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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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吐露

お、お待たせしました…

 あの後味の悪いレイトスとの面会の後、ピタリと面会を申し込んでくる人が減った。とお父様が複雑そうに教えてくれた。

 何をどう受け取られたのかわからない。少なくとも彼は「精獣と契約した」という発言を繰り返していたから、とくにこちらも反応はしないようにしていたつもりだったんだけど。


 ……こういうときはアレだ。切実に癒しが欲しい。主にモフモフの意味で。誤魔化せているんだかいないんだか、はっきりできない分胃が痛い。

 どうしてかここ二、三日あの夢を見ていない。シーリアとのお茶会の後くらいからか。もう魔物でもなんでもいい、あの勿体ぶった口調がやけに聞きたかった。




「今日は集中力が続きませんね」


 さっきから本を開いては逆さまだったり、とんちんかんな答えを言ったり、魔法陣を描けば形にすらなっていないものを作り出した私へ兄様が一言。


「ちょっと自己嫌悪で……」


 ずーん、と沈みながら、とうとう机へ突っ伏す。レイトスとの面会の後、はっきり言って落ち込んでいたのだ。


 あんなに憎まれているとは知らなかった。

 もちろん彼の言動から好かれているとは思ってもいなかったけれど。

 現に私は一族の人間からあまりいい感情は持ってもらえていないわけだし。

 合う人間もいれば合わない人間もいる。

 そう頭ではわかっている。


 でも、自分ではどうしようもないことで憎まれて、尚且つそれをはっきり表にされるとそうとわかっていても消耗するし傷つく。

 しかも私の場合、知らなかったこととは言え、彼の傷口に塩をすりこんでいる。ごりごりと、情け容赦なく。

 ここでは彼の方が年上とはいえ、前の私よりは明らかに年下。

 そんなレイトスに向かって私は鬱憤晴らしを兼ねて、彼にはどうしようもないことをわざとあげつらったのだ。もうちょっと言い方あったでしょうよ、私。


「え、どうしたんですかっ。僕、怒ってないですよ!」


 ちゃんとできていないことに落ち込んでいると勘違いしたのか、わたわたと兄様が慰めてくれる。が、今はその気遣いも痛い。


 あそこでせめてどこかの台詞を言うのを我慢しておけば……!


 少なくともレイトスのプライドをあそこまで傷つけることもなかったんじゃないだろうか。

 いや、そうしたら結局彼の劣等感を知らずにまた別な地雷をぶち抜いていたかもしれない。

 そう考えると私が言ってしまったのはなるようになった結果で、今こうして罪悪感で落ち込むことも仕方がないのか。


 最後に彼が寄越したあの冷たい表情。

 魔力があることをこんなにも後ろめたく思わせるなんて、なんて奴だ。

 ……結構ひどいこと言われていたと思う。空気読んで本国へ帰れとか。今思ったけど、私の本国ってここじゃない?

 生まれも育ちもフローツェアですよ。お父様なんてランティスに帰る場所ないですよ。


 と思うものの。彼が私に失礼なことを言ったからと言って、私までも彼に対して同じことを返すことはなかった。

 結局子供のように、いやまあ子供なんだけど、彼を必要以上に追い詰めてしまった。


 魔力がなければ愛されなかったはずだと彼は言っていた……あのお母様とお父様が、魔力の有無で子供への愛情を決めるだろうか?

 たら、ればを考えても仕方がないけど、お母様たちはそういう態度を取らないだろうと思う。……これもそうであってほしい私の希望なんだろうか。

 少なくとも彼は愛されなかった。

 魔力さえあれば、って思っていたんだろうか。どんな子供時代を送ったんだろう。同情するわけじゃないけど、なんだかそんな彼の小さい頃を思うと、微塵も私には関係ないはずなのにどうしてか切なくなる。


「魔力って、魔力枯渇一歩手前繰り返さないと増えないんですよねー」


 誰に聞かせるでもない独り言は、兄様に拾われた。


「体がある程度できてくると増える人が大部分ですね。あとはいかに練習したかだと思いますよ。枯渇一歩手前を何度したかではなく」

「え、だってお母様は増やすためにって言っていましたよね?」

「クローディア様の場合は爆発的に増やすためですよ。誰もがあの方法を取れるわけじゃないです。ロゼスタだって地下で練習を繰り返しましたよね? 少しずつ、魔力を注ぐ魔法陣の数も増やして行けたでしょう?」


 初めは数個しかできなかった魔法も少しずつ、増えて形になっていったと兄様。確かに最後に地下で練習していた時、魔法陣は十個くらいできていたかも……。


「じゃあ、もしもある程度大きくなっていても、魔力が増える可能性はゼロじゃないってことですか?」


 仮定の話に首を傾げつつも、兄様の答えは是だった。


「そうなんだ……」

「どうかしましたか?」


 ちょっと発見。思わず浮かんだ感想を慌てて自分の中に押し込め、首を振る。


「いえ、ちょっと気になって……ごめんなさい、兄様も時間が惜しい中私のために来てくださっているのに」

「いえ、別に僕も忙しくはないんですけどね……」


 手にした本のページを捲る。確か豊穣祭の話をしていたはず。

 祭り自体は一年に一度。一週間ほど続く大がかりなものだ。豊穣という名の通り、各地の食べ物も集まってくるらしい。お祭りだからもちろん見世物もあるって話だけど……探せばカレーのスパイスあるかなぁ。


「僕も実際に目にするのは初めてです。この日は精霊と精獣への感謝を示す日でもあるんですよ。フローツェア独自のものですね」

「ランティスでは他のお祭りがあるんですか?」

「そうですね……年に一度の国を上げてというと、国で一番の魔道具と魔道具職人を決めるものがありますよ。新人熟練を問わず作品を発表して、一位の魔道具を作った者には賞金と国王陛下から直々の御言葉もいただけるんです」


 魔道具を産出するランティスらしいお祭りだ。

 それに対してフローツェアのお祭りは、無事に過ごせたこと、作物が豊富に実ったこと、そして魔物を退けるのに力を貸してくれる存在へ感謝の祈りを捧げる意味が込められている、と兄様が話す。


「お母様は何をするんですか?」


 年に一度の祭りだ。さぞかし盛大に何かするんだろうと聞いたら、やはりと言うべきか、神殿でディーと姿を見せるらしい。その後は神殿に入りきれなかった人たちの為に広場でも顔を出すとか。

 シーリアの話ではただ一人精獣と契約しているお母様だ。当然と言えば当然か。

 ってちょっと待て。


「私、そこで精獣と姿を見せろとか言われてないんですか……?」


 あ、兄様目をそらした。


「言われているんですね……」


 そんなことお父様一言も言わなかったけど?! ……豊穣祭までにカタがつくとか話していたけど本当ですか。追い込まれている感が半端ない。


「だ、大丈夫ですよ! 採算のないことを師匠は言いませんし、特に悪い知らせも今のとこ聞いていないですからね……」


 ちょっと、今最後に小声で多分って聞こえたけど!

 ぎょっとした私に、兄様は明後日の方向を見ながら首を傾げた。


「ロゼスタの見た白猫、というのも正体がわからないですしね。行動を見る限りでは魔物ではないでしょうが、精獣かと言われても確証がないですから」

「誰が姿を見てもあの時の猫だとは判断つかないと思いますよ。見た目は本当にどこにでもいるような白猫でしたし」


 他に手がかりと言えば片目が綺麗な紫色だったことくらいだけど──そう言えば猫の瞳で紫色ってあまり見たことないかも。

 

 その時、ふあ、と欠伸が漏れた。まだ暗くもなっていないのに、まだ体は休息を必要としているらしい。


「今日はここまでにしましょうか。明日に備えて休んで下さい」

「明日?」

「ええ。ロゼスタの魔力も回復してきたので、そろそろ魔道具の研究を始めようかと」

「やったぁ!」


 まさか兄様からOKが出るとは思ってもいなかったから、ものすごく嬉しい。

 両手を上げて喜びを表現したらと笑われた。いやいや、ちっとも大げさじゃないですよ。やっと日常の一部が戻ってきた気分だ。


「……で?」

「はい?」

「何に落ち込んでいたんですか?」


 そう言えば、という風に兄様が聞いてくる。……隠し続けるのもなんだなー。

 躊躇したのは一瞬、魔力持ちの少ない国に生まれた兄様の意見も聞きたくて、私はかいつまんでレイトスとのやり取りを話した。……しゃくにさわるけど、奴の口調については言わなかった。



「……はぁ」

「なんですか、そのため息」


 頬を膨らませたら、困ったように見返された。


「僕には何故、そこまでロゼスタが悩むのかわからないんですが」

「いやいや、話した通りですよ。いくら彼に魔力がないからと言って、私がそれをあげつらうことはなかったし、もっと他に言い方があったんじゃないかって」

「では、ロゼスタは他に魔力の少ない者たちに対しても、下手に出るということですか?」

「下手って……人としての言動を言っているだけで、別にへりくだる意味じゃないですよ」

「伯爵令嬢である貴女にそんなことを言ってもいいと思い上がっているその男こそ、己の言動を省みた方がいいと思いますね」


 いつになく兄様の口調が激しい。ばっさりとレイトスの言動を切る表情には、いつもの柔らかな笑みはどこにもなかった。


「魔力があることが当たり前とは言いません。現に僕の国ではある者の方が少なかった。魔道具を発展させていくしかなかったんです。かといって魔道具だけでは国を守れない。だからランティスには傭兵が多いんです。では、その男は? 魔力がないからとその一言で自分を肯定しているようですが、少ない魔力でもどうにかしようとあがいたんでしょうか」

「魔力枯渇一歩手前とできないくらい少ないって……」

「それは言い訳です。実際にそうした訳でもないのに」


 手厳しい。

 そうしたくてもできなかったのかもしれないのに。そこまで考えて気がついた。なんで私レイトスを擁護しているんだろう。


「魔力がある者は、ない者を守る義務があると言ってもいい。特に精獣と契約しているクローディア様は常に先陣を切って戦う側の方です。それに対して少なからず魔力のある者が、力ない者のようにあれこれ文句を言う資格はない。ロゼスタもそんなに負い目を感じなくていいんですよ」


 兄様の口調は静かだったけど、言っている内容は激しかった。


「で、でもそれじゃあ、力のない人は守られているんだから何も言うことはできないってことですか? 好きでそう生まれたわけじゃないのに」

「そこまでは言っていません。ですが、同時に力がないからと言ってそれを僻んで相手に当たり散らしてもいいんですか? 力ある者も、それを望んでいなかったかもしれないのに?」

「それは……」


 兄様の言うこともわかる。要はお互いに思いやりをもって接しなければダメだってことだ。

 でも……。


「この世界で、魔力を望まない人間なんて、いるんですか?」


 精霊、精獣が神聖視されるこの世界で、魔力がもっとあればと願う人間はいても、なければよかったのになんて思う人はいるのか。

 特にここフローツェアは精霊、精獣との契約や魔力の有無が重視されている風なのに。

 問い返した私に、兄様は遠い目をして、そっと目を伏せた。


「……どこかに、いるかもしれませんよ。世界は広いから」


 まるでそう思っている人物を知っているような口振りだった。


「ロゼスタが悩んでいることも、なんとなくわかります。わかりますが、それは貴女が悩んでもどうしようもないことだ。相手が自分自身でケリをつけなければならないことなんですよ」


 その言葉にそうですね、と頷くことができないのは……。


「私も、そうだったら、って……彼と同じ立場だったらって想像してみたらどうですか?」


 兄様が目を軽く見張った。


「私はフローツェアとランティスの両方の血を引いています。もし私が魔力を持たずに生まれていたら……存在を無視されたか、もっと疎まれていたかも」

「それこそ考えても仕方のないことでは? 現にロゼスタには魔力がある、それが全てですよ。それに、あの師匠が魔力のあるなしでロゼスタへの感情を決めるとは思えませんね。クローディア様も同様でしょう」

「そう、でしょうか……」


 負い目を感じなくていい、と兄様は重ねて言ってくれた。

 結局私は誰かに「お前は頑張っている。人の言うことを気にしなくていい」と言ってもらいたかったのかもしれない。

 私が魔力を伸ばそうとする努力そのものを、当て付けだと捉えられて目障りだと面と向かって言われたから。

 私が魔力をもっていようがいまいが、お父様とお母様の態度は変わらないと、そう言ってもらいたかったのか。


 ──レイトスが言ったように彼の境遇と自分を重ねて、知らず知らず優越感を持っていたかもしれなかった。彼の家庭環境は知らなかったけど、魔力の有無だけは会うだけでわかる。


 自分で自分の感情がわからなくて、眉が下がる。

 ようやく揃った家族がいて、ちょっと面倒なことになっているけど今までを思えば十分。

 なのに、どうして全く関係ない男の言動で悩まなければならないんだ。


 その時、窓にふ、と紫色がよぎった気がした。


 私の部屋はパステルカラーのピンクと白のストライプの壁紙で彩られた女の子らしい色合いをしている。

 勉強机とクローゼット、ソファーにベッドと、必要最低限の家具があるなか、部屋に入ってすぐ真っ正面に見えるのが窓だ。

 ちょうどいい高さで青空を背景に木の緑が揺れて部屋の解放感に一役買っている。上手く移れれば木を伝って下に降りることもできそうだ。まだやったことはないけど。

 それはともかく。


 外にあるのは濃淡はあれど緑色なはずで、紫なんて色が見えるのはおかしい。

 誰かが飛ばしたハンカチかな、なんて呑気に考えながら窓を開けて──ふと顔を上げた先に、いつぞやの猫のシルエットを見たときには思わず叫んでいた。






読了ありがとうございます。



あ、あれれ、白猫の登場は次話に伸びました。

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