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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
35/90

演技開始

「僕が間違っていました。貴方にランティスの血が流れていようといまいと、そんなのは関係なかった。精獣に認められたのがその証です!」


 何度目だろう、この台詞。

 話す度に、会話が途切れる間に、同じようなことを口にするフレッド。

 精獣云々という話が出なければ私はランティスの血が流れているだけで、価値がないと言っているのも同然なんだけど、その自覚はないのか。ないんだろうな。


 ここまで堂々と言われると返って失礼だと言う気も失せる。

 その隣には何事かぶつぶつ言うルーカスの姿もあった。カレンとは残念ながら会えなかった。ショックからかまだ寝込んでいると聞いた。


「なんだよフレッド急に。その前に俺が悪かったって言いたいって話した時は、そんなこと言っても時間の無駄ですよって笑ったくせに……」

「なんですかルーク?」

「ごめんなさい、よく聞こえなかったんですが……」

「なんでもねぇよ!」


 怒鳴ることないじゃないか。


 ぷっと頬を膨らませると、なぜだか顔を反らされた。

 フレッドはフレッドで気持ち悪いくらい目をきらきらさせているし。



『実は一緒に拐われた子供たちから会いたいという話が来ている。話も一通り聞いているが、お互いに話すとまた思い出すこともあるかもしれない。今日は疲れているだろうから、後日彼らと会って話す場を設けてもいいか?』


 そう言われて話をする場を設けられたこの場。やはりと言うべきか二人の認識は私と大きく違っていた。

 言われた通り否定はしていないけれど、曖昧な言葉を勝手に補完していった結果があれ。


 彼らに言わせると、私が二度目に呼んだ精霊の名前が白猫の名前で、私とあの子は契約を交わした結果、私のピンチを救う為に力を振るったらしい。

 誰だ魔物だなんだと悲鳴を上げていたのは。


「私が名前を呼んだのはその前だったような気もするんですが……?」

「そうでしたっけ? そういえば、名前は思い出せそうなんですか?」

「そう、ですね……いえ、かなりその時はぼんやりしていて……」


 額に手を当て俯いてみせる。嘘は言っていない。実際ピンチで頭も朦朧としていたし。

 カレンの認識も聞きたいところだ。さっきから口を開けては閉めを繰り返しているルーカスは、フレッドの勢いに押されているだけの気もする。


「あの白猫はここにはいないんですけど……契約を交わした精獣が側にいないなんて変だと思いませんか?」

「猫の姿をしているだけあって気紛れなんですね。でも大丈夫、ロゼスタ様の呼び掛けにはきちんと応えて下さると思いますよ」


 そんな保証はいらん。

 他言無用だとは言われたけれど、この体がむずむずするような、居心地の悪さは想定外だった。

 ちなみに精獣とされてしまった白猫の名前を聞いているはずなのに、私が「よく覚えていません」と言い続けていても疑問の声は上がらない。

 遠回しに、何重にもオブラートに包んでその理由を聞いたら、精獣の名前を呼んでいいのは契約主だけだと真っ青になっていた。

 他の人は契約主が決めた愛称しか呼べないらしい。不敬に当たる、と大袈裟なくらいフレッドは体を震わせていた。

 つまり、私が自発的に精獣の名前を呼ぶまで、誰も呼ぶことができないというのだ。

 お母様と契約している精獣の名前も愛称なのを、今初めて知った。



「そう言えばあの奴隷商人たちは、私たちをどこへ連れて行く気だったんでしょうね」


 フレッドの言葉を聞いているとひたすら精獣が、精獣がと同じ話題で終わりそうだ。

 もちろん外部にそう話を広めてもらう意味合いで顔を合わせてはいるんだけど、できれば情報交換もしたい。


「さあ……流石にそこまでは。僕が知っているくらいなら、とっくに制圧されていると思いますよ」

「そう、ですよね」

「まぁ、よくよく考えると同じ領地から四人も一気に魔力持ちが狙われたのは珍しいかもな」

「そうなんですか?」


 他の領地のことがよくわからないから、拐われる子たちがどのくらいの平均で連れていかれるのかさっぱりだ。


「俺たち固まって一つの場所にいたわけじゃないだろ。それぞれ別の場所にいてあの馬車に集められたと考えると、ラシェル領の子供を狙っていたと考えるのが自然なんじゃないかと思っただけだ」

「なるほど……お母様がいるから、でしょうか?」


 領主が精獣と契約しているからのこの注目のされ方だろうか? 呟いた言葉に「そんなことを言ったら他の領地で精獣と契約されている所も大変だな」と返された。

 彼らが何を思っていたのかを想像するのはやっぱり難しくてため息をついてしまう。


「ともあれ、本当に無事に帰って来られてよかったです。ロゼスタ様のおかげですね!」

「はぁ……」


 おかしい、話が戻ってしまった。

 目を輝かせながらフレッドが、いかにあの時の白猫が素晴らしく強かったか、優美だったか力説している。同じ内容の話を表現を変え話す彼の横で、やっとまともに話したルーカスがまた俯いたのが気になった。 


「……その、体は平気なのか?」


 じっと見つめていると、居心地悪そうにやっと目が合った。

 タイミングが悪いだけかと思っていたけど、そうじゃなかったらしい。ヘーゼルの瞳は今も落ち着きなく動いて私を見ようとしない。


「おかげさまで。ようやく体を起こせるようになりました。でも、大分よくなってきているんですよ」


 これは本当のことだ。あの馬車の操縦に付き合わされた結果、私の体はひどいことになっていた。主に筋肉痛の意味で。

 やっと半日ベッドに体を起こしていても平気になったと笑ったら、何故か顔をしかめられた。


「悪かった……」

「は? 何がです?」

「──ちゃんと守ってやれなくて」


 思わず首を傾げてしまった。

 奴隷商人たちは大人。いくらルーカスが私より大きいとは言ってもまだまだ子供。どう考えても勝ち目はないのに。


 あ、領主の娘を守れなかったっていう後悔かな。


「あの、あまり気にしないで下さい。早々に足を挫いてしまったのは私です。おぶってもらえて助かりました。それに、奴隷商人から庇ってもくれましたよね」

「そういうことじゃなくて! 俺がちゃんと守ってやれたら……!」

「何言っているんですか、ルーク。ロゼスタ様の精獣がきちんと守って下さったじゃないですか。逃げる時も、追われる時にも魔力を使われていたのに、精獣とまで契約されてそこで魔力枯渇一歩手前ですよ? 僕たちとは保有している魔力量が桁違いなんですよ。むしろ僕たちが守られていた立場でしょう」

「そういうことが言いたいんじゃなくて」

「つまり、なんですか?」


 苦しげに歪んだヘーゼルの瞳があからさまに背けられ、絞り出すような声が部屋に降りた。


「本当に、精獣と契約したのか……?」


 一瞬息が止まった。どうしてこの流れでその質問?!

 どこでバレたんだとか何を失礼なことを言っているんですかとか、怒ってみせるのはどうだとかぐるぐる考えた。

 結局墓穴を掘るよりは下手に話さない方がいい、と一瞬の間で判断をして、私はわざと下を向いて見せる。


「何を言っているんですか!」


 間髪入れず、考えた言葉と同じものが聞こえて思わず飛び上がる。

 フレッドが顔を真っ赤にして怒っている。


「本当に不敬ですよ! どうしてそんなことが言えるんですかあの瞬間に立ち会って! ましてそれをこんなに疲れていらっしゃるロゼスタ様へ言うなんて」

「いや、俺は……っていうか、フレッドこそおかしいくらいだろ、最初に魔物だって叫んだのはお前だろ?!」

「そ、そそそそれはですね」


 従兄弟同士遠慮のないやり取りが始まって、私は密かに汗を拭った。初日でこれか。あっぶな。私大丈夫か。

 むしろ今までオブラートに包んで遠回しに探ってくる相手のやり方に慣れて、子供特有のストレートな質問への対応を考えていなかった。

 フレッドとの舌戦でどんどん不利になってきているけど、ごめんね。私も君に加勢したいのは山々なんだけども今回は無理なんだ。納得してくれ。フレッド頑張れ。


 しばらくして息を切らせながらお互いに相手を睨む時間が多くなった二人に、咳払いをして注意を向けてもらう。


「私が本当に契約したのかと聞かれましたが……ガイスラー様はどう思われていますか?」


 やっぱり憶測だけで噂を広めようと考えるのは無理なんじゃないかとぐるぐるしていた私に、ヘーゼル色の瞳が瞬いた。


「……怒らないのか?」

「何にです? 私の方こそ混乱しています。誘拐されて自分でもよくわからないうちに契約をしていて。周りの方々にそう思われていても仕方ないと思います」

「そっ、か……」

「何を仰っているんですか?! ロゼスタ様もそんな弱気にならなくていいんですよ!」


 困ったように淡く微笑んで、また下を見る。内心冷や汗だらだらだけど、相手に悟られないように冷えた手のひらを握り込んだ。

 契約をした、とは言ったけれど、精獣だとは言っていない。

 正直これが、私の口に出せる限界だ。 


 精霊は姿が見えない。だから目に見える事象で判断するしかない。契約したと証明するのは当の本人だけで、それは神殿に行かなければいくらでも誤魔化せる。

 悪魔の証明だ。

 その結果、目に見える白猫の存在に飛び付いた彼らは私と結びつけている。

 下位になるけど同様の存在で姿の見えない精霊だとは、考えもしていないらしい。

 私が落ち込んだと思ったのだろう、慌て出した二人は今度は代わる代わる、精獣と契約したことをもっと誇っていいのだとまで言い出した。無理だから。


 ルーカスの疑念はなんとか晴らせたのか。そっと窺うと複雑そうな表情で笑う彼と目が合った。


「……疑って、悪かった」


 誤魔化せたとほっとするところなのに、その表情になんだか悪いことをしてしまったという申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 だけど、彼がどうして私が精獣と本当に契約したのかと疑問に思ったのかは話してくれなかった。

 首を振るだけで、目も合わせようとしない。

 そこへフレッドがまた、あのきらきらした表情で語り始める。


 私が何も言わなくても周りが勝手にヒートアップしていく。

 結局、お父様の言う通りになっている。

 まだ頬を紅潮させ喋っているフレッドをぼんやり眺めながら、私は数日前のお父様の言葉を思い出していた。





『私たちの手紙が抜き取られていたことと、私が帰ってくるというこのタイミングでのロゼスタの誘拐騒ぎ。これらが無関係だと思うか?』


 お父様の答えはノーだった。

 この短期間でこれだけの事件が起こるのは、相手に何かしらの思惑があるからだ、と言い切った。


 初めは子供に聞かせる話じゃないとお母様とだけ話をしておきたかった様子を見せていたお父様。

 けれど、お母様の暴露と私の推理に諦めたらしい。ランティスにいる友人たちと連絡をとりたいのだと話してくれた。訪ねてきた女の人たちの出自を調べたいと。

 どうしてもランティス国王と交わした条件が気にかかっていて、あちらが女の人を差し向けてくる意味が見当がつかないと言っていた。

 たった数年で国内にお父様の発案した魔道具は行き渡らないし、まだ他国に流れたという情報もない。そんな状態でお父様に愛妾希望だという女性たちが来ることが変だと。

 手紙の件を合わせて考えると内通者がいると思っていいと話したお父様に、お母様は複雑そうな表情をしていた。

 ただ、今のままだとこちらの動きを相手に悟られてしまう可能性が高い。ただでさえランティス出身のお父様たちに対する風当たりは強いし、普段と違う動きをすれば何を調べているのか相手にも想像がついてしまう。

 私の精獣騒ぎは、隠れ蓑にするのにちょうどいいタイミングだったのだ。


『どう収拾をつけるんですか?』


 精獣と契約云々は最初から嘘なんだから、どう時間稼ぎをしてもいずれはわかってしまう。初めは期待の目で見られても、時間が立てば一向に姿を現さない精獣に、次は契約したと主張している私たちが不信感を抱かれる。

 契約していると期待というか、思い込ませておいて、実はしていなかったと落胆させるわけで。その期待が大きければ大きいほど、相手が失望を感じる度合いが激しいのは当たり前だ。


 元々交流なんてほとんどないようなものだけど、こういう時にはここぞとばかりにつつかれるんだろう。それにその矛先は私だけじゃない。きっとお母様たちへも探りの目が向けられる。


『その時こそ、精霊と契約したと発表する。豊穣祭が目安だ。おそらくその頃までが誤魔化せるギリギリの期間だ。その前に、神殿では口の固い神官にロゼスタの薫りの残滓を見てもらう。精獣との契約時には神殿は介さないからな、特に探りを入れてくる者もいないだろうが、念のためだ』


 精霊と契約したことも十分誇っていいことだと続けたお父様は、わしわしと頭を撫でてくれた。

 そう公表した内容だけで大丈夫なのか言葉にしなかった不安は、お父様はきちんと汲み取ってくれた。


『それに、ロゼスタが契約していたのは精霊だったと公表する頃には、おそらく周りはそれどころじゃないと思うぞ』


 他に心当たりがあるのか、ニヤリと口角を上げたお父様の顔を見て兄様は後ずさっていたけど。

 それ以上はいくら聞いても答えてくれなかった。




 ラシェル家当主の娘が精獣と契約を交わしたかもしれない。


 その情報は一気にラシェル領の一族内に広まっているらしい。

 会ったこともない人から手紙で、私がきっと一族に繁栄をもたらして下さると信じていただの、ランティスの血ではなくフローツェアの血が勝ったんだ、など失礼なことを好き勝手に言われてると聞かされたから。

 同時にまだ疑っている人もいるとオルガから聞いた。

 そりゃそうだ。人づてに見もしない精獣の存在を信じて「契約したんだ」と考える方がどうかしている。


 それに比例してやけにお茶会への招待やら訪ねてくる人が増えている。多分様子見の人たちだ。こんなに一族がいたのかと驚くぐらい連日手紙が来る。

 言いつけ通りまだ一切会っていないけど。

 魔力枯渇一歩手前でまだ体調も戻っていないしね。



「本当にそうですね。あの白猫には危ないところを助けられました」


 肯定も否定もしない曖昧な言い方をすれば、フレッドがぱっと表情を明るくした。


「そうですよ! あの、またいつかでいいんですが、今度ロゼスタ様の精獣に会わせていただけませんか? 僕、最初に失礼なことを言ってしまったので謝罪させてほしいんです」

「……そうですね、また会えたときに」

「俺は、遠くから見るだけでいい。いくら白猫の姿でも、風の精獣なんだから、領主様の精獣と同じだ。畏れ多いから」


 私は一言も「精獣に会ったときに」とは言っていない。

 フレッドが会えたら、それは彼の問題なんだから謝罪する機会が来ればいいとは思う。口にはしない。

 ルーカスは……どこか態度がよそよそしいけど、ここが変だとはっきり言えない。ヘーゼルの瞳は相変わらず私を見ようとしない。

 変につつくとこちらに飛び火してきそうで、私はそれ以上彼を気にしないように頭を切り替える。


 違うと否定できないのが、こんなにフラストレーションが溜まるものだとは知らなかった。

 純粋な憧れを向けられても、的外れだといたたまれないものだと初めて知ったよ。


 今日の話を終えたら魔道具、研究、勉強。


 胸のなかで呪文のように自分に唱えて言い聞かせる。こんなの張り合いがなきゃやっていられない。

 前世では勉強はあまり好きじゃなかったけど、兄様に色々教わるのは楽しい。自分の将来に直結することだけど、この頃将来の為だけじゃなくて、本当に興味があって知りたいから教わっている気がする。


 ふとあのホワイトライオンを思い出した。白猫白猫と聞いて記憶が連鎖したのかもしれない。

 柔らかそうだった、あの毛並み。暖かな金色の瞳はきらきらしていた。古風な話し方も妙に似合っていた。そう言えば……。


「あ、の……」


 わあわあと話している二人の間に口を挟んでしまい、唐突に沈黙が降りた。

 なんて聞こう、どう言おうと迷った私の「雪って知っていますか?」という場違いな質問に、フレッドはきょとんとした。


「雪、ですか。この国には降らないですね。確か北の小国の方では降るそうですが。それがどうかしましたか?」

「いえ、ちょっと聞いてみたかっただけです」


 そうか。この国には降らないのか。だからあのホワイトライオンは知らなかったのかな。


 誤魔化して作り笑いをした私を、ルーカスが複雑そうな顔で見てきたことに、私は最後まで気がつかなかった。



読了ありがとうございます。

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