取り上げられそうになりました
調整をすっ飛ばして、最終的な理想の魔法陣に行き着いてしまった……?
シロの様子を窺うと、こちらも不思議そうに自分の体をキョロキョロ見回している。
「えーっと……」
そう、検証だ。まだ完成したと言い切れないかもしれない。ちょっと予想以上に出来上がるのが早くて、頭の中が別の意味でふわふわしている。
「兄様、お忙しいところ申し訳ないんですが、ちょっといいですか?」
「……なんですか? んん? その魔法陣は……」
「あ、細かいことはあとで。取り合えずこの紙の上に立っていただきたいんです。すぐに済みますから」
「はぁ……」
訝しげに首を傾げつつ、なんと書いてあるか読めない兄様が、ゆっくり足を魔法陣の上に下ろす。両足が魔法陣を踏みしめた瞬間、光りが強くなりまた収まった。
……これは完成したと言い切っていいんじゃない?
しかもちょっと待て。例え魔力枯渇したとしても触って一気に回復するのなら、魔力量の大量増幅も夢じゃない!
頬が緩むのを抑えられず両手を当てにまにましていると、初めはきょとんとしていた兄様が、アイスブルーの瞳を瞬かせながらだんだんと顔を強張らせる。
「これは……」
「魔力回復の魔法陣です。これさえあれば、みんな魔力枯渇を心配しなくていいんですよ!」
私だってやればできるんですよ。ふふふふふん。どうですか見直してくれましたか。
胸を張って次の言葉を待ったが、どれだけ待ってもボールが返ってこない。
「……兄様?」
「なんて、ものを……」
──あれ、想像と違う反応。
おかしい。ここはびっくり仰天した顔で魔法陣の漢字への質問攻めの後、あの優しい笑顔を見せてくれるところじゃないですか?
ちょっと不安になり始めた私の視線にやっと気がついたのか、蒼白になった兄様が口角を上げる。ぎこちなく、無理矢理作った表情で。
「残念ですね。これ、動いていませんよ」
「いやいやいや、何言っているんですかっ」
びっくりだわ。思わず突っ込んでしまった。
「どう見てもちゃんと機能しましたよね? 兄様の魔力も回復したでしょう? 体を休めるより早くないですか? すぐにまた研究に取りかかれるでしょうって言うか、私が聞きたいのはそれもだけど、それだけじゃなくて……」
「こんな物騒なもの作り上げてどうするつもりですか!」
すごい勢いで怒られた。しかも物騒なものって。
「……一番物騒なものから遠い位置にあると思うんですけど」
回復だよ? 攻撃力皆無。
何をどうしたら物騒になるんですか。
思わず横目で見たら頭を抱えて唸っている。
「こんな……貴女以外作れない、高性能な魔道具……どうするんですか」
「高性能ですか! 良かった、ちゃんと使えそうですか? もし改良した方がいいのなら、今のうちに色々と……」
「人の言葉尻捉えてそこだけで反応しないで下さい! 下手すりゃこれ即骨董品ですよ!」
「使ってなんぼですよ、骨董品だなんて失礼な」
作り上げたばかりの渾身の出来の魔道具に、なんて評価をつけるんだ。
万歳しかけたけど、容赦なく来る言葉に腕が止まる。
お飾りの魔道具の為に頭を絞ったわけじゃない。むしろ沢山使ってもらいたい。その為の道具なんだし。
「ええーっと、兄様が何についてダメだしをしているのかわからないんですが、効果はありましたよね?」
もう一度確認すると渋々といった風に頷かれた。ホントーに渋々だった。口への字だし。
「じゃあ何がまずいんですか?」
「まずいも何も……ロゼスタはこれを誰が使うと想定して作ったんですか?」
「魔力がある人……全員じゃなくても、少なくとも魔法で戦闘をする人用にと思って。辺境騎士団や魔物との戦闘が考えられる所にいる人たちが優先でしょうか」
限りがある魔力が都度回復すれば、魔物との戦いで魔力枯渇を心配しなくていい。絶対的に敵わない敵が相手でも、逃げる為に魔法を遠慮なく使える。
「……なるほど、そうですか。そして、この魔法陣の要は今回もこの文字なんですよね?」
兄様が漢字をなぞる。今回選択した字は正解だった。頷くと、大きなため息が返ってきた。
「身に付けるだけで魔力が回復する魔道具なんて、大なり小なり魔力を持つ者誰もが欲しがります。今まで誰も考え付かなかった魔道具に、皆注目するでしょう──嬉しそうな顔するのは早いですよ」
「まずはお母様に最初に渡そうかと思っていたんですけど」
「渡す順番じゃなくて注目度を考えて下さいっ」
真っ先に浮かんだのはディーの背に乗り先陣を行くであろう母の姿。契約を交わしたことで魔力の効率はよくなったとは言っても消費はゼロじゃない。少しでも、この魔道具がお母様の力になればいい。
──それに、お母様が使えば宣伝効果もあるだろうし。
単純に私はそう考えたんだけど、兄様は別のことを心配していたらしい。顔色を悪くしたまま、緩く首を振った。
「師匠の冷やし箱と熱球に匹敵か、それ以上の影響力を持った魔道具ですよ。多分、魔力へのこれまでの価値観がひっくり返ります」
……言われてみれば確かに。
魔力は休めば回復するという暗黙の了解の捉え方に、ほぼ無限に魔法が使えるかもしれないという可能性を作ったからね。きちんと耐久性を調べていないから、どのくらい使えるのかわからないからあくまで可能性、だ。
そういう意味で影響力はわかるけど、価値観がひっくり返るまで、かなぁ。
ゲーム内での回復アイテムって、そこまで凄い扱いだったっけ?
「……ランティス出身の僕からしたら、すごく悔しいです。ロゼスタの、今までの魔道具に縛られない発想が羨ましい。センスの問題なのかな、これは画期的な魔道具になる。それは確かだ。──だからこそ、すぐに発表するのは危険です」
「危険、ですか」
「価値がわかる者はすぐに手に入れようと動いてくるでしょうね、すぐに思い浮かぶのが最果ての森ですが、長くいられなくても森から出てくる魔物を倒すのに魔力の回復があれば、どれほど効率が上がるか……。あとは物流を担う商人たち。彼らの護衛として雇われた魔法使いがもしこの魔道具を手にしていたら、その魔法使いへの報酬額が非常に高額となるでしょう」
「沢山この魔道具作ったらそんなこともなくなりますよ! 魔力がすぐ回復するのが当たり前になったら、魔力枯渇を心配しなくていいし、そういう魔法使いがいることが普通になったら護衛としての報酬も落ち着きます」
「……その当たり前になるまで、何百個、何千個作る気ですか」
「!」
兄様の台詞で繋がった。
この魔道具が広まるには、ある程度のまとまった数が必要だ。出来上がった魔法陣に浮かれて忘れていた。
漢字を書けるの、今のところ私だけなんだった。
私、当分他の魔道具作れないな……。
「すごい魔法陣を組んだと、本当なら驚くところなんですが……」
手放しで一緒に喜んであげられなくて、ごめんなさい。
眉を下げて兄様が小さく言った。
「誰か一人の為に作った魔道具なら、こんな素敵な魔道具はないと思います。相手のことを思った、ロゼスタの気持ちが詰まった魔道具でしょう。でも、不特定多数を相手に考えているのなら話は別です」
作れる魔道具の数に対して、求める人が把握しきれないということだろう。単純に需要と供給のバランスの問題だ。
「この国で魔道具の価値を広めるには、このくらいインパクトがあった方がいいと思ったんですけどね」
「……広まる前に、有力者に抱え込まれるのが先です。……それは、考えていないんですよね?」
「そうですね。優先順位としては、魔物との戦闘が激しい砦や境界線付近の騎士団と思っていましたが……正直商人は考えていませんでした」
「あとは貴族も手に入れようと動くと思いますよ。それから、もしかするとフローツェア国内のみでは収まらないかもしれませんね」
「ランティスが出てくるかもってことですか?」
「場合によっては。それに、どうしても手に入れようと貴女本人を狙いを定める者が現れるかもしれませんよ」
「そんなに簡単に拐われませんよ」
もう街中で拐われるなんてヘマはしないと口を尖らせたら、ため息をつかれた。
「もっと簡単でしょう。貴族ではロゼスタくらいの年齢でも婚約はできますよ。ロゼスタの薫りから考えて相手は複数になると思いますけど、申し出があったらいつまでも断れますか?」
「げっ」
気になる言い回しだけど、それはまずい。私、当主は遠慮しますので。弟か妹が生まれる予定だし。
ただでさえ面会者断っているのに、ここにまた希望者を増やす理由を作ってしまったわけか。しかも外では私は精獣と契約したことになっているわけで……お父様、早く時間稼ぎ終わらないですか?
「ミャウ!」
それまでずっと私たちの会話を聞いていたシロが窓枠に飛び乗った。
そろそろ外に出たいという合図。
最後にお別れのハグを一つ。ふわっふわな毛に顔を埋めてお日様の匂いを吸い込む。あー幸せ。
「今日も行くのね。……見つからないように、気を付けてね」
音もなく飛び乗った小柄な猫に、いつもの言葉をかける。まだ探されているのかもわからないけど、変に連想されるのも困る。やっと面会者が落ち着いてきているところだから、このまま豊穣祭までのらりくらりと逃げ切りたいところだ。
「ですから、これは世に出さない方がいいかと……僕も見なかったことにします」
「んー……、では、お父様にお知り合いの方を紹介していただくのはどうでしょう?」
「僕の話聞いていました?」
白猫に手を振り見送った後、手持ちのカードを確認する。
伯爵令嬢という地位に魔法陣が書けること、ある程度の魔力があり、精霊と契約した経験もある、と。……お父様の伝手を頼った方が有効な気がする。
もちろんお父様たちに報告はするけれど、ねえねえ、待って待って。この魔法陣をなかったことにしようとする気満々の兄様の袖を引く。
一応作成者私だから。
「師匠の知り合い、というと……殆どが魔道具関係の職人が主ですが、師匠の知り合いがなんですか?」
「私は、この魔道具を骨董品にしたくないんです。その為には協力者が必要です」
「……つまり?」
「お父様のお知り合いの方々なら、魔道具に詳しいですよね? その方々にも私のこの術式を理解して、作るのを手伝ってもらえたらと思って」
兄様のアイスブルーの瞳が大きく見開かれた。
少しでも多く、高品質なものを作るとしたら、このフローツェアでは難しいと思ったから。
「魔力への価値観がひっくり返ると兄様は言いました。それは同時にいつか他の誰かが考え付く可能性があるということでもあります。誰かがそれまでの価値観をひっくり返ることを発見したら、それはその時が転換の時期なんですよ、きっと。例えその時転換しなくても、時間が経てばまた同じことを考える誰かが現れます。むしろ今まで魔力の回復を考え付かなかった方が不自然なんです」
「それでランティスへ、ですか」
ここで私の理想を握り潰されたら元も子もない。ホント止めて! 考えるの大変だったんだから!
「別にフローツェアでもいいんですけど……品質がある程度確保できて、量産できるのはランティスでしょうから。フローツェアはまだそこまで魔道具に対する意識も低いでしょう?」
その分この世界に広がるスピードも早いかな、なんて考えていたら、くわっと兄様の目が見開いた。
「っ、だめですよっ」
「へ?」
「下手すりゃ反逆者ですよ、絶対にだめです!」
「反逆者ぁ?!」
目指せ就職、一般人は難しくてもそこそこ埋没して生きたい妹になんてことを。
ぎょっとして身を引いたら、同じ表情が返ってきた。
「自国すっ飛ばして他の国へこんな魔道具流したら、不利益をもたらしたと責められてもおかしくないですよ! その前に自領にも流通させるかわからないのに。そうなる前にフローツェアの陛下へ話をするのが先ですっ」
どうやら私の提案は相当まずかったらしい。
……それもそうだ。ここに個々人の利益や国の境を越えての協力やチームプレイという考えはない。生まれた国でも自領を元に考えるのが普通だ。うっかり忘れていた。
信じられない、というように眺められるのも無理はないですね。
……もうわかったので、その視線やめてもらえませんか。
読了ありがとうございます。




