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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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家族会議

「さっきから届かなかったと何度か言っているが……どういうことだ? 私の手紙は届いていなかったのか?」

「それはなんとも……ただ、お父様が言ったように魔道具で初めてお母様の件を知ったんですよね? お母様はその前に何度も手紙で訴えていたんですよ」


 お父様が愕然とした表情になる。


「では……あの手紙は? 何度か君の都合をつけて王都に来れないか聞いた手紙は? もしかして届いていなかったのか?」

「知らないわ……一度もそんなことが書かれてある手紙、受け取らなかったもの」

「返事が来なかったからてっきり忙しいんだと……ロゼスタも一緒に来られないかと思って書いたんだが……そうか読んでいなかったのか」


 いきなり出てきた名前に思わず目を見開いた。お父様は顔をしかめて最後の台詞は唸るように呟いた。

 ……私のこと、忘れていたわけじゃなかったんだ。それだけじゃなく、私も王都に来ないかと気にもかけてくれていた。

 何か言わなきゃと思ったけれど、何も出てこない。その代わりに、兄様が首を捻った。


「嫌な感じがしますね」

「奇遇だな、私もだ」


 ぼそっと言った弟子に、お父様はギロリと視線を向ける。


「言っときますけどね、あの魔道具が国に知られていないことの方が重大ですからね! 僕から話せる訳がないでしょう」

「そんなことはわかっている。だが、あれは私個人が使っていたものだ。他に洩れようがないはずなんだが……」


 ぼやいて頭をがしがしと掻いたお父様は、目をぱちくりさせていた私たちに「手紙が盗み読みされていたのかもしれない」と言った。


 …………。


 うん、その可能性は考えていましたよ? 

 別の意味で首を傾げた私たちの反応に、もどかしそうにお父様が言葉を重ねる。


「私が昔作った魔道具の中に、手紙の内容がわかるものがあったんだ。大まかに何が書いてあるのか、手紙の他に何が入っているのかなどがわかるものだ」

「えーっと、つまり……手紙の受け取り人じゃなくても、それを持っていれば何が書かれているのかわかってしまうということですか?」


 言葉にしながら、自分の顔色が引いていくのがわかった。そんな魔道具が実在していたら、この世界で機密なんて意味がない。

 しかもその魔道具は使用すれば、開封することなく中身がわかるものだという。しかも本当の受取人には知られずにだ。


 お母様が真っ青な顔になっている。届いていない手紙があるかもしれないということはわかっていた。でも、出していた手紙全てが盗み読みされていたとまでは考えていなかった。

 つまり、それはお父様への手紙も同じように中身を全てチェックされていた可能性が高いということで。


 届いていない手紙はあくまで誰かの手に渡ってしまったもので、無事にお母様の手に届いた他の手紙のことは考えていなかった。

 ……お母様に届いていた手紙が全て誰かのチェック済みのものだなんて、考えただけで腹が立ってくる。

 プライバシー侵害もいいところだ。しかも中身を確認して何か都合の悪いことが書いてあれば処分もしている、ということになる。


「あの、今までどの手紙が届いて、どの手紙は届いていないとかは──わかりませんよね?」


 口にしながら無理だな、と感じつつ二人の表情を窺うと「無理よ」ときっぱりとした返事が返ってきた。


「五年間もよ? ……何通出したかもはっきりしないわ」

「お互いに覚えている限りの内容を、相手が読んだ記憶があるか確認していくしかないな」


 ショックをまだ引きずりつつも、お母様が記憶を辿る仕草をすれば、お父様もそれに続く。必然的に私の側には兄様が寄ってきて、ぎこちないけれど笑みを見せてくれた。


「ね、僕の言った通りだったでしょう?」


 いつぞやのお父様がお母様ではない、別の方の手を取ったのではないか、という話のことを言っている。私も素直に頷いた。


「……でも誰がこんな手の込んだことを? 何が目的なんでしょう? もしあのままお母様たちがお互いについて誤解したままだったら私たち、バラバラになっていたかもしれませんよね?」


 五年間の空白があったとはいえ、初めはあんなにぎくしゃくしていたお母様たちだ。今こうして話せているけれど、それが噛み合わなかったらどうなっていたのか。


「──もしかしたら、ラシェル家当主を座を狙う誰かの思惑が絡んでいるかもしれませんね。師匠を遠ざけて別の女性を宛がうことで、実質ランティスの血をこれ以上入れないように考えたのかも……すみません」

「え? ああ、大丈夫ですよ。私がフローツェアとランティスの両方の血を引いているのは、最初からわかりきっていることじゃないですか」


 それこそ今更だ。じたばたしても何も変わらないし、私は結構自分の血筋を気に入っている。

 ハーフって言い方はここだとしないのかな、いつの日だったかフレッドに言った言葉は本心からだ。お父様がランティス出身でなければ、私はきっと魔道具と出会えなかっただろうから。

 気にしないでと笑ったのだけど、兄様はまずいことを言ってしまったと顔を曇らせている。多分今私たちが思い浮かべている男は同じ人物だろう。


「……ダールズ卿は、いつからお母様の相手にと名乗りをあげていたんでしょうね」


 お父様に比べれば、大した薫りも纏っていなかった男を思い浮かべる。そう言えばやけに連日お母様へ「自分が次の夫だ」としつこく訪ねてきていたし、私が自分の娘になるんだと言いつつ、だんだん私に対しての態度が冷ややかなものに変わっていった記憶がある。


「初めからよ」


 嫌そうに顔をしかめて答えたのはお母様だ。


「私が魔法院を卒業する頃には、他に私に並ぶ候補者はいなかったの。あとは私の相手を誰にするかで名前があがっていた一人が彼よ」

「……初めて聞いたぞ」

「言ってないもの。それに、私は貴方しか見ていないんだから、関係ないでしょう?」


 お母様はきょとんと首を傾げているけど、お父様の顔には思いっきり「関係ある」と書かれている。私もそう思う。


「お母様がどう思っていたかはともかく、向こうの思いもありますしね……。それで手紙の内容はどうですか?」


 大体思い出せたのかと聞くと、思っていた通りお母様側からはランティスから愛妾希望の女の人が複数人来たこと、次の夫候補者が立てられてしまったこと、転移陣の破損の事後処理で忙しいこと、そして意外なことに私の先生役を兄様に頼んでいるということ。

 お父様からは少しの間王都へ来ないかというお誘い、侯爵家の当主と意気投合したことやそのエピソード、あとは細々としたことでよくわからないと顔をしかめていた。……五年間分だけあって意外と多い。


「……ここまで見事にお互いの肝心な手紙が届いていないとなると、あの魔道具がこちらに流れてきていると疑わざるを得ないな……それにしても」


 お父様が苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ロゼスタが作ったという魔道具にばかり目がいっていたが、よくよく考えてみればこの国でそう簡単に魔道具が作れるわけがない。作り方を教えたのはお前だったのか……」

「師匠師匠目が怖いです!」

「待ってください、兄様には私が無理を言って頼んだんですから!」

「自分の弟子をここに呼んだということは、ロゼスタに魔道具のことを教えてほしいってことよね? そう思って私からもアーヴェンスに頼んだの。だから責めないであげて?」

「……それは別としてもまだ五歳だろう? 本当にあれはロゼスタが作ったのか?」

「えっとぉ……はい、頑張りました!」

「ロゼスタはすごいんですよ! 勉強の飲み込みも早いですし!」


 代わる代わる兄様を庇うと、兄様が胸を撫で下ろしているのを尻目にお父様が納得が行かないように眉を寄せた。

 そうですよね、五歳児が魔道具作るのってちょっと変、だよね……。でもお父様にはそれも普通だ、と受け入れてもらわなければ困る。


「勉強、とっても面白いです。お父様も教えて下さいね?」


 やりすぎない程度に上目遣いで金髪の美丈夫を見つめる。今後の私の魔道具ライフには、お父様の協力が欠かせないのだ。

 狙った効果が出たのか、お父様が低く「うっ」と呻いて、困ったように目をそらした。ほんの少し迷ったように視線がウロウロしていたけど、諦めたようなため息を一つすると、またまたあの笑みを浮かべた。眼福。


「仕方がないな。……そんなにのめり込ませないようにするんだぞ」


 後半の台詞は兄様にだ。背を伸ばして素早く返事をしているところには悪いけど、私はばっちりのめり込む気満々ですからね。




「そもそも、どうしてそんな魔道具を作ったんですか?」

「……色々あったんだ。ともかく、あれが誰かの手に渡っていると考えると辻褄が合う」

「使いようによってはかなり危険な魔道具だと思いますけど……」

「この国に持ってくることの方が危険だろう。ここにはそもそもそんなに魔道具の種類もないしな」

「そう言えば、お父様は今までの研究結果や持ち物を持ち出せなかったんでしたよね」


 お母様との結婚と二つの完成した魔道具とそれまでの研究を交換条件にしたお父様に、その魔道具を持ち出せる訳がない。納得がいって一人頷いていたら、低い声で名前を呼ばれた。


「……何故知っている?」


「あ」という表情で兄様が急いでお父様から目をそらした。私は思わず手を口に当てた。深い緑色の瞳が、今度は私を射抜く。


「ロゼスタ」

「ええと、ええと……そ、そそそそれにしても五年間も手紙を盗み読みしていて、何が目的だったんでしょうねっ? だってお父様の魔道具の研究がもっと早く終わっていたり、一時的にこちらに帰ってきたらすぐにわかってしまうことですよね? ね?」

「……それは考えてもわからないな。ただ、悪意があることは明確だな」


 情報源は兄様だけどそうだとは言えないし……例えお父様が分かっていたとしても。顔色を悪くした兄様を見やった後、見逃してくれたらしいお父様が肩を竦めた。

 証拠は何もない。当事者であるお父様とお母様がいくら手紙を相手に出したと言っても、その現物がなければ内容の証明にはならない。同じことがお父様の話してくれた魔道具にも言える。


「何が目的かはわからないが……確かにロゼスタの言う通り、私が王都から帰ってくればすぐに露見したことだ。現にもうそうなっている。そう考えると何がしたかったのか……それとも単なる偶然か?」

「手紙の件はともかく、貴方目当てに訪ねてきた女の人たちはすぐに確認できるしね。……そう言えば彼女たちは王都へ訪ねて行かなかったの?」

「例え会いに来ても顔を会わせるような暇は一切なかった。誰かが訪ねてきたということもなかったな」


 それも妙な話だ。本妻──こういう表現は嫌だけど今回はお母様──に話を持ってきたのなら当の本人のお父様のところにも顔を出さなきゃ意味がない。

 わざわざ自分の存在のアピールに来たのに、目当ての人がいなかったらそこまで訪ねて行かないものかな? むしろ行ってくれればお父様も血相変えて飛んで帰ってきたのに。なんだかお母様への嫌がらせがしたかったみたいだ。


 こんな小細工がわからないわけがないと二人して唸っているところに申し訳ないですが、さっきのやり取りを見たあとだと頷けない。……わからなかったんじゃないかな。



「腹立たしいことだが、 妙だとは思わないか? 私たちのやり取りをさせたくないと思うなら、互いの全ての手紙を握りつぶせばいい。そうせず、特定の内容の手紙だけを届かせないのは何故だ?」

「……全くの音信不通より、苛々はしますけどそんなに心配はしないかも? 音沙汰が全くないと何かあったんじゃないかって心配になりますけど、不定期でも手紙が届くなら内容が少し噛み合わなくても流してしまうかも……」

「私もそう思っていた」


 想像しながら言った私の言葉に、静かにお父様が応じた。その言葉にはっとして顔を上げたのはお母様だ。


「何も異常はない、皆元気だ……そういう内容の手紙を受け取って……君に会えない不満はあったが安心はしていたんだ。研究もなかなか上手く進まなくて、気分転換していたり、また研究に戻ったりとそういう日々を過ごしていて、気がつけばこんなに時間が経っていた」

「そんなに……難しいお仕事だったの? 私初めは王都へ魔道具の普及しに行くと聞いていたと思うんだけど」

「私も初めはそのつもりだった。だったが……陛下には別のお考えがあったようで、結果別件で大半の時間を取られたな。……すまないが、その内容は詳しくは話せない」


 お父様曰く、陛下から頼まれたその別件というのは他言無用ということ。手紙の一件とも重なり、領地への帰還が延びたと話してくれた。


「魔道具を受け取ったときは、君が新しい夫を迎える気なのかと思っていた。女共の件も訳がわからなくて……一切の口出しをしないように釘を刺したつもりだったんだが……すまない、迷惑をかけた」

「迷惑だなんて……私もどうしたらよかったのか。貴方がもしかして王都で別の方と過ごしているんじゃないかと思ったときもあったもの、お互い様よ」


 お父様の言葉にお母様の菫色の瞳が潤み始める。


「他の夫候補と読んで目の前が真っ暗になった。確かめるのも怖くて、何も言えなかった……すぐに返事をしなかったのはそのせいだ」

「貴方以外の人なんていらないわよ! 忘れたの? 結婚してほしいって言ったのは私からよ? 私の生涯で愛するのは貴方一人だって」


 泣き笑いのような顔で、お母様がお父様の胸を力なく叩く。その細い肩を、お父様が支えて黒髪を優しく撫でた。

 目が合った兄様と苦笑をしたけれど、邪魔はしない。誰かの思惑で空白にさせられた時間を埋めている最中なんだから。


 ぎこちなく今まで離れていた時間を取り戻している二人からそっと視線をずらす。

 やっぱり子供の目には毒かも。いや、両親が揃って仲がいいというのは歓迎すべきことだけど、それはやっぱり時と場合を考えてもらわないと周りの人間が居たたまれないというか……。はい、中身二十歳越えの元ニートもどきには刺激が強い。


 お父様はいきなり兄様から、お母様が新しい夫を迎えるかもって連絡を受けて仰天したのだろう。その時点で陛下からの注文? か何かの魔道具の研究は一段落ついていたから帰ってこられた。

 でも新しい夫を迎えるお母様になんて言っていいのかわからなかったんだ。

 お母様にしてみれば、とっくに知っていることについて何も聞いてこないお父様に、もう自分のことはどうでもいいのかと早合点していたんだろうな。


「それにしても甘い言葉とは……」

「何よ」


 漂う甘い空気はそのまま。小さく笑ったお父様の言葉にお母様は頬を膨らませる。


「滅多に言ってくれないのは事実じゃない」

「──でも君は、そういう言葉は好きじゃないだろう?」


 怪訝そうに、でも大真面目にぼそっと呟かれた言葉に、お母様がポカンと口を開けた。


「好き? じゃないって……」

「魔法院でトッドに痛烈に言い返していたじゃないか。そういう言葉を言われるのは好きじゃないって。だから、俺も言わないように……」

「あ、あれは……あれは彼に言われる筋合いはないし。それに今は関係ないでしょう!?」

「ある」

「ないわよ! 貴方以外に言われる言葉に意味なんてあるわけないでしょう!」


 ぜーはー荒い息をつくお母様の息遣いしか聞こえない。こちらを向いたお母様の顔が真っ赤なのは見えたけれど、お父様は私に背を向けている。


「ディア……」


 顔を真っ赤に染めたお母様の肩を、お父様がそっと抱き寄せる。

 菫色の瞳を潤ませたお母様は抵抗なく、お父様の胸元に顔を埋め──二人の影が一つに重なった。

 ぎゅっと抱き締められたお母様が、ゆっくりとその背に腕をまわす。

 囁かれた声は本当に小さいものだったけれど、しんとした部屋のなか「愛している」と響いたのは、きっと気のせいじゃない。



 残されたのは、雰囲気に乗れなかった二人の子供だ。

 ええ、いいんですよ。私たちのことは忘れているようですけど、やっと会えたんですものね。


 ……やっぱり部屋を出てもいいかな。ここ私の部屋だけど。




「それはそうと……ロゼスタ、精獣と聞いて何か心当たりはあるか?」


 鼻を啜って顔を伏せているお母様の肩を抱いたまま、お父様が妙なことを聞いてきた。

 まだ甘い空気が漂う中話を戻されて、私は思わず目をぱちぱちさせた。


「お母様を思い浮かべます」


 私の答えは簡単だ。

 精獣といえば風の精獣と契約しているお母様。他にはない。見たこともない。言い切った私に、またなんとも言えない目をしたお父様。そしてふ、と笑われた。


「そう言えばそうだったな。ディーの背に乗ったくらいか、ロゼスタが接したことがある精獣は」

「そうですよ。……何かありました? 精獣がどうかしたんですか?」


 まったく話が読めません。精獣とお近づきになる機会なんて私には皆無だ。眉をひそめた私に、お父様は特大の爆弾を落としてくれた。


「──実は、ロゼスタが精獣を使役したという話が持ち上がっている」

「……はぁっ?!」



読了ありがとうございます。

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