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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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発見

「で、マーサ。ちょっと相談なんだけど」


 ようやく落ち着きを見せた厨房に私の声が響いた。

 さっきまであれだけ音がしていたのに、大して張り上げてもいない私の声が私の耳に聞こえるというのは、それだけ皆が注目してくれているということだろう。

 掴みは上々、あとは鍵を握っているのはここの皆だ。


「これを皆に完成させてもらいたいの……任せても、構わない?」


 単刀直入に切り出した言葉は、なかなか皆が飲み込むのが難しかったらしい。

 しばらく当惑したように考えていたマーサが口を開く。


「それは、このお料理にはまだ付け加えるものがあるということでしょうか……?」


 訂正、伝わっていなかった。

 咳払いをし、言い直す。


「言い方が悪かったわね。私は今のレシピが完璧なものだとは思ってないの。だから皆のアイデアできちんとした料理に仕上げてほしいのよ」

「と言いますと?」

「初めもマーサが言っていたじゃない。大雑把ですねって。その通りよ、だからその時々の調味料の分量で味付けが変わってしまう。家庭料理としてはいいでしょう。でも、これをきちんとした場に出せるようにはまだ改良の余地があると思っているわ」


「この味でか」などと後ろで呟いている声も聞こえる。私の記憶の味が受け入れられたのはとても嬉しいけれど、所詮素人が作った味付けだ。

 その時々の気まぐれで味が違うという曖昧な味付けではなく、きちんと分量を決めた方がいい。皆がこの味でいいなら、今後も同じ味にできるようにしてもらいたいし。

 そうすれば、貴族社会に受け入れてもらえる可能性が上がる、と思うんだ。


「お嬢様がそう言われるのでしたら……」


 マーサが首を傾げつつ唐揚げとハンバーグを交互に見る。

 自信満々に胸を張って話してはいるけれど、実はついさっきの料理中に思い付いたことだ。

 だから色々と突っ込まれるとまずい。


「もちろん変えてはいけない手順もあるわ。工夫できる点は下味と肉の種類かしら」


 二種類作ってもらった唐揚げを指差す。

 別々の皿に盛られたそれは、片方が明らかに減っていた。


「皆やっぱりモモ肉の唐揚げが好みみたいね。こちらの肉の方が脂が乗っていて柔らかいでしょう。シロガネもこっちが好きよね?」


 そっと足元の白猫に話しかけるとフン、と鼻を鳴らされた。残念ながら優美な尻尾はまるで犬のようにブンブン振られていたけど。


「でもカロリーが気になる女性には、こちらのムネ肉の方が人気が出るかもしれないわね」


 ちなみにマーサは何も言わなくてもこちらを食べていた。私の言葉にすっと視線を逸らしている。


「人によってピリ辛な方が美味しいと感じるかもしれないし、反対に甘めの味付けも好まれるかもしれないわ」

「お嬢様。お言葉ですが、庶民の食卓にこんなに油を使用する料理はありませんわ。その点だけで貴族様、奥様方の食卓に上げられる物だと思いますが、仮にこの唐揚げの完成度を上げたとして、どうなさるおつもりですか?」

「もちろんお母様たちに食べてもらうわ。その後どこまで受け入れられるかわからないけれど、お父様を応援するものとして皆に広めていきたいと思っている。お母様にも相談してみるけれど、レシピは基本ラシェル家が持つ形で」


 思い付いたばかりのアイデアだから、具体的にどうするかは相談してみないことには始まらない。

 でも油を大量に使うのは貴族だと言っていたから、貴族のお茶会や軽食に出してもらうのはどうだろう……それこそどこかにお店を出して売り出してもいいかも。


「仮にこのレシピを仕上げるとして……誰が責任者になるんですか?」


 質問をしてきたのはさっきマーサの隣で唐揚げを揚げてくれた青年だ。

 新しい料理を任せられるという期待に目が輝いているのがわかる。わかるけれど……。


「マーサ」


 はっと顔を上げた料理人に微笑む。


「責任者……と言っていいものなのか、私が決めるものでもないとは思うんだけど、お母様にはマーサの名前を出していいかしら?」

「ですが、ですが……」

「外に作り方を知らせないという意味でも、初めから作ってくれたマーサが一番手順をわかっている意味でも適任だと思うの。あとは誰に作り方を教えるか、どの手順を誰に任せるかはあなたに任せるから」


 狼狽えた素振りでエプロンを握る彼女を手招いて、耳打ちする。


「私のレシピはマーサが再現してくれるんでしょう?」


 強張っていたマーサの顔がくしゃくしゃに歪んだ。


「──ええ、ええお嬢様! このマーサ、お嬢様の為にこの料理を完成させてみせます!」

「ありがとう、お願いね」


 にこりと笑ってお父様と兄様の分の唐揚げとハンバーグを取り分けてもらう。残念だけれど、お母様は今は外に出掛けていると聞いたからまた今度だ。


「それで、また改良できたら今度は私に味見をさせてね」


 もちろんです、と頷きと共に言われた言葉に胸の内でガッツポーズを取る。これで魔道具を作成するための必要経費の稼ぎ口と、私の定期的な食欲を満たす口実が同時に満たされる訳だ。なんて効率的なんだ。


 ホクホクしながら、内心小躍りしつつ厨房を見回す。食べたかった物は作れたし、これからも定期的に作ってもらえる約束をしたからもう私がすることはない。あとはまた食べたい物ができたらここに来て、作ってみせて食べさせてもらおう。


 ふと近くにあった袋が目に留まった。白っぽい布袋のような物で、中に何か詰まっている。中身を覗き込んだことを、私は後々まで「私、よくやった!」と誉めることになる。


 なんの気なしに覗き込んで、ついでに匂いを嗅いで思わず固まった。

 こ、こここここれは!!


「おや、お嬢様目がお早い。それはつい先日、市に来ていた行商人から仕入れたんですよ。香りがよかったんで試しに買ってみたんです」


 でもなかなか癖が強くて実はどうしようか迷っていたところで、とからから笑いながら言ったマーサに私は心の底から感謝した。


「ありがとうマーサ!!」

「は?」


 それは嗅いだ覚えのある、シーリアの香り──もといカレーになるスパイスだった。この強い黄色には見覚えがある。

 飛び上がりたいところをなんとか堪えて、ぶるぶる興奮で震える手でマーサのエプロンの裾を掴んだ。

 ここにあるスパイスを調合すれば、あの懐かしいカレーを食べられる。スパイスから作るとなると、もしかしたらカレースープになるかもしれないけれど、ゼロどころかマイナスだった今までを思えば天国だ。いやっほぅ!


 端から見ればどう見てもおかしな躍りを踊っていたと後から考えて思ったけれど、カレーの禁断症状はそれほどまで強かったのだ。

 慌ててあれもこれもと確認して、他にもカレーに必要だと思われるスパイスが幾つかあった。

 あと必要なのは玉ねぎ人参といった野菜、バター、鶏肉に……料理人か。あとは白飯──はないからパンで代用するとして。

 流石にスパイスからの作り方は知らないから料理人は必須だ。早くここに来てもらわないと。


 ふんふんと頭の中でメモを取りながら、私はくるりと振り返ってマーサを呼んだ。

 浮かれすぎて鼻歌を歌って躍り出したいのを堪えて、すまして言ったつもりだったのに、何故か妙な物を見る目で見られた。

 おかしいな。確か兄様にもこんな視線を向けられた覚えがあるような。


「お嬢様……?」

「マーサ、これを売ってくれた行商人って、まだ市にいるかしら?」




読了ありがとうございます。

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