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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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試作品の完成

 魔力は休息でしか回復しないと言われた時から、実はずっと考えていることがある。ただ、それはまだ空想の上のことでまだ兄様に話していない。

 言えば速攻でまた何を、と呆れた顔で見られそうだ。


 漢字の使い道も見えてきた。基本となる魔道具の術式の中に的確な字、もしくは熟語を書き入れるとスムーズにそしてどこも破壊することなく動いてくれる。ええ、もう壁は壊しませんから。

 ただし基本となる魔法陣が変だと思いもしない効果が出てしまうから要注意だ。この基本の魔法陣を書けるようになりたいんだけどなかなか上手くいかない。

 動いてくれたり動かなかったり動かなかったりとまあ、大体は動かない失敗作を連日作っている。


 ちなみに兄様には何故か三少年と話した内容が漏れていた。誰だ話したの?!


「よりによってこの国で話したんですか。どうなるかわかっているんですか、僕や師匠が作っているのとは訳が違うんですよ」

「ええ、はい……」

「わかってない! 全然わかってないです! 僕に魔法を教わっていると話すのは仕方ないとして、魔道具のことまでは言いすぎですよね」

「そのときは名案だと思ったんですよ……」


 魔道具に偏見を持っている人間は遠ざかり、反対に興味を持っている人は近寄ってきてくれて、運が良ければイメージアップに繋がるかと。

 兄様は私への中傷を気にしているみたいだけど、そもそもそんなことを言う人に近づいてもらいたくないし、近づいて来ないだろうし。


 そう思っていたんですが。

「ちっとも名案じゃない……」と呻いている兄様。

 ……もしかして、兄様を矢面に出していると思っている?! 違う、違うよ!


「そもそも兄様は肩身の狭い思いをしなくていいんですよ!」

「は?」

「だって陛下からお声をかけられて、王都へ出向いているお父様の一番弟子なんですよ? 何かいちゃもんつけてくる相手には、一言陛下の為さることに不満があるのかと反対に聞いて差し上げればいいんです」

「い、いちゃもん……そんな言葉一体どこで」


 そう、オルガに言われたことをずっと考えていたんだけど、当主に可愛がられていていい気になるなだの、魔道具を作っている国の出身云々を言ってくる相手は表だっては言ってこないと思い当たったのだ。

 あの男の子たちはきっと根が素直で単純だったから、そのまま口にしてしまったんだろうけど、兄様に嫌がらせをするような人間は影に隠れて本人にだけ言っているだろう。

 でも、兄様の顔色は晴れないままだった。


「……ええと、すみません。ごめんなさい。兄様に迷惑をかけるつもりじゃなかったんです」

「僕のことよりもロゼスタのことです。……一旦魔道具作るの止めましょうか。興味がなくなったとでも言えばなんとでも言い訳は立ちますし」

「ふぇっ?! いえいえ、それだけは! やっと作り始めたばかりなのにそんな冷たいこと言わないで下さい! 私は大丈夫です!」

「でもここで反感を買うよりはましですよ。まだ間に合うかも」

「間に合いませんー! 例え間に合っても止めたくないです!」


 大慌てで泣きついて、渋々ながらも兄様に人に大っぴらに魔道具のことを話さないことを条件に魔道具の検証を許してもらえた。──危ない、大事な大事な将来への布石が危うく一つ減るところだった。


「もうむやみやたらと話してはダメですよ」

「はい……、でも兄様」

「なんですか?」

「何か言ってくる人がいたら、兄様こそ胸を張って言ってやって下さい。ロゼスタ様にねだられてやむなく教えているって。相手がそれでも固辞するべきだとかごねたら、貴方からロゼスタ様を諭して下さいとか適当に言いくるめて、私の方に来るようにして下さいね」

「……は?」

「そんなお馬鹿な人が来たら、魔道具に興味を持って何が悪いのか、王都で陛下から頼まれた仕事をしているお父様の一番弟子である、兄様以上に私に相応しい先生はいないって、啖呵切ってやりますから」


 私の将来も大事だけれど、兄様も大事。私のために自分の貴重な時間を割いてくれていることを忘れちゃいけない。兄様は自分のことを後回しにする傾向があるから、その分私が注意しなくちゃ。

 約束ですよ、といつぞやの指切りの小指を差し出すと、呆然とした顔で兄様が私を見下ろしてきた。

 ぽかんと開いた可憐な唇と、こぼれ落ちそうなアイスブルーの瞳がまじまじと私を見てくる……いや、見すぎじゃない? この手の行き場がないんですけど。



 それからしばらく立って、ようやく小指が絡められ──と思ったら、手ごと握りしめられた。


「──そうならないように、注意しますね」


 吐息と一緒に囁かれて、ちょっと困った。軽く頬を染めて、そんなに嬉しそうに笑われると照れるというかくすぐったいというか。



 ♢ ♢


 そんなこんなで、再び魔道具の検証をする日々が始まった。あの日盛大な雷を落としてくれたオルガは、天井を見つつ呆れながらも書庫でするのならと許してくれ、贈り物攻撃を仕掛けてくる人たちをシャットアウトしてくれている。

 あ、庭で水魔法を暴発もさせずに成功できたと報告したら、兄様は自分のことのように喜んでくれた。「少しずつ外で練習してもいいでしょう」と言ってくれたのは本当に嬉しいんだけど、まだ気紛れに面会を求める人がいて気が抜けないのが現状だ。


「今日こそ街へは……」

「まだ少し難しいかと。ちょうど二名の方から面会の申し込みがあります」

「またですか……」

「クローディア様から、ロゼスタ様が足を運びそうな場所へは客人が決して足を踏み入れないようにと言われておりますので、二階へは決して上げません」

「じゃあ今日も書庫に行ってます」


 先日三少年たちと顔を合わせてしまったのは、明らかに彼らが案内された場所ではないところにいたからだけれど、もうそういうことがないように、というのがお母様から話されたらしい。

 すみません、うっかりな娘で。なるべく気を付けるので。


 でもそのおかげというか、なんというか。表だってではないけれど、少なくともこそこそとしなくていいのは気が大分楽だ。


「この魔法陣で合っていますか?」

「見せて下さい。ええと、そうですね。この部分がえーっと……」


 パラパラと本を捲り、最適な陣を探している兄様。

 この書庫にはたくさんの書物があるけれど、魔道具に関しての本は当たり前というか全て兄様の私物だ。

 まだ修行中だと言った兄様は、私よりは魔法陣を完成させる確率は高い。発動するかどうかはまた別として。でも私の魔法陣もチェックできるかといえば確実ではなくて。

 残されたお父様の手紙の魔法陣を中身を読まないようにしながら確認させてもらったり、兄様と魔法陣の基礎を何度も書き起こしたりしている。


 ──こんな状態で考えている魔道具を提案してもすぐ却下されちゃうだろうし。


 むーっと腕を組む私の前には、以前お母様に話したことのある魔道具試作品第七十五号がある。

 持っている者の魔力の薫りをわからなくしてくれる優れものだ。街中で会う人たちにじろじろ見られたり、庭先で私がいるとバレたのもこの薫りのせいだとわかっている。

 いや、三少年には水をかけたから居場所が知られたんだけど。目に見えるというか、嗅いでわかる発信器ぶら下げているようなものじゃない?


 命名、薫り消し。


 これを身に付けていればあら不思議、生まれ持った薫りが消えるのだ。書いた漢字は「薫り消臭」。平仮名もわかってくれる魔法陣で素晴らしきことかな。

 もちろん薫りがなくなるわけじゃない。

 身に付けなければ薫りが戻ってくると自分で実験済みだ。

 ぺらりとした紙を机に置けば、途端に慌てたように飛び交うふわふわとしたカラフルなものたちが目に入る。……君たちまだ頭の上にいたんだね。

 こういうとき視界に入る彼らの存在は便利だ。相変わらずうんともすんとも言ってくれないけど、私の薫りが気に入ったのか、大抵周囲を飛び回っている。

 

 さて、この魔法陣は何で作ろうかな。身につけるものだし、紙のままだとどうも心もとない。前回の魔道具のように形を変えてくれるわけでもなく、紙のままの魔道具一歩手前の魔法陣を抱えて私は腕を組んだ。


「僕が作りたかったものだ……」


 ボソッと呟いた兄様の言葉で思考が止まった。ぎこちなく兄様を振り返ると、複雑そうに私の書いた魔法陣を見つめる姿があった。


「──僕の夢って言っていたこと覚えていますか? こういう魔道具作りたかったんです。こんなこと口に出すと怒られてしまいますけど、自分の魔力の薫りが好きではなかったので……」

「え、兄様のすごくいい薫りですけど」


 苦笑した兄様は口にはしなかったけど「そういうことではないんです」という心の声が聞こえたような気がした。──というか。


「えと、なんかごめんなさい……」


 やっちまった。

 知らなかったとはいえ、目の前で人の夢を取ってしまった。

 うーわー、と顔を引きつらせる。


「いえ、僕も話さなかったですし、魔法陣の発想、魔道具の作製は早い者勝ちです。確かに僕の手で作り上げたいという思いはありましたけど、ロゼスタの発想が僕より上だっただけで、僕がどうこう言えるものではないです」


 誠実に話してくれる兄様の気持ちが痛い。だって私ずるしているようなものだし。

 漢字という、この世界にないものを使って魔道具に干渉をして安易に作ってしまった。

 そんな私の頭が軽くぽんぽんと叩かれる。


「あと、これも大きな声で言える魔道具じゃないんですよ。本来魔力の薫りがするのは魔力があるということで、むしろ周囲に誇示する風潮があるんです」

「じゃあ私が作ったこれは……」

「隠すほど魔力があるのかと、ある意味相手によって嫌味に取られる場合もありますね」


 おっとぉ……尚更身に付けているのを悟られないようにしないと。

 そのとき閃いた。


「あ、王族には需要あるかもしれませんね!」

「……どうしてそう思うんですか?」

「だって魔物の襲来があるとき、光魔法の使い手が来るくらいですもの。大抵の王族は魔力が強いと考えていいでしょう? そうするとやっぱりお忍びで外へ出る時に便利じゃないですか」


 さっそく顧客ゲットか、と思ったけれど、兄様にあっさり首を振られた。


「魔物の襲来時に同行される方はそれこそ桁が違います。それに王族こそ自身の魔力を最も誇示しなければならない方たちですよ。薫りがあっても薄いと、それだけで血筋を疑われたりするんじゃないんですか?」


 確かに……。つまり、私は強さこそ全ての王族の致命的欠陥になりえる物を意識的に作ったと。


「や、でもお忍び、とか……」

「やけにお忍びに拘っていますけど、うーん、強さの象徴とも言うべき薫りを一時とは言え隠すとは思えませんね……」

「……」


 これも私専用か。いいもん。

 とにかく、不特定多数の人に薫りが原因で居場所がばれたりはしないんだし。

 兄様の夢については……ごめんなさい。


「私たち、変わり者同士で似た者同士ですね」


 自分の薫りが嫌な兄様と、目立たないよう隠したい私。そこに至るまでの過程は違うけど、方向性は同じだ。

 にっこり笑って言うと、一瞬兄様の動きが止まった。頷きかけてあらぬ方向を見て首を傾げて……ものすごくいやーな顔をした。なんでだ。

 その直後にはっとして、にこやかな顔を作った。表情筋がぷるぷるしているから。

 何、なんかあったの?


「なんでもないですから、本当になんでもないですから……」


 落ち込んでいるように見えるけど、理由は話してくれない。

 誤魔化すためか知らないけど「また街に行けるようになったら今度こそここの魔道具を見に行きましょうか」と言ってくれた。

 他の人が作った魔道具をじかに見るチャンスだ!


 ……それは嬉しいけど、どうして今も若干落ち込んでいるんですか?



読了ありがとうございます。

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