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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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護衛

お待たせしました。

 鳴り響いた鐘の音は、高らかに空に響き渡り、その年の豊穣を、感謝を領地の隅々までに知らしめる。

 ──そういうものだと、知っていた。頭では。


「う、うるさい……」


 今日も朝からガランガランと鳴らされる鐘の音に叩き起こされて涙目のロゼスタです。おはようございます。


「うるさいだなんて。今年も無事に豊穣祭が開かれて良かったじゃないですか。少し遅れましたけど、それも待ち遠しさを後押しするものですよね」

「兄様にはこの音は子守唄ですか? 騒音以外の何物でもないですよね?」


 この国に時計はまだない。人々は一日の始まりを神殿の鐘の音で知り、同様に一日の終わりも知る。

 朝の大体起床の目安の六時くらいに鳴らされるのが一の鐘、仕事始まりである九時頃の二の鐘と大体三時間おきくらいに鳴らされて、夕方の六時くらいに鳴らされる五の鐘までが一日に鳴らされる鐘の種類だ。

 その他にも祝福や結婚などおめでたい時に鳴らされる鐘、葬式時の鎮魂の鐘、魔物襲来時の緊急を知らせる鐘など種類があるらしい。

 そして今、高く低く余韻を響かせて鳴らされるこの音こそ、豊穣祭の開始を知らせている鐘だ。豊穣祭が大体七日間開催されるから……これを一週間聞き続けるのか。嫌がらせか。


「聞き慣れると別にどうということはありませんよ」


 何食わぬ顔でペンを走らせる兄様はもう慣れたのか、耳を塞ぐことすらしていない。隣国出身の兄様はこの鐘の音を聞くのは初めてだと思うのに、なんだこの余裕。

 さらさらと書かれる漢字も歪みはなく書き順まで完璧だ。冷静すぎて理不尽な怒りがわいてきそう。


「それにもうじきこの鐘も聞き納めです。豊穣祭の始まりを知らせる意味で鳴らしているんですから、お昼頃には鳴らし終わるんじゃないかな」

「……そうなんですか?」

「豊穣祭の最中ずっと鳴らし続けているわけにもいかないでしょうからね。それに今年はロゼスタの提案した料理コンテストが開かれるわけですし。神官たちも張り切っていると思いますよ」

「……あー、確かにそうですよね、祝福をえ……与えると大々的に言っていますしね」


 本当はこの地の貴族がターゲットで神殿の人たちは考えていなかったんだけどな、と苦笑しながら兄様に頷くと、何故か頭をポンポンされた。


「せっかくできたお友達と豊穣祭を楽しみたかったでしょうに、残念でしたね」

「いえいえ、私が提案したものですし、シーリア様とは頻繁に連絡取れるので大丈夫です」

「?」


 きょとんとした兄様にそっと耳打ちする。


「実はですね、手紙を運ぶ魔道具をお渡ししてあるんです。私と、シーリア様専用の魔道具を」


 お別れが突然だったから用意するにも徹夜だったけれど、なんとか無事に渡せた、私とシーリア個人用の魔道具。

 話に聞いていただけで実物を見たことがなかった彼女は相当驚いて遠慮もしていたけれど、最後にはにっこりした笑顔で受け取ってくれた。

 出来映えもガイスラー商会に卸している魔道具と比べてもひけをとらない。

 文通一回目はシーリアからの連絡待ちだ。


「なるほど……流石ロゼスタ。商魂逞しいですね。クローディア様……じゃないな、師匠……でもないな、誰に似たんだろう……」

「ちょっとどういう意味ですか」

「シーリア様を通じて王都で魔道具の宣伝をしてもらおうということじゃないんですか? 研究一筋の師匠や僕じゃないし、クローディア様はそもそも魔道具に関しては口を出されないし、本当に誰に似たんでしょうね」

「そういう意味で渡したんじゃないです! もしそういう問い合わせがあったらまた考えますけど、今回は純粋に友情の証としてですから」

「師匠は知っているんですか?」

「知っていますよ? そうか、また今度なって変な返事が返ってきましたけど」


 そういえばお父様も手紙を運ぶ魔道具の魔法陣に向かっていた。利用の拡大が見込まれるこの時期、メンテナンスをしていると言っていたっけ。

 次はなんの魔道具を作ろうかな、と考え始めた時、兄様が力なく首を振った。


「ロゼスタ、残念ながら十中八九師匠にその言葉は届いてないですよ。僕が新しい魔法陣を見てもらおうとした時の返事と同じですもん」

「いやいや、ちゃんと返事してくれてましたよ?」

「一見会話が成立してそうに見せかけて、実は目の前の魔法陣しか頭にないですからね、ああいう時の師匠は」


 確かに珍しく視線は机から離れていなかったけど……。


「もう一度話した方がいいですか? もしダメだと言われてももうシーリア様に渡してしまっているんですけど……」

「いいんじゃないですか? 無断ならともかく、話はしていることですし。ああ、クローディア様の許可がないと厳しいかもしれませんが」

「あ、お母様には真っ先に話してあります。魔道具が関わりあるので」

「ならきっと大丈夫ですよ。ロゼスタの初めてのお友達でしょう? 王都にまだ広める予定じゃないのに、とか細かいことを言う人じゃないですよ、師匠は」


 微笑んでくれた兄様にほっと胸を撫で下ろす。良かった。 


「唐揚げの売り上げはどうですか?」

「マーサが張り切って大量に揚げてくれてますよ」


 本来領主の食料を祭りとはいえ領民に振る舞うことは考えられない。それをお母様は、精獣たちの望みだからと押しきって実行してくれた。

 油も貴族たちが使用している貴重なものだからと、一つの唐揚げを四等分ほどに切っての提供だ。

 この時期に合わせてやって来た行商人たちも加わって大分名を売れたと嬉しそうに言っていた。


「もう少し落ち着かないと見に行けないんですけど、どうなるか楽しみです」

「往来も人でいっぱいですね。それにやはりコンテストへの参加者がかなりいるようですね」

「参加者が増えるのは大歓迎です。それだけ料理のレベルも上がりますしね」

「ライバルも増えますが、それはいいんですか?」


 できるなら限られた参加者の中から選ぶのがいいんじゃないか、と不思議そうに言った兄様に首を振る。


「参加者が多ければそれだけ同じような料理は淘汰されますし、皆人より頭一つも二つも抜きん出ようと努力するでしょう? 最終的に精獣が審査すると言っているんですから尚更です」


 それに美味しい料理は皆で分けあって食べるのが一番。独り占めして食べても美味しくないだと言うと「味は変わらないのでは?」となんとも寂しい言葉が返ってきた。


「気分の問題ですっ。美味しいね、楽しいね、嬉しいねっていう気持ちを皆で分けあって食べるのって、幸せじゃないですか?」

「……ちょっとよくわかりませんが、よりライバルが多い方が完成度の高い料理が作られやすいのは理解しました」


 兄様はもう少し情緒を育てた方がいいと思います。




「ロゼスタ、様! 何か俺に手伝えることはないか?」


 ノックに返事をすると、響いたのは少年の声。ルーカスだ。

 今日会うまでかなり間を開けていたが、彼の中で私は基本「様」づけのタメ口に落ち着いたらしい。

 ぴくりとも反応しないシロガネに恭しく頭を下げた彼は、清々しい笑顔を向けてきた。


「お久しぶりです。ありがとうございます、気を遣ってくれて。でも今のところは大丈夫ですよ」

「父さんからも些細なことでもお手伝いするようにと言われているから」

「ガイスラー商会からなんの助っ人ですか? 確か料理コンテストへの参加は……」

「うちは今回の参加はしていない。それよりも有望な料理を作る料理人の勧誘に力を入れているんだ。領主様の料理人が見たこともない料理を出していたからその偵察も兼ねてる」


 眉を寄せた兄様にルーカスはにっ、と悪気ない笑みで堂々とスカウト目的を暴露した。


「それにしても、ラシェル家の出品している料理の発案者は誰なんだろうな。……父さんが貴族にしか出せない味だとかなんとか言っていた」

「さぁ……でも美味しかったです」


 油が必要だと瞬時に見抜いたガイスラー商会の主人には感心する。流石商人。対抗する料理を作るよりも真っ先に引き抜きにかかるとは。


 魔道具の宣伝も兼ねてだから料理の発案者はお父様に、とお母様にも本人にも頼んでいたはずだったのに、いつの間にか発案者不明になっていた。

「女に謎はつきものよ」とウインクを寄越したお母様はとってもチャーミングだったけど、意味がわかりません。

 

 私は関係ない、という顔を作ってルーカスに笑いかけた。


「せっかくの豊穣祭なのに、お手伝いなんて大変ですね。食べ歩きはしなくていいんですか?」

「大体上位に上がりそうな料理は目星をつけてきたから大丈夫だ。奇抜な料理よりも基本の味付けの料理が多い気がするけどな」


 基本というと塩かタレかな。流石にカレーの名を聞くことはなくて内心胸を撫で下ろした。

 指折りながら挙がる料理名をこっそり心のメモに書き込む。投票という形を取ると言った以上、参加者に選ばれなければ上位には残れない。


「私たちも投票者の一人ですからね、早く見に行ってみたいです」

「あー、それなんですが……」


 珍しく兄様が口ごもった。


「ロゼスタ様には護衛がつくんだろ? 俺は父さんから領主様やオルトヴァ様のお手伝いをするようにって言われて来たけど、ロゼスタ様には外出先でもきちんとした護衛がつくって」

「護衛?」

「……レイトス殿だとか」


 ぼそりと挙げられた名前に聞き覚えがあって眉を寄せる。


「ええっと……確か──うええ」


 あいつか。

 いやーな顔を思い出して顔が歪んだ。

 叔父上叔父上と煩い男だった。わけのわからない論理を振りかざして迫ってきたあいつが、私の護衛?


「害にしかならない気しかしませんが」

「……あまりいい噂は聞きませんが、剣の腕は確かだそうですよ」


 フォローのつもりか、わたわたと腕を振りながら言う兄様。


「知り合いか?」


 首を傾げたルーカスになんと説明するか迷う。


「知り合いと言われると否定したくなりますが、それ以外に表現する言葉がないのも確かです……。私たちへの敵意を隠さない人ですね」


 正確に言うとランティス国への。

 肩を竦めると、納得したようにルーカスが頷いた。

 親戚だとは口にしたくない。


「領主様も大変だな。特に新しい魔道具を商会に卸すようになって当たりが強いのかもな。まぁ、うちが言うことじゃないかもしれないけど……俺に対してもいい印象持たれていないだろうしな」

「当たりが強い?」


 彼の瞳がすい、と流れてシロガネに向かう。


「……ロゼスタ様は精獣様と契約されていた。なら、本来護衛なんてそう腕が立つ者じゃない限りいらない。精獣様と契約できる方に護衛をつけるっていうのはよっぽど力がないからか、信用していないからか、間違いがないように、だよな」

「王族に護衛はつくでしょうしね」


 ルーカスの話の着地点がわからずに相づちを打つと、「普通はな」と返ってきた。


「そんなロゼスタ様に護衛をつけるってことは、相手が精獣様を信用していないか、もしくはランティスに対抗する意味もあるんじゃないかって考えたんだ。あんたも隣国出身だろ?」

「ええ、わかりますか」

「アクセントにクセがあるからな」

「……どこがおかしいですか? 大分綺麗に発音できたと思っていたんですが」


 理解が追い付かずフリーズした私を置いて、少年二人はいつの間にか外国語論を始めている。


 ──実際に契約していたとなればそなたの側に一族親戚の者がいないのはあまりにも体裁が悪い、というところだろう。ましてランティスに近しい者たちで囲まれているとなれば余計にな。


 大きなお世話ですけど? 今までほっといてくれていたのに、今更寄ってこられても困る。

 顔も存在も知らないけど、今まで私についていた護衛の人たちじゃダメなの?

 釣り合いを取るための一つの方法だとシロガネがそっと教えてくれたけど、そもそも釣り合い取れるものなの? 


「お母様からは何も聞いていませんけど……」

「言い辛かったんだと思いますよ。僕も断片的にしか聴いていませんが、ダールズ卿か彼かで悩まれていたそうですし」

「あ、まだレイトスの方がマシですね」


 お父様の後釜におさまろうとしていたあの男の人とは、もう顔を合わせたくない。

 事前に知っていたら少しでも心づもりができたんじゃないかと思ったけど、知っていたら嫌な気持ちをずっと引きずってもいただろうから直前に聞いてかえって良かったんだろう。嫌なことには変わりないけど。


「そうですね……今回だけなら」

「…………」


 肩を落として呟いた一言に、誰からも返事が返ってこない。


 ……まさかと思うけど、今年の豊穣祭の間だけだよね? これから先ずっとじゃないよね?


 きょときょとと皆に目をやるけど、誰も目を合わせてくれない。



 私の悲鳴に、光の精獣様はうんともすんとも答えてくれなかった。




読了ありがとうございます。

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