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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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夢への一歩

 屋敷から出られず、人に会えないとなればやることは決まっている。ある程度魔力も回復してきたし、リハビリ開始である。

 さようなら、ベッドでの怠惰な日々。こんにちは、勉強。


 面会を求める人が少なくなっていると言っても全くいないわけではないし、屋敷内を移動していたらまたどこで顔を会わせてしまうかわからない。

 まだ私は魔力枯渇一歩手前で体力が戻っていないと思われていた方がいいわけだし。あれからもう一ヶ月近く経ちましたけどね。何せ子供なんで、まだまだ体が弱いんです。


 そうなると必然的に兄様と籠る場所は一つ。

 今日も書庫で私は魔法陣と睨めっこをしていた。


 大分重なりあう線を綺麗に書けるようになってきたと思う。

 髪紐の魔道具以降、魔道具を作れていなかったけどようやく専念できそうだ。


 余談だけど、お父様にお願いされていた髪紐の代わりになる魔道具は無事に作って渡してある。私が見に行くのは難しかったから、代わりにオルガに紫の石を取り寄せてもらって、指輪にしたのだ。

 もちろんお母様の瞳を意識して。なかなかあの素敵で優しい色はなくて見つけるのに苦労した。

 どうも婚約指輪、結婚指輪という考え方は薄いようで、左手の薬指に嵌めるのはどうですかと提案したら、どこから耳にしたのか、お母様の方がロマンチックだと盛り上がってしまったらしい。

 今度はお母様が緑色の石の指輪を左手の薬指に嵌めて、にこにこしている。 


「私の指輪には薫り消臭の効果はつけてくれないの?」

「それは流石にちょっと……」


 当主が肝心要の薫りをさせないのはまずいと思うんだ。色々と。


「なんだか私ばかり不公平だわ」


 除け者にされてる、と口を尖らせて拗ねているけど、まさか家族全員で薫り消臭つけるわけにもいかないでしょう。周りが誰も喜ばない。

 時々思い出したかのように魔道具にしてくれとせがまれては断る、そんな攻防を繰り返している。



 ◇ ◇


「またこの間の魔道具について考えているんですか?」


 苦笑を含んだ兄様の声で引き戻された。

 前々から考えていた、魔力を回復させる効果を持った魔道具のことだ。

 相談するかしないか迷った末に打ち明けたのに、返ってきたのは困ったような、半分本気にしていない態度でちょっとムッと来ている。


 使えばなくなる魔力。それならそれで対応策が練られるものだと思うんだけど、そこら辺は脳筋というか、行き当たりばったりな印象しかしない。

 魔力がなくなれば元の身体能力が頼りになると思っていたけどそうじゃない。

 あのふわふわして、体に力が入らなかった感じ。実際の戦いでそうなったらもう逃げることすらできないんじゃないかと思う。


 体は重いし思うように動かないしで、訓練を重ねた騎士や傭兵ならともかく、魔法使いはどうしているんだろう。

 少なくとも魔力枯渇に近づけば近づくほど、体は重くなるということはそれだけ戦闘に不利だ。

 それなのに魔力を食う攻撃魔法、防御魔法がもてはやされるなんてアンバランスだ。

 もっと効率のいい魔力の使い方も考えればいいのに……と勿体ない精神の私は思ってしまう。


「もちろんです。理論的にはいけると思うんですよ」

「難しいとは思いますけどね。まぁ、考えるのは無駄にはなりませんから」


 頑張って下さい、と肩を竦めた兄様。何気に失礼だ。

 ──と思いつつ、目の前の紙を見る。基本の術式はなんとかなる。問題はどの漢字、熟語を書き入れるかだ。あまり書き入れすぎるも術式が持たなくなる。


 もしこの魔道具が完成したら、当主以外の道が現実に拓けてくる。

 慎重に漢字を書き入れたものの、うんともすんとも言わない術式のなり損ないをぐしゃっと丸め新たな紙をセット、また慎重に魔力を乗せながら線を描いていく。


 ──この術式も却下。書いていた線がよろよろと波打ってしまった。


 第一ランティスの血を引いている私を、そもそも当主にしようと一族内で話が出る可能性の方が低い。精獣と契約したかもしれないという可能性があるからこその今注目されているだけで。

 実際にしていないとわかったら、あっという間に手の平を返すはず。

 それにもう見るからに、従う気のない人たちをまとめるなんて、無理無理。

 もし当主にしようという動きがあるなら、確実に一族内でのお見合いを押し付けられる。

 うわぁお、数人の夫を持てと迫られるお母様の場所に、そのまま私が当てはまる。ないわ。夢は一夫一妻。そしてできれば恋愛結婚。

 ──少なくとも、初っぱなから敵意剥き出しの人とか、ない。


 ……漢字はどうするかな。魔素変換、魔力回復にしてみよう。

 手だけは無心に動かし、もう何百回と書き続けた魔法陣を慎重に描く。

 隅々まで魔力が行き渡った魔法陣は美しい。随所が揺らめいて、ゆったりと流れる川のように力が循環している魔法陣であればあるほど、魔道具としての完成度も高い。


 むしろここで、ランティスの血を引く私にしかできないことって、フローツェアでの魔道具の普及に努めることじゃなかろうか。思い付いて口にしたら、真っ青になった兄様に止められた。

 単なる子供の思いつきじゃないんだけど、ものすごい勢いで「余計に悪いですっ」と叫ばれたし。

 折を見てお母様に話そうとは思っているけど、流石にまだ早いかと思って言っていない。


 この世界、魔法はあるけれど万能じゃない。

 回復魔法は燃費が悪く、生活魔法という概念そのものがあるのかないのかそれすらわからない。ラシェル領ではないけれど、民間や商人、もしくは王都での捉え方は違うかもしれない。だけど、情報の共有がないからさっぱりだ。

 精霊、精獣との契約を重視、攻撃魔法や防御魔法が悪いとは言わない。それは今まで魔物との戦いに必要なものだし、それはこれからも変わらない。

 でもそこに魔道具が加わったら、きっともっと便利になると思うんです。


 ゲームの中では、飲んだり体にかけると体力が回復するアイテムの描写があった。

 それと同じように、身につけていれば魔力が回復する魔道具があってもいいだろう。

 持ってて安心、使って便利だ。言うことなし。

 ……兄様に言っても伝わらないけど。


 働きとしては空気中にある魔素を自動で変換して、自分の魔力を回復させるイメージだ。最終的な理想は、減る魔力のことを考えなくていいように魔力を消費する度に回復できるもの。


 魔素の必要量の調整がわからないけど、それは漢字がなんとかしてくれると信じている。

 回復させるタイミングと上限の設定の仕方も考えたけど、ある程度量産することも考えると、オーダーメイドのようにするわけにはいかない。

 無難に誰もが使えるものでないと受け入れてもらえない。

 どのくらいの耐久性があるのかも調べないと。できれば半永久的に動くのが理想だ。込めた魔力を元に動くわけじゃなくて、空気中の魔素を使うわけだし。


 アイテムみたいに、飲んで魔力を回復させるものを作るかと考えたこともあったけど、いくら考えても原材料が思い浮かばないから諦めた。口にするものとして考えると変なものは使えないし、何をどうすれば魔力が回復するのかちっとも思いつかない。


 ──お、これ上手くいきそう。


 私の目には淡く発光しているように見える魔法陣が、ゆらゆらと魔力を循環させ始める。

 慎重に、最後まで気を抜かず、丁寧に漢字を書き入れる。


「ミャーオ」


 ……あとちょっと。

 息を詰め一気に文字を書く。書いた側から発光していくのが視界の端に見える。あと少しで完成だ。



「……できた」


 僅かに震える手で出来たばかりの魔法陣を書いた紙を持ち直す。

 ずっと頭で思い描いているばかりだった魔力回復の魔法陣を、実際に手にしている。

 ちょっと叫び出したくなるくらい嬉しい。自分の頭の中でしか存在していなかったものを一から作って形にするのって、快感だ。

 達成感と開放感で外に向かって思いきり叫びたい気分。


 全体がまんべんなく発光しているから、なんらかの効果が出るのは間違いない。問題はどの程度の回復ができるのかと、耐久性。

 きょろりと辺りを見渡して、ふと適任がいることに気がついた。


「ちょっとシロ、ここに乗ってくれる?」


 紫水晶の瞳を煌めかせ、大きく伸びをした白猫に話しかける。兄様は何かに集中しているのか、こちらに背を向けたまま気がつく様子もない。


「大丈夫、怖くないからね。ちょっと足乗せるだけ。お願い。ちょっとだけでいいから……あ、片足だけじゃなくて、全部の足乗せて──そうそう」


 毛並みの色からシロと名付けた猫は、私の部屋で会って以降、一日おきくらいで来るようになった。書庫に籠っていようがいまいがお構い無し。

 一体どこから入ってくるんですかね?

 ……気が付いたら部屋にいることも度々あって、今ではスルーされている。


 言っていることがピンポイントに伝わっているとわかって、なんだか誇らしくなってくる。別に飼っているわけでもないんだけど……ウチの子賢いんです。


 初めは警戒していた兄様へも最近では少し気を許している……はず。この間撫でようとしてぺいっと、手をはたき落とされて落ち込んでいたけど、それも可愛いじゃれあいだよね。

 ちなみに私へは、どんな時でも触って大丈夫なくらい慣れてくれている。初対面の印象って大事だ。

 頭を擦り付けてきたシロの首の辺りに優しく指を滑らせると、ゴロゴロと喉を鳴らして目を細めている。

 艶々とした白い毛並みに薄桃色の鼻、片目だけなのが惜しいくらい透き通って綺麗な紫色の瞳。

 どこからどう見ても美人だ。


 シロのすんなりと伸びた足が魔法陣を踏みしめた途端、ぱっと陣全体が淡く光った。

 床から上がった光にシロがぎょっとして目を見開く。閉じられていた右目が一瞬見開かれて、隠されていた色がちらりと覗く。

 白い毛がぶわっと一気に逆立って、鋭い鳴き声が上がった。


「ご、ごめんね、びっくりさせて。……もう、足下ろしていいから」


 またすぐに片目を閉じたシロは、言い終わる前に足を陣から下ろして後ずさる。怖がらせてしまったみたいだ。


 そうだよ、魔法陣書いている私も魔力使っているんだから、私が試せば良かったのに。

 床に置いたままの魔法陣の上に、そっと立つ。また発光。光の色は変わらなかったけど、シロの時よりも光が収まるまで時間がかかった。

 ──と。


「あらら?」


 光らなくなった魔法陣から足を下ろして、変化に気がつく。

 枯渇一歩手前になってから、ずっと体に付きまとっていたなんとも言えない倦怠感と、ぼんやりとした感覚がすっきりなくなっていた。

 ゆっくり体を巡る魔力を探ってみて、その量にまた驚く。これは……。


「全、回復……かな?」


 呆然と呟く。

 にー、とシロが小さく鳴く中、手に取った魔法陣は変わらずうっすらと光を放っていた。





読了ありがとうございました。

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