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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
26/90

お揃い

「これはあの有名なウェヌル氏の作品で……」

「だとしたら魔法陣に氏独特のサインが刻まれているはずですが、それはどこに?」

「っ、これはこの店にのみ売られている稀少な魔道具で……」

「これ陣が欠けていますがどう作動するんですか? それともこの店では破損している魔道具を売っているということでしょうか」


 始めやたらこちらを持ち上げてきて、しきりに売りつけようとしてきた店主。痛烈な返しを繰り返す兄様に、どんどん顔色が悪くなっている。


 決して狭くない店内で、置いてあるもの全てが魔道具だと聞かされた私の興奮を返して欲しい。さっきから不良品ばかりなんですけど。

 可愛らしい小物から、鍋や靴、枕もあってその統一性のなさには思わず笑ってしまう。

 軽く手を添えるとなんとなくイメージで魔法陣が浮かんでくる。前々から思っていたけど、どうやら私は魔法を発動させる際や魔道具に刻まれている陣が見えるらしい。これ便利だわー。


 今回の目的は、今度こそ街で売られている魔道具を見るためだ。「他の人の作品を見ることも勉強です」と兄様は言っていた。

 あれやこれやと触っていると、兄様の言っていた洗練された陣というのがなんとなくイメージがついてきた。

 ごちゃごちゃと線が重なったような、あまり美しいとは言えない陣が刻まれている魔道具は、発動しても不安定ですっきりしない。

 反対に無駄を一切省いたような、すっきりとした陣は見ていて清々しいし発動もシンプル。まぁ、そんな魔道具はほとんどない。


 これだけの数の魔道具が集められていて、それが数ある魔道具のほんの一部だというのに、ここではほとんど受け入れられていないことを残念に思う。

 自分の魔力に頼るということに自信をもっているのなら、それを補う道具というのは持っているだけでプライドを刺激するのかも……理解できないけど。


 一歩間違えたら死神とこんにちはですよ? ないわー。

 日常生活だけならともかく、いつ戦闘になるかわからない状態のときでも自分の魔力のみを信じているってことだよね。うっかり魔力が底をついたらどうするとか考えないのか。考えないんだろうな。

 一度走馬灯を見てしまった私としては、なるべく寿命以外で生を終えたくないと切に思っている。その点魔道具はかなり使えるものだと思うんだけどな……。



 ……それはそうとして。


 私は店の奥をちらりと見た。

 実はまだあの二人のやり取りは続いていた。兄様が決して意地悪やクレームの意味とかで追及しているわけじゃない、と知っているから放っておいたけど……しどろもどろに魔道具の説明を繰り返す店主が流石に気の毒になってきた。

 難しい顔をして戸棚に目を走らせている兄様のローブの裾を引っ張る。


「ええーっと……今回は私たちの欲しいものはない、ですよね……?」

「ロゼスタ?」

「そろそろ次のお店に行きませんか? また今度見に来ましょうよ」


 ほっとした顔をした店主と残念そうな表情の兄様が実に対照的だった。



 薄暗かった店内を出て、明るい日差しの下振り返ると眉を下げた兄様がいる。

 あまり参考になりそうなものはありませんでしたね、と困ったような顔で兄様が「すみません」と呟く。


「いえ、それは言っても仕方ないですし……それだけこの国に魔道具が浸透していないということでもありますよね?」


 兄様は破損していない魔道具をあまり見せてあげられなかったと落胆しているようだけど、とんでもない。私にとって兄様、お父様以外の人が作った魔道具を観察できた意義は大きい。洗練された陣というのがどんなものなのか、なんとなく肌で感じることができた。

 ……自分で組めるかと聞かれるとノーコメントだけど。何せ頼みの綱は最終的に漢字だし。



 他領のことは知らないけれど、ランティス国出身のお父様がいるこのラシェル領ですらお粗末としか言いようのないこの現状。

 ただでさえ軽視されがちな魔道具だ、他の領地では目にすることもできないのではと思ったが、意外と王都に集まっているらしい。


「品質はどうあれ、物流は大きな都に集中しがちです……まぁ、評価されるかはまた別ですが」

「ある程度知られてはいるけれど、そんなに評価はされていない、ということですか……。というか、あのお店で売られていたものってほとんど使えないものでしたよね? 誰か間違えて買ってしまったら大変ですよね」


 次に店を覗く人が、あの店主の口先だけの説明で購入してしまわないとも限らない。けれど私の心配に、兄様が返してきたのは非常にドライな意見だった。


「そこまでは関知できませんし……それに、確かに陣は欠けていましたけど、もしかしたら何度か動くかもしれないですし。それを使える、使えないとは個人が判断するところですね」

「それは不良品と言うんじゃあ……」

「魔道具の出来映えは作った人の腕に大きく左右されますし。そういう意味で同じ陣が刻まれたといっても、同じように動くかは別問題なんです。……そう言えばあのお店にあったのはほとんどが素人の作品でしたね」


 同じように動くかは別って……例えば同じ魔道具を作っても、出来映えが違うってことはオリジナル要素も強く出るってこと?

 元々兄様から話を聞いていたから、この世界に実はそんなに魔道具の種類はないって知っていたけど。それって……有名無名関係なく魔道具そのもので勝負ができるってことじゃない?


 おおおぅ……ハードルがどんどん上がっていくような。

 でもやる気も出てきた。薫り消臭の魔道具を完成させて、今考えている魔道具も早いところ形にしていこう。


「前回来たときは面白い魔道具があったんですけどねぇ。もうありませんでしたし、誰かに先を越されてしまったようです」

「ここでも購入していく誰かがいるということですね」

「大っぴらには言わないでしょうけどね。店を出しているくらいですし、掘り出し物がある可能性が高いんでしょう。この間路地で魔石を主に扱っていた者と違って、店主が直に買付をしていると言っていましたし。何か良い物があればと思っていたんですが」


 私たち以外に興味を示す人がいたのかと目を丸くすると、兄様が苦笑して肩を竦めた。そのときふわふわと鼻をくすぐる薫りが漂ってきて、思わずため息をつく。慣れてきたとはいえ、やっぱりいい薫りで。

 同時にちらちらと振り返る人の存在に気がつく。あ、あっちの路地で見てくる女の子がいる。視線の先はやっぱり……兄様だな。


「見られてますね」

「ふぇ!? あ、ああ、そうですね。兄様いい匂いですし」


 びっくりした。心読まれたのかと思った。思いっきり声が上擦ったけど、何言ってるんだこの子って顔された。なんでだ。


「見られているのはロゼスタですよ。ほら、あそこの少年。慌てて視線を逸らしているけどその前にこちらを凝視していましたよ」

「う、うーん……それは兄様を見ていたからじゃ。第一、私の薫りは頭上で固めているのでそんなに振り撒いてません」


 わかってないですね、と首を振られたけど、それこそ心外だ。今の私は普通の女の子。ちょっぴり魔力の薫りが強いだけです。


「……ロゼスタはもう少し自分の容姿を自覚した方がいいですよ」

「? 毎日鏡で見てますよ」

「そういう意味ではなく……」


 頭に手をやっているところ申し訳ないですが、兄様こそ自分が集めている視線に気がついた方がいいと思いますよ。ほら、あちらこちらから視線集めてますからね、その金髪。


 魔道具のお店では邪魔と言わんばかりにフードを脱いでしまっていた兄様。

 店内も薄暗かったし、私たち以外に人はいなかったからそれはいいとして。……忘れているみたいだけど、そのままフードを被らず出てきてしまっているのだ。

 指摘? 勿論しない。兄様の警戒心が緩んでいる証拠だろうし、何より目の保養だし。


 ──あ、残念。頭に手をやったことでフードを被っていないことに気がついたらしい。慌てて深く被っているけどばっちり見られてましたよ。


「ロゼスタ……」


 恨めしそうに見てくるその表情も全く怖くない。口を尖らせて少し瞳が潤んで……うん、美少女だわー。

 まぁ、うん、薫りで居場所を知られたくないという気持ちはよくわかっているつもりだ。それもあって今日はちょっとした物も探しに来たわけで。



「あ、ちょっとこのお店寄ってみてもいいですか?」


 大通りに面した店を眺めながら歩いていたところで、アクセサリーを扱っている店に気を引かれて兄様に声をかける。

 頷いてくれたが、微笑ましいものを見るような視線になんとなく居心地の悪さを感じながら、店内に目を通す。


「いらっしゃい。何をお探しですか?」


 明るく声をかけてくれたのは焦茶の髪を一つに結ったお姉さん。

 さ迷った視線が私の頭上の辺りを見た後、一瞬だけ驚いたように目を見張られたけれど、何も口にはせず私の視線が止まった品物を並べてくれた。そういう普通の態度が一番ありがたい。

 にこにこと笑顔で色んな種類の髪飾りやブローチ、腕輪に使われている素材の説明をしてくれる。


「この腕輪はいかがですか? 使われている紅石はカドニス帝国にしかない石を切り出して加工しているんです。小さいけど、質は保証しますよ」

「カドニス帝国?」

「あら、聞いたことはありませんか? 獣人が多いってよく話されていると思うんですが」

「……そういえば」


 兄様の座学のとき、ちらっと獣人のことについて聞いたんだった。確か精霊と未だに交わり続けているとかいう不思議な国だった。


「あの国はなかなか閉鎖的で。貿易もあまり盛んではないですが、この紅石はあの国の固有の石として高く取引されているんです」

「そんなに貴重な石をこんなに安く売っていいんですか?」


 さっき聞いた値は金貨二枚。他のアクセサリーはもう少し安く設定されているけど、貴重な輸入品にしては低いような。いや……やっぱり高め?

 それを聞いたお姉さんは小さく舌を出して笑った。


「この腕輪に使われているの、実は紅石は紅石でも小さくて他に利用のできない屑石なんです。装飾品に加工して少し価値をつけただけなのでこの値で」

「そうなんですか……」


 ルビーにも似た、透き通る深い赤は綺麗だけど私の探している物とは違う。首を振ると別の装飾品を差し出された。


「お綺麗な黒髪ですし……瞳の色と合わせるのも手ですけれど、この髪飾りはいかがですか?」


 お勧めをされたのは銀の簪のような髪飾りだった。太めの本体には細かい模様が刻まれていて、先端には淡い色の石が連ねられてシャラシャラと涼しげな音を立てていた。

 ……正直素敵なものだと思う。ただ、私が探しているのはそういう自分を飾るものじゃなくて。


 唸って店内を眺めていると、兄様は私が値段に遠慮していると勘違いしたらしい。「値段は気にしなくてもいいんですよ。僕がプレゼントしますから」と硬貨の入った袋を出そうとしたから止めるのに苦労した。ちょっと待って、本当に遠慮とかしてませんから!


「これが気に入ったんじゃないですか?」

「素敵だとは思いますが、私の探しているのとはイメージが違うので」


 きょろきょろと店内を探していたとき、やっと納得のいく物を見つけた。


「髪紐、ですか」

「それでしたら他にも色々ありますよ」

「見せて下さい!」


 店の端っこに色とりどりの髪を縛る紐を発見。ゴムなんて便利なものはまだないから、髪の長い人は大抵紐で縛るのだ。私はオルガが結ってくれたり、そのまま下ろしていたりとするけれど、兄様は無造作に縛っていることが多い。

 これなら使えそうかも……。


「ロゼスタ? どうして僕の髪に当てて色を見ているんです?」

「顔映りとかあるじゃないですか」

「いえ、そういうことじゃなくてですね」

「あ、フードはそのままで大丈夫ですよ。前髪の色で見ているので」

「人の話聞いてます?」

「今はあんまり聞いてないかも……あ、この色いい」


 兄様の金髪は淡い金髪だから原色は似合わないと思っていたけど、引き締める意味で良いのかもしれない。瞳が淡いブルーだから、青系統の色だと失敗しないし。

 キラキラとラメが入った華やかだったり、両端に房がついている物、異なる色合いの紐が螺旋状に合わさっている物など、デザインもある程度あって迷う。



「──うん、これかな」

「決まりましたか?」


 若干呆れたような口ぶりの兄様。

 兄様には見る角度で青にも緑にも見える紐を選んだ。房や他の飾りは一切ないシンプルな物だから、男の人が着けても違和感はない。差し色になって兄様の髪にも映えて綺麗だったから即決だ。

 自分用に選んだのは黒地に銀のキラキラした糸が縫い込まれている少し太めの髪紐。房がない代わりに両端の色が赤に変わっていて、髪を縛るとそのグラデーションが綺麗に映って華やかだった。普段使いにしては少し派手かなとも思ったけど、思いきって購入。お金? 今回は私が出しますよ。


「僕が出すって言っているのに。それにどうして僕の髪と見比べていたんですか?」

「せっかくだから雰囲気の違うものがほしくて。どちらも大事にします。あ、前回は兄様が出してくれたので今回は私が」


 両方自分用だと言ってにっこり笑って押し通す。まだ渡せないからね。ちょっと待ってて下さいね。

 怪訝そうに首を傾げているけれど、計画を話すわけにはいかない。……失敗するかもしれないし。



 今のところ私が唯一組める魔法陣を思い浮かべる。あれからずっとどういった形にして持ち歩こうかと考えていたけれど、常に身に付けると仮定するなら自然な装飾品がいいと落ち着いた。

 作るなら私だけでなく、同じ夢を見ていた兄様のも作ろうと考えたのは私にとって自然な流れ。

 薫りを消すことが自分の夢だと話していた兄様だけど、私が先取りしてしまう形になってしまった以上、敢えて自分では作らないだろうっていうのが贈る理由の一つ。

 それから、お世話になっている私が何かお返しできるものがこれしか思い付かなかったということもある。


 問題は、兄様にあまり気にしないで身に付けてもらうにはどんなものがいいかということだ。

 髪紐なら普段使いにもできるし、第一周りの人に気づかれにくい。髪をほどいたら薫りがすぐに戻ってしまうから、そこだけは注意が必要だけど邪魔にもならないし、すぐ使えると思ったのだ。

 色は違うけど同じ髪紐にしたのは、……気分? 取り敢えずこれからまた練習して本番に失敗しないようにしないと。


「そろそろ帰りましょう。私、今日見た魔道具の魔法陣を検証したいです」


 後半の台詞は小声で言って、まだ首を捻っている兄様の注意を逸らす。日はまだ大分高いけれど、当初の目的は達したし寄りたい店も他には特にない。


「もういいんですか? まだ時間もありますし、服や装飾品のお店を覗いてもいいんですよ」

「いいえ、この髪紐で十分です」


 気を使ってくれているのか、兄様にもう一度聞かれたけれど答えは変わらない。無事長く使えそうな装飾品も手に入れたし、別に他のアクセサリー類は今のところいらない。

 あちらこちらから向けられる視線にうんざりしながらも、あともう少しでこの感覚とも一時的とはいえ、さよならだと思えば我慢できる。


 相変わらず多い人混みを縫って、町外れで待ってもらっている馬車までゆっくり歩く。

 何も知らない兄様が深くフードを被るのを横目で見ながら……喜んでもらえると良いなぁ、なんて考えながら。






読了ありがとうございました。

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