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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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衝撃の事実

 その日、見慣れない馬車を見かけたのは偶然だった。


 運悪くお母様は出掛けていて、訪ねてきたお客様をもてなす人はいない。

 でも特にお母様は何も言っていかなかったみたいだから、きっと元々今日会う予定はなかったんだろう。

 私? お茶会も何も出席させてもらったことは一度もない。

「まだ早いから」と言われたけど、同年代の子供たちともお話してみたいなぁ。

 まだ見ぬアーヴェンス兄様は到着予定がわからないし、それまで何もできなくて退屈していたのは事実だ。


「お客様がいらしているんじゃない?」


 待っていてもらうか、出直してもらうのだろうかと呑気にオルガを見上げると、珍しく苦虫を噛み潰したような表情のオルガが頷いた。


「ですが、ロゼスタ様は顔色が優れないようですね。まあ大変。無理に面会して体調を悪化させては元も子もありませんわ。心苦しいのですが本日はお引き取り願いましょう」


 頬に手を当てさも心配しているような言葉を言ったオルガだが、棒読みもいいとこだ。

 ……私へのお客様だったの?


「……どなた?」


 全く心当たりがなくて思わず潜めた声に、律儀な侍女は同じく潜めた声で教えてくれた。


「隣国のエセルイン夫人、と名乗っています」


 誰だかさっぱりだ。


「私になんの用?」


 自分で言うのもなんだが、今の私はどこから見ても立派な子供。何か聞かれても何も答えられないと思うんだけど。

 そもそも何をしに来たの?


「また旦那様の愛妾の座を狙っての、ロゼスタ様の様子見といったところでしょうか。次から次へと……ずうずうしいにも程がありますわ」


 返ってきたその台詞に思わずむせたのは、断じて私のせいではない。

 涙目で咳き込んだのと、オルガが腹立たしそうに首を振ったのがほぼ同時だった。


「な、なななな何それ? 失礼というか、見当違いにも程があるんだけど……。それは当人同士で話し合うことであって、私は関係あるけどないでしょう?」


 言葉が変になったけど、そうだよね? 家族としては関係あるけど、一番に話すのはお母様やお父様とであって私ではないはず。

 愛妾って……要するに愛人ってことでしょう?

 結婚する前からそういう関係があったならともかく──あっても嫌だけど──お父様の単身赴任以外に何も問題の見えない夫婦間にどうして愛人の立候補者が現れるのか。


 それともこれ、貴族の常識なの。すごいな貴族!

 うちでは断固お断りをさせていただきたいところですけどね。

 我が物顔で屋敷の入り口に陣取っている馬車は、頑として動かない。


 訳がわからず目を白黒させた私に同意するように深く頷いたオルガは、冷静に紅茶のお替りを注いでくれる──いやいや、それどころじゃないですよオルガさん。


 本当にお父様のところに行かれるのも嫌なんだけど。

 どこから突っ込んでいいのか不明だが、愛人というワードに拒否反応を出してしまうのは、今までの常識だった一夫一妻の常識が頭にあるからだ。


「全くです。図々しいにも程がありますわ。そもそも隣国は一夫一妻でしょうに、この国の流儀に倣うなどとただの言い訳でしょう。旦那様に第二夫人の話をするのでしたら、その前にご当主であるクローディア様への次の旦那様候補を立てることの方が先決です」


 隣国というのはランティス国のことだ。まだ見たことはないけれど、魔道具という物を産出している国らしい。

 魔道具と聞いてわくわくするのは私だけではないはず。はずだが、その魔道具についても詳しい内容は教えてくれない。

 先日お母様と一緒に空を飛んだ以外に、魔法に全く触れていない私だ。お母様の教育方針で今のところ一切そうしたものを見せてもらえていない私としては、是非見てみたい。話を聞かせてもらいたい。

 が、今そこに来ている人に話を聞くのはちょっとねぇ……。


 ──実は私は文字があまり読めない。

 やっと子供向けの絵本をゆっくりと読めるようになってきたくらいだ。それもイラストが難しいと内容もちんぷんかんぷんだ。

 お母様は私が魔法のことを自発的に学ぼうとするのは嫌な顔をするけれど、勉強に関しては何も言わない。でもまあ、文字が読めれば必然的に魔法や精霊の知識も自然と入ってくるだろうと高をくくっていた。初めは。


 そしてまんまと落とし穴にはまったわけですよ。

 この世界の文字は勿論、日本語ではない。

 文字の形は少しアルファベットにも似ている。一文字が一つの音を表し、それぞれの文字を組み合わせて単語になるのも同じだ。

 同じだけれども──。

 すっかり忘れていた。自分が外国語苦手だったことを。


 おかしい。大抵転生した子ってこういう時こそチートを発揮するんじゃないのかしら。

 話す言葉は日本語じゃないけど問題なく話せるから油断していた。

 むしろ頭の中の日本語がちらちらと顔を出すから、素直に文字が頭にインプットされない。こんなところで前世の勉強苦手な自分と再び対峙するとは……!

 教わった単語を日本語に翻訳する癖をようやく直し、やっと素直に単語の意味が飲み込めるようになってきたのだ。


 ──と、いけない、現実逃避しかかっていた。

 なんか聞き流せない一言を聞いたような。

 とても嫌な言い回しだ。特に隣国は、とまるでこの国との比較を強調しているような一夫一妻とか、それに……。


「お母様に、次の旦那様候補?」


 次ってなんだ。次って。

 旦那様は一人であって、二番目三番目の旦那様なんて存在しないだろう普通。


 よく内容が飲み込めなくて首を捻った五歳児に、オルガは表情を和らげ「ロゼスタ様は心配なさらなくて大丈夫ですよ」と微笑んだが、そんな言葉に誤魔化されない。


「私たちにはお父様がいるでしょう? 王都に行かれているとは言え、それはあ、愛妾希望の方が来る理由にはならないし、お母様にだって次? の旦那様候補って……」


 一妻多夫じゃあるまいし、と笑い飛ばしてみせた私の言葉は、いつまでたっても否定されることはなかった。

 え、本当に? 冗談抜きで?


「何しろクローディア様は風の精獣と契約された方ですし……私どもとしましては、できるならクローディア様の望まれている現状維持が望ましいのですが、そう思わない方々もいらっしゃるようです」


 直接的なことはなんにも言ってくれないが、今回のことに関してはかなりヒントを出してくれたオルガだ。

 誰だお母様に次の旦那を迎えろなんて言った奴は!


 更に詳しく聞いたところによると、能力のある者が当主の座を継ぐのと同様、配偶者は複数持つのが一般的だというのだ。

 魔力の強い者は子孫を残しにくいというのがその理由らしい。

 子供に説明しにくかったのだろう、オルガは簡単な言葉に置き換えてくれたが、要するに一夫一妻どころか一夫多妻、一妻多夫ということだ。なんてことだ。

 当主となったのが女性だったら夫となるのはだいたい三人。その反対も然り。

 むしろお母様が私のお父様一人だけを配偶者としている方が珍しいらしい。

 言葉通り降るような縁談を断り続けお父様との結婚を熱く語られたけれど、それは今関係ない。


 貴族の結婚が血を残すことが目的だと知っていた。この体はロゼスタとしてのものだし、そう振る舞ってもいるがふとしたときの判断基準や倫理観は前世の日本のものが顔を出してくる。


「次のお子さまが生まれるのでしたら考えなくてもいいのでしょうけど、そうも言っていられませんでしょう? 何しろ旦那様はあの通り王都からお戻りになりませんし」


 次の兄弟ができないのなら、と新たな夫候補もしくは妻候補が立てられる、と。

 でしょう? と言われてもとてもじゃないけど頷けない。まさか転生を自覚して早々に家庭内の危機?

 これは早くお父様に戻ってきてもらわなければ!

 青くなってオルガにそう主張したけれど、有能な侍女は首を振るだけだった。


「ちょっと色々と、まぁ事情がありまして」

「家庭崩壊より大事な事情なんてないでしょ!? お母様は知っているの?」


 いくら複数の配偶者を持つことが一般的だとしても、知らない内に愛妾希望者が名乗りを挙げてくるのはあんまりだと思う。

 当事者ここにいないしね!

 お父様王都に何をしに行っているの。そしていつ帰って来ますかね?

 顔すら浮かばない遠い地の父親に呼び掛ける。


 お母様から事情を聞かなかったことか悔やまれる。……あ、そうだ、あんまりにも悲しそうな顔をされたから聞くに聞けなかったんだ……。

 それに当主としてお母様は複数の夫を持つことが認められていて、今はそれを迫られているみたいだけど、お父様もそうなの?


「あ、心配なさらずともロゼスタ様が第一子であることに変わりはありませんよ」


 内心首を傾げたところにオルガが安心してくださいと言葉を続けたけど、心配してるのはそこじゃない、そこじゃないよ!

 兎にも角にもお母様に話を聞かないことには何もわからない。大人の事情と言われてしまえばそれまでだし、私の考えがここでは単なる子供のワガママ、前世の倫理観に引きずられた感傷だということもわかっている。

 わかってはいるが、はいそうですかと頷けるわけではない。

 そして何より、考えるのも嫌だけど、お母様の次の旦那様候補が正式に決まってないのに、当主ではないお父様の愛妾希望の……何夫人だっけ、なんとか夫人がしゃしゃり出てくるのも変だ。

 ここはフローツェアなのに、愛妾希望者はランティス出身?


 それに今のオルガの口振りだと、まだその候補の人は決まっていないように聞こえたのだけど……。


「何名かの方から既にお話はいただいてますけど?」

「……」

「ところでロゼスタ様、図々しいにも程がある例の方には、お帰りいただいてよろしいのですよね?」


 オルガさんの清々しいくらいの微笑みに撃沈した。一度に来た情報が多すぎてもう涙目だ。

 私に会いに来たというなんとか夫人から話を聞けば、また別の側面が見えてくるんだろうけど……。


「……お帰りいただいてください」


 とてもじゃないけど、新たな情報を受け入れるキャパはなかった。


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