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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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噂の利用方法

 突拍子もない内容に思わず大声を出してしまった。精獣を使役? 精霊ではなく? 一体誰だそんなでたらめを言っているのは。


「それも話しているのが奴隷商人たちなんだそうです。白猫がどうとか……そう言えば、猫がと言っていましたね」


 フォローするように兄様が続けた言葉に、今度は開いた口が塞がらない。

 確かに奴隷商人たちはあの猫を怖がっていた。いたけど……どこに私が白猫に指示を出したと勘違いする要素があったんだろう。

 私が呼び出したのは精霊だ。誰に確認をすることもできないけれど、名前を呼んで土の檻ができたんだからわかるものだと勝手に思っていた。


 目を白黒させた私の驚きを本物だと判断したのだろう、お父様がやっと頷いてくれた。


「本来ならばこちらの話の方を先にしなければならなかったな」と眉を寄せる。

 いいえ、と首を振ったら、唐突に視界が揺れた。その衝撃で、体の痛みも思い出してしまう。体を起こしていただけなのに、もうあちこちが悲鳴をあげている。

 小さく呻きながらベッドに体を沈めた。心配そうに寄ってきた家族に大丈夫だと首を振り、初めから話す。

 誘拐の際、逃げ出す隙を作るのに力を貸してくれた精霊のことを。そして助けてくれた白猫のことも。


 ……信じてもらえるだろうか?

 精獣と契約したのなら、お母様とディーのように証明が簡単だ。でも精霊の場合は契約はその場の一回限り。

 契約したという本人が主張しているだけだ、と思われても仕方がない。


 ぐるりと部屋の中を見渡す。目が覚めたときは気がつかなかったけれど、今のこの部屋のなかにも精霊たちがいる。大分数少ないけど。

 今の私は魔力枯渇一歩手前だ。多分そのせいで魔力の薫りが薄くなっているんだろう。頭に纏めようとするのも億劫で、薫りがふわふわと漂っているらしい、また一人視界をよぎった精霊がいた。


 と、思っていたけど。


 神殿に行けばどの精霊と契約をしたのかわかる、とお母様があっさり頷く。


「薫りに残滓が絡みつくんですって。神殿の言い方だとね。だから、どの属性の精霊でどの程度の位かもわかるわ。もう一度契約できるかはまた別の問題だけど……」

「……信じて、くれるんですか?」


 小さな声で聞いた言葉はすぐに肯定された。


「貴女が嘘をつく理由がないでしょう? よくその場で契約できたわね。怖かったでしょう、いきなり魔力を吸われて……本当に、その精霊が質の良くないものじゃなくてよかった」

「手順とか、そういうのは全然知りませんでしたけど、嫌な感じがしなかったんです。なんて言うか、厳かな感じで」


 目を閉じれば浮かんでくる。あの瞬間、あの光景。

 スローモーションの世界の中で、彼女が通った跡が光の筋を作ってきれいだった。微笑んだ少女から、嫌な空気は微塵も感じなかったから。


「だから余計にわけがわからないんですけど……一緒に拐われた子たちはなんて言っているんですか? 私が精霊と契約をしたのは白猫が助けてくれる前ですよ?」

「こちらも彼らが言うことが妙だと思ったから、少年たちに聞いてみたのよ。でもそうしたら……」


 なんと、ルーカスたちも私が精獣と契約したと話しているという。なんでだ。しかもその筆頭がフレッドらしい。おかしいでしょ!


「真っ先に助けてくれた白猫に向かって、魔物だって叫んでいたのが彼ですけど」


 ぼそっと呟くとお母様がぷっと吹き出した。


「多分混乱と恐怖でごちゃまぜになっているのね。ディーもいるここに、そう簡単に魔物に来られちゃ困るわ。ロゼスタの側に精獣がいるような気配もないし……精霊と契約したからその枯渇一歩手前という判断で間違いないでしょう」

「だが人の口に戸は立てられないぞ」


 事件から既に数日。領主の娘が拐われたということまではまだ大っぴらに広がっていないものの、街道沿いやあちらこちらで荷を調べられたり、物々しい雰囲気の警備の人を目撃した人たちがいる中、無事に帰ってきたルーカスたち。……そりゃあ周りの人間は何があったのか聞くよね。で、また他の人に話すよね。

 だからと言って、なんで誤解されているのかわからないけど。


「放っておくしかないのでは? それ以上情報が出なければ向こうも騒ぎようがないですよね?」


 現に私は契約していないし、精獣だと騒がれている白猫もいない。そのうち変な話も立ち消えになるのでは、と肩を竦めたら。


「……そうだな。この際、敢えて必要以上に説明はしないでおこう」

「はい」


 ……んん?

 お父様の不敵な笑みの意味がわからない。

 必要以上に説明はしないって……別に変な意味はない言い方のはずなのになんだろう、この火種放り込んでやるぞ的な表情は。

 話が見えなくて、怪訝そうな顔をしていたらお母様がきっぱりとした口調で「これ以上ロゼスタもアーヴェンスも表には出さないわ」と首を振った。


 あれ、火種私か。

 ポカンと口を開けた私を他所に、お父様がお母様の肩を抱いて私から離れた。これも子供に聞かせる話じゃない、ということらしい。

 でも同じ部屋のなか、耳をすませれば切れ切れでも会話の内容は聞き取れる。首を振りかけたお母様の肩を掴んだお父様がまた何かを言って、お母様の表情が変わった。


 ……なんか、嫌な言葉を聞いたような。

 これだけ引っ掻き回していた奴等が、このまま黙っていると思うかとか言いました?

 いや、それは思わ、ないというか考えないようにしていたけど……お父様はまだ何かあると考えているらしい。

 お母様が眉を寄せて唇を噛んだ。


 え、お父様が帰ってきてそれで解決、じゃないの?


 思ってもみなかったことを突きつけられたような気がした。

 お父様さえ帰ってきてくれたら何もかもはっきりすると思っていたのは確かだ。

 でも、実際にはどこから来たのかわからない、愛妾希望だとお母様を訪ねてきた女の人たち、抜き取られていた手紙、そして私の誘拐未遂。

 因果関係が掴めないことだらけだった。


 す、と兄様が側に来てくれて少しほっとする。ローブから覗く細い手を握ると、一瞬体が固くなった後ゆるゆると手の力が緩んだ。


「大丈夫ですよ」


 兄様が背を少し屈めて囁いてくれる。なんの根拠もないけど、その声音に安心した。


「でもお父様の表情、何か企んでいるみたいじゃないですか?」

「みたい、じゃなくて確実にそうですね」


 半眼になった兄様が、何か小声でやり取りをしているお母様たちをちらりと見て断言する。やっぱり。

 巻き込まれるのは家族だから当たり前としても、どういったことを考えているのか教えてくれないと気になるなぁ……。


「ロゼスタ!」

「うぇ? はい!」

「お父様が貴女に協力してほしいんですって!」


 突然呼ばれたから焦った。腰に手を当てているお母様。その隣で「おいおい」とお父様が困ったように私たちを交互に見る。


「さっきも言ったでしょう? ロゼスタには最初から話しておいた方がいいって。アーヴェンスも無関係じゃないんだから、私だけにじゃなくて、皆に話して」


 きっぱりと言い切ったお母様に、諦めたように天井を見上げたお父様はため息を一つつく。又聞きするよりも直接聞いた方がいいし、私も助かります。


「……いいか、これから話すことは他言無用だ」


 繋いだ手へ一瞬お父様が視線を向けてきたが、何も言わなかった。代わりに兄様がぶるりと震えていたけど、有り難いことに離さないでくれた。


 そんな前置きから始まったお父様の話の内容は、そもそもの大前提が間違っていた。



「ちょっと待って下さい! 私精獣と契約なんてしていません!」


 話の途中だったけれど挙手。そこは声を大にして主張させてもらう。そうしたら呆れたような顔つきが返ってきた。なんでだ。


「誰が契約したと言った?」

「……え、だって今」

「かも、しれないと言っただけだ。実際にはしていないんだから、名前を知っているわけもない。姿を見せるわけもない。ただそれを口にはしないだけだ。誘拐騒ぎの前後の記憶がないとでも言っておけばいい。実際気を失っていたしな。それだけで、勝手にロゼスタが精獣と契約したかもしれないという話が広まる。それを敢えて放っておく」

「……そんなに簡単に広まりますか? 第一私まだ五歳ですよ」


 お父様の言いたいことはわかったけど……そんなに上手く広がるものだろうか? 子供の見栄だと思われないのか。そもそもそんなに簡単に精獣と契約できないでしょ……いや、知らないけどさ。

 魔道具の時に指摘されると痛いけど、今はここぞとばかりに言わせてもらう。誰がそんな子供の言うことを信じるの?


「関係ない。それも領主の娘ということで信憑性を増すだろう。精獣と契約していてもおかしくない、とな。今の魔力枯渇一歩手前の状態も好都合だ。誰も精霊だとは思わない。姿を消した白猫に目が行くだろう」


 そこが狙いだ、とお父様は目を細めた。


「大っぴらには話を出さない。契約しているかもしれない精獣の名前を覚えていないなんて、通常であれば恥以外の何物でもないからな。だから隠しているとそう思わせる。探りを入れてくる相手もいるだろうから、適当に相手をしてくれ」

「適当にって……」

「否定もせず、肯定もせず、返答に困ったら記憶がないと誤魔化すんだ。難しかったら事実だけ言えばいい」

「例えばどんなことですか?」

「どんな精獣だったか、どうやって魔力が吸われたかと聞かれたりするかもしれないな」

「精獣かはわからないから、白い猫の姿をしていたと思いますとか、あっという間に魔力が減っていくのがわかりましたというようにですか?」

「そうだ。……よくあっさりできるな」


 要するに行間を敢えて作って話してほしいということらしい。

 感心したように目を見張っているお父様。でも私はそれどころじゃない。

 さらりと言っていますが、相当高度なこと言っていません? 話を詳しく聞けば聞くほど、どうしてそんな状況を作らなければならないのか不明だ。

 さっきお母様だけに話していたのはこの内容? そっとお母様を見ると難しい顔をしている。……仕事机に向かう、当主の顔だ。


 お母様が黙っているのは、一応了承の元考えられた案ということだろう。

 ……かなり話が大きくなると思うんだけど。しかも、嘘を言ってはいないけど、結局は周りの人たちを騙すのと変わらない。


 そこまでしてお父様が何をしたいのか。

 私の疑問はわかっているはずなのに、お父様は取り合ってくれない。


「精獣と契約した者は例外なく国へ──陛下へ報告する義務がある。今現在精獣と契約している者はそう多くない。魔法院卒業後にも色々と関わって来るが、とにかく報告するだけでロゼスタの存在が公になる」

「嘘の情報なのに?」


 目眩がしてきた。だって話している内容は国を騙すことだ。しかもこんな言葉遊びの証拠も何もないのにーー!


「実際には手紙は出さない。ただそう匂わせるだけだ……できるか?」

「……手紙を出したと相手に、これも誤解させるんですね?」

「そうだ」


 お父様は誤解をさせたいんだと言っている。

 なんの為なのか。少なくとも見栄じゃない。いずれ嘘だとバレるような、こんな小手先の嘘をつくような人じゃないと思う。

 なら、何が狙い?


「その間に、お父様たちは何をしているんですか?」


 純粋な疑問は、お父様の不意をついたらしい。ぎょっとしたような目を向けられた。反対に慣れているお母様は「ほらね」と言うような表情でお父様を見るし、兄様は合点がいったようで何度も頷いている。

 私が精獣と契約したと聞いた人たちが本当かどうか確かめに来る間、お父様たちは何をするのかなと思っただけなんだけど。

 そのお父様の態度でなんとなく、私にやってほしいと思っていることが透けて見えた気がした。


「私がするのは……時間稼ぎですね?」


 試しにかまをかけてみたら当たった。お父様が口角を引きつらせている。

 多分、もっと言えば撹乱だ。

 精獣との契約騒ぎに紛れて、お父様たちは何か別のことをしたいのだ。その何かはわからないけど……手紙を抜き取った人は辿れるかもしれないけど証拠はないし、訪ねてきた女の人たちの行方はわからないし私の誘拐未遂について、かな。奴隷商人たちも捕まっているし。


「そうだ……だから私たちがいいと言うまで、屋敷に籠っていてほしい。全く会わないのも厳しいだろうから、数人までは面会をして話を広めてもらう。枯渇一歩手前だからどの道休んでいなければならないしな。もうじき豊穣祭の頃だ。その頃までには区切りをつけたいとは思っている」


 肯定されたことで少しほっとする。まだ色々と不安はあるけど、少なくともある程度の時間で本当のことは公表する、とお父様は約束してくれた。あんまり長引かせると相手から指摘されちゃうかもしれないしね。こういう情報戦は先手を打たないと相手に飲まれてしまう。

 豊穣祭は何度か聞いたことがある。まだ見に行ったことはないけど、この間兄様と覗いた市よりも賑やかなのかな。

 そこまで考えてから思い出した。


「あの、シーリア様とはお会いしても構いませんか?」


 同じ屋敷内にいるのに顔を合わせないのも寂しい。一体どういう経緯でこちらに来たのかも知りたいし、女の子同士お話もしたい。


「そうだな……しばらくかかるかもしれないが、シーリア様にも屋敷の外には出ないでいただこう。他の者にも会わせないように……おそらくご本人もあまり出歩きたがらないだろうが」

「そうなんですか?」

「少し事情のある方だ。あまり親密な関係を望まれないかもしれない」

「静養にいらしているんですものね」


 ふむ、実際に会ってみないことにはどんな子なのかわからない。

 お友だちになれればいいけど。

「わかりました」と頬を緩めると、ふわりと撫でられた。そして「今回の件に関しては、シーリア様には伝えても構わないだろう」と言われた。

 結局精獣との契約じゃなくて精霊とです、って訂正することになるから、最初から話しておいた方がいいという判断?


「それと、ここには魔道具を扱っている店はできてないか? 前はなかったように思ったが……」

「あ、一店ありましたけど……」


 前に兄様と行った店内の商品を思い出してしまう。価値があるのかないのか……私の感覚では不良品ばかりが揃っていたお店だったけれどお父様の目にはどう映るんだろう。

 ……不良品としか見えないだろうな。むしろあそこまで不良品を集められた才能に感心する。


「そう言えば転移陣も破損していたんだったな。修復具合は順調なのか? 使われていた魔石も多かったから、時間がかかるだろう」

「ええ、そうなの。品質もいい魔石を使っていたんだけど、今回の破損で殆どが使えないそうなの。今取り寄せているところよ」


 魔石の破損、の箇所でお父様は片眉を上げたけれど、何も言わずに私を振り返る。

 同じ緑色の瞳と見つめ合って、口を開いたのはお父様が先だった。


「私は酷なことを要求しているな……。心ない者も近づいてくるだろう。何も知らせずに飾らないままで相手に話をしてほしかったんだが……」

「いえ、初めに話して下さって良かったです。かえって相手に変な情報を与えていたかもしれませんし、今までが誰かの意図したものだとしたら、その理由を知りたいし報いを受けてもらいたいですから」


 あの悩んだ時間、きっと隠れて泣いていただろうお母様、読まれていない手紙の返事を待っていたお父様……もう取り戻すことができない。

 それにこの地を治めるお母様にとっても、身内に敵がいるようなものだ。これ以上放っておくわけにはいかない。


「私も、ラシェル家の娘です。お父様、お母様の娘です。一緒に戦いたいんです……まだ頼りないかも、ですが」


 菫色の瞳を、緑色の瞳を、アイスブルーの瞳を順に見つめる。

 まだ小さい私だけど、守ってもらうばかりじゃ嫌だ。


 拳を握った私を眩しそうに見たお父様がゆっくりと嬉しそうに笑顔になった。窓からの光を髪が弾いて、笑顔との相乗効果がすごい。よくお母様は直視できるな。

 ……そして何故兄様も目を逸らしているの?


「流石、私たちの娘だ」

「当然よ」

「アーヴェンス」

「っはい!」

「お前も屋敷から出るんじゃないぞ。どこをつつかれるかわからないからな。隙は見せるな」

「はい」


 神妙そうな顔で頷いた兄様。目は少し赤いけれど花のような笑顔を浮かべているお母様。そして不敵に笑うお父様。


 やっと、やっと。

 大切な家族が揃い心が通ったことで、今までどこか穴が開いていた胸が塞がったような気がした。






読了ありがとうございました。



ようやく家族が揃いました。

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