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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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条件つきの譲歩

「ロゼスタ」


 不意に柔らかい声音で声をかけられた。

 振り向くと近付いてきた女性と目が合う。


「お母様」

「ここにいたのね」


 ふわり、と後ろから抱き締められた。

 ほんのり甘い香りの漂うお母様──クローディア・ラシェルの胸元に頬を寄せ、私も微笑む。

 良い匂いがする。なんの香水だろう?

 花のように甘くて、でもしつこくない。


 私と同じ黒髪を緩く後ろで編み、いつも穏やかな菫色の瞳が殊更柔らかく微笑む。

 落ち着いたトーンの声音で甘く名前を呼ばれただけで、娘ながらうっとりしてしまう。

 メリハリのあるボディは私の憧れだ。将来こういう風に育たないかな。多大なる希望と期待を込めておこう。


 私にお父様はいない。

 いや、今現在ここにはいない、というのが正しい。

 一緒に暮らしていない理由は、皆からの情報によると王都に単身赴任しているかららしい。

 けれどどうして一人だけで行ってしまっているのかは、どうにもこうにも聞けないでいる。


 はい、この話題になるとひっじょーに重くなる空気を変に読んだ結果ですね。居たたまれない。

 子供の特権でもある「なんで?」攻撃をひたすらしようかと思わないでもなかったけど、あっけなく挫折した。

 不思議に思って尋ねた時のお母様の悲しそうな、やるせないようななんともいえない憂いを含んだ瞳にアッパーをくらい。続けて「もう会うことは……」なんて尻すぼみに沈んだ声に止めをさされた。

 無理。これ以上聞き出すなんて、無理。


 中身成人しているとはいえ、生みの母親であるお母様には勿論感謝しているし、好意だってあるわけで。

 あんな顔は見たくないのである。

 惜しみない愛情を注いでくれるお母様がいるだけで十分。無理に突き詰めるのはやめようという結論に至った。


 お父様のこと? 勿論気になります。が、それは麗しの美女を憂い顔にさせてまで聞きたいことではないから、またいつかで。


「少し時間が空いたの。遠乗りに行きましょう」

「遠乗り?」

「気分転換に付き合って欲しいのよ」


 なるほど、馬かな? 私まだ本格的な乗馬はまだなんだけど。

 頷くとやんわりと手を繋がれる。


「ロゼスタと飛ぶのは初めてだったわよね。行きましょうか」


 ……飛ぶ?

 飛ばす勢いで走らせるということかしら。言っておきますが、私の運動神経半分死んでますからね。


 一瞬固まった私をスルーしてオルガはにこりと微笑んで、「行ってらっしゃいませ」と頭を下げる。そのままお母様に庭へ連れていかれたところに待っていたのは──一羽の大きな鷲だった。


 ばさり、と広げられた翼から少し遅れてきた風に髪がなぶられる。

 翼を広げた姿は雄々しくて、金色の瞳には意外にも理性が宿っていた──と頭の隅でどこか冷静に考えられたのはここまで。


「さ、掴まって」

「えっ」


 叫び声をあげなかっただけ偉かったと思う。

 まさかと思ったけどやっぱりこの鳥に乗るの? 遠乗りって空の旅のこと!?

 ぎょっとした顔をさらりと流され、あれよあれよといううちに大鷲の背に乗せられる。


 ちょっと待ってどこに掴まるところが!?

 羽にしがみついたら取れちゃうんじゃないかとか、この体は軽いだろうけどそもそも鳥に二人も乗って大丈夫なのかとか聞きたいことが駆け巡ったけど、お母様はそんなこと気にしてないように軽やかに後ろに乗ってトン、と軽く翼を叩いた。全身を淡い緑色に染めた鷲は力強く翼を広げ大空へ飛び出す。


 慌ててついた手のひらの下で羽毛の下の筋肉が動くのがわかる。

 ぐん、と体が上へ持ち上げられる感覚が少し怖くてペタリと伏せたら、クスクス笑いと一緒に抱き締められた。

 ……お母様、もうちょっとそのままで。風の唸る音は聞こえないけど、今手を離されたら叫んでしまいそうだ。


 しばらくすると浮遊感と、眼前の緑にも慣れてきた。一面に広がる景色は……当たり前だけれど、日本のものではなくて。

 どこまでも続く森と草原、幾筋もの細い川が本流に注ぎ込む川、淡い黄色の絨毯を羊だろうか、群れが走っている。

 かなりの高度だから風圧を覚悟していたのに、それもない。

 高所恐怖症じゃなくてよかったと心底思った。


 もしそうだったら今頃叫んで大変だったろうな、と考えたのを見透かしたのか「平気そうだったから少しずつ高度をあげたのよ」とお母様が笑う。

 促されて指さされた方向に見ると、人の手の入った道がずっと続いているのが目に入った。あの先に王都があるらしい。そしてお父様もいるわけですね、といっそ言いたかったが、確実に空気が重くなるからやめておいた。

 髪は風に遊ばれているけれど、まるでそよ風のように軽やかだ。


 そして思ったよりも安定感がある。

 空をかいていた大きな翼が動いていたのは初めだけで、風の流れに乗って景色が流れていく。

 体を支えているのは私達を乗せているこの子だけだけど、会話をする余裕も出てきた。


「ディーは風の精獣だから、風の加護があるのよ」


 精獣!

 オルガの言っていた単語だ。

 精霊の上位に位置づけられているもので、自我もあるのだという。

 様々な性質の精獣がいるけれど、共通して言えるのはプライドが高いこと。そして、一度契約を交わしたら契約主が死ぬまで共に在るということ。

 そもそもお母様が当主になったのも、ディーと契約をしたからだという。能力がある者が上に立つということを体現しているのね。さすがお母様!


「精霊もそうだけど、精獣は契約主の魔力を糧に力を振るうの。だからさほど力のない者が、うっかり強い精獣と契約してしまうととても危険で時には死に至ることもあるのよ」

「うっかりで強い精獣と契約できてしまうんですか?」

「精霊にも精獣にも様々な性格がいて、契約主に忠誠心篤いものや、反対に契約主の魔力だけを目当てのものもいるのよ」

「お母様はどうやって契約を交わしたんですか?」

「……色々、あったのよ」


 それ、答えになってません。

 別に精獣と契約したいなんて考えてないもん。ほどほどの能力があればいいんです。いくらお母様の娘でも、そこまで自惚れてませんってば。


 そもそも精獣と契約できる者はそんなに多くなく、知られていないことも多いらしい。

 取り敢えず魔力を消費するのは精霊はその都度、精獣は常時、という解釈で合っているかな。

 この子はどちらかと言うとおっとりで私と気が合うのと笑ったお母様。……常時魔力消費するのに、こんなにゆっくり飛んでて大丈夫なの? なんでもないような顔をしているから、平気だとは思うけれど聞いてみたら、きょとんとしたように目を見張った後「大丈夫よ」と微笑んでくれた。


 気がつくと平行するように、一羽の鳥が滑るように飛んでいる。

 大きさも大分違うけど、遅れることなくしばらく一緒に飛んで見とれていたら、そのままゆっくりと離れていった。

 流れる清流がきらりと陽光を反射したとき、背後で微かなため息が聞こえたように思えた。


「お母様?」


 とん、と肩に重みが乗る。お母様の頭だった。

 なんでもない、という風に頭が横に振られる。


 ──何かあったのかな。

 なんとなく元気がないし。

 そう言えばこんな風に飛んだことは今までなかった。


「どうしたんですか?」


 色々かける言葉を考えたけど、子供らしく尋ねるには真っ直ぐ行くしかなかった。

 私には聞くくらいしかできないけど、お母様の菫色の瞳が暗く陰るのはあまり見たくはない。


「お母様、少し悲しそう」


 続けた言葉に息を呑む空気がして、そしてお腹に回された手から力が抜けた。


「この頃のロゼスタは聡いのね」

「……お母様の娘ですから」


 内心ギクッとしたけど、なんとか誤魔化せたと思う。

 さらりと聞こえるように、なんでもないように言った言葉にくすくす笑いが返ってきたからほっとした。


「ロゼスタ──兄弟ができるのは嫌?」


 しばらく躊躇うような素振りを見せたお母様から投げ掛けられたのは、そんな言葉だった。

 兄弟かー。


「隠し子ですか?」


 反射で出てしまった言葉。

 ……可愛くないなー。こんな子供いたら嫌だ。

 あ、しまった。お母様絶句してる。


「ロ、ロゼスタ……」

「あ、いやいや、えーっと、養子縁組、ですね?」


 そう、これが言いたかった。

 お父様がいない今、可能性があるのは、過去の女性問題だと思うし。

 お母様が産むなら私のお父様以外の男性との子になるけど──それならもう少し嬉しそうに伝えるよね。こんな相手の機嫌を伺うような聞き方はしない。

 あれ、もしかして私気を遣われている? 小さい子がするような嫉妬しないかって? いや、確かに現在進行形で幼いけど兄弟が出来るのは単純に嬉しいし、楽しみだよ。

 ──と考えて答えたつもりだったんだけど、どうして頭抱えているの?


「一体どこでこんな言葉を……」

「えっ?」

「いいのよ、ロゼスタ。気にしないで……最っ低」


 呻くように何かを呟いていたけど、最後は風に紛れてさっぱり聞こえなかった。


 やっぱり貴族の家となると子供の問題が出てくるんだなー。

 前世で仕入れた遺産相続のいざこやや、一人の男性を巡る女同士の愛憎劇が頭を駆け巡る。

 ……それにしても、お母様が復活しない。

 ちょっと先走りすぎたかな。人の話を途中までしか聞かないで一人で納得してしまうのは私の悪い癖だ。直したいと思うんだけど、なかなか上手くいかない。

 でも、まあ今のはセーフかな。

 ──セーフ、だよね?

 そう思考を飛ばしていると背後でこほんと咳が聞こえた。良かった、お母様が気を取り直したようだ。


「と、ともかくね。養子縁組でもないのよ」


 ありゃ。違ったようだ。恥ずかしい。

 早合点はやっぱりよくないね。


「お父様の……その、養子なのよ。男の子でね、年は貴女より上で今まで隣国で過ごしていたそうなんだけど、こちらで滞在してもいいかって」


 言葉を選び選び、まだるっこしいほど遠回しに意見を求められる。

 ……求められてるって思っていいよね、これ。

 後ろで見えないけど、お母様がもじもじしている姿が想像できてしまう。可愛すぎでしょうこれ。

 っていうか、滞在がどうして兄弟に繋がるの。

 そもそもお父様の養子ならお母様にとっても養子になるんじゃないの? てっきり小さい赤ちゃんのことなのかと思ったら、そうじゃなかったのね。

 内心首を捻ったけれど、私に反対する理由はない。


「お兄様ができるんですね? 嬉しいです!」


 割りと本気で答えた。

 色々教えてもらえるかもしれないしね!

 魔法とか、魔術とか、魔法とか……!

 一人でうきうきしていると、またため息が聞こえた。……今度のため息はどこか諦めを含んでいた。お腹に回された腕にきゅっと力が入る。


「お母様はまだ貴女には魔法は早いと考えていますからね」


 おおっと、軽い先制攻撃を食らってしまった。

 そんなに教えたくないんですね……。

 でも教えてくれないと困るんですよ、私の精神安定上。


 肩越しだから威力半減だけど、身長差を駆使してお母様を上目遣いで見上げる。ちょっと唇を尖らせて頬を軽く膨らませるのもコツ。やりすぎると自分にもダメージが来るから要注意だ。

 ──と仕掛けた攻撃はすっと手で遮られ、単なる膨れっ面を晒すだけにとどまってしまった。

 うむむ、手強い。


「その手は食いません。……まだそんなに急いで背伸びしないでいいのよ。もう少し、もう少しだけ私だけの可愛いロゼスタでいてちょうだい」

「……いつでも私はお母様の傍にいますよ」


 まだまだ子供だし。一人前になるために早く知識は欲しいけれど、別にお母様から離れたいわけじゃない。

 そう思って告げたけれど、何故か胡乱げな眼差しが返ってきてしまった。


「とにかく、これから来る方は貴女の義理の兄にもあたる方ですから、きちんとね」


 あれだけ言いにくそうに、お父様の養子で私の義理の兄だという人について話していたのに、私が素直に受け入れたからだろうか、あっさり来たあとの対応についての話に飛んでしまった。

 ……もしかして、私の態度で受け入れるか決まった?

 いやいや、まさか。


「……まあ、いいでしょう」

「お母様?」


 すり、と頭に頬擦りの感触。お腹にまわされた腕にきゅっと抱き締められる。


「いつまでも遠ざけてはおけないものね……。アーヴェンス殿が貴女に魔法を教えてくれると言ったら、いいでしょう。魔法について学ばせてもらいなさい」

「ほ、本当ですか? ちゃんと私聞きましたからねっ。後でそんなこと言った覚えはないなんて言うのはなしですよっ?」

「貴女そんなに魔法を学びたかったの……」


 呆れた声で言われたけど、構わない。鉄壁が、今までかわされ続けてきた強固なガードが緩んだ今がチャンスだ。言質は取った!


「アーヴェンス……兄様に教師を引き受けてもらえればいいんですね? 頑張ります!」

「ええ、そうよ。彼は……お父様の一番弟子なだけあって非常に優秀なのですって。認めてもらえるように頑張りなさい」

「はいっ。お母様ありがとうございます」


 ウキウキと返事をする。

 オルガにあんなにも情報を制限していたのは、間違いなくお母様の指示だ。それが緩和されるなんて、今日はなんて良い日なんだ。


「はぁ……心配だわ。ロゼスタはとってもいい匂いがするんだもの。……まだ少し早かったかしら」

「いえいえ、そんなことはないですよ! むしろ遅すぎたくらいです!」


 こんなところで前言撤回されたらたまらない。

 下げて上げてからのまた落とすなんてされたら立ち直れない。人を信じられなくなっちゃうから! やめて、純真無垢な五歳児に意地悪するの。


 でもやっと条件付きでもお許しが出たと喜んでいたところに付け加えられた、意味深なような、どうでもいいようなその一言はどう判断すればいいんですかね?

 それはつまり、ミルクくさいってことですか、お母様。







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