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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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二度めまして

 さくさくと葉っぱを踏み締めて歩く。緑の木々が生い茂って静かに揺れる、木漏れ日の美しい所だ。

 見覚えはない。初夏のような気もするけれど、足元には茶色の落ち葉が厚く重なっている。不思議な場所だ。

 こういう時の情景は夢だと判断していい。新緑と落ち葉が同時に存在なんてするはずないし、どうも視線が高い。まるで以前の身長のような……。大抵私は夢の中で「これは夢だ」と気がつく。前世の記憶を取り戻した時はそれもあって、初めは夢だと思っていたんだけど。

 それはさておき。


 ──噂通り良い薫りだ。


 頭に響いてきた朗々とした声は、木霊のように語尾を幾重にも重ねながら語りかけてきた。

 目の前にはいつの間にか現れた大きな獅子。

 さすが夢。喋るホワイトライオンなんて初めて見た。

 ふさふさの毛並みが風に吹かれて波打っている。あー、手がわきわきしてきた。


 ──面白いことを考える娘だな。


 おまけにこっちの考えも読んでくる。口を開かなくていいんだから便利だ。自分で自分に面白いって言っているようなものだし、変なの。

 ふ、と笑いを漏らすと金色に光る目が細められた。


 白い毛に金色の瞳。

 ぼんやりと頭のどこかで片目が紫色で真っ白の毛並みを持った猫を思い出したけど、そういう毛並みとはどこか違う。

 一本一本の毛がキラキラと発光しているように輝いてうねっている。まるで積もったばかりの新雪が日の光を弾いているみたいだ。


 ──そうだろう、そうだろう。……ところでユキ、とはなんだ?

『空から降ってくる白いふわふわしたもので、冷たいもの。暖めると溶けて水に戻るの』

 ──よくわからん。

『自分に説明するのって難しいね。こういう時ニュアンスでわかってくれないの? 私なだけあって無理?』


 説明するのも私なら、理解するのも私なわけで結論、あまり会話が噛み合わない。夢の中でも一発見だ。


 ──まだそなたと共にするとは決まっておらぬぞ。

『うん? 何を言ってるかよくわかんない。触っちゃダメなら私もう行くね? 目に毒だし』


 承諾なしにモフっちゃいかんだろう。第一私だったら嫌だ。

 どうも触っていいよと言ってもらえる雰囲気じゃないし、私の夢なんだから好きにしていいとは思うんだけどちょっと雰囲気でしり込みしてしまうというか。

 いや、もふもふのホワイトライオン──であっているよね? なんか尻尾がライオンぽくなくてふわふわした犬っぽいんだけど──触る機会なんて今後一切ないんだけどね。

 この神秘的な森なのか林なのかがどこまであるのか知りたいのも事実で。いつ目が覚めてしまうかわからないから、自分の気が向くままに動き回りたいのだ。

 軽く手を上げ素晴らしい毛並みで古風な話し方をするライオンから目をそらした時、突然吹いた風に思わず目を閉じた。


 ──また会おう。


 そんな一言を残して、あっさりと木漏れ日に透けていくように姿を消した。



 ◇ ◇


「ロゼスタ様、本当に申し訳ありませんでした!」

「いえ、兄様。大丈夫ですから……」


 で、起きてからこれ。

 何度となく繰り返されたやり取りだ。私の前には頭を下げている兄様がいて、きれいなつむじはよく見えるけど、アイスブルーの瞳は全くもって見えない。

 もつれた金髪は無造作に紐で縛ってあるだけで、言葉遣いも戻ってるし。


 あの誘拐事件から私が起きた時、既に日は暮れていた。

 ……三日後の。


 ぶっ通しで寝ていたと知ってびっくり。

 道理でお腹が空いてるわ、体はふわふわして力が入らないわ、でもよく寝たせいか頭はすっきりしてるわでおかしいと思った。


 そして冒頭に戻る。


「あの、他の子たちは……?」

「皆無事です。当然ですが興奮している子もいましたが、今は少し落ち着いていると聞きました」

「あの猫……は?」

「猫?」


 私たちを救ってくれた白猫。

 彼女──佇まいから勝手に彼女だと思っている──がどうなったのか知りたかったけれど、首を傾げられた。


「僕がちゃんと手を引いていれば良かったんです。油断していたわけじゃなかったのに、気がついたらはぐれてしまっていて」

「全くだ。私が通りかかったから良かったものの、あと少し遅れていたらどうなっていたかわからなかったんだぞ」

「……」


 どうしよう。出ていってもらってもいいかな。


 乾いた笑みを浮かべて遠い目をした私の前で、兄様の肩がまた震えた。

 どうしてここにお父様がいるんだろう。


 私の前にはお父様と名乗る男の人がいる。

 そう、つい先日私たちを誘拐犯というか、奴隷商人たちの手から救い出してくれた人が。

 いちゃ悪いとかそういうんじゃないんだけど、今はやっと目を覚ました私と兄様の対面の場なのにここにいて当然、の顔されると釈然としないというか。

 そして拐われた時もう二度と見ることができないと思っていた瞳を、また見ることができるのになぜか見られないこの状況。

 お母様にも会っていない。事後の収拾に奔走していると聞いたけど、それ以上のことを教えてもらえなかった。


 私とはぐれたとわかった兄様は、すぐに私たちの護衛にお母様へ伝えるよう言ったらしい。護衛なんてついていたんですね。全く知らなかったよ。

 それを受けてお母様はすぐに領外へ至る道のあちこちに、馬車の荷を調べる人や警備の人を配置したらしいんだけど、既に私たちは外に連れ出されていた後で間に合わなかったとか。

 つまり、お父様が来なかったら本当に危なかったのだ。危なかったんだけども。


 ちょっと護衛の方々に一言物申したい。

 初めての外出の時にもいたのなら、どうしてレイトスに難癖つけられていた時止めに入ってくれなかったんだ。



「……スタ、ロゼスタ?」

「はい?」

「腹は減っていないか? 他に欲しいものはあるか? どこか痛い箇所があるならばすぐに教えてくれ」


 仕立てのいい服はそのまま。金髪碧眼の美形って本当にいるんだっていうのが第一印象だった。

 ちょっとキツい目付きと短く切られた髪、ぶっきらぼうな口調で近寄りがたい雰囲気があるけど、今はその顔が心配そうに歪んで、私と同じ色の瞳がゆっくりと観察してくる。

 あとふわふわと薫ってくる甘くすっきりとした匂い。蜂蜜のようにトロリとしているのに、全然しつこくなくてさらりとしているからずっと嗅いでいたくなる。

 兄様の薫りもいい匂いだと思っていたけど、それとは種類が違う。

 最後に見た記憶にある緑色の瞳。なんで見た時そうだと気がつかなかったんだろう……いや、その場で気がついたとしても次の瞬間にはぶっ倒れていたんだけど。


「大体お前が迂闊すぎる。ああした輩にロゼスタが目をつけられるのは最初からわかりきっていたはずだろう」

「本当に、返す言葉もありません……」


 始まった師弟のやり取りに、思わず深い息をついた。

 お父様にとって兄様は弟子であり、養子。そんでもって私は娘。娘の身の安全を守れなかった、という意味で叱っているのはわかる。

 わかるんだけど……一番は護衛にするべきじゃない? いや、まずちゃんと手を繋いでいなかった私も子供だけど子供みたいで悪かったんだけど……。


 思考をそらしても脳裏をよぎる光景がちらついて仕方ない。

 一体どういう関係なんですかね? 連れていた女の子とは。


 考え始めると嫌な予想しかない。

 蜂蜜色の長い髪をした子だったということは覚えている。遠目だったけど、お父様の髪と似たような色だということも。

 ……自分とほぼ同年代の子を、今まで会わなかった父親が連れてきたとなると導き出される答えは一つなんですが。


 ちょうどあの子の頭があった位置に目をやると、キョトンとした顔の後なぜかああ、というように頷いて微笑まれた。仲良くなれってか。


「……お母様はご存じなんですか?」


 私のお父様への開口一番はこれだった。


「もちろん」


 返事はこう。

 何、腹違いの姉妹ですか。紹介もしないの?

 やっぱり私にはお父様なんていなかったんだ。私にとっての大事な家族はお母様と兄様がいれば十分だ……と、ふてくされ気味に考えてだんだん口が尖ってくる。

 知らずに寄っていた眉間のシワを見て、なぜか声をあげたのは兄様だった。


「ロゼスタ、何か勘違いしてませんか? きちんと師匠に確認してください。何が、クローディア様はご存じだと聞いたんですか?」

「勘違いも何も……私が見た女の子の……面倒をお父様が見るってことです」

「面倒……まぁそうだな。頼まれた」


 やっぱり!

 何か思い起こすように上を見たお父様。頼まれたのはその子の母親かその親族からじゃないんですか。それにしても。


「……ちょっと年齢が近いんじゃないですか?」

「その方が話が合うだろう? 今六歳だということもあって、年齢的にもちょうどいいと引き受けたんだ」

「ほらぁ、六歳って王都に行ったばかりで私はもう生まれていて……んん?」


 自分で喋ってから変なことに気がついた。

 ろく、ろく、六……歳?

 私は五歳だ。お父様が王都に向かった時、私は生まれていてその子は一歳を迎えていて……計算が合わぬ。


「……お父様の子ではないんですか?」

「は?」


 緑色の瞳が大きく見開かれた。

 ……おやおやおや~、またまたやっちまったようです。

 頭に手を当てる兄様に、わたわたと手を振りながら釈明をする。


「や、てっきり王都に行った直後辺りで別の方との間にできた子なのかと。年も近いように見えたし、お父様と同じような金髪だし、似てい、て……」


 言葉を重ねれば重ねるほど、お父様の頭が下がっていく。空気が重い。


「ええと……ごめんなさい」

「いや、いい。いいんだ。ちゃんと顔を会わせたことはほとんどないんだからな」


 ……ほとんども何も皆無ですよ? ちょっとお父様が何を言ってるかわからない。夢の中でのことといい、会話が噛み合わない人が多いと感じるのは気のせいか。

 ほっと胸を撫で下ろしている兄様に目を向ける。


「兄様も……ありがとうございます。指摘されなかったらちょっと危なかったです」

「いえいえ、良かったです……本当に」


 乾いた笑みを浮かべて、吹き出したのも同時だった。

 後ろでお父様が面白くなさそうにしているけど、それはそうだよね。浮気──をしていないかはともかく、できていない子供の存在を危うく娘に誤解されそうになったんだから。


「ごめんなさい、お父様。少し誤解していました」

「いや……なんだ、その。アーヴェンスとは仲が良いのだな」

「はい。色々、たくさん教えて下さってます。私の自慢の兄様です!」


「あ、ちょっ!?」とか急に赤くなったり青くなったりしているけど、照れてる?

 こんな時じゃなきゃ感謝の気持ちを伝えられないからね。笑顔を見せたら引きつった笑みが返ってきた。反対にお父様がだんだん無表情になっていく。


「そうかそうか……仲が良くて何よりだ」

「ひぃっ!」

「はいっ」


 朗らかに笑うお父様に悲鳴を上げた兄様。

 首を傾げたらなんでもない、というようにものすごい勢いで首を振られた。




「──まだご本人とはお話できないが、少し事情があって、とある侯爵家から静養という形で来られた方だ。後でまた紹介しよう。年も近いし、話し相手になって差し上げると喜ばれるだろう」

「はぁ……」


 こほん、と咳払いをしたお父様の話によると、王都から一緒に来たという侯爵令嬢はシーリア様。

 名前もそういえばあの時聞いた覚えがある。残念ながら顔は全くわからない。


 というか、王都の情報に疎いんだけど、侯爵家の人間がわざわざ他領に静養とはいえ来るものなの?

 ある程度気心が知れている友人や親類のいる領地にはきっと行くんだろうけど……そう考えるとこの五年間でお父様はある程度の交遊関係を結んできたということかな。

 ……よくよく考えてみると、初めての同年代のお友達になるんじゃないだろうか。


「お会いできるのを、楽しみにしていますね」


 期待に頬を緩ませると、驚いたように目を見張られた後無言で頭を撫でられた。


 ついでに爆弾級の微笑みが返ってきた。

 目尻が下がりキツい印象が消えて、口角が上がっただけで──印象が全然違う。甘い薫りと一緒になって、背後に花が飛び散っている幻覚が見える。無愛想だったのが一気に華やかな美形に様変わりした。

 何これ、誰得? 私だよ。


 そこで初めて気がついた。自分の中に満ちている魔力の量が以前より増えている感覚に。

 首を傾げて胸の前で流れを確かめていると、そっと額に手を当てられた。


「危なかったな……枯渇手前を経験したのは初めてか?」

「……はい」


 あの感覚はやっぱり魔力枯渇だったらしい。後少しで使いきるところだったのかと思ってぞっとした。運が悪ければもう魔法が使えなくなっていたかもしれなかった。あっぶな!

 若干増えたことは良かったとして、もう経験したくない。将来の選択肢が減ってしまう。

 お母様が言っていた通り、いい精霊なのかそうでないのか判断はなかなか難しいと思う……。多分、勘だけどあの子は悪い方の精霊ではなかったと思うんだけど。

 黄色の光を纏って、木々の間を軽やかに飛んだ彼女のことを思い描いていたら、不意に優しく頭を撫でられた。


「それにしても、よく頑張った。外で魔法を扱うのは初めてだったろうに、暴発もさせずに私が通るまでよく持ちこたえたな。他の子たちが無事に親元に帰れたのもロゼスタのおかげだ。怖かっただろうに、偉かったぞ」

「お父様……」


 不覚にもちょっぴり視界が潤んでしまった。

 これまでのお父様の全く音沙汰のなかった態度について思うところがないわけじゃない。でも、頭を撫でられたり誉められたりするのに嫌悪感は湧いてこなかった。

 私の不注意で拐われてしまったんだし、別に誉められたかったわけじゃなかったんだけど……他の子たちを守れたんだと実感できて肩の力が抜けた。


「皆が無事で本当に良かったです……」


 そう言って兄様に目をやった時、思い出した。

 ……思い出してしまった。


 二人して薫り消臭の魔道具をつけていたのに、私は拐われて兄様は標的にはならなかったことを。


「あの、兄様」


 あの魔道具は今どこだろう。手元にない。

 きょろきょろと部屋を見渡し、見覚えのある紐を探したけれど見つからなくて、兄様に身ぶり手振りで存在を伝える。

 一瞬困ったような表情を見せた兄様だったけど、渋々といったようにローブの中から兄様に贈った髪紐を出してくれた。


「なんだそれは」


 途端にお父様の顔色が変わる。……あれ、見せちゃ不味かった?





読了ありがとうございます。



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