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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
27/90

レイトス

 結論から言うと、髪紐を無事に「薫り消臭」の魔道具にすることに成功した。そこに至るまで数えきれない失敗を乗り越えて。


 手渡すのは二人きりの時にした。これはお母様には渡せないし、オルガに見つかると何を言われるか。

 ああ、でもお母様には今度教えてあげた方がいいかな。魔道具に興味をもってほしそうだったし。興味をもったついでにまさか作ってしまうだろうとは思っていないだろうけど。



「これってこの間の……」

「はい、私から兄様へのお礼の気持ちです」

「……って、これ魔道具じゃないですかっ」


 流石兄様、一目で魔道具だと見抜いた。

 そこから、これは受け取れないだの発表すべきだの言われた挙げ句、感謝の印としてなんとか押し付け──もとい受け取ってもらえた。

 発表ってどこにするんだ。そもそも薫りを隠すのは一般的じゃないんでしょ。兄様以外、誰に渡せるって言うの。

 僕には勿体ないとか言っていたけど、兄様も作りたかった物ですよ。私も同じ物を持ちますから。お揃い。


「こんな魔道具を本当に作るのは、ロゼスタだけですよ……」


 国中探しても二つとないでしょうなんて、どこか遠い目をして呟く兄様。ちょっとそれどういう意味ですか。



 そんなこんなで再び書庫に籠る日々を送っている。

 兄様が貸してくれた魔道具についての本や、魔法についての細かい属性について調べる毎日だ。

 あれからしばらく屋敷内では身につけるのは自重していたけど、よく考えなくても私の身の回りの世話をしてくれるオルガが気がつかないわけがなかった。即日発見され、呆れられ、街に行くときだけだと叱られた。


「ふぅ……」


 一段落ついたところで栞を挟み、小休憩。固まった肩を動かして伸びをすると、さっきポニーテールにした髪がさらさらと流れる。最近のお気に入りの髪型だ。

 流石にこの年で肩こりはないけど、もうちょっと運動もするべきか……。


 ちなみに兄様はここにはいない。

 先日贈った私の魔道具に触発されたようで、自分でも作ってみたいと部屋に籠りきりなのだ。

 申し訳なさとお礼を兼ねた髪紐だったけど、研究の役に立つのなら良かった。


 それにしてもオルガが帰ってこない。

 私はちょっと首を傾げた。

 紅茶のおかわりがほしいと頼んだんだけど、こんなに時間かかるものかな。どうしたんだろう。

 ちょっと胸騒ぎがしたものの、書庫からは一人で出ないようにオルガからも言われている。

 本を広げた机に目をやる。用意してもらったクッキー類はもうとっくに私のお腹の中だ。


 …………。



 結局気になって書庫から出てしまった。焼き菓子の追加が欲しいからだけではない。断じて。

 昼間のこの時間、特に予定は入っていなかったはず。来客があるならそう言われるはずだし……と首を傾げながら廊下を覗いた時。

 何やら人の言い争う声が聞こえたような気がして、私は息を詰めた。


「オルガ?」


 そっと通路に向けた声かけに答える言葉と人影もない。近くの部屋からかと耳を澄ませたけど音はしない。結局気のせいだと結論付けやっぱり書庫に戻ろうとした時。


 ──がしゃんっ!


 茶器が割れたような耳障りな音と、誰かの争う声が聞こえて、足が止まった。


「…………、ロゼスタ様にお目通りは叶いません!」

「じゃあいつになったら…………! 叔父上から……来て………………──早く…………!」


 鋭いオルガの声音と、途切れ途切れに聞き覚えのある声に思わず息を詰める。

 記憶の中の声と合致して眉が寄った。あいつだ。あの日私に根拠のない言葉を向けてきた奴。


 むかむかとあの日の苛立ちが蘇ってきて、私は目の前の扉を睨み付けた。

 ノックするかどうか迷い、右手を上げたところで耳に入ってきたのは押し殺した悲鳴。


「っ、私の侍女に何をしているんですか!」


 ばん、と勢いよく扉を開ける。お行儀がと言われても構うもんか。

 壁に押し付けられているオルガと、その手首を握りしめている男がこちらを見たのが同時だった。

 床には茶器やクッキーなどが散らばっていて、繊細な花柄の絨毯に染みを作っている。早く染み抜きしなきゃ跡が残る……じゃなくって。

 あの時も大きいと思ったけれど、今見ると余計に大きく感じる。オルガより頭一つ分高くて、相手を馬鹿にするような、獲物を追い詰めるような薄緑色の瞳も相変わらず。


「ロゼスタ様!」


 真っ青な顔で咎めるように名を呼ばれたけど、いつだって有能で、ちょっぴりだけ怖い彼女の手が震えていたのを見てしまったから。


「またお会いしましたね」


 目で彼女を制し、丁寧に嫌みな口調で言ってやると、一瞬口の端を歪めた男は瞬きする間に爽やかに笑ってみせた。瞳は相変わらず冷めたままで。


「どなたかとお間違えになっているのでは? 私が貴女とお会いするのは今日が初めてだと記憶しております。まだ幼い貴女には仕方のないことかもしれませんね? ……ともあれ、ようやくお会いできて光栄です、ロゼスタ様」


 器用に腰を軽く屈めての口上。

 ほほーう、そう来る? 子供の私の言うことに信憑性はないって言いたいのねこんちくしょう。

 ……それは置いておいて。


「私の侍女から離れて下さい」

「……これは失礼を」


 ぴしゃりと言い放つと、冷めた瞳を大げさに開いて両手を肩の辺りに開いてみせた。いちいち仕草が腹立つな。

 今回の男は時間を無駄にしなかった。


「ともかく、お会いできたので簡潔に言わせてもらいますけどね──いつ本国に向かいます?」

「……は?」

「おや、聞き取れませんでしたか。流石残念なお耳をお持ちだ。道具などに頼りきっている国の血を引いているだけある」

「レイトス様!」


 ずばり、彼にとっての本題を口にして、酷薄な笑みを浮かべている。そしてオルガの叫びで男の名前を知った。知らないままでも良かったのに。

 ……言われている意味がわからない。なんなのその予定。今初めて聞いたわ。

 怒らせるのが目的かとも思ったけれど、違った。


「まだお小さいのは重々承知。ですが、こちらももうクローディア様に対してここまで侮辱を受けて黙っているわけにもいきません。連絡もほとんどなし。当の本人は王都でさぞかし派手な生活をしているんでしょうね。口にするのも忌々しいですが、次から次へと数えきれないほど愛人希望者が何故かこちらに来ている始末ですから」


 八人です。とは口にしなかった。確実に火に油を注ぐ。

 口を開きかけたオルガに首を振って黙っていてもらう。こういう時は相手に喋らせておいた方がいい。


「そんな男が当主の伴侶だったことすら忌々しい。ですが、それももう終わりです。クローディア様には次の夫を選んでいただく。もう我々は十分待った。その為にも、恥さらしなランティス国の血は不要だ」


 黙って聞いていれば、初めから強行された婚姻だの、お父様を認めている者はいないだの、娘である私を最初から養子として出しておけば良かっただの言いたい放題。

 簡潔に言えば、新しい夫をなんの憂いもなくお母様に迎えてもらう為には、前の夫の子供である私が邪魔だからどこかに行けって話だった。


 お父様に捨てられたと言っていたのはこれを言う為か。

 言い分が滅茶苦茶すぎてどこから突っ込めばいいかわからない。そもそも子供の私に言う話か? そしてあのたった一言で悟れってどんな無理ゲー?

 まずはお母様に通すべきでしょうよ。そんなお母様は新しいお父様を迎える気はないとはっきりしてますけどね。


「それは、母に伝わっているんですか?」


 呆れた顔で言うと、レイトスは横を向いて舌打ちをした。様つける気も起こらないわ。あとやっぱりこの男ガラが悪い。

 どうやら、私の身の振り方については言っていないらしい。体裁を整える為にも私本人の口から言ってくれないと都合が悪いってところかな。ちっとも整っていないけど、それが早く解決する道だと信じている風なのが見てわかる。

 でもそもそも普通の五歳児が、自分から親元を離れるなんてことを言うわけがないってこと、わからないのか。

 第一どうして私が、貴方たちの言う通りに動かなきゃいけないわけ?


「のうのうとここで呑気に暮らしていたんだろうが、この屋敷は本来俺たち一族が入るべきところだ。父親に見捨てられ大した魔力も……持っていないおま──貴女がいつまでもいていいところじゃない。本来在るべき場所に戻ってもらおうというのが一族の考えだ」


 魔力も、のところで記憶の中の私と合致しなかったんだろう、僅かに眉を上げたけど、その前に。今お前って言いかけたな。取って付けたような敬語がうって変わって乱雑な言い方になった。

 オルガが今気がついたように目をつり上げたけど、幸い黙っていてくれた。流石にここで魔道具の存在を知られるわけにはいかない。


「……言わせてもらいますが、子供の私に身の振り方を考えろと言うのは無理があります。それに一族と言うのなら、母の決定には従って下さい。それとも皆様、もしかして私の口から母にランティス国に行きます、と言えとでもおっしゃっています?」

「だから時間切れだ。あっちに引き取ってくれる親族がわんさといるだろう。見目は悪くないんだからよ。目障りなんだよ。大体お前の存在があるから、叔父上がクローディア様から色よい返事が貰えないんだろうが」

「叔父……?」

「ダールズ卿だよ」

「ええーっと……そのことについても母と相談しています。それに、別に私の存在は関係ないのでは……? 私がいようがいまいが」


 お母様は多分お父様一筋だと思います。という一言を言う前に、男はぐっと拳を握りしめて唸った。


「……自分の父親の尻拭いは娘が進んでするべきだろうが」

「そもそもなんの尻拭いかわかりかねますが……母にそう伝えましょう」

「これだけ事態をややこしくさせて何がわからないだ! 大体本当に陛下からお声がかかって王都に行っているかも怪しいくせに、よくそんな大きな顔ができたものだな。クローディア様もあいつの見目に惑わされたか」

「父が王都で何をしているかは置いておいて……一旦当主の伴侶として認めたからには、それを破棄するのもしないのも、母が判断することです。今後の身の振り方は母が決めます。私のことも、父のことも」

「……っ、連絡がねえって言ってるだろうが!」

「いちいち怒鳴らないで下さい。貴方たちに連絡はないでしょうが、母にはあります。そして誰を夫とするか、決める決定権は母にあるのでは? まして、当人でもない貴方に言われる覚えはありません。それに、魔力のある子供は貴重だと記憶していましたが……?」


 貢献度の差こそあれ、魔物と戦う意味において魔力の有無を重要視しているこの国のことだ。例えランティス国の血を引いていようがいまいが、利用できるものは利用しそうだけど……。


 あと、ダールズ卿ってあの人だよね。

 脳裏に浮かんだ男の人に内心舌を出しながら、首を傾げてわざとらしく言ってやる。私の鼻は詰まっていないから、目の前の男にはほとんど魔力がないことになる。

 案の定、当てこすりに気がついたのか、レイトスは唸りながら口の中で悪態をついた。ほほほ、そんなレディーの前で「くそ忌々しいガキが」なんて呟かないで下さいませ。

 大体私に魔力の有無での差別はない。オルガにもほとんど魔力はないけど、それはそれ、これはこれだ。喧嘩を売ってきたのは貴方だからね、遠慮なく買うよ。


 あの時はわけもわからない悪意にさらされて、ひたすら無邪気な子供の振りをするくらいしか頭が働かなかった。圧倒的な体格の違いと、もしかしたら手を出されるんじゃないかって恐怖で固まっていたから。

 でも今は違う。

 はっきりと私という存在に対して焦点があることがわかった。正確に言うと、ここにはいないお父様に。

 同時に私に対して暴力は振るえないこともなんとなくわかった。前のような見知らぬ人に暴力を振られるのと、この屋敷内でされるのでは雲泥の差がある。そんな証拠を残すはずがない。

 鬱憤を晴らすためにせいぜい罵るくらいだろう、彼ができるのは。ただの嫌がらせだな。


「お前みたいな頭でっかちなガキが相手だったと思うとぞっとする。断っといて正解だったな」

「……は」


 それはあれか。私の相手候補にこのレイトスの名前が挙がっていたとか……。

 思わず腕を擦った。イヤだ鳥肌立ってる。

 反撃のつもりらしいが、うっかり返事もできない。「とてもじゃありませんが釣り合いが取れません」とでも言ってやれば良かった。タイミング逃した。


「レイトス……様は失礼ですが、お幾つで……」

「はん? 十七だが……」


 年の差十二!

 ないわ! そしてこんな年の離れた子供に対してその容赦ない悪意のぶつけ方やめようよ!

 ぞわっと新たに立った鳥肌に気がついたのか、なんでムッとしているの。当たり前でしょ。

 そこでレイトスの言い分は一段落ついたのかと思いきや、続きがあった。


「──そもそもぽっと出のアイツが来なければ、クローディア様も血迷うことなんかなかったんだ! 精獣と契約までしたあの方の言うままに婚姻を認めた結果がこの様じゃないか。道具と別の女に夢中で男は帰ってこねぇ、その娘はなんにも知らずに笑って過ごしてる。せめて自分から身を引くくらいの可愛いげを見せろ! 相手を選り好みしているのか未だに誰にも会わねえで、好き勝手しているのを見るとイライラしてくるんだよ!」

「それまでにして下さい」


 オルガの冷え冷えとした声が響いた。

 言いたいことを言い切ったのか、肩で息をついているレイトス。

 叫んだ余韻が消えた後、私は肩を竦めて扉を指し示した。


「おっしゃりたいことは以上ですか? それではお引き取りを」

「は……」


 乾いた笑みを張り付けて口元をひくつかせた男が「ふざけやがって」と毒づく。

 構わず私は繰り返した。


「お引き取りを」


 これ以上、聞くこともない。彼の言い分はわかった。

 私がそれに対して何を言っても彼には響かない。聞く耳を持たない者を相手にするだけ時間の無駄だ。

 ……客観的に見て、彼の言っていることが事実の側面だということくらい、わかっている。

 それと同時に相手がごり押ししてくることがおかしいのもわかる。

 結局はお母様がどうしたいのかにかかってくるのだ。お母様の悲しい顔はもう見たくない。

 あと自分でも変だと思うけど、他人にお父様のことを責められるとなんだか腹が立つ。大きなお世話だ。

 お父様に文句を言えるのは、お母様と兄様、それに私だけで十分だ。


 もっとごねるかと思ったけれど、意外と素直に相手は引いた。「覚えていろ」なんて言葉、本当に言い捨てて行く人がいたよ。


 はーっとため息をついて、オルガは私の後頭部で結わえてある髪紐に目を止めた。


「色々お伝えしたいことは山ほどありますが……屋敷内ではしないで下さいとお話しましたのに……」

「ごめんなさい……でもあの人、私が何をしようが気に入らないからあんまり関係ないような」

「ロゼスタ様」

「はい……手、大丈夫?」


 そっと手首に手を添えると、ぎこちないけれどいつもの笑顔が返ってきた。


「おかげさまで。すぐに治ります。あまりお気になさらず」

「……前もこんな跡をつけていたことがあったよね」


 あの時から、彼にこうして影で迫られていたんだろうか。

 私に会わせろと、ただの鬱憤晴らしに過ぎないことを言いたいが為に。


 肩を竦めたオルガの態度が答えだった。


「これから同じことがあったらすぐに私に通して。あいつは私には口でしか攻撃できないから」

「それはできません。私の油断が招いたことですし、クローディア様からダールズ卿に連なる方々の面会は受けないように言われております」


 次からもっと気を付けますと、オルガは静かに笑った。




 お母様にももちろん報告がすぐ行き、私は初めて見えないブリザードを体感した。……私に向けてじゃないとわかっていても怖かった。

 ちっともなんとも思っていないけど、当主からどんな沙汰があるのか、手だけ合わせるくらいはしてあげよう。

 もう顔を合わさることがないよう、祈っている。あんな恨み言聞くだけ時間の無駄だ。



 そしてお父様から、待ちに待っていた返事が届いたと聞いた。

 近いうちに一旦帰ると用件のみ書かれていた簡潔なものだったらしい。

 ……愛妾云々については触れられておらず、お母様は「あの人らしいわ」と笑っていたけれど。……本当に兄様宛の魔道具にはなんて書かれていたんだろう。何度聞いても教えてくれない。

 ともかく、これでお父様の口から言い訳がやっと聞ける。


 早く会いたいような、会いたくないような……お父様が帰ってくるまで、落ち着かない日々を過ごすことになった。





読了ありがとうございました。

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