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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
38/90

憎悪の理由

 シーリアと会ってから少しずつ魔力が回復していくスピードが上がった。かと思えばじりじりと焦らすように回復しなかったりと安定しない。

 魔力の回復は一定ではないと兄様とお母様に教わった。波があるようで、ひたすら休むしかないとも。これをお母様は一体何回繰り返したんだ。効率が悪いようにしか思えない。

 まだ完全に回復していないため、魔道具は作れない。今魔法陣に魔力を注いだら枯渇一歩手前どころか使い切ってすっからかんだ。

 だから今の私には勉強しかないというのに……。



「お前、精獣と契約したと言っているが、姿を見せてはくれないそうじゃないか」


 相変わらずカチンとくる言い方で、もはや取り繕うことすらしなくなったレイトスがまた口を開く。

 まだか。まだ帰らないのか。

 黙っていればファッション誌に出ても違和感ないような外見をしているのに、目付きで台無しだ。


 それから。

 私は「精獣と」契約したなんて一言も言っていない。

 がりごりと容赦なくこっちの精神を削ってくる男は、これ見よがしに部屋を眺め回した。


「都合が悪くなるとだんまりか? 契約したにしては全く姿を見せて下さらないと聞いたぞ。まだ名前を思い出さないのか。……まさか、実は精獣と契約していない、なんてことはないよな」

「何を聞いたのか知りませんが、私の今の状態を皆さんはなんて仰っていましたか?」

「……枯渇一歩手前だったらしいな。そのまま使いきってしまえばよかったのに、残念だな」

「それはどうも。運よく絶妙なラインで残っているのですが、その分回復に少し時間がかかるみたいです。どうやら上位の相手らしくて。これでも少しは回復したんですけど」

「……そうかよ」


 このやり取り、何回目だろう。

 レイトスが疑ってみせて、私がやり過ごして。

 まだ納得してくれないの? 時間の無駄じゃない?

 もう何度も「名前は……」って首を傾げてみせているんだから子供相手に追い詰める質問やめてよ。もちろんあの精霊の名前は覚えているけど、皆の言う精獣の名前は知りません。

 早く帰ってくれないかな。本当は今日久しぶりに兄様と魔道具のおさらいのはずだったのに。

 無理矢理予定を捩じ込まれたことを思い出して、知らず知らずの内に口が尖っていた。


 とうとう我慢できずに、一刻も早くきちんと確認したい人たちが押し掛けてきたと聞いた時、面会する相手として名前が上がっていたのがこのレイトスだった。

 年が近い方が話しやすいだろうと言っていたらしいけど、絶対人選間違ってるから! 嫌がらせか。

 さっきから聞いていれば、こうも当て擦りのバリエーションがあるのかと感心するくらいだ。

 こんな嫌味な相手に、反撃の一つもしてはいけないのだろうか。いや、そんなことはない。


「一つ、私から予言をしましょうか」

「何?」


 脈絡もなく話を変えた私に、レイトスが眉を潜める。嫌そうにしかめられたその表情を崩してやりたくて、私は簡潔に、彼が一番拘っているであろうど真ん中をつついてやった。


「母が貴方の叔父上を選ぶ日は永久に来ないと」


 はっと息を飲んだ気配。ただでさえ悪い目付きが一層鋭くなった。

 でも、誰の目から見ても明白だと思うの。やっと通じあったお父様をおいて、お母様が別の誰かを選ぶことなんてあるわけがない。


 むしろ私の弟か妹が産まれる方が先だ。絶対。

 無事に生まれてくるならどちらでもいい、めいっぱい可愛がろう。どちらの性別でも絶対に美人になる。

 楽しみだと脳内で微笑んだのと、目の前の男が怒鳴るのが同時だった。


「お前に何がわかるっ。叔父上はずっと前から、それこそあいつがクローディア様と会う前から想っていたんだぞ!」

「はあ」


 思わず気のない返事をしてしまった私は悪くない、けれど……内心しまったと顔をしかめる。鬱憤晴らしに挑発したけど、その尻拭いするのも私だった。……次があったら言い逃げしよう。

 よくよく考えてみると、自分の母親を想っている、と別の男性の告白話を聞くのってどうなの? 私に言ってどうするのさ。伝えろって意味? 絶対言わないし。


「それを魔法院での在学中に想いを通じ合わせたとか、ふざけたことを言いやがって。クローディア様はあまり年が離れている方は好みではなかったようで、魔法院で一緒に過ごせなかった叔父上はその分不利だったんだ」

「え、ダールズ卿、そんなに年上だったんですか」

「今はそんな話してねぇだろ!」

「正にそんな話でしたよね」


 年が離れていようがいなかろうが、同じ領地内で交流を深められなかったダールズ卿の負けだ。それにお母様は年上が好みとか年下がいいとかあんまり関係ない気がする。

 中身を重視するタイプだ。娘の勘。

 それにしても、お父様たちが同時期魔法院にいたなんて初耳だ。今度どんなところなのか聞いてみよう。


「いい加減、貴方の叔父上が母に受け入れられないからと言って当たるのはよしてもらえませんか?」


 結局精獣との契約が本当かだのと言いつつ、実は私が何をしても気にくわないからこうして突っかかってくるわけで。

 実際に契約していれば一族としては歓迎すべきところだけど、フローツェアの血を大事にしている人たちにしてみればランティスの勢力が大きくなりそうで面白くない、今のうちに身の内に取り込んでおきたいのが本音だろう。

 その相手候補に何故かまたレイトスが上がっていると。やだやだ。他に年齢の近い子とかいないのか。いてもお断りなんですけどね。

 本当に迷惑だ。


 私がランティスの血を引いているからこそ余計に腹が立つんでしょうけど、お父様との婚姻を止められなかった時点で決着はついてるでしょう。

 オブラートに包んでやる労力も惜しくてそのまんま言ってやると、苦しげな表情が返ってきた。


「人伝に聞いただけだが……もしこの婚姻が認められないのなら、クローディア様は当主の座を蹴ってでもあい……オルトヴァ殿と結婚すると強行されたようだ」


 わぁお、お母様情熱的。

 優しげな美貌を思い浮かべて、それに似合わない意外なしたたかさに、私は思わず拍手をしそうになった。


 以前話してくれた会話を思い出す。


『ただ、欲しいモノがあって。当主はその足掛かりだったのよ』


 もしかして、精獣と契約して当主になってまでほしかったものって……お父様との結婚の許可?

 あの時会話をしたお母様の表情を思い浮かべる。欲しいものは手に入ったのかと聞いた私に、お母様は微笑むだけで答えなかったけど……。


 そのお母様と比べると何をしているんだこの男どもは。

 潔く諦めるでもなく未練たらしく一族の総意だとすがってくるのと、ねちねちと人の出自をつついてくるのと。

 自分の叔父の好いた相手と一緒になってもらいたくて、でも自分ではどうしようもないことだから目の前の誰かに当たるしかない。

 明らかに自分より弱い存在にしか当たれない、そんな彼に私はため息をつきつつ、彼が思い描く未来が決して幸せに繋がっていないことを指摘する。


「今の母の第二の夫になる方が辛いと思いますけどね」

「……なんでそう言える」

「だって考えても見てください。二人とも、離れていた分を取り返そうとラブラブですもん。同じ部屋に娘がいようがお構い無しですよ。……まぁそれはいいんですが」

「いいのかよ」

「悲しそうな顔を見るよりずっといいですね。とにかく、そんなラブラブな二人の間に、今更誰か他の人間が眼中に入ると思います? 離れていた間ならともかく、今はその可能性はゼロだと思いますよ。誰が第二の夫になっても、そこに母の心はないと思います」

「…………」


 五年間の穴を埋めるように、今も寄り添っているであろう二人を思い浮かべる。

 いや、ホント誇張も何もしてないから。事実だから。

 忙しそうに情報収集に動いているお父様と、事後処理に努めているお母様が一緒に私のところへ顔を出す頻度は少ない。少ないけれど、醸し出す雰囲気は同じものだ。色がついていたら絶対にピンクだと言い切れる。


「むしろ、ご自身と私の父への態度の違い、繋がりのなさを思い知らされる日々を送ることになると思いますね。ずっと自分は二番手だと、敢えて言葉にされるより相手の態度で何度も確認するって結構辛いと思いますが」


 書類上は夫婦でも、端から見ても心が通っていないなんて、想いが一方通行なだけに余計に虚しいと思う。

 それとも夫という名目が欲しいだけなのかな。

 首を傾げたら「そんなわけあるかっ」と怒鳴られた。知らないし。


「……貴族の結婚は義務だし、そこに感情は入れないはずだろ」

「そうですね。では、今の父と母を引き離す婚姻は果たして益を生みますか? 魔力がずば抜けて高い二人です。私のように、もしくはもっと魔力の優れた子が生まれる可能性がより高い方を推す方が合理的だと思いますけど」


 台詞の外で「あんたの叔父はそんなに魔力高くないでしょうが」と伝えると、真っ赤になっていた。なんだ、わかっているんじゃん。

 ……言っておくけど、貴方がここまでお父様たちのことにねちねちと絡んでこなかったらわざわざこんなこと口にしなかったんだから。

 魔力の有無なんていちいち言うことではないし、そこからどうするかは自分の努力次第だとも思っている。


 ただ、家族を馬鹿にされくないだけ。

 魔力枯渇一歩手前を繰り返したお母様は勿論、お父様の魔力も相当高い。ダールズ卿はそれも合わせて気にくわないんだろうな、と思うとなんだかげんなりしてしまった。


「お前、本当に五歳か……?」


 挙げ句、なんとも奇妙な顔で見られる。失礼な。


「正真正銘、五歳です。もうじき六歳になります。レディに対して年齢を尋ねるなんて失礼だと教わらなかったんですか」

「レディってのは明け透けな物言いはしないし優雅に上品に微笑んでいるものなんだよ!」

「それは相応しい方の為に取っておいてあるんです」

「減らず口叩きやがって……」


 歯噛みしているレイトスへ、私は以前からの質問をもう一つ向けてみた。


「何故、私のことを目の敵のように接してくるんですか?」

「はぁ?」


 何を言っているんだという顔をしている彼の表情からは、特に不自然なものは見えない。

 でも私は、初めて彼に訳のわからない悪意をぶつけられてから思っていた。私自身に、彼が苛立ちを向ける理由を。

 ランティス出身を貶めたいのなら、お父様、兄様にその感情が強く向くのが自然だ。そうできないから、弱者である私に言ってくるのだと初めは思っていた。

 ……それだけが理由なのか、それとも他にも何かあるのか。


「私が貴方に何かしましたか? ランティスの血を引いているくせに魔力があるのが気にくわないだけですか?」


 生まれをどうこう言われても今更どうしようもないのだけれど。

 続けて口にした問いに、レイトスから表情が消えた。


「……お前ムカつくんだよ」


 ぼそりと呟かれた言葉はぞっとするくらい冷えていた。


「生まれた時はそんなに騒がれなかったくせに。むしろランティスとの混血でそっとしておこうって雰囲気の方が強かった。あいつが来てからだろ、その薫りが強くなったのも」

「それは、私が勉強したかったからで……」

「それが当て付けみたいだって言ってるんだよ!」


 荒らげた声は、私自身に真っ直ぐ向かっていた。

 ランティスの血を引いているから、とかお父様たちが気にくわないからとかじゃない。私、ロゼスタ本人に。

 薫りも強くなっていたんだ、と考えられたのも一瞬だけだった。


「お前だって俺の魔力がほとんどないのを馬鹿にしているんだろうがっ」


 いきなり壁に拳を叩きつけられて、思わず肩が跳ねた。


「ば、馬鹿になんか」

「してただろうが。魔力のある子供は貴重だと記憶していたと、ご丁寧にも教えて下さったのはどこの誰だよ」

「……っ」


 以前やり合った時の台詞の一部を取り上げられて睨まれる。


「あ、あれは貴方が」

「俺が?」


 お父様の尻拭いをして本国へ帰れなんて訳のわからないことを言うから。

 そのままを口にすることは、とてもじゃないけどできなかった。

 さっきまでとはまるで違う、冷たい視線に敵意だけじゃない、憎しみの光が宿っているのを見てしまったから。


 今更弁解のしようもなくて、私は言葉もないまま口を開けては閉じて、最後には下を向いた。


 私が悪いの? でも謝るのは筋が違う。なら他にどう言いようがあったのか。黙って聞いていればよかったのか。適当に聞いて受け流していればよかったのか。

 ぐるぐると思考が回る私を余所に、レイトスの独り言のように呟く。


「微量の魔力はあるって……ないのとどう違うんだ? 俺は魔法院にも入学さえできなかった。枯渇一歩手前できるかできないかもわからないほど魔力が少ないって、存在意義があるのかよ。……安心しろよ、お前は魔法院に行くだろうさ」

「え……?」

「何せ精獣様と契約されたんだからな」


 行くと確定しているような口ぶりに思わず顔を上げると、冷えきった瞳と目があった。揶揄するような言葉に、いつだったか彼に投げつけた台詞が甦る。

 そんな劣等感を抱えていると知っていたら、魔力がほとんどないなんてわざわざ当てこすったりしなかったのに。

 相手をやり込めてやりたかっただけ。でもこんな風に傷つけたかったわけじゃなかった。

 精獣との契約云々については否定も肯定もできない。反応しない私に、レイトスはもう一度壁に拳を叩きつけた。


「だから、魔力があって当然の顔をしているお前らが心底ムカつくんだよっ」


 魔力があって当然なんて思っていない。

 それを最大限利用して、自分にできることを精一杯やるだけ。もうあの、自分の居場所がどこにもないような、言い様のない不安を二度と味わいたくないから。

 魔力があってよかった。でももし魔力がなかったら、私はきっと別の道を見つけてそれに向かって努力していた。

 それは今口にはできなかったけれど。


「お前なんか、魔力がなければ誰からも愛されなかったんだよ! しかもランティスとも混血で、存在すら疎まれただろうな! クローディア様だって、お前に魔力がなければ見向きもしなかっただろうしな!」


 レイトスの叫びが刺さる。

 知らなかったとは言え、彼の劣等感を遠慮の欠片もなしにつついて、傷口に思いっきり塩をすり込んでしまったのは私だ。

 魔力があることが全てと思われがちのこの世界で、一体彼は今までどうやって過ごしてきたんだろう?

 平民としてならまだよかったかもしれない。でも一貴族として籍を置いている彼が、どんな肩身の狭い思いをしていたかなんて、想像すらしたことがなかった。


 子供として愛されるかどうかが決まるかも、知らなかった。


「……せいぜい大人しく籠の鳥でいろ。利用されるだけされて搾り取られちまえよ、ランティスの血が役に立てるのなんかそれくらいだろ」


 レイトスが背を向ける。やっと面会が終了するらしい。

 でも、私は動けなかった。

 吐き捨てるように振り向き様に言い残したレイトスの表情が、いつまでも脳裏に残った。





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