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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
28/90

再会

 ちり、と首筋に感じる嫌なもの。首を竦めたくなるのを抑えて、私は数回目の愛想笑いをする。もう癖みたいなものだ。


「お久しぶりです、ダールズ卿」


 ちっとも会いたくなかったけれど、顔を合わせてしまったら挨拶をしないわけにはいかない。

 この人がお母様に求婚しているのがわかっていた今、ボロを出すのはまずい。

 先日のレイトスの言葉が彼個人だけのものとは考えにくい。おそらく、ラシェル家の一門でああした意見が大半を占めていると考えていた方が無難だ。


「ええ、こんにちは。ロゼスタ嬢。ご機嫌いかがですか」

「お陰様で充実している日々を過ごしています」

「ほう……そういえば何をなさっているのかな。学ぶものは数多くあるでしょうが、特に興味を引かれているものは」


 魔道具についてです、とは絶対に言わない。

 可愛らしく笑顔を作り「魔法についてです」と言っておいた。

 途端に細められる目。口角は上がっているけれど、瞳の奥は笑っていない。物でも見るような視線で眺められる。


「それはそれは……将来が楽しみですな」


 冷え冷えとした声。棒読みもいいところだ。

 彼は最近、こうした敵意を隠さなくなっていた。


 理由は……アレだ。私がいるから求婚を受け入れてもらえないとかの逆恨みの可能性大。あとは私の存在そのものが気にくわないんだろうな。

 台詞はにこやかなのに、仕草、目線は冷ややかで笑っていない。きっとこの屋敷の外では、こういう態度の方が普通。

 私がランティス国の血を引いているから。


 この屋敷の人たちからそうした敵意を感じたことはない。

 兄様にも普通に接しているし、お母様がお父様を選んだことに賛同して、好感を持って仕事をしてくれているからだと思う。

 今思うと、男の子たちが口を滑らせてくれていてよかった。思い出すと腹が立つけど、レイトスが口にしていたことも、この屋敷の外の人間たちの思っていることだとすれば、わざわざ教えてくれて助かったくらいだ。

 言っていることは理不尽だと思うけれど。


 ……お母様やオルガが『ロゼスタ』を受け入れてくれていて良かった。そうじゃなかったらきっと私は自分を保てなかったと思うから。


 無表情のお母様が怖い。なんで連日この人も来るかな。

 数日前まであんなに嬉しそうだったお母様の機嫌が、急降下しているのがわからないの?


 ついこの間も聞いたような、プロポーズと断りの文句を聞きながら、そっと退室した私はため息をついた。



 ◇ ◇



 軋む音を立てながら乱暴に馬車が走る。後ろ手に縛られた私は、痛むお尻を庇いながら必死に体勢を崩さないように足を踏ん張っていた。

 こんなことならもっと運動しとくべきだった、絶対明日には筋肉痛になってる!

 それは目の前の少年たちも同じらしい。焦ったように、必死の表情で荷台を転がらないように足を突っぱねている。

 足が縛られていないのは不幸中の幸いというかなんというか。とにかく考える間もなくまた激しく馬車が揺れる、揺れる。



 本当になんでこんなことになっているのか。最近次から次へと腹立つわあ。

 久しぶりに兄様と連れ立って街に降りたのがさっきのこと。

 隣り合って歩いていたのに、間に人が入り込んで来たと思ったら、そのまま反対側の腕を掴まれて路地に連れ込まれ──現在に至る。


 がたん、と一段と大きな揺れが来たあと、ゆっくりと馬車が止まったよう、な。うええ、地面がまだ揺れてるような気がする。

 ……気がするじゃない、揺れていた。


 幾分か速度を落とした馬車に、ようやく息をつく。

 空気を吸い込んだ拍子に埃も勢いよく吸ってしまい、咳き込んだ。のろのろと体を起こすと生理的な涙が滲んだ。

 それを目の前の少年ルーカスに見られた。慌てたように目を見開いているけど、失礼な。泣いてないから。


「……皆さん、大丈夫ですか?」


 ついでに小声で声が出るか確認。うん、掠れているけど大丈夫。

 外の気配を窺いながら、もぞもぞと手首の縄の具合を確認。くそぅ、キツく縛ってある。当然というか、緩まない束縛にため息を吐きつつ、他の子を見ると皆同じように体を捩っていた。


 私たちがいるのは馬車の荷台。黒い布が下ろされていて、外の様子はわからない。

 カンテラが天井にくくりつけられていて光源があったのは幸いだった。これで真っ暗の中閉じ込められていたらと思うと、ゾッとする。


 いつだったか失礼なことを言ってきたルーカスとフレッド。こんなところでも仲がいいのか。それと、彼らより小柄な栗色の髪の少女と私と一匹。

 身なりはそれぞれ違うけれど、皆一つだけ共通点があった──ここにいる子供たち全員が魔力持ちだ。


「なんでこんなことに……」

「これから僕たちどうなるんでしょうか……」


 呆然と呟いた私とフレッドの言葉に、ぶるぶると頭を振ったルークが「このまま売られるなんて冗談じゃねえよ!」と声をあげた。


「私たち、売られちゃうの……?」


 最後に荷台に放り込まれた女の子が、怯えた声ですすり泣いて体を震わせた。

 不規則に床を何かが跳ねる軽い音を立てている。彼女の涙だ。


「いや、売られるかはまだ……」

「どう考えてもその道一択だろ」


 お互いの荒い息遣いだけが聞こえて、私たちはその可能性から目をそらした。


「外にどのくらい人がいるんでしょう」


 固い声で呟いた私に、緊張した声音でフレッドが「僕とルークをそれぞれ担いだ男と御者で、少なくとも三人です」と答える。

 馬車の中に先にいたのは二人の少年。その後に私と女の子だったから、多分そうだろう。


「魔封じをされていないのが幸いっちゃ幸いか」

「僕らを拐った奴等の中に魔法使いがいるかもしれないしね」

「魔封じ?」

「言葉の通り魔法を使えなくする道具です。子供と侮っているのか、そもそもここから逃げ出せないと思われているのか……後者の可能性の方が高そうですけどね」

「くそっ」


 淡々と言ったフレッドに対し、悔しそうに唇を噛んで項垂れたルーカス。

 むしろこんな状態なのに、魔封じという道具に反応してしまう。魔道具は軽視されているんじゃなかったの?

 首を傾げた私に、何故かフレッドは「あまり公になっていない魔道具ですよ」と決まり悪げに呟いた。


「魔力持ちを集めているんでしょうか? 理由はさっぱり……わかりたくないですけど」

「僕も詳しくは知りませんが、色々と利用価値があるそうですから……」


 ちょっとこらそこ。

「今日は大人しいんですね」とか呟かない。大体あれは君が喧嘩売ってきたんでしょうが。


「……貴女は大丈夫でしょう。むしろどこか他の貴族のところへやら──いや、ええと、行かされる可能性を考えておいた方が」

「なんですかそれ」

「いや、貴族だし……そうでなくても」

「いえ、その話し方やめて下さい。初めて会った時もそんな口調じゃなかったですよね?」


 ぐっと詰まったようにルーカスが押し黙る。あんなに言い放題だったのに、取り繕うなんて今更。

 呆れたように見やると、モゴモゴと「不敬だから」なんとかとのたまった。え、そんなこと言ったら初めて話した時から不敬のオンパレードですが。

 そのまま顔に出ていたんだろう、ルーカスは顔を背けると「第一印象が悪かったから」云々言い始めた。

 ……印象も何も口調だけが理由じゃないですよ。お母様やお父様や兄様に対する言動のせいです。


「その、今言うことじゃないけど……あの時は……悪かった。自分の大事な人たちを悪く言われて怒らない奴なんかいないよな」


 思わず目をぱちくりさせた。

 これがあの時のように、保身の為の謝罪だったら鼻で笑ってやるのに、そんな空気は微塵もない。

 真っ直ぐこちらを見て、両手を縛られながらも潔く頭を下げた彼を、こんな時にと突っぱねるのはなんだか失礼な気がした。

 何より、記憶に新しいダールズ卿の態度と比較しても、軽視しているランティス国の血を引く人間に頭を下げるって……。


 私は密かに感心していた。

 確か彼は十二歳、その中でも自分の半分の年に満たない子供にきちんと謝る、こういう男の子が実際どのくらいいるだろうか?

 私だったら謝っても軽い雰囲気になってしまうと思う。自分の非を認めて真っ正面から謝罪をするのは、きっと難しいから。


「許してほしい……とは簡単には言えないけど……君が何に対して怒ったのかわかっているつもりだ。もう二度とああした物言いはしない。ランティス国についての個人的な感情については、その、急には難しいけど、どの国出身だと悪く言っていいわけじゃなかった」


 取って付けたような丁重な言葉ではなく、彼自身の言葉で重ねて謝られる。この短期間に彼に何があったんだろう。あんなに侮蔑的に話していた彼が自分の言動を反省している。

 ……それだけで、もう十分な気がした。


「二度目はありませんよ?」

「わかってる」


 軽く微笑んで念押しした言葉に、目に見えてホッとしたように息をついたルーカス。大きく一つ頷いた彼は、再度「悪かった」と頭を下げたのだった。

 目を瞬かせているフレッドは無視。君には聞くまでもなく、わかっていない。


「それはそうと……他の貴族のところへってどういう意味ですか?」

「ああ……女子の魔力持ちってだけで前線には送られないだろうし。出生率の問題もあって、魔力のある子供は養子縁組されることが多いんだ。俺たちくらいの年だとわからないけど。──金になるからこうして人さらいも横行している」


 最後の一言でやはりというか、奴隷が存在していることを知る。

 魔物と戦う際に魔力持ちの子供を投入したり、将来の傭兵として拐われる子は案外多いらしい。暴発が怖いって聞いていたけど、魔物に向かってすれば構わないってこと?

 そのとき、ガタガタと震えていた女の子が私たちの会話に顔をあげた。


「貴族、様……? あなたが?」

「ロゼスタと言います。貴女のお名前は?」


 恐る恐る聞いてきた少女に名前だけ名乗る。家名をここで言ったら大変なことになりそうだ。

 変にお母様の助けを期待されても困る。まだこんなことになっているとは知らないはずだから。

 ……兄様、探してくれているよね。この間のように、ちゃんと手を繋いでいればよかった。屋敷に行ってお母様に話してくれているといいんだけど。


「カレン、です」

「僕はフレッドです」

「ミャーウ」

「俺はルーカス」


 フレッドの語尾に被せるように、鈴の鳴るような可愛らしい声が響いた。

 いつからいたのか、荷台には真っ白な毛並みをした猫がいたのだ。よく見れなかったけど、カンテラの明かりに反射した瞳が紫色だったのは知っている。あと心なしかこの子からもいい薫りがするような……。

 こんな状況でさえなければ思いっきり愛でるのに。縛られている今、側に行くことすらできない。



 肩を竦めると手が突っ張って痛い。座りのいい場所を探してもぞもぞ動いていると、遠慮がちな声に話しかけられた。


「ええと、ロゼスタ様……も魔力を持っていらっしゃる?」

「? はい」

「そう言えば、今日は薫りが……?」


 不思議そうに首を傾げたフレッドの指摘に、遅れて気がついた。薫り消臭の魔道具持っていたんだった。


「あ、ええーと……今日はちょっと調子が悪くて」


 先日啖呵を切った二人の少年にならともかく、会ったばかりの見知らぬ少女にまで宣伝をする勢いは今はない。

 フレッドは「体調で薫りに変化が……?」と首を傾げていたけど、空気を読んでそれ以上聞いては来なかった。


 この時何かが頭の片隅に引っ掛かったけど、考えを纏める前にすり抜けてしまって、何に気がついたのかわからなくなってしまった。



「なんとかして逃げないと」

「同感ですが、後ろ手で縛られていて走れますか? ちょっと落ち着いて下さい」

「……多分もう街を出ている。僕らの足じゃそこまで辿り着けないで、すぐに掴まってまた連れ戻されるだけだ」

「この縄さえ切れれば……!」


 顔を真っ赤にさせて、ルーカスが呻いた。何をしているのかと聞けば縄を燃やそうとしていたんだって。止めて!


「ちょ、待って待って! 燃えるから!」

「俺のだけ切れないか試してるんだ!」

「馬車に引火したら皆巻き添えになるから止めて下さい!」


 後ろ手に集中していたルーカスの集中力は私の声で途絶えたらしかった。恨めしそうに見られたけど後悔はしていない。

 ヒートアップしかけた私たちの応酬を止めたのは、カレンの泣き声だった。


「お家に帰りたい……」


 嗚咽交じりの言葉に、黙り込む。帰りたい……私だって今すぐ帰りたいよ。


「帰りたくない奴がここにいるかよ……」


 ぼそっと呟いたルーカスに、心の中で同意。

 縄が切れたら馬車から降りられる。すぐに気づかれるかもしれないけど、その可能性に賭けるしかない。


 ……やるしか、ないか。


 ぐっと目を瞑り魔法陣を思い描く。練習でしか描いていない陣は、幸いなことにスムーズに魔力が巡った。深呼吸を繰り返し目を閉じたまま、動きを戒める縄に集中する。

 いつものイメージし慣れた水系統ではなくて、そこそこ練習している風。火はまずい。馬車に引火したら、死ぬ。


 暴発は怖い。でもそれ以上に、お母様や兄様に会えなくなることの方がもっと怖かった。


 魔法はイメージが大事。その威力、ダメージは使い手によって左右されるというのが、勉強して導き出した答えだ。

 それならきっと、初級の魔法陣では攻撃魔法以外の威力も出るはず。できないとおかしい。

 それぞれの系統の魔法を生活魔法として利用していないのは、そもそもそんな発想をしていないからじゃないかと思い当たったから。もちろん戦う為の魔力だという認識の方が強いからだとも思うけど。


 自然と力の入ってしまう体を宥めながら、後ろの両手に意識を集中させる。地下で練習した通りに、的を風で切り裂いたように。


 ──目標は後ろ手の縄。


 真っ正面に来た白猫の瞳が私を映し出す。菫色の暖かな色合いをしたお母様の瞳とは違って、紫水晶のような透明感ある澄んだ色。左目しかない色を頭の片隅で残念に思った。


 荒縄がぶちぶちと千切れていく聞き慣れない音と感触が体に響いて、……きつく縛られていた縄がパサッと落ちた。

 真っ先に確認をしたのは縄以外の物が切れていないかということ。体とか、服とか周りの子供たちとか馬車とか馬車とか。


 イメージしたのがカッターナイフだったからか、スパッとした切り口で、縄以外には何も影響はなかった。ほっとして脱力しかけたけど、それはまだ早い。


 血の巡ってきた手先を何度か握りながら、もつれていた髪をほどく。

 何故かカレンが息を飲んだけど、次に彼女の縄に意識を集中させると今度はぎょっとしていた。

 自分の縄を切るより少し時間がかかったけど、なんとか他の三人の縄も切ることができた。……魔力の消費よりも、気力と集中力の方が大きく削られた気がする。


「ニャー」


 よく頑張ったと言うように、白猫が目を細めて思わず口元が緩んだ。

 切れた縄を見下ろして、呆然とした顔で手首の辺りを擦っているのはルーカスとフレッド。


「今のうちに逃げましょうっ」

「あ、ああ……」


 そっと布を馬車の震動に合わせて捲り、見張りが側にいないことを確認。なるべく街により近い所で馬車から降りておきたい。

 子供の足と馬車。どちらが早いかなんてわかりきっているけど、街に戻れば逃げられる可能性が高くなる。


「行けますか? 降りますよ」

「ああ、行くぞ!」

「……では。声は出さないで下さいね!」



 緩いとはいえ、走り続ける乗り物から飛び降りる経験は今までにない。時おりガクンと揺れる馬車から、私たちは一人ずつ順番に飛び降りた。 



読了ありがとうございました。


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