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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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新たな情報

 家族で話し合ってからの約一ヶ月、お母様の行動は素早いの一言に尽きた。


 あれよあれよという内に商会を確保。新たに設立はせず、既存の商会の後ろ楯になる形で、その商会の確保している交通を利用できることを見越しての契約を交わしたらしい。

 新規に商会を作って市場に参入するより、既存の商会に商品を取り扱ってもらう方が早いと言われた。シーリアに提案された通りのスタートだ。

 その代わりと言ってはなんだけど、魔道具の作成に関わっているのはお父様、というのを全面に出すらしい。お母様はそれを支援はするけれど、直接関わってはいませんよ、という建前が大事なんだとか……貴族面倒くさい。

 今までにない魔道具を売りに出すわけだから、新しい商会を立ち上げても良かったんじゃないかと思ったけれど、如何せん大人の世界に口は突っ込めない。

 大人しく「はい」と頷くに止めておいた。


 商会の名は、ガイスラー商会。


 どこかで聞いたことのある名前だと思っていたら、ルーカスとフレッドに縁のある商会だった。


 もしかして懇意にしている商会って、ここだったのかな。

 ちらりと覗き見した時の、契約書を交わす艶々したいい笑顔を見た限りでは、こちらの思う条件で権利を取ったのだと思う。

 魔道具を売る権利について、今のところガイスラー商会を通してのみに絞って取引をするという。魔道具を作成しているのは公にはお父様だとするらしいし、多分私は表に出るなってことだ。


「ロゼスタが作った魔道具はオルトヴァ様が発案したものだとしていいかしら」とわざわざ聞いてくれたお母様。

 異論はない。今ここで注目されても未成年の私が上手く渡り合えるとは思えないし。

 注目されたい訳ではないし、今後魔力回復の魔道具を世に出すことを考えるとその方がありがたい。

 複数人で一つの魔道具を完成させるにしても私の書く漢字は大きな武器だし、ただでさえシロガネが側にいて注目されるのに今から別の要素を足すこともない。

「大丈夫ですよ。お母様にお任せします」と伝えたらほっとしたように微笑んでいたけれど、お母様たちがいつも私のことを考えてくれているのは知っているから。



 ガイスラー商会とラシェル家の中継ぎにはオルガが当たっている。私たちが信頼できて、尚且つ商人たちとのやり取りというか駆け引きに堂々と対応しているそうなオルガさん、計算も得意だったようで、有能ぶりに磨きがかかっている。


 あとは私たち三人の魔道具の完成を待つのみ。

 毎日が飛ぶように過ぎていく。机に向かっては魔法陣を描いていく日々を繰り返して、少しずつ完成形である折り鶴の形をした魔道具を増やしていく。

 ガイスラー商会にしても、今までにない価値を提供していく、と魔道具に対してかなり期待を寄せているらしい。以前ルーカスを通じて魔道具に対してあまりいい感情を持っていなかったように感じたけど、考えが変わったのだろうか。


 私たちが魔道具を仕上げている間にガイスラー商会は手紙の一時受け取り場所となる箇所を整備しているし、お母様は領民を募って交通の整備を進める一方で、領主の一存で学校の立ち上げの準備もしている。

 一族内からは急な政策に反発も上がっているだろうに、その対応も引き受けているんだから心配だ。この間も欠伸を噛み殺していたし、ちゃんと睡眠時間取れているんだろうか。



「お父様、例の人物は特定できたんですか」


 ペンを滑らせる手は止めず、お父様に尋ねる。基本の陣をお父様が描いて、兄様が書き足して、最後に私が仕上げに漢字を書き入れているけれど、この陣はなかなか良さそうだ。

 新しい陣を作り出すわけじゃないし、もう何度も描いた陣だから少しくらい話をしながらでも完成させられる。

 色々あったが忘れていない。私が時間稼ぎをしていたのも、今までお母様とお父様に妙な妨害をした人物を探す為で、その目的を探る為のものだった。


「何人か、怪しい人物は上がってきている」


 同じく手は止めず渋い返事が返ってくる。


「ランティスでそのような動きはなかったそうだ。引き続き調べるよう頼んではあるがランティスから女たちが来た可能性は薄くなったな。……全員裏が取れた訳ではないが、ラシェル領近くの複数の村で妙な頼まれごとをしてきた男がいたことはわかっている。身一つで構わない、入り用な物は全てこちらで用意するし礼は弾むからと、とある貴族の夫人に夫への愛妾を希望するよう話してくれと」

「なんですかそれ! まんま、お母様が受けてきた嫌がらせじゃないですか?!」


 思わず手を止めて声を上げると、陣を書き終えたお父様と目が合う。


「問題なのは、そもそもその愛妾を希望していたというのも見せ掛けだった可能性が高いという点だ。申し出そのものも一回でいいからとわざわざ言ってきたそうだしな。その割りに礼の額はいいし、最後の方の女性にはどうやら魔石がその品だったらしくてな……」


 魔石が礼の品になることのどこが変なのかわからなかったけど、お父様は何か引っ掛かることがあったらしく言葉をにごした。

 あまりピンと来ないけれど、魔道具にも使われる物だ、質の良いものなら価値も高いし、他に転売できるんだろう。

 それにフリって……。実際に愛妾の座に落ち着くことが目的じゃなかった、ということはますます嫌がらせの線が強くなったように思う。

 加害者は全員ランティスからやって来ていたのかと思いきや、唆されたとは言え実は領内の人間の仕業。しかもそれが八人もいたのか。


「もっと声をかけていそうですね、その男……それにすごくお金かけてますね」


 断られたということは、反対に引き受けた人物もいるはず。そう考えるとすごい額が飛んでいると予想できるんだけど、どうなんだろう。

 最後の私の呟きに「今はそちらの面で金回りが苦しくなっている者はいないか調べている」とお父様が答える。

 本気の申し出ではなくただのフリ、というところも相手の罪悪感を薄れさせたんじゃないだろうか。

 きちんと文書に契約をしたのならともかく、そんな証拠は残さないだろうし、こうなると人の記憶と証言が頼りだ。


「ただ、その男と抜き取られた手紙が関連があるかまではまだわからん」


 陣を一気に書き上げたお父様がため息をつく。五年間だ。いついつに出したとお互いに記録をつけていない限り、当然運んだ人間も固定されていなければ遡って調べることはできない。

 現にお母様たちも何通出したかも覚えていない。


 そう言えば、シロガネはこの事件調べられないの? とふと思い付いたのと同時に答えが返ってきた。


 ──無理だな。


 くわ、と大きな欠伸をし、すんなりした体で伸びをしながら。


「どうして? 私の時は結構細かいことまで知っていたよね?」

 ──そなたのことを聞けば応じるモノから聞けるものは知っておる。過去を遡った訳ではないぞ。


 聞けば応じるモノって精霊ですか。

 私のことは別のところから情報を得られたけど、起こってしまった出来事や、情報提供者がいないことに関してはわからない、とシロガネは首を竦めた。


 目的は……ランティスへの感情を悪化させて…お父様とお母様の仲を割くことか、初めからランティスへ悪い印象を植え付けることなのか。

 愛人の座を求めての面会がやらせだったことと言い、どうもやり口が汚いように感じてしまう。

 精獣と契約して反対勢力を力付くで黙らせてお父様との結婚を叶えたお母様と、不在のお父様を狙って愛妾希望のフリをして名乗り出た女の人たちと、抜き取られた手紙。

 反対に言えば正面切ってお父様との結婚を無効にするのが難しいから、別の方向から攻めているようにも見える。

 もしくはそんなお父様との結婚を推し進めたお母様の責任とか追及の上、領主交代……まではないか、精獣と契約してるし。


 もし私にほとんど魔力がなければそれを理由に新たな人を強引に勧められてもおかしくなかった。実際には反対で、私は精獣とも契約できた訳だけど。

 もうこんなことを仕掛けてくる人はいないとは思うけど、楽観視しすぎかな。


 恐らく彼らも領主その人にそんな嘘をつくことになるとは思ってもいなかったはずだ。了承して全部お膳立てされて、最後の最後に知らされて、引くに引けなくなった結果……とかじゃないだろうか。

 どちらにしても、私ができることはこの件に関してはなかった。

 

 ムカムカしながら話の続きを促すと、「他に例の奴隷商人から獣人を買った人物が上がってきている」と同じく苦々しい表情で新しい情報を聞かされる。

 奴隷商人から……獣人?

 久々に聞いた単語に嫌な記憶が蘇って顔をしかめる。今思い出してもあれは運が良かった。お父様が通りかからなかったら私たちは今どうなっていたかもかわからなかった。

 記憶から、以前話してくれたカドニス国の獣人の話を引っ張り出す。確か王都では流れてくる獣人を奴隷商人たちが売買していて、その報復を受ける者が続出している、ということだった。 


「まさか本当にいたんですね……誰ですか?」

「ムーハス卿だ」


 誰だ。

 聞き覚えのない名前に眉が寄る。いや、この場合聞き覚えがない方がいい。全く知らない人が関わっているということだから。

「ダールズ卿の義兄だ」と聞いて、途端に見知らぬ彼は敵になった。

 言葉遊びのようなやり取りでお母様に傷ついた表情をさせた彼のことを、私はまだ許していない。レイトスの叔父というのもポイントが高い。勿論マイナスの意味で。

 ──そう言えばお母様に結婚迫っていたけど、もうお父様も帰ってきたし、流石にもう来ないよね。


「ただこれも商人たちの証言だけだからな。なかなか裏を取るのは難しい」


 唸るように言ったお父様が、ふとシロガネに目をやった。「おい」と声をかけ身振り手振りで一旦部屋を出るようにジェスチャーを始めた。さっきからちょこちょこ同じ仕草をしているけどどうしたんだろう……あ、そっぽ向かれた。


 実際に獣人が売買されていない方がいいと思うのは希望的観測だ。報復がどんな形になるのかわからないのも不安の一つだけど、あんな思いをした人ができるならいない方がいい。

 証拠がない、と言いながらお父様は魔法陣に文字を書き入れる。こんな話をしながらでも、ふわりと白色の光が循環する魔法陣を完成させる腕は流石だ。

 私は手紙を運ぶ魔道具の陣だけを書き続けていればいいけれど、お父様はそれに加えて私がお願いした魔法陣の試作も作っているからやることが多い。兄様はお父様のサポートに回って黙々と線を描いている。



 ──ふとお父様が机の上にペンを置いて頭を撫でてきた。

 もうできたんだろうか。それにしては嬉しそうじゃない。

 無言の仕草に、カリカリと兄様が文字を書き入れる音が妙に大きく響いた。


「ロゼスタ……それにシロガネ、こちらでもできうる限り用心はするが、今後近づいてくる奴等には十分注意を払ってくれ」


 硬い声で言われた内容に、首を傾げる。呼ばれたシロガネも動きを止めてお父様を見上げている。そう言えば、お父様がシロガネの名前を呼んだの、これが初めてじゃないかな。

 兄様は相変わらず顔も上げずに一心不乱にペンを走らせていた。


 ──何を今更。

「……どうしたんですか?」

「──奴隷商人たちが妙なことを言っていた。ローブを被ったアイスブルーの瞳をした少年と一緒にいる少女は素晴らしい魔力の薫りを纏っている、と漏れ聞いたと……わかるか? あの日ロゼスタたちが街に降りるのを奴等は知っていた。薫り消臭の魔道具を持っていようがいまいが、彼らには関係なかったんだ」


 内容が頭に入ってきて理解するまでに少し時間がかかった。奴隷商人にわざわざ私の情報を流した人がいる。兄様の特徴まで伝わっているんだから悪意しかない。

 それはつまり、私が奴隷商人に拐われるようお膳立てした人がいるということで──

 理解したのと同時に気分が悪くなる。

 拐われたのは偶然だと思っていた。そして不思議にも思っていた。同じように薫りを放つ兄様がいて、どうして、私だけだったのか……。


「最初から、私が標的だったんですね」


 不意に浮かんだ、カレンの泣き顔。ルーカスとフレッドの悔しそうな表情。彼らの薫りはそこまでのものではなかった。奴隷商人がどうしても捕まえたいと思えるほどの。

 あの三人は、私が標的だと悟らせない為に敢えて拐われたのか。

 そうでなければ隣にいた兄様を狙わなかった理由がつかない。


 ──わざわざそれは娘に言わなければいけないことか。黙って己の胸に秘めておけば良いものを。


 いつの間にか獅子の姿になったシロガネが唸り声を上げる。私の前に身を伏せ、お父様に今にも飛びかかろうとしているようにも見えた。

 逆立った毛一本一本からゆらゆらと白い光が上がっていて、ただでさえ大きい体が一回りも大きく見える。

 待ってと言いかけた声は、拳を握り締めながら静かに話し出したお父様の言葉に消えた。


「……本当ならお前だけに聞かせればいいんだが、お前が娘の側から離れなかっただろうが」

 ──当たり前だ。あんな下手くそな手振りでわかるか。

「聞かせたくて言った訳ではない。──いいかロゼスタ、何かあったらすぐに私の元へ来るんだぞ。異変があったらそいつに対処させろ──おい、お前も犬なら犬で番犬らしく私の娘を守れ。二度とあんな奴等に手出しさせるな。万が一そんなことになったらすぐさま契約を破棄するんだな。魔力だけ食う役立たずに用はない」

「あの、拐われた時にはシロガネはいませんでしたけど……」

 ──フン、既に二人抱えているお前にこそロゼスタを守る余裕などないではないか。いや、三人か。片意地張らずに素直に頭を下げればいいものを。

「ぐだぐだと口上を聞かねばならん理由はない! 男なら是かはいで応じろ今すぐにだ!」


 それ選択肢一つしかないです。なんて突っ込みを入れられる雰囲気ではなかった。

 吸う空気にすら殺気が混ざっているような気がするくらい、重い雰囲気の中、無言でお父様とシロガネが睨み合う。


 ──言われずとも。


 痛いくらいの空気の中シロガネが唸り声で応えた。シロガネの言葉が聞こえないはずのお父様が、肩の力を僅かに抜く。

 誰も言葉を発さない中、耳に痛いくらいの静けさが下りたと思った瞬間、がたりと椅子がひっくり返る音がした。


「で、できました!」


 上ずった声で喝采を上げた兄様。……この空気の読めなさは一つの才能だと思う。

 張り積めていた空気が弾けて、一人と一匹がフン、とあらぬ方向へそっぽを向いた。


「何ができたんですか?」


 ほっとしつつ見ると、複雑な術式が書き込まれた陣からふわり、と丸くて青い光が浮き上がるところだった。


「──地図、地図はどこだっ」

「ここです!」


 鋭い目を一変させてお父様が完成したての魔法陣から立ち上った青い光の下に、慌ただしく領内の地図を置いた。

 気を削がれたらしいシロガネがムッとした表情のままぽん、と白猫の姿に残る。

 なんとなく離れがたくて白い体を抱き上げると、表情は変わらず桃色の舌でちろりと顎を舐められた。


 ゆっくり地図のある一点に集まる光。

 ふと思い付いて光に触れると、数回点滅をする。次の光も同じように瞬いた。

 机の上に出来上がった魔道具を見ると、青い光が点滅するのに合わせて発光している。


「こうして確認すれば、どの魔道具がどこに配達されているか一目瞭然ですね」


 達成感を滲ませ、弾んだ声で兄様がほっとした表情になる。


「まだ数が揃っていないだろうが……あと少しだな」


 一日何便限定と銘打って宣伝してどのくらいの人間が食いつくかな、とにやりと笑うお父様の表情はいつも通りのもの。

 ……そうだった、私たちは誰かもわからないけれど、邪魔をしてくる奴等にされたことを気に病む時間はなかった。


 勿論用心はするけれど、シロガネがいてくれるしね。

 腕の中の精獣に微笑むと首を傾げられた。アイコンタクトが通じるようになるにはまだ時間がかかるようだ。





読了ありがとうございます。

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