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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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初対面

 結局すぐにお母様にお話を聞くことはできなかった。

 領地内で混乱があってその収拾に努めている、とだけ聞かされたけれど、本当に忙しそうだ。


「何があったの?」

「それが、私にもなんとも……。ただ、クローディア様自らが指揮されてますからすぐに収まりますよ」


 オルガも詳しいことは知らされていないようで、首を振るだけだ。

 ようやくお母様の顔が見れたのは三日後のことだった。

 顔色が悪く、透き通るように青いのがわかる。いつものようにぎゅっと抱きつきたかったけど、我慢した。ふんわりした匂いも、心なしか薄いように思える。

 菫色の瞳が疲れたように瞬いているのを見て、私は今度こそ、本当にお父様の愛妾希望者やら、お母様の二人目以降の夫候補の話を聞くのをやめた。


 日にちをおいて頭が冷えたから考えられるけど、こういった恋愛関係ではない、政治的要因が絡む婚姻に子供である私が首を突っ込んでも何も教えてもらえないだろうというのが一つ。

 実際にお母様が二人目の夫に誰を迎えると既に決めている場合、私の精神安定上非常によろしくないのが二つ目。

 ……先に聞いて動揺しない自信がないからね。

 それからやっぱり、夫に愛妾希望者が来た話を娘から聞かれれるなんて、いくらそれがこの世界では普通のことだとしても不愉快だろうなと思ったのが三つ目。

 オルガの口振りだと珍しく恋愛結婚らしいから、お母様には余計辛い思いをさせてしまう。

 何よりお母様の性格からして、もし決まったのならきっと説明をしてくれるだろうから。


 将来の私にも確実に絡んでくる内容だけど、そこは考えてもどうしようもないから考えない。だって、夫が複数とか、もしくは同じ妻としての立場の女性たちのこととか、今考えてもさっぱりイメージが湧かないのだ。いや、嫌な気分はする。でも、対処法も浮かんでこない。

 同年代の子供たちと触れ合っていないから、そういった話もできないし。……今度街に連れて行ってもらえないか、お願いしてみよう。

 だから、疲れて帰ってきたお母様にはいつものようににっこり笑顔を見せたのだ。


「お帰りなさい、お母様」


 一瞬目を見張ったお母様だったけど、すぐに笑い返してくれた。「ただいま、ロゼスタ」とほっとしたように力の抜けた笑みを浮かべて、すぐに抱きしめられる。

 ああー落ち着く。やっぱりお母様に抱きしめられるのは大好きだ。ほっそりしているようだけど出ているところは出ていて、それでいて骨ばっているわけじゃない。

 思わずすりすり頭をこすりつけて──、いやいや、こんなことしている場合じゃない。


「──疲れていらっしゃるでしょう? お顔の色が優れませんもの。どうか休んでください」


 三日間、何があったのかわからないけれど事態の収拾に動いていて、ようやく目処が立ったというところだと思う。それにお母様が直接動かなければならないことが起こって、三日で済むとは思えないし。

 これからまた動かなければならないのなら少しでも休んでほしい。

 そう思って告げた言葉は、お母様にとっては思いもしなかったものらしい。驚いたように身を離され、目線を合わされた。額同士がこつんとくっつき、肩に置かれた手に力が入る。


「貴女、何か聞きたいことがあったんじゃない?」

「……え?」


 不意をつかれてぽかんと口が開いてしまう。そんな私に続けて、「数日前に訪ねてきた方がいたようだけれど……」と言ったお母様。

 やっぱり知っているんだ。それは当然のことだろうけど、なんて言ったらいいのかわからなくて意味もなく口を開けたり閉めたりしていたとき、お母様は唇をきゅっと結んでからぎこちない笑みを浮かべた。


「貴女たちが考えているようなことは、私は望んでいないわ」


 私と、オルガが考えていること。……つまり、二人目の夫候補のことですね!?

 ぱあっと目の前が一気に明るくなった。今は昼間でもちろん明るいが、心情的に明度が三割増しになった気がする。割と本気で。

 少し充血しているけれど、相変わらず澄んで綺麗な菫色の瞳をのぞき込む。


「本当ですか!」

「ええ。今の段階ではまだ早いもの」

「い、今の段階……」

「ふふ、あまり心配しないで」


 大丈夫よ。

 そう微笑んだお母様は、「伝えておいてね。──」と最後の部分を何故か小声で言うとすぐに部屋に入っていった。

 

 もちろん、オルガにちゃんと伝えますよ。お母様の言う通り、オルガもこの話を「待ってるから」に違いないですからね!

 はしゃいだ私はその場でくるくると踊ってしまい──結果、オルガに怒られた。

 だって嬉しかったんだもん。

 踊った拍子に足を挫いてしまったけど、その痛みも気にならなかったくらいだ。



◇ ◇



 そして、お兄様との初顔合わせの日。

 もうじきラシェル領に到着すると連絡が入ったのが二日前。

 そうとわかってから、私は前夜からウキウキしていた。

 なんといっても、先行き明るい将来のために欠かせない魔法の先生が来る日だ。ゆっくり眠れるわけがない。といっても子供の体、いつの間にか寝ていて、いつの間にか明るくなっていた。


「まだかしら?」


 この台詞も何度目だろう。そわそわしている私を嗜めるように、絶妙なタイミングでオルガが「五度目ですよ」と言い添える。「また足を挫きますよ」は余計です。


 だってだって本当に楽しみなんだよ!

 お兄様──アーヴェンス兄様になら、魔法を教わってもいいとお母様が言ったことを私は忘れていない。ということは、お兄様は魔法を使えるということだ。

 どんな人だろう。優しい人だといいけど。仲良くできるかな。


 ──何しろ魔法に関して予備知識がほとんどない私だ。そもそも魔法と名のつくものがどんなものなのか、そこからしてわからない。知りたい、学びたいって思うのはこんなにわくわくすることだったんだ。前世でもこんなに学ぶ意欲はなかったかもしれない。

 ようやく通して読むことができるようになった絵本をめくり、弛む頬を押さえる。

 この時の私は、すぐに魔法を教えてもらえるものだとこれっぽっちも疑っていなかった。



 灰色のだぶついたローブを羽織ったその人は、少しもつれているけれど背まで伸びた綺麗な金髪を緩く結び、長めの前髪を垂らしていた。

 細身な印象で背はお母様より少し低いくらい。袖口からわたわたと挙動不審気味に出された両手の細さが余計に線の細さを強調している。

 体の印象から十二、三歳くらいかな。

 きょとんと見つめた視線に、驚いたような顔で前髪の奥の瞳が瞬いた。一瞬交差した視線はすぐ外されてしまったけれど、瞳の色が青だというのはわかった。

 あと、なんだろう。

 スッゴクいい匂いがする。

 お洒落に気を使っていないように見えて、実は香水に拘りがあるんだろうか。


「ど、どどどどうも……は、初めまして。アーヴェンスと言います。あ、あの、お世話に、なります」


 席を勧めると、もごもごと口ごもりながらアーヴェンス兄様が言う。じっと見つめる私の視線に落ち着かないように体を揺らし、うろうろとその目線がさ迷っている。

 

 なんか予想していなかったタイプのお兄様だけど、気を取り直した私はにこりと笑顔で挨拶をした。

 ちょっと頼りなさそうとか、本当に魔法使えるのとか色々頭をよぎったけど、男は見た目じゃない。中身が大事。もっと言えば私に知識をくれるのかが大事。

 とにかく私の先生はこのアーヴェンス兄様しかいないのだから、好感度を上げるためにも愛想よく愛想よく。


「初めまして、ロゼスタです。お会いできる日を楽しみにしていました。……お兄様、とお呼びしてもよろしいですか?」

「は、はい」


 ちょっとぼんやりした様子だったアーヴェンス兄様が、言葉の意味が飲み込めたのか、かくかく頷いている。


「お兄様は魔法がお得意なのですよね? お母様から聞きました。とっても優秀なのですよって」

「は、はあ……それほどでも……?」


 そこ、どうして語尾が疑問系? あと、目線がさっきよりもうろうろしているのも気になる。だぶついた袖がひっきりなしに握られているから、シワになってきていた。

 だが、今はそういった点を指摘するのは後回しにさせてもらう。

 話を切り上げるように口をもごもごし始めたところを、敢えて素知らぬふりをし一気に畳み掛ける。


「実は私、魔法のことを学びたくて……。お母様から、お兄様からなら教わってもいいと言われたんです」


 相手をさりげなく持ち上げて、あまり必死になっていると取られないように両手を組みお願いをするポーズを取る。

 勿論、上目遣いのまま。最近の私のおねだり時の通常装備である。


「──お兄様、私に魔法を教えてください」 


 やっと言えた一言。

 一瞬の間が空いて──。


「ええっ!?」


 悲痛な悲鳴があがった。


「ぼ、僕、そそそんなこと、聞いてません! ただここで研究していていいとしか──無理ですぅっ! とてもじゃないけど師匠の娘さんに魔法教えるなんて……ほ、他当たって下さい!」


 挙げ句、狼狽え両手を振り回し始めた。

 何気に今までで一番大きな声だ。ボソボソ喋っていた時より大きな声も出るんじゃないか。

 ……じゃない! ちょっと待って今聞き流せない言葉が!


「ど、どうしてですかぁ!?」

「それはこっちの台詞ですっ」


 間髪入れず返ってくる反応。さっきのおどおどしていた態度はどこいった。

 こっちも被っていた可愛らしい猫がぼろぼろ剥がれているけど気にしている場合じゃない。


「他の適任者探してください。僕には荷が重すぎます! それにあんまり関わりたくな──いじゃない、とにかく人に教えるのは苦手なんです無理です嫌ですとんでもない!!」


 ちょっとかなり本音混じってるけどひどくない?

 初対面の年下の女の子に何て言い方だ!


「他の適任者なんていません! 貴方だけが今のところ唯一お母様が教わることを許してくれた方なんですっ」

「それは僕の知ったことではないです!」

「そんな言い方ひどいです! どうしてお話も聞いてくれないんですか!?」

「聞きました! 聞いて返事をしていますっ。寝耳に水ですよ本当に! 僕を頼られても困るんです!」

「まあ、そんなにお二人とも慌てずに。ひとまず、お茶を召し上がってはいかがですか?」


 その場を取り成すようにオルガが声をかけてくる。

 ナイスタイミング。さすがオルガ。ありがとう助かった。

 どうどう、落ち着け私。

 引っ込みが掴めなくて熱くなっていたかも。いかんいかん。大事な魔法の先生だ。ここは一つ、年上の余裕を見せなければ。


「そ、そうね。ちょっと急ぎすぎたかも」


 こほんと咳払いを一つ。

 アーヴェンス兄様が立ち上がったのはそれと同時だった。

 美味しい焼き菓子にも一切手をつけていない。なんて勿体ない私が全部食べちゃうよ──じゃない、待って待ってとにかく座って!


「ぼ、ぼぼぼ僕行きます! この話はこれっきりということで!」

「あ、ちょっと!!」


 制止の言葉も間に合わない。

 ばたばたとローブを翻し、私の大事な魔法の先生が去っていく。早歩きから最後駆け足になってるよー。

 逃げられた……。

 初対面で好感度上げるどころかお互い喧嘩腰で終わりましたが何か。どうしてだっ。


 青ざめてがくりと項垂れたところに「前途多難ですねぇ」とのたまったオルガの言葉が突き刺さった。

 本当だよ、これからどうしよう……。



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