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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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対話

「なんだ、それは」


 ぐっと言葉に詰まった兄様に重ねてお父様の疑問が飛ぶ。


「これ、は……その。魔力の薫りを消す魔道具です」

「誰が作った。少し見せてみろ……見慣れない魔法陣の書き方だな。妙な記号? か……見たことがないがなんだこれは……」


 あっという間に重苦しくなった室内の雰囲気に戸惑う。

 お父様には話しても大丈夫じゃなかったの。どうしてだろう、兄様が首をぶるぶる振っている。


「アーヴェンス、誰が作ったのかと聞いているんだ」

「わ、私です」


 厳しい声音に耐えきれなくなって、手を挙げた。


「ロゼスタ?」

「その魔道具は、私が作りました! ええと、それは兄様にプレゼントしたものです。私用にもう一つあります」


 なんでかさっぱりわからないが、怒っているのなら私に! と口早に言い切った。

 兄様はただ受け取っただけ。どうやって作ったのか知りたいのなら私に聞いてと思ったんだけど……なぜかお父様はぎりっと歯を噛み締めてすごい勢いで兄様を睨み付けた。



「なぜお前がこんなものを受け取っている!」

「ぼ、ぼぼぼ僕も受け取れないって言ったんですけど、どうしてもってことだったので気持ちを無下には出来ず!」

「これだけか。他にはないのか!」

「僕が知る限りないようです!」

「馬鹿者ぉっ!!」



 ……二人して背を向けておまけに早口だから、何を言ってるか殆ど聞き取れない。でも、何かに苛立っている様子なのはわかった。

 やっぱり学ぶのはいいけど、実際に作るのはダメってことだろうか。


「あ、あの……」

「! ロゼスタ……これは非常に興味深い。できればもう一つあればもっといい」

「……これだけじゃなくてこれからも魔道具を作っても、いいですか? あと、少し時間がかかるかと思います」

「大丈夫だ! どれだけかかってもいいから、きちんと完成させてくれ。そしてできれば私も身に付けたい」

「それ髪紐ですけど……?」

「見ればわかるが」

「……お父様には必要ないのでは?」


 ベッドからだと大分遠いお父様の頭に視線を向ける。整えられた髪は見事に短い。

 髪の長い人を見慣れていたから、余計に短さが際立っている。単純に指摘しただけなのに、お父様の頭がまたがくりと下がった。

 お揃いが欲しかったのかな。「あー」とか「うー」と呻き声を立てているお父様を見て考える。多分自分で作った方が早いだろうから、もっと練習に励めとか、そういう意味だろうか。


「でしたら別の装飾品で作ってみましょうか? どれを魔道具にするかはお父様の好みのものにするとして」

「! そうしてくれ!!」

「わかりました。お父様の研究のお役に立てるのでしたら良かったです」


 うむ、と重々しく頷いているお父様にそっと胸を撫で下ろした。何故か兄様もほっとしている。

 とにかく、お父様は私が魔道具を作るのには反対していないらしい。良かった。

 身内に味方がいるのといないのでは全然違う。色々教わりたいこともあるし、幸先明るいぞ……じゃないじゃない!


「あの、兄様。変だと思いませんでしたか?」

「何がですか?」

「この魔道具を身に付けていたのに、私の魔力の有無が知られたことについてです。……私を拐ったのは、魔力持ちを集めている奴隷商人でした。実際に誘拐されていた子たちも魔力を持っていましたし」

「この効果はどれほどのものなんだ? 奴隷商人たちに気づかれないくらい、性能がいいのか?」

「身に付けている間、完璧に薫りを隠せます。私で実験済みです」


 私の答えにお父様が驚いたように目を見開く。

 その反応よりも、私の頭の中は疑問でいっぱいだった。

 馬車の中で居合わせた三人の誰よりもいい薫りを漂わせていた兄様を、彼らが見逃すだろうか? 確かに彼らは急いでいたけれど、それは兄様を逃がす理由にはならないと思う。私の近くにいたのなら余計に。


「……確かに気になるな。少し奴らが行こうとしていた場所を調べてみよう」


 気のせいだ、子供が何を言っているんだとも流されなかった。お父様は一つ頷いて、「あまり心配をするな」ともう一度頭を撫でてくれた。

 ……私が狙われたということだろうか。

 そうすると他の三人はとばっちりを受けてしまったのか。

 実際に私を邪魔だと言っていた人物には心当たりがある。薄緑色の瞳を思い出すとどうしても渋い顔になってしまうが、正面切って敵意を剥き出しにした相手のことは早々忘れない。目障りだとも言っていたし、あのまま拐われていれば手を叩いて喜びそうだ。

 ……邪魔だと思っている人間に、実際に手を下すかは別問題だけど、全くのシロとも言い切れない。理由を探るためにも手がかりは一つでも多い方がいい。


「あのですね、直接関係はあるかないかわかりませんが、最近気になることを言ってきた人がいます」

「気になること?」

「もうお母様に報告はしていますが……つい先日レイトスという方からランティス国へ帰れと言われたんです。その、私がいるからお母様が彼の叔父と結婚しないんだとか」

「……」

「その前にも街で嫌なことを言われましたし……何度かランティス国の血はいらないと言っていました」


 そうそう、その時ランティス国から来たというなんとか夫人を見たんだった。


 ──結局彼女たちの目的はなんだったんだろう?

 お父様の結婚にランティスの国王と魔道具のやり取りがあったのなら、国としては触らずそっとしておきたいものなんじゃないだろうか?

 しかも婚姻について一切の口出しをしないようにとまで条件づけていたのに。

 顔をしかめながら伝えるとふと視線を上げると、無表情のお父様がいた。


「そうか」


 ただ一言。

 それだけなのに、部屋の温度がぐぐぐっと下がった。兄様が一歩下がり、お父様が後ろに視線をやった。兄様の顔色が悪い。


「ぼ、ぼぼぼ僕は報告しましたから! ちゃんと手紙にも」

「ロゼスタ!」


 不意に取り乱した、細い悲鳴のような声で呼ばれた。上半身にぐっと圧迫感が襲ってきて抱き締められる。


「ぐぇっ」

「ロゼスタ、ロゼスタ。ああ、目が覚めて本当に良かった……」


 ギブ、ギブですお母様ー!


 ほっそりとしているのに骨張っていない、柔らかで暖くて豊かな胸が、私を圧死させようと迫ってくる。嬉しいが嬉しくない。

 ぺちんぺちんと、この三日間で大分力の落ちた手でお母様に必死で合図する。何回目かの合図でようやく通じて、思いきり肺に空気を吸い込むことができた。


「怖かったでしょう。本当に無事で良かった。……でも顔色はまだ悪いわね」

「だい、大丈夫です。今お父様とも話していて」


 ちら、とお父様に目をやる。それだけ心配してくれていたってことだし、申し訳ないのと嬉しいような面映ゆいような気持ちでお父様に話を振ったんだけど──反応がない。

 私が寝ていた間二人で今までの話はできたんだろうか? と見たら……若干強張ったお父様と、俯いたお母様。

 この三日間何やっていたんですか。


「……少し痩せたな」

「仕事が立て込んでいたの」

「そうか」


 夫婦の会話、終了。

 いやいやいや、まだ他に言うことあるでしょうよ!?


「あ、あの、お父様」

「! なんだ? 疲れたか? そうだな、無理もない。聞きたいこともあるがまた後にしよう」


 思わず割り込んでしまったが、お父様の態度の切り替えには驚いた。お母様とより話してるし!


「いえ、体調は大丈夫です。それよりも、お父様方の態度の方が気になります……それに私、お父様が五年も私たちのところに顔も出さなかったことを不信に思っています」


 奴隷商人たちの手から救い出してくれて助かったし、感謝している。あのままだったら今の私はここにはいなくて、それこそどこに連れて行かれていたかもわからなかった。

 兄様を交えて話して、魔道具のことについても別に私が作ることに反対をしている様子もなかった。

 これからのことを考えれば、十分すぎるほど理解をしてくれるお父様だと思う。私自身がちょっと目を瞑れば今までのことはなかったことになる。


 でも、お母様は?

 戸惑ったような、困ったような顔をしているお母様。あんなにお父様に帰ってきてほしかったのに、まともに話ができなくて、それに対してどこか諦めてもいるみたいだ。

 ダールズ卿の時も思ったけど、そんな顔をしていてほしくない。笑っていてほしい。あの菫色の瞳が悲しそうに翳るのを見るのは嫌だ。


 私のきっぱりとした言い方に、お父様は面食らったようだった。目をぱちくりさせた後「すまなかった」と眉を下げる。


「いえ、謝罪はいいのです。手紙も届かなかったものがあるかもしれなかったので仕方ないです。そうではなくて一度でも、帰って来られなかったのでしょうか?」

「それ、は……手紙に。…………届かなかった?」


 小首を傾げて返事を待つ。手紙が届いていなかったかもしれないという言葉を聞いてお父様の動きが止まった。ちょっと待って、どこまで情報交換できているの?


 救いを求めて兄様を見ると、ゆっくり首を振られた。

 全然か! 全くなのか!

 お母様は事後の収拾に追われたとしても、兄様はお父様と話せなかったんですか。あ、ついさっきですか顔を会わせたのは。そうですか。


「私が知っているのは、ここにランティスからと名乗る誰かが愛妾希望だとふざけたことを抜かして訪ねてきていたことと、ディアに次の夫の候補が立っていることだ」


 硬い表情でお父様が口を開く。一瞬ディアって誰? と思ったけれど、お母様の愛称だとすぐにわかった。

 お父様が、向きを変えてお母様に向き合う。


「手紙の魔道具で送った内容ね」

「今までそんな内容は一度もなかったから驚いたぞ。しかも訪ねてきていた女共は一人や二人ではなかったんだろう? なぜもっと早く言わなかった」

「っ、言ったわ! 手紙で何度も! でも貴方は全然返事をしてくれなくて……詰る内容が嫌なのかと思って書き直したら初めて返事をくれたのは貴方じゃない! こっちから手紙を出さなきゃ音沙汰なかったくせに!」


 堪えられなくなったようにお母様が叫んだ。私の言葉に我慢できなくなったように。


「ずっと待っていたのに! ロゼスタのさっきの言葉は私も言いたい。どうして一度も帰ってきてくれなかったの? 手紙のことはいい。届いていないものがあったのかもしれないから。でもその間、私は……」


 胸の前でぎゅっと握り締めた手を組んで、泣きそうな顔をしたお母様は下を向いて「もう帰ってくる気はないのかと思っていた」と呟いた。


「でも、アーヴェンスが、師匠はそんな気はない。何かの間違いだって言い切ってくれたから……もう少し信じてみようって思ったの」


 あの魔道具も見せてくれたし。

 三人で話した日のことを思い出したのか、はにかんだ笑みを覗かせたお母様は一瞬で暗い表情に戻った。


「でも貴方は帰ってきても何も話してくれない。甘い言葉を言ってほしいなんて言っている訳じゃないわ。そりゃ、少しくらいは言ってくれてもいいんじゃないのかしらって思う時もあるけど……。私が忙しくしていたのもあっただろうけど、全然話に来てくれないんですもの」


 語尾が段々小さい声になって、とうとう俯いてしまうお母様。そこでお父様が初めて「部屋を別にしよう」とお母様に合図をしている。

 子供の前でする話題じゃない? ご心配なく、発端は私なので最後まで話を聞きますよ。オロオロしていますけど、兄様もいてくださいね。

 お母様も隠す気がないのか、つん、と顔を背けた。


「私たち、家族ですもの。隠し立てするようなことはないでしょう? それにロゼスタにはこの場できちんと話しておいた方がいいのよ。あとで突拍子もないこと言い出すから」


 ……ええと、事実だ。

 なんとも言えない表情で私を振り返ったお父様から視線を反らす。






読了ありがとうございます。


もう少し家族の話は続きます。

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