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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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コンテストの開始

「ふわあああ、美味しい!」


 噛み締める度じゅわっと溢れる肉汁。炭火で炙る串焼きを売っている屋台からは食欲をそそる香ばしい香りが漂っている。

 仄かに香るこれはなんだろう。臭みを消すための香草だろうか、さっと鼻を抜ける軽やかなものがある。


「もうそろそろ次に行かれますか」

「あ、おじさん、隣の串焼きもう一本くださーい」

「……チッ」


 バカ丁寧にかけられた台詞は無視。

 屋台で威勢よく声を出しているおじさんに追加で別の味付けの肉を頼む。足元ではシロガネが、唐揚げを食べた時より少し遅い速度で口を動かしていた。


「ロゼ、あちらに面白そうなお店がありましたよ」


 深々とローブを被った兄様が奥の路地を指差す。隠れて見えないけど、薫り消臭の魔道具で髪を結ってくれているのを知っている。

 私の顔はほとんど知られていないが、用心をして街ではあだ名で呼んでもらうことになっている。あまり本名からかけ離れた名前だと忘れたりすると反応できないから、名前の一部にしてもらった。

 今の私の格好は商人の娘といったところだ。

 レースの縁取りをした若草色のワンピースに、茶色の編み上げブーツ。緩く三つ編みにした黒髪を縛っているのは銀と赤の髪紐。

 これに目付きの悪い護衛がいなければ完璧なのに。 


「それにしても本当に人が集まっていますね」


 普段ならお行儀悪くてできない食べ歩きも、今日は特別だ。屋台のおじさんに手を振り人の波に沿って歩く。

 ルーカスに教えてもらった、上位に残りそうな料理をピックアップしていく。確かにどれも工夫がされていて美味しい。ここに醤油や味噌があれば完璧だ。

 コンテストという形で一人一票を謳った分、スムーズに投票が進むように一口サイズの試食形式が推奨されている。気に入ってもう少し食べたいという時にはお金を払って再度食べることができる。

 もちろん唐揚げは二度三度と食べる人が続出で、大いに売り上げを伸ばしているそうだ。

 投票には一人一つのカドニス帝国産の紅石を使うことになっている。高価な石だと思っていたけれど、魔力を通すことができる為、不正を防ぐ為にディーの魔力を纏わせている物のみを投票に使っていくらしい。

 極々小さな欠片だけど、既に私も持っている。投票はいつでもいいから、今すぐに急いで投じる必要はないけど、できれば唐揚げの他にも画期的な料理を見つけたいと考えている。


「喉が渇いたでしょう、どうぞ」


 兄様から差し出されたのは果実水。飲み物はありがたいけれど相変わらずぬるい。

 これから寒くなるとはいえ、この飲み物は冷えていた方が美味しいと思う。が、氷や冷やし箱は一般人が手に入れられるものでもない。

 周囲を見渡しても、不満を持っていそうな人はいなかった。


 それなら、いっそのこと自分で冷やしちゃえばいいんじゃない?


 ふとそう思いついて果実水の注いである器を見つめる。

 運よく薫り消臭の魔道具をつけているから魔法を使っても周りにはわからないし。護衛のレイトスは警戒しているんだか左右を見渡しているし、兄様は進行方向に顔を向けたまま。

 ……今しかない。

 軽く息を吸って吐いて、水の初級魔法の陣を思い描く。威力は最少に、そして効果は素早く。

 手の中に細かな氷の粒を思い浮かべて魔力を注げば、キン、と空気が震えて一瞬で器が冷たくなった。


「ロゼスタ?!」


 ぎょっとしたように兄様が振り返る。

 流石と言うべきか、魔法を使ったのがわかってしまったらしい。薫り振り撒いていないのにね。


「兄様、名前」

「あ、ああ、すみません……じゃなくて!」

「まあまあ、兄様も味見どうぞ?」


 ふふ、と誤魔化し笑いをして、兄様の器にも手を添えて同じことを繰り返す。持っていたコップがあっという間に冷たくなったのを感じたのか、兄様がポカンと口を開けた。


 シロガネと契約してから妙に魔力のコントロールが楽になった。素早く正確にできるというか。一瞬集中すれば肩に力を入れなくてもイメージ通りの効果を出せるから、余計にふと思い付いた時に魔法を試してしまう。


「貴女という人は街中でこんなことをして!」

「えーっと……ごめんなさい」

「暴発したらどうするんです?!」

「しないのがわかっているというか、成功するのがわかっていたというか……いえ、なんでもないです。すみませんでした」


 般若のようになった兄様に素直に白旗を振る。ちなみに会話は全て小声。後ろの奴にも聞こえないように潜めているから、さっきから首を捻っている。

 周りの人を見ても気づかれていないのがわかるのに、何故兄様は気づくんだ。


「いえ、僕も言いすぎた──かもしれません」


 しゅん、とした私を見て兄様がいつも通りおたおたし始める。


「契約して大分経ちますしね。自分の力を試したいと思うのは仕方ないと思います。ただもう何度も言っていますよね? 生活に関係するような魔法はやめなさいと。それに自信があっても、街中で力を振るうのはね……子供が魔法を使うのを嫌う大人もいますからね」

「はい、もっと大きくなったらにします……なるべく」

「なるべく?」

「多分?」

「そこで首傾げない」


 思いついたらすぐ実行に移してしまうのはよくも悪くも私の癖だ。自覚はしている。

 それに生活魔法を使うのをやめろという言葉に頷いた記憶はない。だから今後一切しないという約束はできなくて、そもそも守れないとわかっている約束は初めからしない方がいいと思います、はい。


「──一瞬で器も冷えましたね」


 気を取り直したのか、緩く首を振った兄様がコップをそっと回す。

 細かな氷の粒が入った器は何も音を立てないけれど、立ち上る冷気を感じたのか、兄様はしげしげと果実水を覗き込んでいる。

 今度は固まった氷の欠片を入れて、器とぶつかる音でも涼を感じるのもいいかもしれない。ああ、かき氷食べたい。

 暑くなった頃の楽しみを思い浮かべたのと、何か感じたのか「ロゼ?」と兄様が笑ってない目で見つめてきたのが同時だった。


「なんの話をしているんですか?」

「いえ、別に」


 我慢できなくなったのか、レイトスが会話に入ってくる。

 そんな奴の手にも果実水はある。いくら嫌いでなるべく接触したくないと思っていても、自分が飲み食いしている中、側で飲まず食わずの状態をさせられるほど私の神経は太くなかった。

 でも奴の果実水を冷やしてやるほど優しくはない。

 無表情で横目で流し見ながらそっけなく返すと、口をへの字に曲げて唸っている。

 ──その時、どん、と横から誰かとぶつかった。


「っ」

「悪いっ」


 よろけたけど、転ぶ前に兄様が手を引いてくれてセーフ。大した痛みもない。


 ぶつかってきたのは私より少し年上らしい男の子だった。慌てて謝ってきたが、擦りきれたズボンで手を拭ってすぐに視線を目の前の路地に移す。


「いい加減にしないか、しつこいぞ。材料を提供したのはあくまでうちの料理の手伝いってことだったろうが。後になって作ったのはこっちだってケチをつけるのはいけねぇな、まして精獣様に捧げる料理に」


 うんざりした顔をしたのは、中年の男だった。彼を突き飛ばしたのはこの男らしい。手をひらひらさせ「話は終わりだ」と顔を背ける。


「嘘だ! そんなこと一回も言わなかったくせに!」

「知らねぇな。確認しなかったお前らが悪い」

「だって……っ」


 叫んだ言葉は笑い声にかき消えた。

 悔しそうに唇を噛んだ少年を大きく腹の出た男は尚もせせら笑って顔を歪める。


「それにもうそっちにろくな材料はないんだろうが。今回は諦めとけ。ありがたーく俺が代わりに精獣様へ捧げて祝福を頂くからよ」


 品のない笑い声を立てながら歩き去る男。その背中を拳を握り締めた少年が歯を食い縛りながら睨み付ける。

 その細い体が人波に紛れてしまう前に、私は彼の腕を掴んだ。


「大丈夫ですか? 何か揉めていたようですけど……」

「アンタには関係ないだろ」


 トゲのある口調で少年がそっぽを向く。

 背後からレイトスが近寄ってくるのを制止しつつ、静かな口調で話しかける。


「ええ、関係ありません。でも顔色が悪いですし、ここで言葉を交わしたのも何かの縁です。私でよければ少しお話を聞かせてもらいたいです。今回のコンテストに関わることのようでしたし、話すことで気が楽になることもありますよ」


 精獣の祝福は確かに参加者が多くなるようにと引っ張り出したもので、こんな気分の悪いことを起こす為じゃない。

 俯いて黙り込んでしまった彼の手を引いて、人通りの少ない場所を探す。

 ついでにレイトスに新しい果実水を買ってきてくれるように言うといやーな顔をされた。


「なんで俺が……」

「護衛なんですよね一応」

「だから側離れたら意味ねーじゃねぇか」

「ここで待っててあげますからお願いしますね」

「聞けよ!」


 どこの露店でも果実水は売られている。近くの店を無言で指差しこれ見よがしにシロガネを抱き上げてみせると、レイトスも渋々動いた。

 恐縮して受け取れないと首を振る彼にすったもんだの末手渡し、その隣に私が立つ。賑やかな人の声も道一本入ると随分違う。

 気を使ってくれたのか、少し離れたところに立つ兄様。

 キャーキャー言いながら子供たちが横切っていくのと、俯いた彼の足元に黒い染みがぽつぽつと落ちたのは同じくらいだった。


「騙されたんだ……」


 ぬるい果実水の入った器を握りしめ、呻くように少年──アランが語ったところによると。

 今回の料理コンテストを受けて孤児院の子供たちも精獣様に捧げる料理を作ろうと奮起したらしい。中でも料理の得意な女の子がいて、手持ちの材料の中で張り切って美味しいものを仕上げようと頑張った。

 ただ精獣様に食べてもらうには上位に残る必要がある。それには材料も知名度もない。そこに声をかけてくれたのがさっきの男だった。

 彼は熱心な子供たちの姿を見て応援してやろうという、親切心から材料の提供を申し出たらしい。

 あとは想像通り。

 料理の得意な女の子は、男から差し入れられた材料で張り切って料理を完成させ、男はその料理法を全て自分の物にしてから種明かしをする。

 後で必要な材料を提供するという言葉を真に受けて、一生懸命レシピを完成させた子供たちは置き去りだ。


「俺、俺があいつを姉ちゃんに会わせたりしたからっ、姉ちゃん楽しみにしてて……姉ちゃん、少し魔力もあるし、祝福もらえたらもしかしたらいいお仕事が回ってくるかもねって言ってて」


 男が本当に親切な人だったら、例え出来上がった料理が上位に残らなかったとしても、こんな後悔もなかっただろう。

 実際はスタートラインに立つ前に目の前で梯子を外されてしまって、そしてこの子は仲間たちの前で泣けないから今ここで泣いている。


 ──口約束をそのまま信じてしまったが故だな。

「かなり腹立ちますね……」


 ぼそりと呟いた言葉は「何……?」と聞き返されたが言うつもりはない。首を振って彼に孤児院の場所を聞く。


「なんでだよ……」

「一緒に行こうと思いまして」


「はぁっ?!」と目を剥いたのは目の前の少年ではなくて兄様とレイトス。


「ちょっと気になることができたので……家庭訪問みたいな?」

「また何わけのわからないこと言っているんですかっ」

「よりによってどうしてそこに行くことに繋がるんだ!」


 ちょっとちょっと兄様、レイトスと息が合ってますけどどうしたんですか。


「少し様子を見るだけですよ。確かめたいこともありますし」

「確かめるって……姉ちゃんが本当に作ったんだよ! 嘘じゃない!」


 疑われたと思ったのか、アランが肩を怒らせる。


「さっきのやり取りを見ていますし、貴方が言った内容に嘘はないと思っています。本当に、孤児院がどんなところなのか、あと貴方のお姉さんにお会いしてみたいだけです」

「姉ちゃんって言ったって血は繋がってねーし、見せ物じゃないぞ」


 物見遊山だと思われたのか、嫌な顔をして後ずさるアラン。今気がついたように私の服装やレイトスをちらちらと確認している。

 ……確かに今日急に行くのは準備不足かな。場所はお母様に確認しよう。

 そう思い直して彼に微笑みかける。


「今日でなければならないわけではないので、無理に今日とは言いません。ただなるべく早く伺いたいので、もしよければ明日、正式に伺わせて下さい」

「なんで……」

「皆に事情を説明する時間が必要ですものね」


 彼が言いたいことはわかったが敢えて焦点をずらすと、また思い出したのか、暗い表情になる。

 ついでに女の子が作った料理に使った材料も聞き出す。驚いたことに、本当になんの捻りもなかった。特別な調味料を使った風でもなく、ある材料の中で懸命に考えたものだったんだろう。


「じゃあ、また後日伺いますね」

「本当に来るのかよ……」


 変な奴、と口の中でぼやきながら、アランは路地を重い足取りで帰っていった。孤児院にどれくらいの子供たちがいるのか知らないが、料理を精獣様に食べてもらえるかもしれないと楽しみにしていたであろう彼らに事情を説明するのは辛いだろう。


「よっぽど暇……失礼、他に為すべきことがあるのでは? あのような者にわざわざ構う時間があるのでしたら。精獣様と契約されてさぞ余裕がおありのようですが、あまり感心なことではありませんね」

「……頑張っている人は応援してあげたくなりますからね」


 それに他に為すべきことってなんだ。他の料理の完成か。魔道具の流通の促進か。

 小バカにしたような表情で、上っ面の台詞だけ整えたレイトスの言葉はちっとも響かない。


 決して恵まれているとは言えない自分の環境にめげず、腐らず先を見て一生懸命料理を作った女の子の気持ちの方がよっぽど伝わってきた。

 人として何か力になってあげたいと思うのは人情ですよと、敢えてにっこり微笑んでやると、眉をひそめて視線を逸らされた。


「まだ私にこの国から出ていけって思ってます?」


 いつぞやの応酬の際投げつけられた台詞を口にする。あの時は腹立たしくて、とにかくムカついて何を言っているんだと思っていたけれど、シロガネと契約した今、留学だなんだと理由をつけて隣国に足を運ぶのも有りかと思う自分がいるのも確かだ。

 何より魔道具の研究を堂々と出来るのがいい。

 半ば冗談で聞いたのに、血の気の引いた顔で振り返られた。


「あれは冗談だっ。──言葉が悪かったのは、認めます。だが、契約をしていて、それでこの国から出ようなんて……」


 考えていないですよね?

 恐る恐る問われたけれど、曖昧に肩を竦める。

 あれだけ隣国の血が気に入らないと言っていたレイトスでさえもこれだ。

 そんなにシロガネの存在が大きいってことね。

 それでもへりくだるでもなく、悪態をつけるってことは、彼が私のことをそれだけ嫌っているという証拠でもある。


 これでもうお母様に新しい夫候補を立てることはしないでしょうね、といっそ聞いてやろうかと思ったけどやめた。

 レイトスをつついてもしょうがないし、それは彼が決めることでもない。

 ただこれだけは聞いてみたくて、胸に浮かんだ問いをそのまま口にした。


「あんな小さなうちから一生懸命自分ができることを精一杯努力している子がいますけど……貴方はどう思いますか?」

「どうって……」

「貴方には少なくともそれなりの地位まで行ける家があって、安定した生活をすることができた。──その中で、貴方は今まで何をしてきたんですか? 私に為すべきことを言いましたが、貴方自身は為すべきことをしてきたんですか?」


 意地悪ではなくて単なる疑問。兄様に諭され慰められて、改めて不思議に思っていたことだった。

 魔力がほとんどなく、魔力のある私に強いコンプレックスを抱いていた彼。

 私が精獣と契約したことでその差は余計に広がったけれど、そのことを彼自身はどう感じているのか。


 返事は返ってこなかったし、必要なかった。

 唇を噛みしめた彼が、声を荒らげるでもなくただ黙って下を向いたのが答えの全てだと思ったから。




読了ありがとうございます。

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