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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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金策

「金策なんですが、考えがないこともないです」


 競合するところが少なく、需要が埋もれているところ……。


「大体でいいんですけれど、ここから王都ってどの程度の距離があるんでしょう?」

「馬車で二週間、早馬で六日くらいかしら。それがどうかして?」

「とすると、ここから荷物や手紙が届くのも同じくらいの期間、もしくはもう少しかかるということですね」


 思っていたよりも遠い。

 これなら私の考える事業は大分興味を引くし、ある程度の顧客も見込める。……私が考えた魔道具を使うわけじゃないけど。


「手紙の配送を中心に運送事業の立ち上げを提案します」

「運送事業?」

「はい。商会を立ち上げてもいいのですが、魔道具の利便性を遺憾なくアピールできて尚且つ事故が少ないかと思って」

「それは早馬を使うのとどう違うの?」

「以前私がお父様の魔道具を使ったのを覚えていますか? あっという間に飛んでいったことが印象に残っているんですが……どのくらいかかったかわかります?」


 あれだけのスピードで飛んでいったからには相当の早さだったはず。他にも応用が聞くと踏んでの発案だ。


「確かここを出発してから二日間だったな……あんなに早く届くとは思ってもいなかった」


 魔道具自体に何日間かかったのか記されるらしく、あっさりお父様が答える。なんだその高性能。そして速達の字の威力半端ない。

 ……あの壁の穴どうなったかな。


「早いわね……」


 唖然としたお母様が呟く。今までの常識と照らし合わせてどれだけ素早いか実感が湧いたんだと思う。

 まずは軍資金が必要だ。材料はただではない。いずれ複数人で一つの魔道具を完成させてもらい雇用するのなら、支払う給料もある。

 学校を作るにしろ魔道具を売り出すにしろ、元手となるお金がないならただの理想論になってしまう。


「あの魔法陣、もう少しまとまった数書けませんか?」


 同じ緑色の瞳を覗き込み、お父様にお願いする。私が初めから書くよりも、元にあるものをお手本に増やしていった方が時間も短縮できる。

 嬉しそうに一瞬目を細めたお父様は、次には一転して難しそうに唸った。


「あれか? しかし、あれは私とアーヴェンスに直接届くように陣を組んであるし、不特定多数の者に使えるようには……」

「確かに個人から個人へ届けるのは難しいと思います。でもラシェル領の所有する早馬を管理している宿屋や、屋敷宛に固定をしたらどうですか?」

「つまり、一旦手紙をこちらで受け取り、宛先の近くの早馬のある屋敷宛に送ってそこから再度届かせるのね?」


 相変わらずお母様の理解は早い。よく飲み込めていないお父様を置いて、こちらの言っていることを正確に掴んでいる。


「はい。普通は人を伝って届けられていますよね? 手紙を集計する場所はないですし、早さもバラバラだと思います。そこを、行きは魔道具の到着した場所の者に配送をしてもらうよう仕組みを整えて、返事は直接こちらに届くようにすれば、日数をかなり短縮できませんか?」

「なるほど……全てを魔道具に組み込まず、人の手も使うのだな」

 ──またまた妙な案を出しおって……それに以前の魔法陣とはどんな物なのだ?

「それはまたちょっと待ってね……それに、この案なら利用する方に魔道具を渡すことはありませんので、こちらで管理できます」


 茶化すシロガネを軽く睨みつつ、毛並みを一撫で。横やり入れるくらいなら有効なアイデアを出してくれ。わりとまぢで。


「魔道具を売るんじゃないのか」


 お父様が怪訝そうな顔で首を捻る。少しイメージが難しかったらしい。


「提供するのはあくまで手紙をどこよりも早く安全に届けますよ、というサービスです。この魔道具は売りません」


 というか、どんどん売っていったら利用してくれる人がいなくなっちゃうし。

 お母様が「ふぅん」と頷く。


「面白そうね。それに魔道具の便利性をアピールできるし、手紙ということで貴族たちも手を出しやすそう」

「見込む客層はお母様の仰る通り貴族間でのやり取り、字の書ける商人同士の素早い連絡、緊急時の連絡が多い騎士団等を想定しています」

「なるほど。手紙や物がそれだけ早く送れるのは魅力的だな」


 ふんふんと頷いているけど待って!


「ちょ、ちょっと待って下さい、私荷物もなんてまだ言っていないです!」

「? それだけ早くほぼ正確に送れるとわかっているのに、荷物を送らないのは何故?」

「確かにそうだ。何故だ?」


 ちょっとお母様たち、魔道具の便利さに大事なこと忘れてる。


「もし魔道具に武器や爆弾が仕込まれていたら大変でしょう? 手紙にも何か物騒な内容が書かれていたら問題です。なので、同時にお父様には手紙の内容がわかる魔道具も作っていただきたいんです」


 確かこれもお父様が前に作ったことのある魔道具だった。一度でも作ったものであれば、もう一度作り直すのはそんなに難しくない……よね?

 素早さも正確さも折り紙つき、そこに武器の輸送がくっついたら大変だ。この国の軍事バランスまでまだ習っていないし、やぶ蛇になったら困る。


「やることが増えたぞ!?」

「師匠にとっては嬉しいことでしょう。存分に書いて下さい。僕もお手伝いします」

「わぁ、ありがとうございます! むしろ魔道具自体に危険な物は受け付けない設定なんかを組み込むともっといいですね! こちらでいちいち確認しなくていいですもの。あ、それと間違っても壁をぶち抜かないよう設定お願いします」

「難易度が上がったな……」


 ここぞとばかりに注文を付け加える。

 当初の魔道具からすると格段に面倒な要求ばかり挙げたけれど、受けたお父様は口調こそ不承不承だったが、目はきらきらしているし兄様は嬉しそうだ。


「それに一度利用して下さった方々は、リピーターになる可能性が高くなると思うので、一日五十なら五十で限定した手紙の配送にしましょう」

「限定にする必要は何故? それにもう一度利用するとどうしてわかるの?」

「お父様がいくら元になった魔道具の案を持っているからってそんなに一気に用意は難しいでしょう? それにこの魔道具は使い捨てにはしません。再利用するのが前提です。だからそんなに数を増やすとこちらが管理するのが大変なんですよ」


 相手の所在地を陣に組み込む必要はなくても、行きの途中は別の場所に届くように設定するのだから、複数の行き先を設定しなければならない。

 どの魔道具がどこに行っていて何日かかって──なんて記録することを考えたら増やし過ぎるのも問題だ。


「人って慣れる生き物ですから」


 首を傾げているお父様たちにわかりやすく説明する。


「一度ストレスなしに荷物が届く感覚を知ってしまえば、今までの当たり前だった早馬は使えなくなりますよ。便利な物があると知っているのに、時間がかかる既存の物を利用し続けるのは何かしらの理由がある人でしょうね」

「……怖いことを言うな」


 魔道具の利便性に慣れていったら、自然とそうなっていくと思う。

 今までの待っていた時間が半分以下、それも相手の返事次第では数日以内にできるやり取りの手軽さを体感したら、きっとそれまでのやり方には戻れない。

 その分きっちり料金はいただく予定だから、利用する人は緊急時かお金をある程度使える層、そして魔道具に対して抵抗が少ない人になる。

 まぁ、慣れすぎてもっとと求められても怖いから、そんなに早い段階では荷物を送れる魔道具は出さないつもりだ。荷物を運ぶ魔道具が空を行き交うなんて、現代日本での飛行機が飛んでいた光景と何が違うんだって話だし。


「……荷物を送ることができる魔道具もできるだけ早く使えるようにしたいわ」


 ──と思った矢先にご当主からの要望が上がった。


「何か事情があるんですか?」

「もしそんなに早く送れるのだったら、食品もより新鮮なうちに取引できるんじゃない? こちらから送るだけじゃなくて、向こうからも送れたら格段に物流がよくなるし、他の商会を介さなくていい分手間賃が浮くのよ」


 元々王都から大分離れているのもあって、ラシェル領の畜産物はほとんどの食品が加工して届けられるそうだ。


「王都に商会を出して、そこに荷物が届くようにすれば新鮮な食品をより早く卸すことができるわよね?」


 確かに効率に目をつければそうなんだけど、それって大丈夫なのかな……。明らかに他の荷物を扱う商会より頭一つも二つも飛び抜けて使い勝手がいいもので、領内に学校を起こすより反発買いそうだけど。

 ──と思ったら、思わぬところから助け船が出た。


 ──王都には防御陣が敷かれていたようだが。

「防御陣?」


 聞き慣れない言葉を聞き返したら、お母様がはっとした顔で口に手を当てた。


「そうね、それがあったわ……物資は全て出入り口の兵士の手によってチェックされるの。無人の魔道具なんて通さないわね」


 防御陣とは王都全体に刻まれた陣で、周囲の外敵からの攻撃を防ぐ物らしい。王都に入る為には兵士のチェックが必ず入り、一般人は三の門の中、貴族は二の門の中まで進め、それより先の一の門内は王族たちの居住スペースだそうだ。更に一の門から王城は、また別の防御陣が敷かれているという徹底振り。

 こういうのを聞くと、常に魔物を警戒しているんだと実感する。

 諦めたように首を振ったお母様の袖を引く。


「手紙と同じ扱いにすればどうでしょう? 別に王都に全ての物を卸している訳ではないですよね? 別の地方に送る食品は荷物を送れるようになった魔道具で送るように調整するというのは」

「……手紙と同時に使えるようにしないのは何故? 確かに手紙を魔道具で送るのは便利だけど、荷物も送れる方が便利なんじゃない?」

「影響が大きすぎると思うからです。他の運送を担っている商会の仕事を根こそぎ奪ってしまうことにもなりそうですし。程ほどに競争相手となってくれる方が、顧客の選択肢も増えて市場も発展すると思いますよ」

「魔力回復の魔法陣作った貴女が言うんですね……」


 ぼそっと呟いていますけど、聞こえていますからね兄様。

 魔道具を広めたい私が、同時に広めすぎたくないと言うことに疑問を抱いているようだけど、その前に魔力回復の魔道具を作った人なんていなかったでしょ。


「まだ魔道具そのものの認識が広まっていないんですよね? それでしたら手紙の魔道具でどんな便利な物なのか、ワンステップ置いた方が反応も見られます」

「まぁ、この国では一気に脚光を浴びない方がいいだろうな。手紙の魔道具として世に出せば、誰も荷物はなんて思い浮かべないだろうしな」


 魔道具を広めようとしている私が言うことではないけれど、急激な変化は望んでいない。

 使えば便利だけれど、使わないという選択肢もあっていいのだ。むしろ今便利だと知って一気に来られても困る。完璧にパンクする。

 領民皆に魔道具作りをしてもらいたいわけではないし、多様な価値観があってこそ物流も活性化する。そこにこそ私の作る魔道具が受け入れられる余地があるわけで。

 理想は精霊、精獣と魔道具の両方がバランスよく存在する国だ。


「ロゼスタ様が想定しているのは、領内で学舎ができてある程度彼らの学力が上がり、魔道具を作る者が現れて──からですか?」

「プラス、幾つか平民向けの魔道具を作ってからですね。今のままでは、魔力回復の魔道具は世に出せそうにないと教えてくれたのは兄様たちじゃないですか」

 ──大分先ではないか。


 もう、黙って! しょうがないでしょ。

 私だって遠い道のりを考えるだけで息切れしそうだよ。

 口にはできない不満をぶちまけると、シロガネのが小首を傾げた。何その仕草可愛い。


 ──何がしょうがないのだ?

「ええええ、心の声も聞こえるとかもう私こういう会話、本当に無理無理……」

「心の声も、だと?」

「い、いえいえなんでもないんですお父様……それに! 彼らが魔道具を作れるようになってからです。お母様、この領内で幾つ学舎──学校は作れますか? そこで読み書きを教え、興味のある子を中心に魔法陣の書き方を教えていけたらと考えています。魔法院に庶民が後ろ楯もなくて進めるのなら何も問題はないんですが、そこはまた追々に、ですね」


 焦れたように、胸で呟いた台詞にも遠慮なく口を挟むシロガネを反射的に撫でる。ホントにこの子はさっきからなんなんだ。本音と建前が通用しないってやだわー。それに同時進行の会話ができるほど器用じゃないから勘弁してくれ。


 ──そなたは面白いことを考えるであろう? 夢を渡って語るより、側で見ている方がもっと面白いと思ってついてきたのにまた先伸ばしか。


 ……契約したのはそれが本音か。


「私は見せ物なの?」

 ──我にとってはな。皆そうだが今のとこはそなたが一番だ。

「嬉しくない!」


 失礼な。人をなんだと思っている。


 ──我の契約主だが。

「話しているところ悪いが」


 全く悪いと思っていない表情でお父様が口を挟んできた。


「私が作るのはそれだけでいいのか? 手紙を運ぶ物に中身をチェックする機能を追加する物で」

「もう一つお願いしてもいいのなら……」


 ふと思い付いてお父様にあることを耳打ちする。難しそうな表情をしたが「できないこともない」と頼もしい返事が返ってきた。


「だがそんなに警戒することか?」

「粗を探そうとする人、悪意のある人はいくらでも出てきますからね。考えられる問題点はできる限り潰しておいた方がいいです。──それとさっきの件なんですが、生活に必要な、より需要のある魔法陣を幾つか完成させたいんです。それにはまずお父様と兄様と私で魔法陣を完成させられるのか、幾つか試してみたいんですが……力を貸していただけますか?」


 私たち三人で、一つ如何に効率よく魔法陣を完成させられるか検証をしている間に、読み書きを教える学校ではどんどん知識を教えていってもらいたい。

 学校に通い始めた子たちはすぐには文字を書けるようにはならないし、数ヵ月猶予がある。


「ロゼスタの腕を確かめる良い機会だな」


 嬉しそうに顔を綻ばせるお父様。おおう、こっちの難易度も上がったよ。


「学舎は取り合えず様子見の為に一つかしら。子供たちに学ばせてやろうと快く親が送り出すように、ちょっと陸路の整備を進めましょうか」


 気を取り直したように、いたずらっぽい顔を覗かせたお母様。空を魔道具が飛ぶのなら、陸の運搬路も整えていかないと不平がたまりますからねと微笑む。

 ……そう言えばシーリアも王都から地方への道が整備されていると言っていたっけ。王都でも何かあるんだろうか。


 あとは何で資金が稼げるかな……簡単に思い付くのが食べ物だけど、残念。私は食べる方専門だった──今度厨房で案を聞いてもらおう。




読了ありがとうございます。

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