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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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初めての友人

 あの日ルーカスとフレッドと話をした日から、私は他の人と顔を合わせていない。

 疲れが出たのか、その日の夜から高熱を出して寝込んでしまったのだ。正直こんなに体が疲弊していたとは思ってもいなかったから驚いた。


 慌てていたのはお父様たちも同じだったようで、面会を許したのが早すぎたかもしれないとお母様は涙ぐんでいた。

 休めば大丈夫だと何度も言ったけれど、その後の私に次の面会の予定は入ってこない。

 ベッドにいれば本は読んでいいと言われたから、私と同じく屋敷内に籠ることになった兄様とゆったり勉強ができるのはよかったとは思っている。


 でもそろそろ誰か一族内の人と話した方がいい頃だとは思うんだけど。

 フレッドたちに話しただけではまだ証拠が弱いだろうから、と何回かお父様にお話したけど、「今は体調を戻すことに専念するんだ」と言われただけ。もしかしたら、他の何か別な厄介なことが起きたのかもしれない。顔が若干強張っていたから。



「シーリア様と、ですか?」


 だから、兄様から借りた本を読んでいたときお父様から告げられた名前には拍子抜けした。


「他の方から面会の申し入れはまだありますよね? その方たちはいいんですか?」

「まだこちらで選んでいる最中だ。その間に、侯爵令嬢であるシーリア様とロゼスタとの顔合わせを済ませた方がいいと思ってな」


 顔をしかめたお父様。ため息をついた横顔に疲れが滲んでいる。少し、やつれたような。


「好都合なことに日に日に面会の申し入れ自体は増えている。それと同時に、本当に精獣と契約したのかという声が上がってもいるのも事実だ」

「それは、お父様の予想より……」

「早いな」


 あっさりと肯定された。正直もう少し奴らが目先の優越感に捕らわれると思っていたんだが、と髪をかき上げて唇を噛んでいる。

 口にしなくてもわかる。お父様が調べたいことが思うように進んでいないのだ。


「シーリア様と話してほしいのも、彼らへの牽制も兼ねている。国へ報告も済ませ侯爵家とも強い繋がりがあると思わせておきたいんだ」

「そういうことなら構いませんが……シーリア様へ本当のことを話して大丈夫なのはどうしてですか?」


 訂正することが決まっている嘘をつかないためだと思っていたけど、よくよく考えれば国へも報告したと相手に思わせておくだけで手紙を送っていないのに、彼女へ初めから種明かしをしていいのだろうか?

 むしろ彼女に対しても一族の他の人間へと同じ対応で、「実は」と後から本当のことを明かすのではダメなのか。


「シーリア様が誰かへ話してしまうのではないかという心配はいらない」


 事実を知る人間はできるだけ内部の者がいいと考えていた私に、お父様はあっさりと首を振った。


「あの方は基本私たち以外の者とは顔を合わせない。外出も控えられるだろう。それに、私たちの問題に首を突っ込まれる性格でもない」

「そうなのですか?」


 性格の問題なのか。

 あまり納得が行かなかったけれど、「ロゼスタが不安ならば無理に話さずともいい」と変に譲られてしまった。


「……お父様がそう言うのでしたら」


 そもそも一連の事件を調べるためにこの作戦を考えたのはお父様だ。私はそのお手伝いをすると言ったんだから。

 それよりも。


「疲れていますよね? ちゃんと休んでください」


 さっきから目元を揉んだりため息をつくお父様に、自然と手が伸びていた。男の人にしてはほっそりとした、でも大きくてひんやりとした手を握る。

 はっとしたように息を飲んだ気配がして。

 それから、ゆるゆると表情を弛めて微笑まれた。


「そうだな。あまり休めてないな……協力してくれるか?」

「はい……はい?」


 協力ってなんだ。体を休めるには、側に誰かがいる方がいいとかそういうことか。

 怪訝そうに眉を寄せた私に、お父様は何故かきらきらした表情で腰を下ろした。


「あの魔道具の模様の意味が知りたいんだ」


 まさかの斜め上の回答だった。

 しかも余計に疲れるんじゃない?


「いえ……えっと、研究や議論で休めませんよ?」

「だが、気になるんだ」

「いやいや、もっと目の隈ひどくなりますからね。お母様にも言われていませんか?」

「それはそうだが……言わなければわからないだろう?」

「私話しちゃいますよ?」


 ……そんなショックを受けたような顔してもダメです。


「し、しかしだな、あの魔道具は確かに鳥の形になって相手に届くように作ってあったが、あのような形になったのは初めて見たんだ。しかも耐久が上がったというべきか、私の研究室の壁をぶち抜いて届いたんだぞ!」

「け、怪我人は出ませんでしたか?!」

「それは大丈夫だった。他の人間は出入りしないからな……書類はひどいことになったが」


 やっぱり破壊してたのか!

 思わず首を竦めたが、お父様はそこには拘っていないようだった。


「勿体なくてあれはそのまましまってあるんだ。私が文字を書き入れて元の形に戻ってしまったら大変だからな」

「いえ、元の形が正常ですから戻して下さっていいんですよ」


 むしろ証拠は残さないで。もうあの文字は書かないから。


「素晴らしい耐久具合で陛下も感心していたぞ。対魔物への防具や武器への活用もできないかと言われたしな」


 ひぃっ! 最高権力者にまで知られてる!


「あ、ああああれは手紙ですからね! お願いですから話を大きくしないで下さいっ」

「もう一度作れないのか?」

「偶然できたとしか言いようが……。私はああした形にしようと思ってあの文字を書いたわけじゃありませんし」

「文字? あれは文字なのか……確かに言われてみれば。だが見たことのないものだったぞ」

「それは……」


 言いかけて気がついた。まんまと議論が始められている。


「だめ、ダメですったら。今はそういう話はしません!」


 胸の前で両手でバツ印を作ると、お父様がしょんぼりと眉を下ろした。ため息までついて、本当に残念そうだ。


「私の小さな娘はディアに似て強情だな」


 不意ににこりと微笑んで言われる。

 美形の不意打ちの笑顔は、肉親でも見慣れていないと心臓に悪い。

 それにしても、最近娘相手に笑顔の大安売りしすぎじゃないですかね。


「そうですよ。研究好きなのはお父様似でしょうね」


 だから魔道具作るのに反対しないで下さい。色々教えて下さいね。



 ◇ ◇


 初めて顔を会わせた少女に、私は目が釘付けだった。どんどんテンションが上がる。


 けぶるような長い睫毛、とろりと濃い琥珀色の瞳、つん、と上向いた桜色の唇。蜂蜜色の髪を両脇でツインテールにしていて、その髪型がまたよく似合っている。薄桃色の膝丈までのドレスには繊細なレースがふんだんにあしらわれていてまるで等身大のお人形さんのような愛らしさだった。

 初めて見たときは遠目でどんな少女かわからなかった。一歳年上ということだったけど、静かに佇む姿勢はぐっと大人びて見えてとてもそんな風に見えない。

 兄様とはまた違った華やかな顔立ちだ。……そして、なんといってもその薫り!


 なんと、彼女の薫りはカレーそっくりだった。

 ぴりりとした、スパイシーな感じが堪らない。

 存在感ある美少女の魔力の薫りが、花や香水のように甘い系統のものならともかく、カレー! これがギャップ萌えか!


 目を見張って薫りを堪能していた私に、シーリアは居心地悪そうに身動ぎした。

 是非とも仲良くなりたい。こんなに美味しそうな薫りを嗅ぐ機会を、逃すなんて勿体ないことはしない。

 なんといってもまだカレーの香辛料や白米を見つけていないのだ。いや、絶対に見つけてみせる。この薫りが存在するんだから、きっと本物もあるはず。

 そうだ、いつか兄様がアイデアをくれた、魔石を集めに行く商隊。もしそれを組むのなら、同時に未知の食材を探しにも行ける。

 待っててカレー!


「ロゼスタと申します。どうぞ仲良くして下さいね」


 可愛らしく微笑んで見せると、びっくりした顔をされた。


「あの、私と、ですか?」

「はい! あ、もちろんシーリア様がお嫌でなければ、ですが。仲良くしていただけると嬉しいです」


 何せ初めての女の子の友人だ。

 でも嫌がられていたらちょびっとは引く気ではいる。無理強いよくない。


「あの、私はこんな薫りですが……」


 さっきと同じ鈴を転がすような可憐な声が言葉の途中で止まった。

 きょとんと見返すと、困ったように見つめられた。琥珀色の瞳がじわりと潤む。


「いつも変わった薫りだと言われることが多いので……ロゼスタ様はお嫌ではないのですか? 無理をなさらずともいいのですよ」


 今の私は侯爵家の後ろ楯はないのも同然ですから。

 そう言って肩を竦めたシーリアが、優雅に会釈をしてあちらへ向きを変えようとする。


「ま、待って下さい!」


 侯爵家の後ろ楯? を別に求めているわけじゃない。王都から離れているここにそんな権力争いは今のところないし。

 私は貴女本人と仲良くなりたいんだよ!

 

「私はその薫りはとってもいい香りだと思ってます! 香ばしい食欲をそそる薫りじゃありませんか! 嗅いでいてとってもお腹が減って──じゃない、心が安らぎますっ」


 あれ、最後の言葉もなんか違うような。でもなんて言えばいいか、思いつかなかった。

 シーリアは琥珀色の瞳を見開いて何度も瞬きをした。信じられない、と顔に書いてある。


「……変わっておられますね」

「そうですか?」

「あまり嗅いだことのない薫りではありませんか? 肉親にもいい顔をされませんの」


 その言葉を聞いてちょっと香辛料への期待が揺らいだ。王都で生活していた侯爵家のシーリアが嗅いだことがないということは、まだこの国でカレーが発見されていない可能性がある。

 いや、まだそう決めるのは早い。侯爵家の料理人が食卓に出していないだけかも。そうだきっとそうに違いない。


 カレーの美味しさをまだ知らないなんて。人生損をしているよ。勿体ない。

 顔を強ばらせたシーリアに近づき、敢えて深呼吸してみせる。自分がされると体臭を嗅がれているようで羞恥心が勝ったけど、ここでは魔力の有無が簡単にわかるパロメーターだと割り切るしかない。

 しかも鼻が慣れるなんてことがない。薫りが混じり合うこともないから好きな薫りはいつまでも嗅いでいられるのだ。


「とっても素敵な薫りです。ピリッとパンチが効いてただ甘いだけではない、とシーリア様のことを暗示しているようですね」

「……そんな風に言われたのは、初めてです。不快ではないのですか?」

「全っ然!」


 カレーに飢えている今なら一日中嗅いでいてもいいくらいです、とそのまま伝えると引かれそうだったから、にこにこ笑ってみせる。

 こんなに素敵なのに、ご両親は嫌がったのかな。勿体ない!

 こちらの反応をじっと観察していたシーリアは、私に対する言葉を取り繕うのを止めたみたいだった。


「変な方」


 ばっさり斬られて思わず眉が下がる。


「そんなに変ですか?」

「私は貴女のような甘い可愛らしい薫りであったらよかったわ。……そう言われたことも何度もあったし、交換できたらいいくらいね」

「それは……ちょっと」

「ほら、貴女もお嫌でしょう?」


 自分と同じカレーに似た薫りを身に纏うのは嫌だろうとシーリアが肩を竦める。侯爵家の人間だからおべっかを使って、と言葉にしない内心の声が手に取るようにわかった。

 声高にしゃべる子じゃない。でもその琥珀色の瞳と表情は、雄弁に内心の声を漏らしている。今までそういう態度を取られてばかりだったんだろうか。

 一歳と年の差が近いせいか、彼女の表情から大体の思考が読める。……よく考えると兄様も生前の私より年下のはずなんだけどね。あんまり読めないことが多いのは何故だ。

 やっぱりこの薫りが好きだなんて嘘だと詰る瞳に、私は勢いよく首を振った。


「だって、自分の薫りはわからないですよね? 甘い薫りはどこにでも溢れているけど、そのピリッとした香辛料の香ばしい薫りにはシーリア様以外にお目にかかったことないんですもの。自分だったらと想像すると勿体ないです! 他の方がなんと言っていようと、私はその薫りが好きですよ」


 オルガが教えてくれるまで、私は自分の薫りを知らなかった。他の人も一緒で自分の薫りはあくまで他人に向けて。もし私がカレーの薫りを持っていたら……誰もその薫りが何に似ているのかわからないんだから、顔をしかめたんだろうか。

 そう考えると目の前の美少女が今までどんなことを言われていたのか気にかかったけど、流石にそこまでは初対面で踏み込めない。


「自分でわかれば交換したいの? 周りの人間は鼻を摘まんでいたいような表情をしていたわよ」

「あー、それは……自分でわかればいいなぁとは思いますけど。それに周りの方々も嗅ぎ慣れていくうちに、やっぱりいい薫りだと思い直すんじゃないかしら。なんと言っても美味しそうですから!」

「こんな薫りの食べ物があるなんて……」

「気になります?」

「むしろこの薫りを美味しそうだと言う貴女がね」


 ? どういう意味だろう。

 カレーには中毒性があるのだ。これが食べ物の匂いだと認識してもらえれば、美味しそうな薫りだと思ってもらえるんじゃないかな。

 ああ、ダメだ! 自分で日常的に嗅いでいたら本物が食べたくてどうしようもなくなってしまう!


 私、匂いの代金はお金の音で払えないタイプなんです。


 そういう訳でやっぱり自分の薫りと交換はなしでお願いします。

 真剣に言ったのに、何故かシーリアには変なものを見る目で眺められた。最近そういうな目で見られることが多いな。

 あれ、結局なんの話をしていたんだっけ。

 薫りの交換? はできないし例え話でしょ。私がいかにカレーの薫りが好きかだっけ? あ、違う違う。


「お友達になっていただけますか?」

「…………私で良ければ喜んで」


 なんだかOKサインが出るまで時間がかかったけれど、無事に初めての女の子のお友達ができました。





読了ありがとうございます。

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