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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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魔力回復量

「なんだこれは一体どうなっているんだ……っ」

「あらあらまあまあ」


 何度目かの台詞を耳にして視線を下へ。もうこれ以上肩も首も竦めそうにない。

 魔力回復の魔法陣をその日のうちに、二人に見せに来て……結構時間が経ったと思うけれど、反応は変わらない。


「すごいわねぇ、流石ロゼスタ。私の自慢の娘だわ」


 にこにこしたお母様に、頬と髪を撫でられる。癒し。

 見せた魔法陣に対して「あらあら」と笑ったお母様……実はこの中で一番肝が据わっているのかもしれない。


「なんなんだこの文字はっ。真似して書いてもちっともさっぱりこれっぽっちも動かないしそれが一体全体どうしてこう動くんだっ!!」


 頭をかきむしってお父様が呻く。隣で兄様が頷く。その後の行動はわかっている。──また二人してこっち見て!


「……お父様たちの書く文字が動かない理由はなんとなく想像がつきますけど」

「「!」」


 多分ね、書き順だと思うんだよね。

 ぼそりと呟いた言葉は素早く拾われた。


「なんだその理由は? 頼む教えてくれっ」

「貴方」

「もっと形を似せないとだめなのか? それとも」

「貴方」


 にっこり笑ったお母様がお父様の耳たぶをつまんで、きゅっと引っ張った。きゅっと。

 たったそれだけで口をつぐんだお父様。

 母は強し。


「その魔法陣に関しての研究はまた次にするとして、どうしようかしら」

「また次にしてどうするんだ……! 」

「ロゼスタはこれと同じ物をと言われても作れるの?」

「作れます」


 というより作ります。

 そんな決意を込めて答える。ここが正念場。私のやっと出せた目に見える成果を、ここでなかったことにしたくない。

 王都の陛下の元で、魔道具の研究を仕事としていたお父様にきちんと認めてもらいたい。


「作れる、はともかく……どうするんだこれ……」


 お父様がまた呻く。


「……魔力がすぐに回復させられるなんて考え方が、すぐに浸透するなんて思っていません。ただ、今この時できた魔力回復の魔法陣をなかったことにすることはしたくないです」


 どうしたらこの世界に定着させられるか、まだ考えは纏まらない。

 それでもこの陣をなかったことにするの嫌だった。まだこの道に進むと決めたわけじゃないけど、作ったこの魔法陣にはすごく思い入れがある。

 頭に置かれたお母様の手が動きを止めた。


「一つの可能性を形にしたのは素晴らしいわ。今までになかった、斬新なアイデアだけれどこれをすぐに発表するのは私も反対ね」

「危険、だからですか」

「それも理由の一つ。もう一つは、私たちでは優先順位を決めるのが難しいから」

「優先順位?」

「ええ。ロゼスタが話してくれた、ランティスへこの魔法陣を流すのはダメ。魔道具としての数を確保できても相手方へより多く流れてしまうでしょう。かといって、今すぐにここで量産も難しいわ。正直魔道具としての価値がどのくらいになるのかも、私には判断がつかないの」


 今までの魔道具は魔力がない者、少ない者が使う者が多かった。今回私が作った魔法陣は、むしろ魔力が多い者ほど使う機会が増えるという結果に繋がる。

 ……魔道具への認識が変わってくれたら、と思ってはいたけど、結構この魔法陣の影響大きい?

 ちょっぴり甘く見ていた自分を反省。でも作ったことに後悔はない。

 魔道具への認識が大きく変わるかもしれない、ということはよくも悪くも人の利権が絡んでくる。

 だからこそ、余計に隣国へ情報を流すことはできない、とお母様は表情を引き締めた。より多くの魔力を回復させたいフローツェアにこそ流通させたい、と菫色の瞳に流し見られてお父様が頷く。


「私もまだランティスの仕事仲間たちには連絡しないこととしよう」

「まだ?」

「これだけの性能だ。私が黙っていてもいずれあちらの耳に届く」


 さりげなく効果を認められた台詞に頬が緩んだ。陛下の元で仕事をしてきたお父様に認められたのは、大きな第一歩だ。

 あとは魔道具の量産。この国での魔道具へのイメージアップ。使う者が少ないってことは、使用している人に対しても差別があった。今後はそのマイナスイメージもなくしていかなければこの魔法陣が長く使われることはない。

 一部の特権階級の人だけの物にはしたくない。

 だだ私一人が作るというのは現実的じゃない。腱鞘炎になるわ。


 ……今思ったけど、この性能が一般になると魔力の大量増幅も当たり前になる?

 兄様には勢いでそう言ったけど、持つ人皆が魔力枯渇を利用して魔力増やしていったらどうなるか……正直どうなるのかわからない。

 それなら全体の魔力の半分を即回復、とかどうだろう。それぞれの魔道具によってばらつきがあれば魔力の増加に目がいかなくなるだろうし。


 取りあえず量産。量産……量産?


「あの、ええ、と。もし変な考えだったら言ってほしいんですけど」


 どう対応するか唸り出した三人に手を上げて注目してもらう。

 流れる魔力が滞りなく巡って、偏りの少ない魔法陣であればあるほど魔道具としての完成度は高い。なら、意図的に魔力の流れに偏りを作れば、性能の低い魔道具が作れる……?


「一つの魔法陣、魔道具を作るのに、一人の人間で完結させるのではなくて、複数人で分担作業にしたら効率は上がりませんか?」

「……それ一つで職人の作品だぞ。基礎の魔法陣を描くことから、細部の文字を書き入れて完成させることで魔道具としての価値も出るのに何故他人の手を介す?」

「魔道具の発展したランティスならともかく、ここにはその下地がありません。職人もいないこの国でなるべく抵抗なく魔道具を流通させるには、一人一人が分担作業でそれぞれのパーツを完成させて、どこかで集めて完成させるのはどうかと思いまして」

「魔道具を作っているという意識を薄れさせる為にか」


 町で見つけた魔道具を扱っていたお店の品物は、全て個々人の物。有名無名はあったようだったけれど、一人一人が最初から最後まで仕上げた作品だった。

 道具としての価値はともかく様々な魔道具が存在し、他国とのやり取りもしているランティスのように、一から職人をこの国で育てるのには時間がかかるし、何より国民が受け入れるかどうか。


 何しろ精霊、精獣と契約することが何よりも素晴らしくて、魔道具に頼るのは恥ずかしいことなんだもん。


 魔道具を自分の手で完成させるのは抵抗を感じるかもしれない。

 でも、手を加えるのが魔法陣の一部だったり、全体の一部分のみだったら?

 完成品の一部に手を貸しただけ。全体像は見えにくいし、手を貸したことでお金が入るなら、やる人も出てくる可能性がある。

 それにより多くの人の手を介せば、その分魔法陣に偏りが生まれる。陣として機能しないのは論外として。


 最低限魔力が流れていれば肝心の魔力回復の機能は残って、うまく行けば回復量だけ不揃いになる。いくら魔力を回復すると言っても、その魔道具自体の機能が劣っていれば上限を越えて回復はできないし、使う人もそういう物だと認識してくれる。はず。

 プラスして『魔力中回復』とか『魔力小回復』というように陣に応じて量の指定をしてみよう。検証次第だけど陣の魔力に応じた回復量に調整できそう。

 ──いいことづくめじゃないか!

 よし、今回私の全回復の魔法陣はやっぱり当初の予定通りお母様にプレゼントしよう。むしろ他の人に渡せない。


 お父様と兄様は、そもそも自分の作品という考えが強いようで眉をしかめていた。


「分担作業にすることで余計に時間がかかるのでは?」

「それに、他人の手が入ることで癖の違いが出て魔法陣として機能しないんじゃないか? それに最終的な出来映えを誰がチェックするんだ」

「肝心の魔道具の権利はどうなります? 他人の手が入った時点でロゼスタの作品とは言えなくなりますよ」

「最終的な出来映えの判断は私がします。というより、最後に魔道具としての仕上げを行えば、私一人の魔道具と言えなくても権利は強いのでは? この文字を書ける人間は限られるので」

「例え分担作業ができたとして、その膨大な量の魔道具になる物をロゼスタ一人がチェックするのか?」

「……正確に言うと、お仕事が忙しいお母様を除いたお父様と兄様と私で」

「……また私だけ除け者?」

「お母様お忙しいでしょう? あああ、意地悪じゃないんですってば、またそんな目で見ないで下さいっ。魔道具を作り慣れているお父様と兄様の方が適任かと思っただけなので」

「──でもそうすると作られた魔道具の効果に差が生じるかもしれませんね」


 流石兄様。

 膨れたお母様を物ともせず、私の案をシュミレーションしている。


「でも本来の魔道具ってそういうものですよね?」

「まぁ、確かにな……」


 敢えて効果を抑えるという考えが引っ掛かるようで、お父様が眉を寄せる。

 作る人間の技量によって、同じ魔道具はその効果に差が出ると教わった。ならば魔道具としての機能そのものの威力を敢えて抑えることもできるはずだ。

 一人で作った方が効果が大きいのは伏せておいた方がいい。提供できる数を増やすために複数人の手を介す、と外には強調しよう。


「その文字には魔力回復をするようにと思いを込めました。なので私が描いた魔法陣でなくてもその文字は効果を発揮してくれるはずです。ここで問題なのは、魔力を回復させる魔道具よりその回復量です」

「回復量? 使った魔力の分回復させるんだろう? 何が問題なんだ?」

「多い方がいいでしょう? 魔力枯渇を心配しなくていいもの」


 お父様に続いてお母様も不思議そうに首を傾げる。すぐにその単語が出てくる辺り流石だ。


「そうなんですが……私もついさっき思い当たったんですが、この魔法陣、使い方によって魔力の大量増幅できてしまうと思うんですよ」

「は?」

「ほら、さっきお母様が言った枯渇! 例え使いきったとしてもこの魔法陣を身につけていれば、瞬時に回復、ですよね? それって魔力どんどん増えませんか? それこそ際限なく……」

「………」

「ちょっとそれはまずいと思うんですよ。魔力回復が一番の目的なのに、そんな裏技使われても釈然としません。それに万が一そんな人たちが増えたら魔法職の方も困ると思うんですよね……なので先程の、複数の手を介して魔法陣を完成させる実験をしてみて、魔法陣の性能を落とせるか確認してみたいんです」

「…………」

「そう考えるとこの領地で実際に他の人の目に触れるのは、まだ先のことになりますね。実際に魔法陣を描いてもらうのは魔力があればどの方でもいいんですが、個人的には職業の一つとしての選択肢になるのが理想なので幅広い人たちに……ってあら? お父様、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」

「……ディア、私はもうなんと言ったらいいかわからないんだが」

「大丈夫、立派に貴方の娘よ」


 掠れた声で呆然と呟くお父様にお母様がにこやかに返す。どういう意味だ。


「お父様、それはそうと。……時間稼ぎの件はどうなりましたか? 私そろそろ外の空気が吸いたいです」


 友人一号のシーリアにも会えていない。カレーの薫りが懐かしい。話したいことも増えたし、今回のことを相談してみてもいいのかと聞けば、途端に難しい顔が返ってきた。


「あの奴隷商人たちなんだが……色々背後の奴等が厄介でな」


 どうやら彼らがああして子供を拐うのは初めてではなかったようで、過去にはどうも獣人も売買していたらしい。


「基本的に獣人を奴隷とするのは禁止されているんだが、まぁ禁止されればされただけその反対のことをする奴等もいるにはいる。カドニスの獣人は種族の結び付きが強いんだ。特に子供は愛玩用に人気があるんだが、子を拐われた一族たちから報復される者が後を立たなくてな。それでも流れてくる獣人たちがいるから、あいつらのような奴隷商人が困ることはない」

「禁止されているのに……バレなければいいって考えなんですか?」

「……国としてもそんな売買はない方がいいに決まっている。だがそいつらを全員罪に問えるかというと難しい」

「貴方」

「こういう話もロゼスタには必要だろう? ──流れてくる人数が把握できないほど多いのは確かだ。何しろ彼らは獣の姿を取れば野生の動物と見分けがつかない。それと同時に、あまり報復される人間が多いと、あちらの国から付け入る隙を与えることにもなるからな。別の罪状で罰金や追放、身分剥奪等で身柄を確保している内に捕らえられている獣人をこっそり逃がすのが精々だ」


 逃がした獣人の同族が報復に来る確率が、そんなに高くはないのがそうする理由らしい。

 それでも今の陛下になってから、獣人たちにとっては大分住みやすくなった方だと、お父様は肩を竦める。

 お母様は詳しくは聞かせたくなかったみたいで、眉を潜めている。


 それ以上はお父様も言わなかったけれど、この間の奴隷商人が獣人を売買していたというフレーズで嫌な展開が見えた。

 うわー、厄介だ。

 それってこの領地内で、獣人を奴隷として買った人間がいるかもってこと、じゃない?

 法律で公には禁止にしているけど、獣人の報復が多いとそれはそれで国家間に軋轢を生むから見て見ぬふりをすることが多い。王都ですら裏でそんな駆け引きをするしかないのに、ここでそんな迷惑なことをする人がいるなんて。

 お母様は顔をしかめているけど、国としての本音と建前を分かりやすく説明してくれたお父様に感謝だ。正直そういうのは本には載っていない。


「では、まだもう少し現状維持ですね。シーリア様には会いに行ってもいいですか?」


 背後関係を慎重に探る必要があるのなら、私の外出はまだまだ先だ。ほどほどに面会をこなして、ほどよく魔力回復をする魔道具の完成を目指すとしよう。

 魔道具の性能を落とす発想はなかったようで、兄様が真剣だった表情を一変させてぶつぶつと呟き始める。早速検証に付き合ってくれそうで、ロゼスタは嬉しいです。


「シーリア様と、なぁ……」


 おや?

 すぐに頷いてくれると思ったお父様はなんだか渋っている。仲良くしてほしいと言っていなかったっけ?


「仲良くされている、のか? 」

「仲良くって……はい、お友だちになってくださいました」

「そ、そうか……。いや、あまり親しくされてもご迷惑になるようなことはだな」

「そう、ですね。私は好きなんですが」


 琥珀色の目をしたツインテールの少女を思い浮かべる。ちょっぴり辛口の女の子。でもきっと寂しがりやでもあるはずだ。

 またあの薫りが嗅ぎたい──じゃなくて、それもあるけどお話ししたい。


「! ちょっと待て、それはまだ早い!」

「……友人を作るのがですか」

「あ、いや、別にそういうことじゃないんだが」

「貴方、そんなに気になさること? まだ子供よ」

「それはそうなんだが! き、君は心配にならないのか!」

「今から心配してもどうなるものでもないですもの。それにそんなに気になるのなら、どうして初めにお受けしたの」


 なんなんだ。はっきりして下さい。

 呆れた口調のお母様にたしなめられたお父様は、困ったように頭をかいただけで、結局理由を口にすることはなく。

 なぜか魔道具のことを話すのは大丈夫で、頻繁に会うのは渋るって何を心配しているの。


 返事が返って来ませんが、会いに行っていいんですよね?






読了ありがとうございます。



今年も残り少なくなりました。

次回の更新は来年になるかと思いますが、引き続きロゼスタたちをよろしくお願いします。




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