

「……ふぅん」

「ロゼスタ様はなんでもできるんだな……」

「い、いえ、なんでもというわけでは……も、もう少ししたら味見させてあげるからね」


 話を逸らさねば!

 びっくりしたように目を見開いているルーカスから目を逸らしつつ、オーバーリアクション気味にシロガネに話しかける。こっちの焦りを悟ったのか、芸達者に嬉しそうに尻尾をゆらゆらさせたシロガネにも感謝。

 妙にきらきらした目で「美味しそう……」と寄ってきたアランにも癒された。


 軽く塩をふり、一旦火から降ろして小麦粉を振り入れる。具材に馴染んだところで再度火にかけた。

 元は神官たちの住む場所だったこともあって、かなり調理器具は揃っている。聞けば一般家庭にパンを焼くオーブンはないのが普通だそうで、孤児院の子たちは特別な日に食べることができるパンを楽しみにしているそうだ。

 この料理もきっと皆楽しみにしていたに違いない。絶対に美味しく完成させなきゃ。

 そろそろいい頃合いだとリアナは牛乳を注いでくれた。くつくつと煮たつ鍋を覗き込み、微笑みあう。憮然とした声が割り込んできたのはその時だ。


「ふん、精獣様に媚びを売って契約してもらえるんだからいいよな、女は」

「な……なんてことを言うんですかっ」

「え、媚びを売れば契約できるんですか?!」


 びっくりだ。条件反射で聞き返したようなものだが、苦虫を噛み潰したようなレイトスの顔と、なんともいえないような表情でこちらを交互に見比べる兄様を見て口を開いたことを後悔した。


 そんなわけないから。

 少なくとも夢でのやり取りで現実味がなかったとはいえ、お母様たちから散々聞かされた、契約に至るまでの様々な危険な例はまだ頭に残っている。

 媚びを……精獣相手にどう媚びを売ればいいのかさっぱりだけど、媚びを売って気に入られて契約できるんなら、この国の人皆喜んで実行するんじゃないかな。


「……精獣様への不敬にも当たりますよ」


 押し殺した声で兄様が言う。怒るでもなければ反発するでもない反応をした私に言うのは後回しにしたらしく、じろりと睨んでから。

 対してレイトスは無言で踵を返して行ってしまった。まぁ、ここにいてもすることないしね。空気悪くするくらいなら離れていてくれた方がお互いの精神安定上いいと思う。

 肩を竦めて「気にしない方がいいですよ」と兄様に笑いかけたら「どうして僕が気にして貴女が気にもかけないんですか!」と怒られた。理不尽。




読了ありがとうございます。

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